第2話 「巨人種のパレード」
「ついに始まったな」
コウキたち6人は大きな入り口を通り、渡された地図通りに進んでスタート地点へと辿り着いた。集団の上空に滞在してついて回るのは映像モノリスの小型カメラを持った虫型の魔獣イプリムだ。
コウキは、本当にこれを通して放送されるのかと不安になった。
「ねね、コーキ。あのイプリムも益獣で、小さいけど何かを持ってないと気が済まないらしいよ」
「変な魔獣がいたもんだな」
イプリムを見ながら面白そうにテイナが言う。
「でも老人の荷物持ちとかになってて有益らしいぜ?」
「なんかこう、生態系の逆利用って感じが可哀想だ」
ロイの台詞にコウキが率直な意見で返す。
一度周りを見渡して環境を確かめた。
迷宮の中は空気が薄まる事はないものの、ややじめっとした湿度を持っている。壁と壁の距離……所謂道幅は5メートルだったり、時には2メートルや10メートルと進む場所によって変わるようだ。
光の方は、至る所に人も利用するような発光石という魔法石が埋まっていて視界がとても暗いと言うわけではない。ただ全てが明るいとも言えないので慎重に進む必要がある。
「道具はどうだ?」
「全員が常備しているのは変わらず携帯型の解毒剤と小型食料、コンパスがメインになっている。あまりよろしくはないが、水魔法で水分補給は可能だ」
「そう言えば、水魔法の水を飲むとどうなんだ?」
ネイが応えた声に、コウキが純粋な疑問を寄せる。
「魔法は空気中の
「なるほど、迷宮で作る水魔法は汚い水だと思えば良いのか」
「そうだ。水質が悪いとは言え別段飲めなくはない上に、炎魔法で煮沸するのが基本だ」
ネイの説明に感謝をすると、今度はマリードが地図を広げて環境を確認しながら話を進めた。
「指示だ。この先は広い部屋にたどり着くまで二列で行く。左から順に前方コウキとライラ、中心はネイとロイ、後方はテイナと我が持とう」
「理由は」
「まず道幅が時折狭いが故の基本二列構成。先頭のコウキとライラは共に持久力がある。狭い道で魔獣に遭遇した際、前方はタフなアタッカーが定石だ」
立ち止まってマリードとコウキが話すのを、他の4人は静かに聞いて冷静な理解に努めた。
「バランスの良いライラを引いて攻守可能な我が前方でも良かったが、身長がある故に前にいるとメンバーの視野が狭まる。それに後方の背が高いと何事も有利だ」
「了解。ロイ、ネイ、テイナの配置理由も頼む」
コウキの要望に、マリードは頷いて話始めた。
「ロイは拘束、ネイは速度に特化している。トリッキーなロイは前方から中衛までを務めることができる。速度のあるネイは中に配置すれば前方、中心、後方の全てにコミットできるだろう」
そして、と言葉を繋げる。
「テイナの能力はかなり貴重な味方の能才付与系だ。更に戦闘センスまである。後方に配置し、削らぬよう進めば勝率が高まるであろう」
マリードは続けて「ただ」と不安要素を話した。
「2割攻略の地図が予想以上にゴミだ。目的地の方角までは分かるが、過程は殆ど不明。当てにならないと思って進むしかないようだ」
「分かった。まぁ元から地図は期待してない。方角だけ間違わないように、コンパスは死守しよう」
コウキが全員に同意を求めると、他の5人が頷いて配置につく。両サイド2人1組として1組の間隔は5メートル以内に収まるようにし進み始めた。
細くなったりやや広い空間に出たりする迷宮にいちいち警戒してしばらくは無言だったが、慣れたのか次第に会話は生まれていく。
「それにしても入り組んだ道してるな。さっきから道幅に差があったりはするが、一番多いのは分かれ道だ……」
「コウキ、後方でマリードが床と壁に目標をつけてくれている。私もやや不安だが、大きく迷う事はないはずだ」
真後ろにいるネイがそう言うと、右隣のロイが進みながらも天井に視線を送って話をし始めた。
「その割には歩きやすい天井高と床の平さだな」
「言い得て妙だロイ。活動しやすい環境構成は、人型の魔獣が出入りしている証拠かも知れない」
