第5話  「合同試験の予兆と新聞」



 ――入学から一ヶ月。


 生徒手帳が近未来的かと言えばそういう話でもなかった。

 むしろその枠を超えている。


 魔法に構築式を与えた所謂“魔術”の類で、この電子的なディスプレイは所有者の願いに反応して画面に浮かび上がるシステムも搭載されているのだ。ランクを見たいと願えばランク表が、メッセージをしたいと願えばメッセージが反映される。それはどこか選定式における“忠義の石”の役割に似ていた。


「――ァイン」

「ふ」


 そして授業中にも関わらず、コウキは別のことばかり考えていた。


「二刀流とはある家系が本家分家共に持つギフテッドの一つデス。これは恩恵を得た時点で二種類の力を手にしマス。必ず片方は光、もう片方は二度の例外を除き闇以外が抜擢されるのデス。皆さんご存知かと思いますが二度目の例外がミア=ツヴァイン」

「ふ」


「……二刀流はそれだけでなくデス。二つのタイプに加えて一つの剣を持つ毎に二倍の強さを得マス。つまりデス。二刀流は一つの剣で既に二人分以上の力を持ち、二本あるとその力は四倍に及ぶとされていマス。皆さんも見たはずデス。一本だけで圧倒するミア=ツヴァイン」

「ふ」


「……………………………………………」

「……………………………………………」


「シル=ツヴァイン」

「……………………………………………」


「マム=ツヴァイン」

「……………………………………………」


「レオ=ツヴァイン」

「……………………………………………」


「ミア=ツヴァイン」

「ふ」


「アオイコウキ君」

「……………………………………………」


「なぜナゼ何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故変なとこで笑うんだ不良野郎ッッッ!」


 広い講義室に怒号が響いた。

 段差状になっている一番下の部分から、特殊理論担当のミオス=カトラッゼ教師が顔を赤くして勢い良くペンを投げる。


「――ぐおッッッッ!?」


 寸分違わぬ軌道でコウキの額にジャストミート。背筋がのけ反って後ろの机に後頭部を強打。視界が明暗を繰り返し星々を超えて銀河の果て、三途の川へと辿りつきそうなところにミオスが待ったをかける。


「ゥアナタ、おかしいデス!不良デス!不良不良不良ッッッ!」

「――ぃた、嗚呼、本当に銃弾かと思いましたミオス先生」


 コウキは額を触りながら脳天に風穴が空かなかった事に疑問を抱いた。声の元を辿ると金髪をマッシュにした教師がお怒りだった。独特の癖毛が特徴のミオスは、その紫の目を鋭くして癇癪を起こしている。


「何故笑うのデス!ワタシの話し方おかしいみたいにデス!」

「いやそりゃまぁ、口調おかしいと思いますけど笑ってませんよ俺」

「笑ってるのデス!他の生徒は気付かなくてもワタシは一瞬のほころびにも気付くのデス!」

「そんなこと言われても――」

「ミア=ツヴァイン」

「ふ」

「あああああああホラまたちょっとにやけやがったこの不良!ゥアナタ、ワタシの発音がちょっっと変だからって心外なのデス!まだ入学してから一ヵ月デス!!」

「心外なのはこっちですよ、流石に理不尽だ……!」


 もはや苦笑いしかする事のないコウキ自身も、内心では浮かれていたと反省していた。と言うのもこの一ヶ月、最も楽しかった出来事と言えば舞踏会のミアとの会話だったからだ。思い出す度に温かい気持ちになるのは否定できなかった。


「もういいのデス!それではアオイコウキ君。二刀流の欠点を言ってみるのデス!」

「ありません。二刀流は先ほど先生が言った通り事実上四倍の力を発揮します。強いてあげるのであれば、二点。おそらく乱共鳴と操作性です」

「ぐっ……」

「乱共鳴の方は言うまでもなく人よりも二種類多く起こりうるリスク、操作性においては例えば魔法帯剣を右左異なる種類の魔法で維持するのは至難の業。ですが何も戦闘においての欠点とまでは言えないはずです。そもそもギフテッド自体が天の追加恩恵なので、欠点を探す方が難しいと言えます」


