第11話 ヒロインレース始まります!?
選抜リレーも終わり、宇佐美の家族と話した後、クラスの待機場所に戻ると伊織に橘が居ないと言われ、
おそらく人が沢山居る校庭には居ないだろう…俺は人が居ない校舎裏の方へ向かってみる。学校の校舎裏の一番端に行ってみるとやはり橘が居た。
橘は体育座りで、小さく縮こまっていた。顔は見えないように下を向いて、俺が近づいたのを足音で理解しているはずだが見向きもしなかった。そして地面のコンクリには何滴か、水滴が落ちた後があった。
「大丈夫か?血は…もう止まってるか」
声をかけてみるが橘は無反応で、俺はもう多少嫌われても良いので、橘の隣に座って遠くから聞こえる雑踏をBGMにでもしながら静かな時間を過ごす。
1分程無言のまま橘の隣に座っていると、橘が泣いた後なのか、少し鼻声で声をかけてくる。
「どうして来たの…」
「どうしてって…そりゃいきなり居なくなって心配だし…」
「別に来なくていい…あっち行ってよ、閉会式までには戻るから…」
「嫌だよ」
今の橘は今までの少し大人な雰囲気とは違い、子供の様な雰囲気があった…だからこそ余計に放っておけない。
「てか、愚痴とかあるなら聞くけど…それくらいしか俺は出来ないし」
「怒んないの…?」
「怒る…?何に?」
「私に…選抜リレー、私のせいで2位になったじゃん…」
「あ〜そういう事?」
やはり橘は、選抜リレーの事でこうなって居るようだ。なんとなく察しては居たが、こうなってしまうのは分かる気がする。俺も転けていたら、今の橘の様になっていてもおかしくない。
「多分俺らのクラスで、橘が転けたからって怒ってる奴は居ないと思うよ」
「居る…絶対居るもん…」
「…なんか今の橘って、いつもと真逆だな」
「真逆…?」
「いつもは落ち着いてて、俺らより少し大人の雰囲気みたいな感じあるけど、今は年下に見える」
「……」
橘は俺と話しているうちに、下を向いて見えなかった顔もだんだん上がってきていた。
「橘はさ、自分のせいで2位になったって思ってるかもしれないけど、橘じゃなきゃ2位になれなかったよ」
「……うん…」
「転けた時、すぐにでも立ち上がれるように、膝と手しか地面に着いてなかったでしょ?それにすぐに立ち上がってた。だからその傷は橘が頑張った証だと思うわ」
「でも…私のせいで…」
「まぁ今は辛いかもしれないけどさ、いつかは笑い話になるもんだよ。それに結果だけを求めても、それまでの道は狭くなるだけじゃね?」
「っ…!!」
「俺は結果だけを求めて進む道は、どんどん狭くなっていくと思ってる。でも絶対その道は無くならない、ただ狭くなるだけ。進みづらくなるだけなんだよ。それなら結果だけを求めて、狭い道で圧倒的に1位になるだけよりも、何か1個は思い出に残る事があって、広い道で皆で一緒に2位になった方が良いと思うんだよ。学校のイベントとかってのは。」
「……うん…」
◇ ◇ ◇
その時橘香織は気づいた。中学の時に付き合っていた、
優くんに息抜きとして読ランに誘われた時、あの時一緒に優くんと読ランに行って楽しめば、三山に受かっていなくてもまだ付き合えて居たんじゃ無いかと思ってしまった。しかしそれはあまりにも遅過ぎる気づきで、気づいたと同時にやっと諦めがついた。なんとなく諦めては居た。それでも首の皮一枚繋がった様な状況に
今まで優くんに連絡しようとトークを開いてみるも、どうしてもメッセージを送る勇気が出せなかった。トーク履歴を見ると、その時の嫌な自分を思い出してしまうから…でもそのトーク履歴は優くんとの思い出で、大事な物だった…だからトーク履歴は消せずに今も残っている…
今回も失敗してしまった…中学の時、
しかし不思議な事に、中学の事を諦めた同時に、リレーで起こった事も何となく軽くなった気がした。
申し訳ないという気持ちが無くなった訳じゃない。それでもどこか沈んでいた心はだんだん浮かんでいくようだった。
◇ ◇ ◇
「そうかも…ね…確かに梅野の言う通りかも…」
「伊織とかも心配してるし、俺先に戻っとくね?橘の事も伝えとく…から…」
先程よりも元気が出たのか、涙を零しながらも少しいつも通りに戻った橘を見て、俺は立ち上がって皆の元に戻ろうとする。すると橘が俺のズボンを摘んで引き止めてきた。