「ネイ、人型の魔獣ってなんで分かるんだ?」
「そうか。外の世界を忘れてるのだったな。洞窟や迷宮で高低差が無い環境にはゴブリン、オーク、トロルといった人に近い魔獣が多い。一応常識だ」
「――――、」
ロイ、ネイ、コウキの三人が話していると、黙っていたライラが突然左手を横に伸ばし、コウキの進行をストップさせる。
ここは分かれ道の手前。
異常を察知したコウキがすぐに止まってライラを見る。
「――、どうしたライラ」
「静かに」
前方の行動を確認したネイがすぐ後方へ止まる合図を送った。全員が二列のまま立ち止まる。
「貴方は後衛地図役に確認伝達して」
「了解、何をだ?」
「今通ってきた道で一番広い場所までの距離」
「――、すぐ戻る」
コウキが後方へ向かいマリードの地図を見る。
直接向かったのは、コウキ自身も道を覚える為だ。
指示を振ったライラは壁に耳を当てるが曖昧な表情。
今度は床に耳を当てる。何かを確認しているようだった。
「ライラ、一番広い道まで戻るには2キロだ」
「静かに」
戻ってきたコウキが言う。床に耳を当てたライラがそれを黙らせると、違和感のある表情で周りを確認し始めた。
「おかしい」
壁を触ったり、来た道の方を振り返ったりしている。
その様子は後方からでも確認でき全員に緊張感が走る。
不確定要素は発言したくないのか、依然黙って行動していたライラの肩をコウキが掴んだ。
「何がおかしいのか話してくれ。不確定だから不安にさせないよう動いてるのは理解してる。だけど俺たちはライラに守られるだけじゃない。一つのチームだ」
「――――、」
ライラは一瞬戸惑うが、コウキの目を見た。
真っ直ぐな目と深くを見るような栗色の瞳が交差する。
「……………………」
しばらくして、根負けしたのはライラだ。
そのやりとりを全員が見届け後に彼女は話した。
「おそらく今は3キロ近く安全に歩いている」
「そうだな、速度早めで45分歩いてる、今の所無事だ」
それの何が、と言おうとした時だ。
素人のコウキですら察して言葉に詰まる。
「――――、」
安全という言葉が引っかかってしまった。
「……そんなわけない」
そしてライラの言葉で全員の体が強張った。
「探してる。何故魔獣が一匹も出てこないのかを」
「――、」
コウキは頭でわかっても言葉で聞いてまた驚いた。
そしてライラは目の前の分かれ道まで歩き左側の床に耳を立てた。
しかし真顔で立ち上がり、今度は右側の床に耳を当てる。
刹那。
「……………………」
ライラの眉が動いたのをコウキだけが見ていた。
だからコウキは直ぐに思考してどう動くか考えた。
「……………………まずい」
床に耳を置いたまま青ざめた顔でライラが呟いた。
瞬時に状態を起こし、叫んだ。
「――パレードが来る。戻ってッッ!!」
「――テイナ!精霊剣を出しながら走れッッ!!」
「「「「――――、」」」」
ライラの叫びの後、瞬時にコウキが叫んだ。
ドッ!と全員がほぼ同時に地面を蹴る。
そこからは一瞬の出来事だった。後方のマリードが地図を雑に仕舞いながら走り出し、テイナは右手で詠唱に集中し、ロイはものすごい形相で前についていき、ネイも走りながら精霊剣を呼び起こそうとする。
「還矢の剣アメノサグメ」
「――顕現せよ、アキレス!」
二人はほぼ同時に精霊剣を出現させて走り続けた。
「やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい‼︎」
「うるさい!黙って走りなさい!」
「だってパレードだろ!?しかも目標が2キロ先だ!!」
「走るしか無いわ!」
「――っても全力10分は絶対にもたねぇだろ……」
全速力で前を追うコウキとライラが言い合った。
パレードは迷宮や洞窟における魔獣の大行進。
細い道によくあるもので、限界まで敷き詰められた魔獣たちが広い空間や獲物を求めて走り出す異常行動。加えてパレードを起こせる魔獣となれば、最低でも人並みくらいの速度で走ることができる。先頭を走っている魔獣は尚のこと早い。