「……よろしい、のデス」


 コウキは自己評価よりも優秀だった。

 これまでの授業はほとんどの要点を効率よく覚え、理解した上で再考するのを躊躇わない。一つの理論をパターン化させて繰り返し想像力をフル活用する事で物事をイエスかノーの二択で考えることができた。


「ありがとうございます。その、すみませんでした」

「まぁ、いいのデス。……ワタシもやりすぎたデス」


 それだけ言うとミオスは黒板の方に向き、授業を続行させた。


「アオイコウキ君の言った通りデス。ギフテッドには原則弱点がないのデス。次に挙げる“選定戦順せんていせんじゅん”もギフテッドの一つであり、ここはテストに出るので予習を推奨しマス」


 その一言と共にチャイムが鳴り、昼休みの時間となるのであった。


 教師は講義室を後にし、生徒もまた自分の教室へと戻っていった。



××××××××××××××××××××



「オマエさ、何かミオス先生と相性悪くない?」

「そうなんだよね、ほんと」

「相性が理由じゃないでしょ〜」


 昼休みはアオイコウキ、ロイ=スリア、テイナ=フォン=イグニカの三人で済ますのがいつものルーティンだ。ノアール寮付属の公園、屋根付きの食事スペースで昼食を摂る。


 ロイはいつも通り肘をテーブルに乗せて顎で支えながらお行儀悪い姿勢でコウキについて呟いた。コウキは食堂の鳥肉弁当片手に新聞を読みつつ、適当に話を合わせた。


 そこに的確なツッコミをテイナが入れており、これらはいつもの流れだ。

 ちなみに彼女は手作りの野菜多め弁当。健康的以外に褒める部分がない。


「なぁーに言ってんのテイナちゃん。先生の相性以外であんなバッティングしないでしょ」

「ロイ君にはわかんないよ男の子だもん」

「まるでボクだけがわからないみたいな空気!?」

「あはは、これに関してはコーキが一番わかんないんじゃないかな?」


「俺は流石に理解してるつもりだよ。――んお、隠れ家の純喫茶じゅんきっさなんて街にあるのか」

「どうかなあ。ってか新聞読みながらご飯はお行儀悪いよ?」


 隣からにやにやと顔を覗き込むテイナ。

 角度的に大きく開いた胸元や何故か不要なのにつけている太もものガーターベルトが視界に入るが、それを凝視してはいけないことくらい思春期でも分かる。新聞を読むふりをして平静を装いつつ、話を切り替えた。


「ところで!次は俺たちノアールが全クラス合同で精霊剣の実技テストだけどさ」

「あーそれね」

「うんうん、それアタシも思ってた」

「今それぞれポイントなんだっけ、生徒手帳見れる?」


 コウキが質問すると2人は思い出したように生徒手帳を取り出す。画面に映し出される各々のステータスを眺めて、最初に切り出したのはロイだった。


「ボクはランクDで実技2ポイントかな」

「アタシも同じ。これDランクは実技と学科の2項目あってそれぞれ10ポイント必要なんだよね」

「そうみたいだね。Cランクからまたポイントリセット、項目も増えるみたいな話だった。ちなみに実技は俺も同じポイント」


 コウキが実技のポイント画面を見せた。


「何かボクたち1クラス以外のクラスは既にクラス別の実技テスト済んでるんだろ?ボクらだけそれやる前に合同試験なんてフェアじゃないね」

「まぁでも、その後に1クラスも個別試験はやるんだと思うよ。多分これはタイミングの話でしかない」

「ノアール一年のクラスは4クラスで、アタシが聞いたのはもう既にそこからCランクが居るとか居ないとか」

「テイナちゃん情報通だね」

「えっへん。外交は任せて」


 あまり無防備に胸を張らない方がいいとコウキは思った。

 野蛮なロイが乳にしか目を向けてない。向かいに座ってお猿さんもいいところのロイの脛を少し蹴っておいた。テーブル下の攻撃でロイも「は!」と正気に戻る。こういう素直すぎるロイの一面は、馬鹿だが少し尊いなとコウキは感じる。

