第9話 「エリエリとライラ」
翌日。
学校中で話題となったのが、特別生発表のニュースだった。
今でこそ休み時間だが、一限の授業中でありながら態々見に来る上級生までいたほどだ。同学年からしたらその場にいた事もあり大して珍しくもないが、同学年は同学年で他の
「送信、と」
コウキはキオラに一日遅れのお祝いメッセージを送ったところだ。
昨日からなんだかモヤモヤしていたので送れて一安心だった。
「テイナちゃんが誕生日だったなんて!ボクぁそんな日に休んじまったのか!嗚呼、もう15歳か。ちょっと先輩。ちょっと先輩のおっぱ――」
パシン、とロイの頭を叩いておいた。
暴力はいけないが何か目に見える形で制裁を加えないと、見て見ぬふりする側にバチが当たりそうなので仕方ない。
「――ぃてて、そうやってボクの頭を殴るから座学の知識が飛ぶんだぞ!というか病み上がりなんだからもっと労われ!」
「飛ぶも何も蓄えてないだろ、もうちょっと学びを付けろよ。学科の評価幾つだ」
「うっ…………よ、4ポイントだ……です……」
「馬鹿野郎、特別生補助で上がったとは言えちょっとは努力しろ」
「た、体調不良だから仕方ないんだ!」
どうやら特別生になると余分に評価値が上がるそうで、ロイは実技10ポイントの学科4ポイント。
勉強もせずに2ポイント上昇していた。
テイナと言えば合同実技では低評価だったものの、翌日の実技試験では見事な成績を収めた。その後のテストも躍進を見せ学科8ポイントの実技9ポイントと、同世代の中では順調にキャリアを積んでいる方だった。
「特別生になるのはテイナの方が良かったかも知れないぞ。そんな風に思われてショックじゃないのか」
「ぜーんぜん?多様性だし別に人それぞれじゃ――」
パシン、ともう一度頭を叩いておいた。
「ねえ今のはちょっと違うよねえ先生〜どこ〜」
「休み時間も勉強しろ」
「何だよまったく!ボクにだって才能くらいあるぞ!」
ロイのためにも心を鬼にするとコウキは決意した。
と言うのも、特別生認定されたメンバー16人のなかでDランクはロイだけなのだ。しかもポイントも大したことがない。実技の評価はすこぶる高いが、学科がものすごく低い位置にいるおかげで総合的に並以下だ。
このランク矯正は体裁などではなく政治の話が主となる。
デスフラッグはその特徴から別の色階級(クラス)同士で協力関係になる可能性がある。その際、基準になる部分がどこなのか、考えるまでもない。足を引っ張るかどうかはその人の成績に依存すると言えよう。このままではノアールは落ちこぼれ認定間違いなしと言うわけだ。
「とまぁそんな感じで、落ちこぼれという偏見と共に機会損失しないためにも、基礎的な部分はちゃんと上げていけ」
「はいはい」
「はいは一回」
「はぁい」
「伸ばすな」
「うぐ……」
「嫌なのは理解してるつもりだ。でもやらないと」
そう言いながらコウキは自作の問題集をロイに渡し生徒手帳のニュースページを見た。
そこには全色階級合同対魔獣初人試験、通称デスフラッグの参加権を獲得した特別生の名前が載っていた。
----------
・ミア=ツヴァイン Sランク
・キオラ=フォン=イグニカ Cランク
・グレイオス=ヴァリアード Bランク
・ラン=イーファン Cランク
・ガミア=イシュタル Bランク
・プラハ=ヴァリアード Cランク
・テオ=ランティス Cランク
・ゼクトロドリゲス Aランク
・シュウメイ Bランク
・ヒメ=オオタケノミズチ Bランク
・リアス=クロイ Bランク
・ナナミ=カトラッゼ Bランク
・アオイコウキ Cランク
・ロイ=スリア Dランク
・ネイ=オラキア=トリネテス Cランク
・ライラ=ナルディア Bランク
----------
記入された錚々たる面子を見て、コウキ自身少し緊張していた。
ブロンのメンバーもそうだが、ルージュに名を連ねるガミア=イシュタル。彼とは初日に揉めた事がある。明らかに実力者だとは思っていたが、ここで巡り合わせるとは思ってもいなかった。