パレードが来た時の掟。
とにかく進行方向を避けろというのが鉄則だ。
「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理!!」
「ロイッ!もうちょい頑張れ!」
ロイもまた半泣きで叫びながら全速力。
コウキは後ろからロイを励ましつつ、全体を見渡して速度を確認するがまだ1キロ未満なのに既にペースが落ちている事を判断。直ぐに指示を飛ばすべく叫んだ。
「テイナなんか付与効果たのむッ!」
「ごめん今全力でがんばり中!!」
「ライラとネイ、聞いてくれ!多分道が入り組んでるからその分消耗して全体の速度が落ちてる!」
「あぁ!」
「分かってるわ」
走りながらコウキが言うと、左側と前にいる二人が返事した。
事前に地図を見ていたコウキは状況を平面で捉えて整理し続けた。
「だがそれは魔獣も同じなんだ!この後一本の真っ直ぐな道に出る。今は見えないけど、おそらくその道で相手の姿が見えて、距離も一気に詰められる!」
「――この先直線に出る?それは無理」
全力でマリードの後を追いながら会話は成された。
「ああ――、だからそれまでにテイナが何かしらの付与効果を発動できなかった時は交戦しなきゃいけない!」
「まさかコウキ」
「――そうだ、俺たち3人で止める。じゃないと全滅だ!」
ネイ、ライラ、コウキは腹を括る。
ただ神に祈り走ることしかできない。
どうかテイナの付与効果が先に来てくれと。
「全員聞いてくれ!この先直線に出る。そしたら魔法で瞬間的な筋力強化してでも加速してくれ!」
――コウキが心の中で考える。
本来魔法による人体の強化は非常に効率が悪い。
何故なら永続的な強化は物理的に不可能だからだ。瞬間的な強化は可能でも無意識で発動継続は不可。人の動きは簡単に強化出来るほど単純では無い。故に単純な魔法程度では、チグハグな強化に終わる。
その上無理なリミッター解除は大怪我に繋がる。
正確には魔法人体強化は不可能では無いが、モノにするには度が過ぎる人間工学と行き過ぎた自分の身体の研究をする必要があるため、学園では全く学ぶことはない。そもそも学生は成長期だ。毎日大きく変わりゆく身体の変化を理解しながら強化維持するのはとても非効率だった。
――だが、単純な直線で足だけなら成功しやすい。
この場面はリスクを負ってでも生き抜く方を優先する。
「この先だぁぁぁぁぁぁぁ!!」
コウキが叫んだ。
マリードとテイナが角を曲がった瞬間、真っ直ぐの一本道が出現する。
――そして。
ドッドッドッドッ。
「まずい」と、ネイの汗。
ドッドッドッドッドッドッ。
「やばいわ」と、ライラの焦燥。
ドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッ!
「やべぇ――想像より早い」と、コウキの嘆き。
大滑走の一本道、コウキたちの背後から強い振動と凄まじい音が響いた。その低音のピッチはどんどん早くなり、ドドドドドドドドドドドドドドドッ‼︎と迫り来る。
振り返りたくないが、振り返るしかなかった。
「――ッ!?ライラ、ネイなんだあれ!」
「…………デロギガスだわ」
「デロギガスだと!?」
50メートル後方、およそ想像もつかないほど巨大な蛇型の魔獣がそこにはいた。周りには蝙蝠魔獣バギルの群れも居て、その背後には夥しいほどの魔獣の影があった。
「おいおい何か生き物の枠超えてないか!?」
「ギガンテス。巨人種よ」
「……しかも速度が自慢だ」
デロギガスと呼ばれる大蛇は先頭を往く。
そもそも蛇と称していいの分からなかった。ヒルの方が近いだろうか、ぬめっとした紫の表皮に巨大な唇。そこから鋭い歯が奥までびっしり生えている上に、よく見ると何千本もある脚で滑走している。極め付けは、口元から生えたクワガタのようなハサミだ。挟まれたらひとたまりもない。
「蛇なのかヒルなのか虫なのかハッキリしろ‼︎」
「あれは人だわ」
「あぁ、ギガンテスは全て人だ」
