第10話 選抜リレー2
俺は橘からバトンを受け取って、反対側の竹内の元へ向かう。トラック1周が300mで、半周した所に竹内は居る。つまり走る距離は150mだ。そこまで長くない。
俺は3m程先に居る1ーCの背中を追う。走る時にはつま先だけを地面につけ、強く蹴りあげて走っていく。地面と足が着いている時間は極力短く、それでいて強く地面を蹴るように進む。地面に着ける足は指の付け根まで、足の回転を速くして走る。
少し走った所で、ふと視界の端に見慣れた髪色をした女の子が見えた。クリーム色の髪でポニーテールの女子、
「頑張れー!!」
誰に向けたかは分からない宇佐美の応援は、不思議と俺の背中を押すような力があった。
リレーの事を話した時、俺の前にナゲットを出してきて言ってきた言葉。
『頑張れ、私応援してあげるよ?別のクラスだけど』
宇佐美の応援は本当に俺に向けてだったのかは分からない。だが、とにかく今は竹内の元へ少しでも速く走る。決して一気に距離が縮まる訳じゃない。相手だって、クラスから選抜されて走っている人達だ。当然足も速い。
それでも俺は徐々に距離を縮めて行く…バトンを受け取った時は前を走る1ーCとの距離は4m程だったが、カーブに入ってだんだん近づいていく。
カーブの真ん中に差し掛かる頃には、2mも無い。ドラマやアニメの様に、俺だけで2人を抜いて1番になれはしない。それでも今、俺に出来る事。前を走る1ーCを抜いて、1ーAとの距離を少しでも縮める。そしてその後を竹内と川野に託す。
カーブの真ん中になると同時に、俺は1ーCの走者と横に並ぶ。俺は自分の走りの特徴を理解している。俺の走りは後半の伸び。他の人が疲れ始めるタイミングで、俺はまだ勢いに乗った速さを維持出来る。
それは今、俺の隣で走っている1ーCの走者が表している。少しスピードが落ちた1ーCとは違い、逆にスピードは落ちない。むしろ少し速くなる。そしてすぐに俺は1ーCよりも先に出た。少し前に出たタイミングで、簡単に抜かされないようにトラックの内側に行く。
そして次に追うのは1ーAだ。今の状態でも4mは離れてる。現実的に1ーAを抜かすのは厳しいだろう。それでも俺は1ーAを抜かす位に全力で走る。カーブを終えて、残りは少しの直線になった。さすがに俺も少しは疲れが出てきている。それでも俺は、橘や他の皆から繋がれたバトンを、なるべく距離を縮めて渡さなければならない。
それまでより速くは走れない。それでもなるべくスピードは落とさないように、俺を待ってくれている竹内の元へ向かう。1ーAとの距離は確かに近くなっていた。最後の直線で約4mだった距離も、2m程まで近くなっている。
そして長いようで短かった走りも終わりが近づき、1ーAがバトンを受け取ると同時に竹内が先に前を向いて走った。俺は竹内の、後ろに差し出された右手にバトンを押し付け、バトンを握ったのを確認してから手を離す。
結果的に俺が受け取った時には、3位だった順位は2位になり、1位との距離もかなり近い。
俺は走り終わった人達の待機場所に行くと、佐々木や田中達が褒めてくれる。
「お前マジでナイス」
「足速すぎだろ」
「あざーす!!」
俺はすぐに竹内の方を向いて、どうなっているか確認する。竹内は既にカーブに入っていた。1ーAとの距離は殆ど変わっておらず、2位のままで1位との距離は2m程だった。
そして順位は変わらず、最後の直線に入る。最後の直線で、竹内は1位との距離を少し詰めて1m程になった。そしてそのまま川野にバトンを渡す。最後になり、声援も更に盛り上がりを見せる。川野は同じ陸上部の1ーAの人と接戦を繰り広げ、お互いそれまでとは更に速さが違う走りに俺達も熱中する。
川野と1ーAは殆ど横並びで、川野の方が少し後ろだった。もう1mも距離は空いていない。お互い互角のまま、カーブへ入っていく。カーブへ入れば、もちろん内側を走っている選手の方が有利だ。1ーAは内側を走り、川野はその外側を走る。外側の方が走る距離は少し長くなるが、それでも川野は距離を離されない。そして最後のカーブが終わり、直線に入る。横並びでほんの少し後ろに走る川野と、少し前を走る1ーAは、今までで1番の歓声が上がる。
そしてゴールラインまで近づく。
「行けー!!川野!!」
走り終わった俺達も必死に応援する。いよいよ2人がゴールラインを超えた。そして少しした後に1ーCや1ーDがゴールする。全クラスがゴールした後、すぐに先生がマイクを持って順位を発表する。
「それでは順位を発表します!!」
それまで大きく響いていた声援も無くなり、静かになった会場で先生の声が響く。
「1位、1年A組!!2位、1年B組!!3位、1年C組!!4位!!1年E組!!5位1年D組!!」
最終的に川野は1ーAを抜かせなかった。それでも、今俺達に出来る事はやっただろう。俺は今回の順位に悔いなんて無かった。
「それでは皆さん最後まで走ってくれた選手達に拍手を」
俺達は大きな拍手に包まれながら退場した。退場して後ろを見ると、竹内や伊織達が橘の周りを囲んでいた。
「香織大丈夫…?血が…」