それ以前に、まだ入学して一ヶ月と少し。だと言うのにこんなにもBランクが居るのかと衝撃を感じている。更に未知数であるのがルージュクラスのゼクトロドリゲス。既にAランクとはどういう事だろうか……。
規格外のメンバーとの合同戦線。
最早協力し合えるのかも疑問だ。
「まずいな……」
見れば見るほど遅れをとっている事が分かる。
コウキ自身もロイのことを言えたものではなかった。より一層、本気で挑まなければきっと遅れをとる。その差は今後の戦いに大きく影響するはずだ。
「元に平均値が軒並みBランク以上の中、ノアールだけはCランク」
「ういっす!――って、どーしたのコーキ。怖い顔して」
「んあ、テイナか。おはよう」
「OHAYO!麗しのテイナちゃぁん!そして遅ればせながらオタオメ」
「あ、ロイ君おはよ!えへへ、ありがと〜」
「なんか心なしかぁ15歳のテイナちゃん、明るくなったんじゃあないのぉ〜!」
ハイテンションのロイが詰め寄る。
勉強はどうしたと思ったが、昨日居なかった分仕方ないのかも知れないとコウキはその場を上手く合わせた。
「15歳のアタシはひと味違うよ〜ガンガン行くってば!」
「よっ、それでこそテイナちゃん!」
「過去にこんなノリあったっけ?」
細えこたぁ気にすんじゃないよ、とロイは言った。
それもそうだと思い再び思考しようとすると、テイナがいつものように下から覗いてくる。視線に困ると思っていたが、プレゼントした髪留めが光に反射していてそこに目がいった。
「だからどーしたの?って聞いてるんですけど〜」
「んーまぁ、色々と要因はある。主にデスフラッグについてだ」
「ああ、そっか……。アタシも見たよ。なんかこう、凄いランクの同級生がいっぱいでちょっと怖くなっちゃった」
「仲間って言えば仲間だし、心強さはあるんだが」
「本当に協力関係になるか分からないんだよね?」
「そう言うことだね。政治を効かせるにも、うちのクラスの平均ランクは他に大きく劣ってるからどうしたものかと」
コウキが腕を組み長考した。
考えても仕方のない事だと頭では理解しているが、打開策を見出したいのも事実だ。目標としては当日優位に進めるために平均ランクを早急に上げるか、他のクラスと結託するために今から根回しするかだ。
「時期はいつだっけ」
「三週間後だ」
「あ、超早いんだね」
「あぁ、やれることは限られてくる」
コウキは考えた末に至った結論、ロイを一旦Cランクにする方向性を固めた。
コウキはコウキで動いていこうと決意する。
「テイナ、悪いんだけどロイに勉強教えてやってくれないか」
「え、いいよ全然」
「テイナちゃんが教えてくれるのか……‼︎」
「ロイもこの通り喜んでるみたいだ」
「それじゃよろしくねロイ君」
「はい先生‼︎」
なんて都合のいい奴だ……とコウキはまったく見せてくれなかったやる気に火のついたロイを眺めた。
思春期の女の子パワーって凄い。
「でもコウキはどうするの?」
自分が教えればいいはずの状況をテイナに託す訳だ。
必然的にその質問は来ると思っていた。だからコウキは、まずやるべき事をテイナに伝える。
「今回ノアール唯一のBランク。ライラに会ってくる」
即行動。とりあえず1クラスを後にした。
××××××××××××××××××××
1クラスと4クラスの間には微妙な距離があった。
コウキが辿り着いた頃には自由時間も残り15分と限られた時間になっていて、他のノアールクラスに行くのは初ということもあり色々と緊張していた。
「失礼しま――」
4クラスの扉を開けながらそう言ったが、鋭い殺意のようなものを感じで言葉に詰まった。
「あらあら、これはこれは、1クラスのアオイコウキ君じゃないですか。どうしたのかな?……何か、用?」
満遍の笑みで話してきたのは、コウキより10センチは背の低い少年だった。茶髪の髪をマッシュにした童顔の生徒は、その笑顔を崩さないまま要件を聞いてくる。
「誰だか知らないが目が笑ってないぞ」
「ふむふむ、そうかな?どうだろう?ぼくが笑いかける理由も無いんだし、どっちでもいい気がするね?」