 反面、ハラスメントの領域なので真顔だけは貫いておく。


「2人とも学科の方はどう?」

「…………2ポイント」

「うわ、アタシ4ポイントもあるよ!」

「ロイが2でテイナが4、やっぱそうか」

「これ、大きく左右されるのは授業態度もそうだけどテストだね」

「ロイ君昨日の抜き打ち学科テストやらかしたもんね〜」

「テイナちぁん!涙出そう!!」

「およそ泣き出しそうな人の声量じゃないな」

 

 ともあれ、この学園のランク評価基準はここ一ヶ月でなんとなく理解し始める3人だった。通常の授業には生徒質問やノート提出が多い。その上で月に二度以上は必ず抜き打ちテストや生徒指名のテストが存在する。


 それらをこなした上で、普段の学生貢献度を加味した値がポイントに反映されるようだ。ポイントが限界値まで行った段階でランクが上がるシステムらしい。


「というかあの学科テスト学習範囲150ページ分くらいは習ってないぞ!2人とも何点だった訳!?」

「……アタシ予習推奨はこなしてたから35点、ロイ君は?」

「……………………9点」

「あ、あはは〜……流石に難しかったもんね。体感授業範囲15点分って感じかな。コーキは?」

「俺は……92点だった」


「「んんん?」」


 場が凍り、公園に小さな風が吹いた。


「まってしぬ」


 その沈黙を切り替えたのはテイナだった。


「コーキいくらなんでもおかしくない?あれ上級生も厳しそうにしてるくらいの難問が20点分あったって!」

「そうなんだよ、だから8問は解けなかった。応用魔術理論まじゅつおうようりろんなんて物理的に見たことがないから当然だけど」

「オマエ……ガリ勉こえて気持ち悪いまであるぞ……」

「そんな、コーキ……。あの兄ですら80点でポイント5なんですけど」


 開いた口が塞がらない2人を見てコウキが冷静に説明する。


「いきなり気持ち悪いんだけど……カーディナルが上位10名に1人ずつ番号を与えられたり、3学年なのにカーディナル入りしている生徒がいる時点で、この学園はどこかで相対評価そうたいひょうかがなされていているか、評価の基準値がとても精密で困難かなんだ」

「ん?ちょっと待てオマエ突然どうした、本当に気持ち悪いぞ!」


「だから、コツコツやるんじゃなくて逆転できる術を残しながら更に選別してる可能性があるって事。同じ点数同士の人でも上下関係が必ず生まれる仕組みだから序列って言葉が生まれる訳だよ」

「コーキ、ごめんつまりどう言う事?」


「授業態度は普通に受けてれば問題ないくらい等しい。でもテストは多すぎる割に難しく、更に細かい。つまりテストの方で差別化される上、同じ点数同士でも正解した問題を比較して順序を決めれる余地を残してるかもしれない」


 コウキがつまり、と言葉を紡ぐ。


「この学園はテストの平たい点数合計だけではなく、解いた問題の難易度も他人と比較して大きく差をつけることで早いランクアップを狙えるはず。だからあえて予習範囲を超えた部分をずっと勉強してみたんだ。俺の学科のポイントは――、昨日の時点で10になった」

「「わからん」」


 ポイントの評価値よりもややこしい話にフォーカスがいってしまい思考停止する二人。


 つまり、テストが全てかは分からないが多くポイントを獲得したり他人と差別化を図るシステムがある。

 はじめたての下級生の間で既に大きく差が出るということは、大きな評価の一部がテストという形で存在しその解答次第で差が出るのではないか。といった話だった。


「これは1年が解ける範囲を超えた点数を獲得した事で評価が一気に上がったって事かな。でなきゃキオラと俺の点数差が10程度なのに5ポイントも離れることなんてない気がするな」

