第4話  「恋とは違う感情」



 オリエンテーションはその後も続いていった。


 下剋上イベントが終わるとミア=ツヴァインは評価の的となる。

 白色ブロンのクラスが固まるテーブルではミアを取り囲むように生徒が集い、少し大変そうな様子だった。


 次いでやってきたのは上級生による有志のようなものだ。バンドや漫才をステージ上で披露しこれも盛り上がりを見せた。そんな最中だがヘリオスは医務室へ運ばれたらしく姿はなかった。


「凄いな」


 そして今は数千人の生徒で舞踏会を開催しているところだ。

 中心のステージにピアノが置かれ、奏者が奏でる音色と共に生徒が様々なクラスの人たちと踊る。


 現在では遠目で見ても誰がどの色階級クラスなのか明確だ。

 理由は新入生が舞踏会前に配られたのはそれぞれのクラスを指すアウター。そしてランクを示す電子型の生徒手帳も同時に受け取った。

 統一されたブレザーはパイピングの色でクラスがわかるようにされているが、それだけでは分かりにくいのか、特徴的なアウターとそこに刻まれたクラスごとのエンブレムで見分ける仕組みらしい。


 自由と解放のブロンは知性ちせいのケープ。

 闘争と本能のルージュは戦火せんかのロングコート。

 鎮静と理性のブルは叡智えいちのショートコート。

 混沌と束縛のノアールは暗黒あんこくのローブ。


 それぞれが特徴的なアウターを着ることによりそのクラスを背負う形となっており、一見して判別できる仕組みだ。なんでも魔術の構築式が織り込まれており、身に付けることはメリットでしかないようだ。


「これメッセージのやりとりもできるのか。……まぁ、もちろんランクはDだよな」


 コウキは見ている生徒手帳を閉じると、遠くで兄と踊っているテイナに手を振った。ロイはおそらくダンス相手を探して玉砕しているのだろう。彩度がなく真っ白で隅にいるのが見える。


「あの」


 会場の隅にあるテーブルで、椅子に座って食事を続けているのはコウキくらいのものだった。だからこそ、コウキは間違いなく声をかけられたと悟る。悟りながら、何故なのか理由を探した。


「やっぱり俺に話してるよね」

「そう、あなた」


 声は後ろからかけられた。

 気配はない上に鈴の音のように美しい。

 コウキはこの声の元を知っている。

 だからこそ振り返ることに緊張を覚える。


「あの」


 視界の横から、覗き込むようにして琥珀の肌が現れる。

 美しい白髪に灰色の瞳をした顔がコウキを見る。

 目が合うとそれが何か分かっていながら肩は跳ねて呼吸は止まった。


「…………はい」

「となり、いい?」

「はい」


 座った、隣の椅子に。近い。そう思いながらコウキは真隣にいるミア=ツヴァインへ視線を送る。直視しにくい理由がコウキ自身にもまだ理解することはできなかった。


「主席で即日カーディナルのミアさんが何のご用ですか」

「知ってるの、わたしのなまえ」

「それを言うには有名人過ぎるでしょう」


 コウキは普段と違う言葉選びに自分自身でむず痒くなった。こんなんではダメだと、目の前にある葡萄ジュースを一気に飲み干す。甘酸っぱい味が後からやってきて、頬のあたりがきゅっとなる。


「あなた、なまえは」

「こ、コウキだよ。アオイコウキ」

「こーき」

「はっ、ハイ!」


 一向にほぐれない緊張をなるべく抑えるように何度も何度も別のことを考えながら、それでも隣にいるミアを意識しては消そうとして非常に忙しいコウキだ。しかし心は時間と共にリラックスしていき、やっと目が合わせられる程度になる。