「絶対にそれだけは嘘だと思う!」
3人は全力で走りながらもそろそろ実感していた。
おそらく2分もしない内に追いつかれるだろう。
まだ直線に入ったばかりだったが、これは想像よりも早く魔獣が迫っただけの話だ。やるしかない。
「……もう持たないな」
「ええ」
「そうだな、残るしかない」
コウキ、ライラ、ネイが覚悟を決めた。
その瞬間だった。
――前方で走るテイナの表情が一変した。
走りながら手に握る精霊剣アメノサグメが淡い光を纏う。
それは金色の輝きを放ち、許可した対象者5名と神託者本人の足元に円の影を現した。これが発動している間は永続的に指定付与効果を齎す。コウキたちは言語や所作ではなく六つ目の感覚としてそれらの意味と意図を理解させられる。そして都合三分間、彼女に裏切の神の領域が形成された。
「――――
テイナの言葉と共に、6人の足元について回る金の光が反応した。
瞬時に全員の足が軽くなる。否、それだけでは無い。走る速度までもが急激に上昇した。
「――テイナが神を降ろした!」
ライラがやっとの思いを口にする。
コウキはそれを聞きながら、軽くなった足元を見たり速くなる景色を見た。
「これが……テイナの付与効果……」
「コウキ。これは初めてだが初めての感覚とは異なる。おそらく足元の光が能力の意図も含めて共有するようだ」
「たしかに。俺は今、進むなと言った言葉が逆に足を加速させる感覚を既に持ってる。……不思議な気分だ」
コウキとネイが話をしながら素早く走る。
寸前まで差を詰められていたデロギガスパレードは、ゆっくりゆっくりと遠くなっていった。
「テイナちゃんすげぇ!めっちゃ早いぜ!」
「ああ。これなら広い部屋まで間に合いそうだ」
「ロイ君マリード君。ごめん長くは持たないの」
ロイとマリードが安堵していると、テイナが冷静に返答した。
三分間許された付与時間である事は能力が許可された時点で感覚として全体共有されている。残り時間は2分。だがとうに1キロは超えている。ギリギリで間に合う確信がマリードにはあった。
「広い道に出たら列を解除し入り口を塞ぐ!パレード後の道を再び歩むのは危険である。別ルートから向かうぞ!」
走りながらマリードが方向性共有、全員が同意した。
狭くなったり広くなったりする道を高速度で突き進む。
そして、やや明かりの強い出入り口が見えてきた。目的地は目の前だ。
コウキは後方を確認する。
デロギガスパレードはもう視界にはない。音だけは感知出来たため、追われている事実には変わりないが。
「――――ッ! 到着だ、散れ!」
「間に合った!!」
進むと同時にテイナの付与効果が切れた。
急激な速度の減少に各々が躓きながらもマリードの指示に従って二列だった6人は其々広がった。
「スカンダ――、剛ッ!」
マリードが出入り口で精霊剣を出す。顕現と同時に白の大剣が赤色に染まる。ロングソードのリーチを誇る軍略の剣を翳し、一気に振り下ろした。
次の瞬間に凄まじい轟音を立てて入り口が破壊された。
通路の天井はひしゃげて岩が落ち抉れた大地が弾け飛ぶ。ドミノ倒しのように、続け様崩壊は続いて入り口が塞がった。
「……やっぱ凄いな、マリードの剛剣」
「対人ではない分、久しぶりに全力が出せた」
コウキは恐る恐るといった表情で塞がった出入り口を見た。合同実技試験中に剛剣は受けたが、その時とは比べ物にならない破壊力だった。
到着したのは行き道でも通った広めの空間。
通った道の二ヶ所を除けば他に二つ道があった。部屋は明るく、天井も通路よりは高く見晴らしが良い。パーティの緊張していた空気が少し解れた。
「ってかテイナちゃん!めちゃくちゃ助かったぜ」
「ああ、ありがとうテイナ」
「え!?あ、どういたしまして……役に立てたかなぁ」
「バッチリだ。というかビックリだ」
コウキが感謝の後に感想を述べる。
正直今回はテイナが居なければ命の危機すら感じていたほどだ。コウキは指示を飛ばしたが既にテイナは発動準備をしていたため、危機的状況における判断力も素晴らしかった。