「コーキ、待って。でもそれなら評価の値を厳しく細かくしてて、問題ごとに獲得評価ポイントを絶対条件の下で配当してる可能性もあるよね」

「あるね、だからこれは今のところ可能性の話だよ」


「どっちにしてもカーディナルに下級生が居る違和感と1回目のテストの難易度を踏まえてコーキは2回目のテストを猛勉強してたって事ね」

「そう、それが更に自分は相対評価なのではと思う。みたいな持論」

「……オマエそんなに考察する奴だっけ?」

「性分だよ、元々理解したいタイプなんだろう、記憶ないけど」


 慣れてきた記憶喪失をブラックジョークにしながらコウキが話をする。今回の件は簡単に言えばテストの難問が通常の点数よりも加算されている事がメインだった。


「よくわかったけど、だとしてもコーキの92点は狙ってとれる範囲を超えてる気がするよ」

「まぁね……通常魔術の理論はともかく応用魔術は家元で何百年と継がれるほどのものだから、効率化するのは手間取ったかな」

「てことはまさか……ボクらの次の実技テストは……」

「そう、一気に点数を稼げるチャンスがどこかにあるって事だよ」


 コウキは残していた最後の鳥肉を食べきって二人を見た。水もついでに飲み干すと、生徒手帳を持ちながら椅子に深く腰掛ける。


「作戦を練ろう」



××××××××××××××××××××



「ボクの精霊剣は畏敬の剣スタンチクだ。能力はそうだな……人の動きを一時的に“拘束”するんだけど、使い方が難しくて今は瞬間的な静止くらいかな」

「ロイの能力は今でも充分に強い。切られる瞬間や切る瞬間にラグを生めるだけで決定打を打ちやすい。凄くいいと思う」


 ロイは公園で自分の精霊剣を顕現させ、軽く振りながら説明した。

 剣は標準的なショートソード型のリーチ。

 やや分厚く深い紅の色味で、所々に白の装飾が入ったものだった。


「で、問題は」

「アタシだよねぇ」

「そうだね」

「テイナちゃんって能力すっげー珍しくなかったっけ?」

「還矢の剣アメノサグメ」


 テイナは自分自身の精霊剣を見つめる。

 特徴的なモカブラウンの色味にロイと同じ程度の標準リーチ。

 剣の幅は細くすらっとしている。


「闇タイプなのに“付与”がベースか」

「あはは、理論上は闇タイプ特有の“減少”を乗算してるらしいけどね」

「闇タイプ自体が“減少”“拘束” “時間” “変化”とかに特化してるから、その名目で言えば理にかなってるけど“付与”そのものはブロン、光タイプの専売特許みたいな所あるもんな」


