第9話 橘香織の過去
中学の時から私は…
(クラスが違ったら諦める…違ったらあきらめる…)そう思いながらも、3年でも同じクラスになった時はとても嬉しかった。
優くんはクラスでも人気でかっこよかった。色んな人に気を使えて面白くて、優くんを好きな人はいっぱい居た…それでも優くんは私を選んでくれた。
「え!優くん
「うん…親がそこに行けって言ってきたから…僕の学力なら大丈夫だって」
「三山高校って凄い頭良い学校だよね!」
「そうだね…でも三山に行ったら香織と全然会えなくなる…」
そう言って優くんは寂しそうな顔をしてた。その顔を見て私は優くんと同じ高校に行こうって決めた。
「じゃあ私も三山に行く!一緒に三山に行ってもっといっぱい優くんと居る!」
今思えばこの頃は向こう見ずで、勢いに任せて子供っぽかったのかもしれない。
それでも私のその言葉を聞いて、優くんは嬉しそうな顔をしてくれた。その顔をいつまでも私の隣で見せてくれるんだって思った。私は優くんと同じ高校に行って、高校でも同じ時間を過ごして…もっと沢山優くんの事を知るつもりだった…優くんの行く学校の学力は高くて、先生は私が優くんと同じ学校に行くのは厳しいって正直に伝えてくれた…それでも私はそこに行きたくて頑張った…
「お母さん!私、三山高校に行きたい!」
お母さんは私が三山に行くって聞いた時驚いた顔をしてた。お父さんにも話したらお父さんも驚いた顔をしてた。
元々勉強が少し苦手な私が、彼の為に「頑張ろう」って本気で思えて必死に勉強してた…
何十時間も何百時間も勉強した…分からない所は、優くんが塾の時間の合間を縫って教えてくれた…あまり話した事が無い子にも沢山勇気を出して、声をかけて教えてもらった…
家に帰ってもすぐに部屋に篭って勉強した。辛くて泣きそうになる時もあった。それでも私は……優くんの為に…
「香織、今度の休みどこか行かない?」
優くんは少し申し訳なさそうに提案してくれた。
「どこに行くの?」
「読ランとか…たまには行かない?」
遊んじゃダメ…今の私は優くんと同じ位頭が良くならないとダメ…だからそんな遊ぶ時間なんて無い…そう思う事が多くなった。
「ごめんね!私、勉強しなきゃだから!三山受かったら沢山遊ぼ!」
「…そっか……」
休みの日もずっと勉強してばかりだった。自分の部屋に篭って、何度も同じような問題と向き合ってた。
受験の日、問題用紙を見てもスラスラと解けることは無くて…もっと早く問題を解かなきゃって…空白を無くさないとって、どんどん焦ってきて自分で自分を追い詰め始めちゃった…周りには私の知らない人がスラスラ書いてる音が沢山耳に入ってきた…
それでも優くんが教えてくれた所…話した事が無かった子と一緒に勉強してた所が、色んな思い出と一緒に解き方を教えてくれて…
帰りの電車で優くんと一緒に自己採点をしてた。それでも受かるかギリギリのラインだった…優くんが教えてくれた所は合ってた…他にも色んな人が教えてくれた所も正解が多かった…
でも私が家でやってた所は間違いが多かった…不安な気持ちが私の心を覆って暗くしてきた…
「どうしよう…優くん…私、受かってなかったら…」
「大丈夫だよ…香織ならきっと…」
家に帰ったらお母さんは不安そうな顔をしてた。でも笑顔で「お疲れ様」って言ってくれた。
「お母さん…どうしよう…私…三山受かってなかったら…」
そう言うとお母さんは私を少し強く抱きしめてくれた。
「大丈夫よ…お母さんもお父さんも香織が合格するって信じてるから…1番勉強してる所を見てたのはお父さんとお母さんだから」
「うん…」
「初詣にお願いしたんでしょ?」
「うん…」
「なら大丈夫よ…香織なら」
優くんと一緒に合否確認に行った日は酷く寒い日だった…私はわざわざ手袋を外して、優くんと手を繋いで学校内に入った…
番号が振られた紙が貼られた看板の前には沢山の人が居て、私は看板の近くに来ると不安でずっと下を見て足が進まなかった…