「テイナ。私はライラと違い知らないから聞かせてもらうが、あの付与効果は詳しくはどんなものなのだ?」
「あ、うん。簡単に言うと、三分間アタシの体に女神?みたいなのを降ろして、次に対象者を選択するの。以降その神は言霊と反対のことをするから、進むなって言うと選んだ人が早くなるみたいな」
「理解した。それは凄いことだな」
ネイとのやりとりをコウキが聞いて無限の可能性を想像した。何かしらのリスクはあるのだろうか。
気になって声をかける。
「メリットとデメリットは?」
「うーん。有利なのは、言葉での付与効果だから自由度が一番かなあ。あとは10人くらいまとめて強化できたり、人数による付与効果の分散がないこととか」
「……すげえな」
「いやいやデメリットもあるよ!?まず、使った後のインターバル。人数が多かったり、付与効果が複雑――例えば足を早くするのではなく身体能力を上げるとか。そういう指定範囲が広いとその分次の発動に時間がかかるの。あと、使用後の疲労も」
テイナが言いながら右手の精霊剣を解除する。
一見疲れてはなさそうだが……仮に疲れていても態度に出ないような気がして分からなかった。
「ああでも、さっきのはかなり単純な足の付与効果だから今は言うほど疲れてないよ!疲労の度合いは人数の平均で処理される。数多かったから次に使えるのは10分後とかだけどね……」
「いや、上出来だ。その感じなら俺たちが指示を出すよりテイナが自由に動いてた方が良さそうだな。インターバルや疲労が効果に依存するなら、こっちはどこまで頼れるか想像がつかなくて」
「うん。アタシもその方が皆に迷惑かけなそう」
そうしよう、とコウキはまとめる。
テイナの付与効果は絶大だ。まずはこの場でテイナの能力回復を優先することを全体に提案。
すぐ可決され、座りながら各々が水分補給を始めた。
現在コウキのパーティでは簡単な道具や細かい備品を物資役のマリードが担っている。大した量ではないため、戦闘にはあまり影響しないはずだ。
ライラとテイナは二人で何かを話している。おそらく能力使用についての反省点等を共有しているのだろう。いい師弟関係だった。
ネイはストレッチ、ロイは仮眠をとっている。この状況で寝れるのはものすごい精神力だと感心したが、ロイらしいと言えばロイらしい。
「コウキ」
「んぁ、どうした?」
全員が飲んだ折りたたみのカップを鞄に仕舞うマリードが声をかけてきた。座ってぼーっとしていたコウキが間抜けな声を出す。
「貴殿の精霊剣については、メンバーに話さないのか?」
「……
「いいや、もっと基礎的な部分の事だ」
「あぁ、態々言う必要もない。不確定事項だ」
マリードとコウキはこの三週間共に修行してきた仲だ。
力単体で見ればライラとテイナの師弟関係のような間柄で互いの剣に限っては他のメンバーよりも理解があった。
「……その理屈でいくと、ライラに対しての説得力はないな」
「あの時の状況と俺の能力は別だ。本来精霊剣は手にした時点で能力を知覚するのに対して、俺はあの現象を知覚できてない。もしかしたら能力ではないのかもしれない」
「まぁ、貴殿がそう言うのであれば我に異論はない」
これ以上は無駄だろうとマリードは下がる。
諦めたと言うよりは判断に従うといった様子で、全て片付けが終わるとコンパスに付属した時計を見た。
「時間だ。進むぞ」
「あぁ」
マリードの報告にコウキが返事すると、全員に呼びかけて準備をした。ロイは「うっ、うなぎ!?」と寝ぼけたていた。デロギガスの事を言ってるのだろうか。よく見ると脚が生えてたぞとまでは言わなかった。
「――これどっちに進むんだ?」
そうしてロイがネイに尋ねる。
塞がっている入り口を北とした場合、来た道は南だ。そして東側に二つ通路への入り口があった。
ネイは自分に聞かれても、と言った様子でコウキを見たが、彼もどうしたらいいのかは分からない。マリードに視線を送った時、既に地図を広げていて応えた。