「なんか暗いよな、ノワールが強みとする恩恵ってボクからしたら辛気臭いぜ」

「まあまあロイ君。闇そのものが“混沌と束縛を意味する”からほら……ね?アタシは割と好きだよ」


 テイナの補足でネガティブキャンペーン中のロイが言葉を控えた。ちょっと申し訳ないと思ったのか「まぁそうだよね!」とだけ告げて話題を変えるようにコウキを見た。


「俺のナイアルラの能力は正直、分からないというのが現状かな」

「テイナちゃんの“付与”がノワールっぽくない事よりもそこが一番問題な気もするぞ!」

「まぁそうだね、テイナに関して言えば“付与”の方法自体はノワールに文献が少ないけど、ブロンの教科書借りとけばなんとか使いこなせそうだし……」

「コーキ、その割には全然焦ってなさそうだけど?」

「どうだろう。実感がない分焦り方も分からないというのが正しい」


 ほーん、とロイが呟くと“恩恵を受けた者”にしか分からない一つの感情についてを思い出し「それなら」と言葉を繋げた。


「能力が何を授かったのか、選定式を受けた人間ならイメージで感じ取れるんじゃねぇの?ボクらみたいにさ」

「そうだね、イメージはあるよ」

「イメージがあるのに分からないの〜?」

「難しいんだけど表現するなら、俺の剣って鋭い刃がない鈍刀だよね。でもさ、切れるっていうイメージだけがあるんだよね」

「まぁーた話を難しくするなオマエ!矛盾しすぎ」

「言われると思った」


 しかし、実際コウキの発言は心からのものだった。

 切れない鈍を見て思うのは切れるというイメージだけ。何度も試すがそれ以外には一切のパターンやビジョンが見えてこない。

 コウキは右手にある精霊剣を見つめながら深く思考したが、何かがわかる様子はない。黒曜石のように漆黒の妖精剣がただそこにあるだけだった。


「でも、コーキの切れなさそうなのに切れるっていう点が分かるだけでもよくない?」

「まぁたしかに」

「それにグェン教頭の妖精の剣という命名は結構好きかも!刀だしもっとこう、古風でもいいけどね?」

「なんかありがとう、テイナ」


 いつでもプラス思考に切り替えるテイナへ素直に礼を言うと、テイナは突然の感謝に「え!?あ、うん」と慌てふためく。そして思い出したかのようにコウキを見た。


「そういえばコーキ、ミアさんと連絡はとってるの?」

「えっっっ」

「んん?オマエあの無い方のおっぱいが趣味な、ふごォ!!」


 急所への一撃でロイを黙らせると、コウキは「なぜ?」とテイナに返した。


「何故って、連絡先交換したんじゃないの?」

「あ、うんそう。でもなんで知ってるの?」

「見てたから……と言うのもあるけど流石に何かあったくらいはわかるよ!普段の所作で」

「そんなに出てるかな……」


 コウキが少し黙り普段の行いを振り返ってみるが、そもそもテイナは人の感情の機微に敏感だと内心で思い出す。どうせ知られているし、考えても仕方ないことを結論とした。


「交換というか、連絡先の生徒番号はもらった。登録も、した。……ただ」

「ただ?」

「なんて送ればいいかわかんなくて、まだ送れてない」

「……そっか。連絡は送りたいの?」

「まぁ、相談したいこともあるし」


 テイナが少しの沈黙の後「よし!」と手を叩く。


「ミアさんに連絡してみよう!」

「え?」

「ほら、ブロンはもう実技終わってるかもだし!情報収集!」

「なるほど!」


 そんなこんなで作戦会議の方向性は固まった。



××××××××××××××××××××



「こういうのは自然体がいいよ!」


 とは、自称乙女中の乙女であるテイナの意見。

 三人は気を取り直して公園でミアに送る文章を考えてる最中だ。


「恋文を送る訳じゃないのに緊張するな」

「本当?恋愛感情なし?」

「尊敬だ」

「あはは!いまの兄っぽい、うける」


 下から覗き込みながらからかってくるテイナは小悪魔のように笑い、コウキは苦笑いで返す。ロイと言えば女子生徒から連絡先を受け取ったコウキに不満げな様子である。


「こんにちは、アオイコウキです。登録よろしくお願いします。とかかな?」

「いやいや、コーキそれはなんか固いよ」

「ボクでもわかるくらい固いな、まぁ無い方の乳との事なんてどうでもいいんだけど」

「ロイ、名前で呼びたく無いならナイチチとかにしようか。なんかちょっと表現嫌だ」

「まぁ、オマエがいうならそうする」