「まぁそれもそうだね。興味もないし。事のついてだから聞きたいんだけど、ライラはどこに居るかな?」
「ほうほう、なんだか蔑ろにされてる気がするな。名前も聞かずに要件を言うなんて酷いじゃないですか。ねえ?」
「それ、今度でいいかな。長話しにきた訳じゃないんだ」
コウキが淡々と話をすると、ついに少年から笑顔は消えた。
冷たい表情で一瞥してから、コウキの要件を無視して席に戻って行った。
「なんだこのクラス。感じ悪いな」
「やあやあやあ少年!お困りかね!お姉さんに言ってみなさい!」
見て見ぬ振りする生徒たちに小言を言っていると、後ろからものすごい速度で少女がやってきた。
同じくらいの背丈の、桃色の髪をした女子生徒だった。長い髪の所々にチープなプラスチックの髪飾りをしている。飴玉のようなソレはカラフルでちょっと美味しそうだ。瞳は紫でコンタクトだろうか、星が散らばっている。顔は丸顔、所作はいかにも不思議ちゃんといった感想だ。
「わたーしの名はエリシア=エリミール!略してエリエリって呼んでくだしあ!」
ピシ、と目元でピースを決めるエリエリ。
ここまで圧倒され続けたコウキがはっと正気を取り戻した。
もうそろそろ時間だ。早くライラを見つけなくては。
「エリエリ……だっけ?俺はアオイコウキ、コウキって呼んでくれ。事のついでで悪いんだけど今ライラを探してて知ってたら教えてくれないか?」
「んお!ライラかぁ〜少年、もしかしてコレ?」
小指を立てながらイタズラに笑うエリエリ。もっとまともな奴居ないのか、と4クラスへの印象が悪くなる一方だった。
「そうじゃないそうじゃない!特別生同士で話ししたいことがあるんだよ!」
「わぁ、なぁーるほど☆合点承知の助!そう言うことなら早く言ってよ〜も〜」
このこの、と肘で突かれる。
コウキは新しいキャラクター性になんと返したらいいのか困っていた。
「場所わかるのか?」
「うんまさに!おいでおいで!!」
腕をぐっと組まれて、4クラスを後にする。14歳にしては発達したものが強くあたるためコウキも緊張してされるがままだ。
そんなこんなでしばらく歩かされていると、やや不安な要素が出てきたので腕を組んで半歩先を行くエリエリに話しかける。
「……この先って、1クラス通るよね?」
「無論その通り☆なにか問題があったかね少年!この先の階段を通って、共同エリアまでいくのだよぅよぅ!」
「ちなみに一瞬この腕とかって離れたりしないかな」
「ふんふん、なして?」
「その、恥ずかしいし、あと、胸当たってるし」
ストレートに伝えることで、相手の恥ずかしさも煽って腕組みを辞めさせる作戦に出た。
理由はもちろん、この光景をテイナに見せないためだ。あの出来事が二日前だと言うのに印象が悪すぎる。これはマズイ。
すると、ツカツカと歩きながらエリエリが「少年、少し考えたんだが」と答えを切り出した。
「わたーしは恥ずかしくないし、おっぱい当たってるなら少年、別に得してね?」
終わった。
はい、まさにその通りであります!
わたくしコウキは今、得しているのであります!
人に見られるのはラッキースケベの代償であります!
涙ッ!
こうして1クラスの目の前を通った。
気づかないでくれ、と言うのはもう無理だった。これだけ騒がしい女子生徒が闊歩していれば教室内の生徒が外を見るのも必然である。
「え、コーキ?…………ぇええ!?」
通り過ぎる瞬間に聞こえたテイナの声。
もうなるようになれだ。豊満な胸の感触をずっと覚えてやる。そう男を見せるコウキ。
どけどけどけい、と騒がしく人を掻き分けて進むエリエリ。非常に目立つ。絶対やめた方がいい。普通に歩いて欲しいと願った。
「うおおおおおう☆少年、もうすぐつくぞぃ!」
共同エリアに入り、階段を駆け上がるエリエリが目的地までもう直ぐだと知らせる。コウキはやっと終わる嬉しさと共同エリアで誰に見られるか分からない焦燥感にやられていた。
「あ」
「おおうミア氏おはよデス☆先を急ぐのでまた!」
「………………………………ん?」
んんん?