橘の膝を見てみると、結構な血が出ていた。あの時、橘は膝から思いっきり擦りむいていた。血が出るのはしょうがないかもしれない。俺は橘に声をかける。
「橘、大丈夫か?保健の先生の所行ってきな」
俺がそう言うとすぐに橘は頷いて、救護係の所へ行こうとする。そんな橘を見て、伊織がついて行こうとした。
「香織大丈夫?一緒に行こうか?」
「大丈夫…1人で行けるから」
リレーで転けたのもあり、今は1人にしておいた方が良いだろうと思い、俺は伊織に声をかける。
「1人で行けそうだし、ついて行かなくて良いんじゃね?」
俺がそう言うと伊織は心配そうにしながらも、俺達と一緒にクラスの所へ向かう。橘は俺達クラスの待機場所とは反対の所にある救護係の元へ向かった。
走り終わった俺達がクラスの場所へ向かっていると、肩をトントンされた。俺が振り向くと、宇佐美と、その後ろに宇佐美の母親、そして40代くらいの男性が居た。
「梅野どしたん?」
俺が立ち止まったのを見て伊織がすぐに声をかけてきた。
「あぁ、ごめん。先にクラスの所戻っといて」
「…?は〜い」
伊織は宇佐美と宇佐美の母親達を見て、すぐには理解出来ていなかったが、クラスの所へ戻って行った。俺はすぐに状況を理解して、宇佐美の母親に挨拶する。
「あ、こんにちは!!」
宇佐美は俺の横で、宇佐美の母親と隣の男の方を見る。
「あっちの方行きましょうか」
宇佐美が俺の家に居る事を、他の人に知られるのはまだしたく無いので、人の居ない校庭の端っこに移動する。
「凄かったわ、さっきの走り。中学の時にも、貴方が走ってる所を見た事はあったけれど、あんなに速くなったのね」
「ありがとうございます」
俺は宇佐美の母親に褒められて素直に受け止め、宇佐美の母親の隣に居る人に話を振る。
「そちらの方が…」
「えぇ、
そう言って男の人を見る。男の人は俺より少し身長が高く、ガタイもしっかりしており、髪もセットされて真面目そうな人だった。
「どうも、君が梅野くんかな?話は
「えぇ、でも本当に良かったですか?茜さん家に泊めちゃって」
「私は別に構わないと既に言ってるわ。茂雄さんはどう?」
「僕は言っちゃえばまだ赤の他人ですから。茜ちゃんや知世さんの事に、何か言える程じゃないですよ」
どうやらまだ赤の他人という、今の自分の立場をしっかりと理解しているのか、俺と宇佐美の関係を咎めたり、何か言う事は全く無かった。
「僕は茜ちゃんが望むなら、いつまでも梅野君と一緒に居ても良いと思ってるよ。僕みたいなおじさんと一緒に住むのは嫌だろうしね」
そう言って宇佐美の方を見る。宇佐美はその言葉を否定する事は出来ず、少し顔を下に向けて落ち込んでいた。その様子を見た宇佐美の母親は宇佐美を叱ろうとする。
「茜…!!」
「まぁまぁ、僕は
やはり実際に会ってみて分かったが、この人は本当に宇佐美の母親を愛しているのだろう。そしてお金や心にも少し余裕があるのか、落ち着いた雰囲気のまま話している。宇佐美が思っている事も何となくではあるが、理解しているようだった。
「私は……」
それまで無口だった宇佐美は、この時初めて喋り始めた。
「私は、再婚が嫌な訳じゃないの……ただ、突然言われて、すぐに茂雄さんが来て、受け入れきれなかっただけで…本当の事言うと、梅野と一緒に過ごすのは凄く楽しい…本当はもっと梅野と一緒に過ごしたい…」
「でも、これ以上はやっぱり梅野君に迷惑が…」
「俺は全然良いですよ、この前も言ったように凄くお世話になってますし。茂雄さんも良かったですよね?」
「あぁ、私は梅野君が良いのなら構わないよ」
宇佐美の母親は一瞬断ろうとしていたが、数の多さに負けてすぐに何も言えなくなっていた。
「茜ちゃん。梅野君とこれからも楽しんでおいで」
「うん……お義父さん…」
「っ…!!」
宇佐美の母親は、茂雄さんをお義父さんと呼んだことに泣きそうになっていた。茂雄さんは、とても優しい笑顔でその言葉を噛み締めていた。
「ではそろそろ…あとはご家族でお話ししててください!俺は邪魔だと思いますし…俺は抜けますので」
俺はそう言って、抜けようとすると、茂雄さんが俺を呼び止める。
「梅野君!!」
「はい!!」
「茜ちゃんをよろしくね」
「っ…はい!!」
俺は大きく返事をして、クラスの所へ戻った。クラスの場所に戻るなり、伊織が慌てた様子で周りをキョロキョロと見回していた。
「どうした伊織、そんな慌てて」
「香織見なかった!?」
「橘…?見てないけど」
「香織、救護係の所行ってないんだって!!」
「は…?マジかよ…」
あの橘が居ないというのは異常事態だ…それに橘を1人で救護係に向かわせたのは俺だ…
「すぐに探そう!!竹内は?今居ない?」
「優香は体育祭実行委員だから今居ない!!」
「なら田中とかにも声かけるか」
「うんお願い!!」
「田中、今橘が居ないらしいから一緒に探して」
「え、マジで?分かった」
俺達は、すぐに伊織達と橘を探しに行く…幸い俺たちの出るプログラムは終わったので、閉会式までに見つければ良い。俺は走りながら
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