 その他にもこんにちはをフランクに、だとか敬語を使わない、だとか様々な指摘をテイナや時々ロイに教えてもらいながら文章は完成した。


《やあ、コウキだよ。この間は話してくれてありがとう。連絡先もね!それで突然だけど、相談したいことがあるから手が空いてたら早めに返信くれないかな》


「これだ!」

「おお、凄いねロイ君の文……全然コーキより会話慣れしてる」

「やったぜ!テイナちゃんに褒められた!!!」

「確かに、すごいなロイ。男尊女卑とハラスメントがなければ確実にモテそうだ」

「二言以上余計だが!?」


 事実は事実である。

 しかしメッセージの文を完成させたのも事実。

 素直に受け入れたコウキが送信ボタンに指をかける。


「あんまり関係ないけどアタシまで緊張してきた」

「ボクは全く」

「送信、と」


 ちゃりん、と柔らかい電子音が流れた。

 同時にテイナが懸念点を発言する。


「昼休みあと30分で返信く――」


 ちゃりん、と。間髪入れずに再び電子音が鳴る。


「え、返信きた」

「まって早くない?アタシより断然早いんですけど」

「なんて返ってきたんだよ」


 ロイの返事にはっとしたコーキは慌てて生徒手帳を覗き込む。他人とやりとりするのは初だからか、まだ慣れない動作だった。画面を見ると確かにミアからの通知が来ている。


《こーき》


「え?まって終わり?無理すぎ」


「ミアっぽいと言えばミアっぽいな」

「いやコーキ、納得してる場合じゃないよ?」

「どうせ野蛮なナイチチの考えてることは分からない」


 三人が多種多様な意見を並べていると、続け様に連続で着信音が流れた。

 ちゃちゃりんちゃりんと、柔らかい音が重なって響く。


《わたしもありがとう》

《相談のる》

《鳥肉たべた》


「あー、ね。分かった小分けにするタイプの娘だミアちゃん」

「ほう、そういうのもあるんだね」

「だいたいメンヘラに多いぜ、やっぱやめときなよ」

「いやでも返さないと作戦会議にならないだろ、とりあえず返せるところは先に返して考えよう、送信」


 コウキからの送信音が鳴る。

 何を送ったのか覗き込むロイとテイナ。


《鳥肉たべたよ!》


「「鳥肉たべたよ!じゃねーよ!!」」


 そして珍しく二人につっこまれるコウキ。


「オマエわんぱく少年か!」

「そもそも返しちゃったら話外れて進むでしょ!?」

「確かに……ごめ――」


 そして、早々に着信音がなった。


《わたしも食べた、照り焼き》


「おぉ」

「おぉ、じゃねー!オマエ事の重大さ分かってる?時間がないんだから早くしろ!」

「珍しくロイ君が正論言ってる……」


 さっさと考えるぞ!とロイがコウキに喝を入れ、生徒手帳を奪いとる。

 最初に送った文を読みながら、コウキではなくロイがメッセージを操作した。

 何やら文を書いている最中にも、次々と着信音が鳴る。


《なんの鳥肉にしたの》

《わたしはいま蛙を見てる》

《この画像可愛い》

《可愛い鳥さん、おいしそう》


「コイツうるせー!まだ何も送ってないのに集中できない!」


 返してもないのに意味のない連絡が何度もくる事で、ロイのストレスは限界になったらしい。作り途中のメッセージを全文削除し、何やら新しい文を打ち始めた。


《うるせえ》


「送信!!」

「おいおいおいおい!ロイ何してんの!?」

「黙れ!一度静かにさせてないとボクの単純な脳じゃ処理できないんだよ!」

「ロイ…………アホの自覚、あったのか」

「オマエにだけは言われたくないけど!?」


 心外だなとロイが怒る中、文章を考えるために新しくメッセージを編集する。その最中に着信音が鳴り、ミアから返事が来る。


《ごめん》


「あああああああああああああッ!」

「オマエも真っ白になれるのかよ!!」

「二人とも何してるの」


 二人のやりとりを冷静に見ていたテイナが残念そうに言う。この二人はどこか似たもの同士なのかもしれないと強く感じたが、そもそも男の子なんてこんなものだろう。

 しばらく沈黙が続くとロイが「できた!」と叫んで真っ白から戻ったコウキとテイナに向けて生徒手帳の画面を見せる。


《さっきはごめん。今友達に文を打ってもらってた。相談についてなんだけど、この後うちのクラスが実技のテストを控えていて、もしブロンで似たようなテストを終えていたら情報が欲しい》