「待って今ミアいたよね?ね?いたよねミア!挨拶してなかった?上手く見えなかったんだけど!」
「はいはい先急ぎますよ〜!」
「いたよねぇぇぇぇぇああああああああああ…………」
コウキは目の前が真っ暗になった。
されるがまま、エリエリに引っ張られる。
階段を駆け上がる音、扉を開く音が響き、そこで意識は飛んだ。
「つきましたよー☆少年、起きてくださいまし〜!」
ぺしぺし、と乾いた音がする。
それが自分の頬だと知って、アオイコウキは目を覚ました。どうやら一瞬気絶していたらしい。心地よい風に頬を撫でられて、今までの光景が夢だったかのような気持ちになった。
「ここは……」
「屋上デス☆ほら、あそこで黄昏てるのがライラですよ〜行っておくんなまし!」
ほれほれと状態を起こされ背中を押されて歩き出すコウキ。
ミルクティーの色をした少女の髪が靡きコウキの存在に気づく。フェンスから外を見ていた少女、ライラが振り返った。
「……何か?」
「えっと……あー、その」
会うだけ会ってみたが、急いでいて何を話すかまでは決めていなかった。しかし儚げなライラは今を逃せば見つからないのではと錯覚させるほどの危うさがある。全然そんな事はないはずだが、どこかコウキは確実に今後対話できる選択を模索して、そして。
「連絡先、教えてくれませんか」
「わお☆」
告白みたいになってしまった。
××××××××××××××××××××
「何故」
「あ、うんそうだよなそうなるよな」
栗色の瞳が眉をそめてコウキを覗く。
5メートル程度離れた距離は実際よりもさらに遠く感じた。
「貴方が私に用があるとは思えない」
「そう思われて当然なんだけど、用ならある」
「簡潔に話して」
「ありがとう。まずは自己紹介から始めていいかな」
「……………………」
「良いと捉えるね。俺はアオイコウキ。コウキって呼んでくれ」
「……………………」
「知ってるかもしれないけど、ライラと同じ特別生だ」
「……………………」
ライラは黙ったままコウキを見つめていた。
深淵の奥を覗くような深い眼差しと、それでいてレスポンスの無い対話にコウキはゆっくりと焦りを感じ始める。言葉を選ばなければ破綻しそうなギリギリのやり取り。ある意味でドS極まる対応だと場違いな事まで考えた。
「率直に言うと、情報交換がしたい」
「……………………」
「デスフラッグは同じ色階級同士は協力関係にあるべきだと俺は思ってる。じゃないと攻略不可能だ」
「……………………」
「だからその、既にBランクのライラともう少し対話したいんだ」
「……………………」
長い沈黙が続いた。
おそらくもうすぐ予鈴が鳴る頃だ。
どんどん焦り始めるコウキが次の言葉を選んだ矢先、ライラが言葉を発した。
「貴方に何が提供できる」
「……え?」
「情報交換の希望について」
「……そう来たか」
「当然。私は貴方に情報を提供できる。でも貴方の情報は私には必要ない。だから、これは情報交換ではない」
「……あぁ、そうだ。その通りだ。……すまない。聞こえのいい交渉みたいな進め方をしてしまったけど、俺は君を納得させられる情報を持ち合わせてない」
「もういい?」
「そうだな。もう、大丈夫だ」
その言葉と共に予鈴が鳴る。
ライラは堂々とコウキの隣を通り過ぎて、屋上の出入り口を潜った。
残されたコウキは風に吹かれてしばらくそのままで居た。大恋愛に失敗したかのような、不思議な感情が押し寄せてくる。
その姿をじっと見つめるエリエリはある意味最も空気を読んだ立ち回りだ。
コウキとて、一人でいるよりは幾分かマシだったのだ。
「戻ります〜?」
「そうだな。エリエリ、ありがとな」
「モチのロンっすよ先輩☆ 任せてくだせえ!コーヒーのみますけ?」
「コーヒー好きなのか?」
「いやぁマジな話趣味で好きですが先輩、ここは雰囲気で言って見ましたけぇのぉ?」
「キャラの話ね。いらんいらん」
「そうですかい、仰せのままに!」
「……お前いい奴だな」
「そーですけ?付き合ってくれる先輩の方がいい奴っスよ〜!」
少年から先輩に変わったのは何かの気遣いだろうか。エリエリに通常のロジックは通用しないので、深い詮索は避けておこう。
出入り口のドアを開ける。
階段を降りながらエリエリと他愛もない話をしていた。
「てか思ったんだけども〜」
「どうした」
「何で少年は、本当の気持ちを避けるんだい?」
「ん?」
「いやさいやさ!気になってて。だってさーそれって無意味じゃん?」
「ちょっと待ってくれ、言ってる意味がわからん」