「塞がった通路は北、目的地は北北東方面だ。東側に二つあるのなら北に近い方……左側に進むのが無難だ」
「まぁそうなるよな……」
コウキが先にある二つ並んだ入り口をみて応えるとマリードは「だが」と前置きして地図を見た。
「二つとも地図に表記はなく当てにならない。ここから先は未開拓エリアである。いよいよ方角と目標だけに頼ることになるな」
全員が一度息を呑む。
3キロ進んで2キロ戻ったのでまだ1キロしか進んでいない。
だと言うのに、地図が当てにならないというのは死活問題だ。
「……ね、ねぇ。塞いだ入り口はやっぱ進めないよね?」
「掘り起こし戻ったとて危険である。パレードが起きた道は同じ現象が起こりやすいのが特徴だ。それに、地図通りに進んだところで途中までしか記しはない」
「テイナ、どの道を行っても途中からは方角を頼りに行くしかない。ここは時間効率を優先しよう」
コウキがマリードに続くとテイナは頷いた。
隣にいたライラがその会話を聞いて塞がった通路を見る。
「…………今とは無関係の話で気になることがある」
言葉数が少ないライラがそう言った。大人数の際は特に無駄な話をしない彼女の発言は、全員の意識をすぐに集中させた。
ライラは塞がる入り口の方を見ながら言う。
「デロギガス……巨人種のパレードなんて聞いたことない」
「それはライラが知らないとかではなく?」
「可能性はある」
「まぁおかしな動きが目立つ話はキオラから聞いていたからな。もしかしたら異例なのかもしれない」
「えぇ」
コウキのまとめに返事するとライラは視線を全員に戻した。
ロイが何か気になったのか、ライラを見る。
「そういえばなんであの魔獣の名前知ってたんだよ?教科書載ってたっけあんなヤツ」
「…………」
「――あぁ、ロイ君。ライラさんは迷宮経験あるから魔獣に詳しいみたいだよ!……その、深くは聞かない方がいいと思う」
「なんだそりゃ。あれと遭遇するほど過酷な場所ってことか?子供が?流石に変じゃね?」
「まぁ私もデロギガスなんて話でしか聞いたことはない。だが耳にする分、姿を知っている者がいるのは普通だ」
なんとなく聞いたがライラは無言。
テイナが慌ててフォローするものの納得がいかないロイに、ネイが付け加えている。
「別にいいんじゃないかな。態々言いたくない過去もあるだろ。大事な事ならライラは話してくれると俺は思う」
「オマエは女の子に甘いかんな!」
「ロイにだけは言われたくないけど……仲間は信じよう」
「…………はいはいわかった、ボクの負けだ!別に悪い意味で疑ってたわけじゃねーよ」
コウキの目を見てロイが折れた。
変な空気にしてしまった事に罪悪感があるのか「さっさと行くぞ」と切り出す。
動き出そうとした5人は、唯一会話に参加してなかったマリードが何かを見ながら立ち止まっているのを見た。
「マリード?」
「……あぁ、すまない。確認だ。少し待てるか」
「何だ」
「右側の入り口の奥だ」
マリードが指を刺した。見てくれと言う事だろう。
コウキたちは言われた通りに先の方にある右側の入り口を見る。奥まで深く続いて真っ暗な先が続いている。
「別に何もないけど……マリード君どうかした?」
「…………一瞬だが、赤い無数の光が見えた」
テイナとマリードが会話するのを見てコウキは遠くから改めて目を凝らす。別に異常はない。そもそも奥は暗くてあまり見えないので、何かが見えるとも思えなかった。
「光の確認はできないけど、心配なら先を急いだ方がいいかもしれないな」
「だからボクが言ったろ、さっさと行こうぜ〜」
ロイが言った直後だった。
「――――ッ!」
一瞬。凄まじい量の赤い点が洞窟の奥に浮き上がる。
瞬時に全員に緊張感が戻った。
「おい、何だ今の」
「……我が先ほど見たのはアレだ」
「コーキ、今のなんか……視線みたいじゃなかった?」
冷や汗を浮かべるテイナが言った。コウキとマリードは見たまま嫌な予感が過ぎる。
「――――、ナイアルラ」
コウキは本能的に剣を顕現させた。