「ん…?どした…まだ居た方が良い?」
俺がそう聞くと、橘は無言のまま上目遣いで俺を見ながらこくりと頷いたので、また先程と同じ場所に座り込む。
「私さ…本当は高校別の場所に行く予定だったんだ…」
「うん…」
「中3の時に好きだった人が居て、その人と付き合ってた…その人と高校も同じ所行きたいからって、安直な考えでその高校選んだの…でもその人と同じ高校には受からなかった…それで落ちたと同時に振られちゃったんだ…」
「そっか…」
「あの時の私は、さっき梅野が言ったみたいに結果しか求めてなかったんだと思う…その人に遊びに誘われたけど、断ったの」
「でも、受験期に遊びに誘われて断るのは普通じゃ…」
「1回だけだったんだ…その時の私は勉強ばっかしてて、休みの日も全く取ってなかったの。なんとなく分かってたんだと思う…あの時の私には息抜きが必要なのかもって」
「そうなんだ…」
「でもさっき梅野が言ってくれた事で色々諦めがついた…なんとなく心も軽くなった気がする」
だんだんいつも通りに戻る橘を見て、俺は自然と笑顔になった…
「そっか、なら良かった」
「でもなんでそんなに私に構ってくれるの…?」
「ん?男なんてのは、可愛い女子が1人で泣いてたら相手してあげたくなるんだよ」
俺が少しふざけながらも答えてみると、橘は恥ずかしがったのか、顔を隠して返事をした。
「別に可愛いくないもん…」
「可愛いよ、いつも普通に可愛いけど今は特に、いつもとのギャップもあるし」
「やめて…恥ずかしいから」
「ごめんごめん」
俺と橘がそんな雑談をしていると、伊織が曲がり角から走って出てきた。そして橘を見つけて、ほっと一安心していた。
「香織!!はぁ……はぁ…」
「紗奈…ごめんね、心配かけて…」
「全然良いよ…無事でよかった…まだ怪我してるけど」
「怪我は大丈夫…もうあんまり痛くないから」
「ほんと…?梅野に変な事されてない?」
「おい!!いきなり何言ってんだお前!!」
「大丈夫だよ紗奈、何もされてないから」
そんな感じで3人で校舎裏で少し雑談をした後に橘が立ち上がり、それを見て俺も立ち上がった。そして橘は俺の方を向いて質問してくる。
「ねぇ梅野…梅野のこと、これからは梅って呼んでいい?」
「ん?あぁ、良いよ」
今の会話を聞いた伊織もすぐさま乗っかってくる。
「え〜良いな〜じゃあ私は、梅ちゃんにしよ〜」
中学の時にもそう言う風に呼ばれていたので、どこか懐かしさを感じたが、やはりそう言う呼ばれ方をするのはとても嬉しい。俺達はクラスの場所に戻ろうと、校舎裏から校庭の方に向かう。
伊織が最初に曲がり角を曲がると同時に、1番後ろに居た橘が俺の右腕を引っ張ってきた。突然の事で言葉も出なかったが、橘は背伸びをして、引っ張った俺の右腕に身体が密着する。橘の身体にしっかりと実った、大きめのその柔らかな2つの物が俺の右腕を挟んだのを、薄い布の体操着のおかげで確かにその柔らかさが伝わってきた。
そしてすぐに耳元で橘の、落ち着いた少し大人な雰囲気を残したままの声が囁かれた…
「ありがとね…梅…」
「っ……!?」
その囁き声は距離がかなり近く、もはや橘の唇と、俺の耳が接触していたと言ってもおかしくはなかった。橘の囁いた時の吐息は完全に俺の耳に当たり、橘香織を1人の可愛い女子として改めて意識させるには十分だった。
俺は反射的に、囁かれた右耳を右手で覆い照れてしまった。すると伊織がすぐに戻ってきて俺たちの様子を見てくる。ほんの一瞬の出来事だったが、橘は伊織がこっちを見る時にはもう俺の身体を離れて、伊織の方に歩いている…
「…?どしたん梅ちゃん」
「な、なんでもない…」
伊織は先程の宇佐美の時のように、疑問には思いながらもすぐに校庭の方へ向かっていった。そして橘もすぐに伊織と一緒に歩いていく…俺はさっきの事もあり少し距離を置いて後ろを歩いていると、橘が振り向いて俺の方を見てくる。
俺が橘の顔を見ると、橘ははにかんだ笑顔だけを見せてすぐに前を向いて、また伊織と歩いていった…
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