「見てた」

「え?」

「理由、こーきがわたしを」

「あ、え?俺がミアを見てたから今ここにいるって事?」

「そう」


 それはおかしい、と考える。コウキは事実上めちゃくちゃ見ていた訳だが、その理論でいくとほぼ全ての生徒がミアに視線を送っていたはずだ。コウキが例外になることはない。


「それなら結構多くの人が君のことを見てるよ」

「ううん、あなたが一番わたしを見た」

「……どういうこと?時間の話?」

「それもある、でも心の話」

「余計わかんなくなってきたんだけど」

「どうして見たの」


 悪意なく、むしろ感情の機微がなくじっと見つめられるコウキはミアの求める答えを持ち合わせていない。言葉につまり、思考してはより分からなくなっていく。


「……ごめん。その答えを持っていない。言ってる意味が俺にはよく分からない」

「そう」


 それだけ言うとミアは側にあるお皿を手に取り、トングで照り焼きにされた鳥肉を乗せる。何をするのか一連の動作を見ていたコウキに、その皿を差し出した。


「はい」

「えっ?」

「これがおいしい」

「あ、ありがとう。照り焼きが好きなの?」

「ん、すき」


 全く別の意味でしかないが、意図せぬワードにコウキは内心穏やかではない状況になりながら、ミアの皿を受け取る。誤魔化すように近くのフォークで素早く突いて一口、照り焼きの鳥肉を食べた。


「…………んお、んまい!」

「そう」


 コウキが喜ぶと、少し嬉しそうな顔をしたミア。

 普段と違う表情を見たコウキも満足げに、一つ二つと口に運んで鳥肉を平らげた。


「本当に美味しいなこれ」

「そう、いちばんすき」

「よそってくれてありがとうミア」

「ん」


 コウキは側においた拭布で口を拭うと、緊張が確りほぐれた事を自覚した。ミアとごく普通に目を合わせながら「ところで」と言葉を紡ぐ。

 

「ミアって何でそんなに強いんだ?……正直、憧れてる」

「わたし?きっとギフテッドのおかげ」

「二刀流の?」

「そ、きっと習う。二刀流はただ二刀流ではないから」

「なるほど、これから授業でより分かるみたいな話か」

「そ」

「てことはあんまり修行とかもしてなかったり?」

「それは3歳から」


 10年以上の差か、とコウキが冷や汗を浮かべる。同時に少しの希望も見えてきた。ミアの実力はギフテッドだけではない。努力の下で生まれている事実はこれからの学生生活では励みになる。


「そっか。戦い感動したよ。なんかこう、美しかった」

「美しい、相手を切ること?」

「ううん。言葉で表せないけど、所作とか流れっていうか」

「そ、ありがとう」

「俺もミアくらい強くなりたいって思った」

「こーき、きっとできる」


 淡々とした会話だが、話すたびに心が晴れやかになっていく。記憶を失いナーバスになっていたコウキにとって、過去ではない今や未来の話はとても救いだ。それも憧れた生徒との会話で、より一層の効果を得ている。


「ありがとう。ミアはどうして二刀流なのに光の精霊剣を使わないんだ?」

「……それは、いえない」

「あ……ごめん。深い理由はなかったんだけど」

「こーきは悪くない」

「いや無神経だったかも。2本使う必要ないってよりは1本しか使わないって雰囲気なのは理解してたから」

「もっと仲良くなったらはなす」

「そっか、ありがとう」


 ミアは「ん」と返事をすると遠くから男女の群生がこちらに向かってくるのを見た。全員がミアと同じケープを着ている。きっとクラスメイトだろう。カーディナルになった後から囲まれていたのをコウキは覚えている。


「抜けてきてくれたのか?」

「そ、こーきが気になって」

「なんか色々とありがとう」

「もういく」

「うん、また」


 それだけ言うとミアは立ち上がった。

 立っても尚、小柄な容姿を見ながら去る姿を目で追う。

 美しく靡く白髪が翻ったのはその時だった。

 振り返り、何かを思い出したかのようにコウキの元へ戻る。


「――、」


 手を掴まれコウキの掌に一枚の小さな紙が渡った。

 指が冷たい、そう心の中で思いながら突然の出来事に戸惑う。

 ミアの華奢な指が離れるのを見て、最後に目を合わせた。


「れんらくさき」

「え」


 ミアがそれだけ言い残して早々にクラスメイトの元へ行く。

 光景を見ながら、冷たい温もりの矛盾を手の中に感じる。

 それ以外は何も考えることができなかった。


「また」


 何となく呟いた言葉の意図はコウキ自身も分からない。


 ただ言葉は空に消えて、視線の先で仲良さそうに集まるブロンの生徒たちを眺めた。同時に無音に感じていたピアノの伴奏や踊る生徒たちがゆっくりと意識の中で現れ始め、自分自身が舞踏会の騒音の中にいた事に遅れて気づいたのであった。


「ねぇお兄ぃ、アレいちゃついてる?」

「不躾だ。知らないふりをしろ」


 どこかで話す兄妹もまた、その騒音の中に溶け込んだ。


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