黒より黒く、刃が平たい妖精の剣が現れる。
「――っ!?オマエなんだよ!」
「そーだよイキナリ精霊剣だして!」
ネイとテイナが言うが、既にマリードとネイは右手に剣を発動させていた。
呼び出すか一瞬迷ったライラは遅れて出現させる。
魔剣、ルシフェル。亜空間が生まれて剣が生み出された。
美しい色のその剣をコウキが横目で見る。最初に戦った時はほとんど見えなかったためだろう。
「二人もいつでも出せるように!おそらく、何か来――」
コウキが指示を振ろうとした瞬間だった。
「散れッッッ」
ブレスのような巨大な炎の玉が、通路からコウキたち目掛けて飛んできた。マリードが大声で叫ぶと各々が回避のために散る。
炎は轟轟と音を立ててコウキの方角に飛び、慌てて闇魔法の壁を発動し相殺させた。
「――、俺かよッ!」
炎の玉は続け様に飛んできた。
間髪入れずやってきた玉は、今度は連続で3つ並んでコウキを狙う。一度目のように三枚に重ねた闇魔法を展開。しかしこの判断が環境を悪化させる。
「コーキッ!」
ボァァ!と焦げるような匂いと共に部屋中に煙幕が舞う。全く見えない訳ではないが、全員ある程度視界が悪くなる。
目に染みる煙により次が読みにくい状況で、メンバーがパニックにならないようコウキは叫んだ。
「大丈夫だ!全員自分のことだけ考えていてくれ!」
その直後だった。
ビュウッ、と音を立てて密度を凝縮したような風の斬撃がコウキに向かう。
「――、魔獣によくあるブレスじゃなく魔法か」
コウキは確信した。
火の玉は魔獣にみられる火炎攻撃かと思ったが、今回は明らかな風魔法の攻撃だった。しかしこれは煙幕のお陰で位置の特定が容易だった。背後に視線を送り誰もいないことを確認して回避する。
「これは」
連続で6発もの風の斬撃を一つずつ確実に避けながら、コウキは一つの結論に辿り着いた。
「火炎玉、煙幕、風の斬撃……明らかに知性がある」
考えた頃には風の影響で煙幕は散り、斬撃は止んだ。
「コウキ、怪我はないか!」
「大丈夫だネイ!何か来るかもしれない、穴に集中しよう」
周りを見ると少し遠い位置にそれぞれが広がっている。全員精霊剣を出しており無事のようだった。
「にしても今の、下級魔獣の戦い方じゃねーぞ」
「アタシも思った。5級のゴブリンとかでもやらない。もしかしたら4級以上の魔獣かも」
――魔獣は超級〜6級まで存在する。
これは強さの他に知性や社会性や魔法の行使を基準にしており4級以上からは中級と呼ばれ、魔法をただ使うのではなく利用する傾向があるのが特徴だ。
「人じゃないことを祈るばかりだ」
「物騒なこというなよネイ」
「人類ならばもっと上手くやるであろう。煙幕までの戦略は良いが、最後の斬撃には知性を感じられぬ」
マリードとは同意見だった。
2属性の魔法行使まではいいがパッとしない戦い方だった。仮にコウキがやるとすれば、もっと違う使い方をする。
「…………待て」
コウキの呟きに全員が反応した。
「仮に、あの風魔法までが戦略だとしたら?」
「何を言う。使うとしても、あの穴から全て飛ばしていては意味がない。場所を知らせてるようなものだ」
「でも実際穴から飛んできた」
マリードの言葉から徐々にコウキは事実を紐付けていき、未来の仮定を導き出すための思考をする。
「そうだ。だから高度な知性ではない」
「……俺たちは現に6人で穴を警戒していて……」
そこでコウキは思った。
「――デコイじゃないか?」
沈黙が流れる。
「穴から来た炎、視界をくらませる煙幕、穴の方角から来た風の斬撃。俺たちは今“驕ってる”んだ。最後のは悪手だと考えた、だから穴を…………」
まさか、と。
コウキは嫌な汗を垂らしながら穴から目を離す。
「……やべ。 ――――上だッ!!!」
「――ッ!?」
全員同時に上を見る。
静かに高い天井を這う一匹の竜。
デリオロスが、コウキに向かって急降下した。
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