話が勝手に進んでいきそうなところを、コウキは一度止めて歩きながらエリエリと目を合わせた。
「ライラは強いよ」
突然の真剣な声色にコウキは一瞬戸惑った。
「まぁー少年が浅知恵をこねくり回してほいっと何か企んでいるのか、自分の立ち位置をぐぐーっと尊重したいのかは知らないけどさ〜多分ライラは全部切り伏せれると思うんだ〜」
「それはどう言う話だ?」
何かが引っ掛かるコウキは歩くのをやめた。
それに伴ってエリエリも立ち止まった。
堂々とした態度で、コウキに手と首を振ってやや呆れた表情をとった。
「何のこっちゃ?勝ちたいなら手段を選ぶなって話だよ、コレ」
「――、」
「泥臭くていいじゃん?恥ずかしくていいじゃん?それでも欲しいものがあるから来たんじゃないの。なら上辺だけの言葉って必要あったかな〜」
「それは……」
「少なからずわたーしは、少年の真剣な気持ちに賛同して責任持って連れてきたつもりだにゃ〜おっぱいおっぱいって感じで」
コウキは言葉に困ってしまった。
何故かふざけたエリエリの言葉選びが、コウキの取り繕ったものより優れていると実感したからだ。
エリエリは「それに」と言葉を紡いだ。
「ライラは言ってなかった?簡潔に話してってさ」
「――、」
コウキはやっと自覚した。
自分の立場を改めて痛感した。
俯瞰で考えすぎるあまり、自分が当事者であることを棚に置いて話を進めてしまっていた。今の自分を素直に受け入れることができていなかった。
「周りは優秀、俺はポンコツ」
ロイに偉そうな口を聞いたのも、平均ランクが低いのも、全て自分自身がもっと強ければこんなことにはなっていない。でもなってしまった。弱いままの自分が選ばれた。ならやるしかない訳だ。そして、やるべき事は沢山ある。
「腹ぁ括ったかぁい?少年」
「あぁ、馬鹿だ。俺は」
「よし。そんじゃこれあげる〜!」
ポケットからエリエリが紙くずを取り出し、コウキに渡した。
それはエリエリの連絡先だった。コウキは一礼して、進むべき方向を見た。
「行きな、少年。まだ間に合う」
「エリエリ……俺は――」
「行けよ、走れ」
電波少女の喝と共に、コウキは猛ダッシュした。
とにかくチャイムが鳴るその前に、何とか一言だけでも伝える必要があったのだ。
「ライラはいい奴だよ」
呟く声が届かないほど大急ぎでコウキは向かう。
階段を登り、渡り廊下を走り、時には大きく転げて、それでもただ走った。
最短ルート、この場所ならきっと。
もう一度会えるはずだ。
そして高速度で過ぎていく景色の先。
生徒が誰一人居なくなった廊下に一人歩くシルエットを見つけた。
「ライラッッッ!!」
突然の大声でも冷静に彼女は足を止めた。
緩く首だけを振り返ると汗だくでボロボロの少年がそこに。
その少年は一度言葉をためらうが首を横に振る。腹を括ってみっともない今の瞬間を受け入れた。
「俺はっ、弱いッ!!」
渡り廊下で恥ずかしげもなく叫んだ。今日一番の大声。いいや、マリードとの戦闘以来だろうか。喉がはち切れそうだった。口の中は血の味がして、自分で発した言葉が頭の中を何度も反響する。
「……………………」
依然、少女に返答はない。
深淵を覗く深い眼差しだけがコウキを見定める。
「力を…………貸してくれッッッ!!」
どうしてか涙が溢れそうになった。
全てを認めるだけではない。それを言語化して伝える事。自分の弱さを強く見つめる事。そうするしかない事。何に感極まっているのか、14歳のコウキには分からない。
ただ。
「…………………………勝ち……たいんだ」
振り絞って出しす消えそうな声だけが残った。
膝から崩れ落ちて、爪が割れる程力一杯に地面を掴もうとする。
悔しさのやりどころを少年はまだ知らない。
そして少女の返答もやってこない。
直視できないコウキはカツカツと歩き始めた足音をただ聞く事しかできなかった。
足音は進み続けてやがてピタリと止まった。
それはコウキの目の前にやってきた。
ゆっくりと顔を上げれば、凛々しい人形のような顔の少女がただコウキを見下ろしている。ミルクティーの髪、柔らかくうねるパーマ。栗色の美しい瞳。
ライラは一言だけコウキに告げる。
それは最初で最後、コウキにとっての希望だ。
「私も勝ちたい」
刹那に大きな鐘の音が響く。
いつまでもいつまでも長く続くチャイムの音を、鳴り終わるまでコウキは聴き続けた。ライラはもう居ない。
それでも確かにコウキの心にはライラが居た。
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