「おおおお!ロイ、マジで完璧だ。フォローまでデキる男だったとは……」

「コーキ、なんか泣いてる?」

「テイナちゃん放っておこう。送信」


 涙目のコウキを横目にロイが送信ボタンを押した。

 テイナは文章ができるなら普段の立ち振る舞いもちゃんとして欲しいとロイに思ったが、今はロイの手も借りたいほどに時間がない。


 だがすぐに返事は来た。


《わたしたちはさっきした。実技のテストは対人試験。断絶の》


「だってさ」


 ロイが画面を見せながら言うと、二人は一度考える仕草をする。しばらくしてからコウキが 「なるほど」と言い、ロイから生徒手帳を受け取る。


「断絶の試験か……。とりあえず、ミアには礼文送る」

「うーん。ロイ君、断絶ってあの断絶だよね?」

「テイナちゃんが思う通りで合ってるね。肉を切らないで断面へ能力を注いだりもできる……ある意味で精霊剣必殺の一撃」


 三人とも断絶そのものはミアの戦闘で見ている。

 肩から横腹にかけて斜めに切り裂いたのに血の一滴すら流れることなくヘリオスを倒した剣技だ。


「実際のところ、断絶そのものは戦闘で起こりうる。だけど発動獲得条件が滅茶苦茶難しいんだよな」


 返信を終えたコウキがそう言うと、テイナは頷く。


「断絶は相手の質量に左右されない分、鎧の上や大きな相手にも効率よく精霊剣で対抗できる手段」

「そうだね。魔獣相手にも有効打だし、人にも治癒魔法が使える生傷とは異なる攻撃だから強力だ」

「習うべき事なのはアタシも分かる……けど」


 ここまで聞いていたロイが二人の懸念点を言語化する。

 

「意図して断絶を行うには握ってきた剣の経験と発動したい意思が必要。その上で個人差もある。得意な上級生でも50%くらいの確率で失敗する」

「精霊剣初心者の下級生にとっては難題ってとこかな」

「あと怖いのはそれが対人で行われる点だよね〜。いくら治癒魔法があるとはいえ、失敗したら決闘でもないのに相手を断つし」


 不安要素をあげるテイナが少し考えた。

 ブロンからは怪我人が何人ほど出たのだろうか。

 治癒魔法は優秀だが万能ではない。無くなった血までも再生させるには高度な魔術が必要だと考察する。


「まぁでも、やるしかないだろう」

「だけどちょっと怖くない?断絶を行うという事は能力を使って人を斬るって事で……」

「テイナちゃんそれを言い出したら元も子もないよ。この学園なんて兵士の訓練所みたいな物だし、治癒魔法だけじゃなく回復魔術だって存在するぜ」

「それはそうだけど……」

「断絶は能力を流す力量も調整可能だから、能力無しと仮定して斬りかかれば成功時は相手に害はないよ」

「それもそうなんだけど……」


 珍しくはっきりしないテイナが覚悟を決めかねていると、コウキの生徒手帳の着信音が鳴った。話が終わったと思っていたがポケットに入れていた電子端末を再びみて文を読む。


《覚悟はしたほうがいい。過酷》


 着信は勿論ミアからの忠告だった。

 まるで話の流れを読んでいる返答にコウキがブロン寮のある対角線上に目を向ける。


「……作戦はこうしよう。もしペアを作るのであれば、ロイとテイナが組み、支障のないレベルで断絶を行う」

「まって、コーキはどうするの?相手が他のノアールクラスの生徒でややこしい人だったら」

「俺は俺でその場をやり過ごすよ。いつもより集中して治癒魔法をこなせばいい」

「それじゃ作戦になってないけど」

「知れただけでも充分に余地はあるはずだよ。少なくとも、被害対策は万全だ」


 そう言ってコウキはノワール寮の校舎を指差した。

 昼休みはもう直ぐ終わりを迎える。

 やがて来る試験に向けて覚悟を決めるように睨んだ。


「この試験、絶対にモノにしよう」


 二人は応じるようにコウキと横並びで会場へ向かうのだった。


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