「ほら…行こ…」
そう言って優くんが看板の元まで手を引っ張って連れてってくれた…
これからもこの人が私を色んな所に連れてってくれるんだって思った。でも私は不安で顔を上げることが出来なかった…
「あ!あった!俺の番号!206!」
優くんの嬉しそうな声を聞いて、足元しか見れなかった私の視界は、いつの間にか優くんの横顔を見てた…嬉しそうな優くんを見て…それが私に勇気を与えてくれた…
(285…285…)
270番からゆっくりと番号を確認する。優くんと繋いだ右手を強く握り締めて確認する…
(278…279…283………294……)
優くんと繋いでいた右手はいつの間にか自分の受験表を強く握りしめてた…何度も確認した…載ってる筈が無いのに…何度も何度も…
「受かってなかった…」
「……うん…」
その日の帰り道は優くんと手を繋ぐことは無くて、優くんと全く喋らなかった…
私は必死に作り笑いをして、優くんを笑顔で見送った。思うように動かない顔の筋肉を動かして本来出したい感情と反対の感情を出した。その顔は酷く醜い顔だったかもしれない。
「またね…優くん」
「ん…また…」
優くんは自分の事の様に落ち込んで、そのまま自分の家に帰って行った。
家に帰るとお父さんもお母さんも、私の雰囲気を見てすぐに察した様だった…それでもこんな私を褒めてくれた。
「頑張ったね香織…ご飯準備出来てるよ」
お母さんの悲しさを隠しきれない感情を少し含んだその声で…その一言でそれまで必死に堪えてた私の感情はそこで抑えられなくなった。一気にそれまでの日々がフラッシュバックした…ドタバタと音をたてて自分の部屋に走り込んだ…布団に潜り込んで沢山泣いた…
「んぐっ…優くん…ごめんね……ごめんね…優くん…私…馬鹿でごめんね…」
涙も鼻水も止まらずにどんどん溢れてくる。
出てくる物全部布団で拭いてやった…顔も髪もぐちゃぐちゃで、まだ手も足も冷たいのに…目頭は凄く熱くて…優くんと同じ学校受からなくて…
しばらくして少し落ち着いてきたからご飯を食べる事にした。窓の外の景色はもう暗くなってた…その日のご飯は私の好きなお寿司だった…沢山私の好きな寿司が置いてあって…ホントだったらお祝いパーティーだったのかなとか考えちゃう…でも私が受からなくて…全部ネガティブに考えちゃう…
その日は久しぶりにお母さんとお父さんと3人でご飯を食べた…お父さんはいつもは仕事で忙しくて、お母さんも夕方まで帰ってこなくて…
お父さんは有給を取ったって言ってた…お父さんの会社は少しブラックでいつも頭を下げてる。ってお母さんと話しているのを盗み聞きしてしまった。今でもその姿をたまに想像してしまう…暗くなった夕方に3人で、私の大好きなお寿司なのにとても静かで…お父さんもお母さんも、私に何を言えば良いか分からない様子だった…
お寿司を食べても、喉を通らなかった。いつもは美味しく感じた味も分からなかった。
私は無理やり流し込んで箸を置いた。
「お母さん…お父さん…私が…三山高校行きたいって…んぐ…いきなり言ったのに…全然否定しなくて…」
お父さんとお母さんの前で泣いてしまう…私は小学生になってから、親の前で泣くなんて恥ずかしいって思ってた…
「いっぱい応援してくれて…ありがとう……」
優くんの前でも崩れなかった表情は親の前では無力だった。こんな私でも否定しないで受け入れてくれる…あぁ…私はお父さんとお母さんが好きなんだ…
「香織…っ…!」
お母さんは私を抱きしめてくれた。そしてお父さんも一緒に抱きしめてくれた…
「ごめんね…あんなに沢山勉強して…絶対行くって言って、初詣も皆で私の合格お願いしてくれたのに…ごめんね……ごめんね…」
その日の夜ご飯はとても静かだった…
皆の鼻をすする音が沢山聞こえた…
高校は第2志望だった、私立の高校にした…理由なんてあんまり無くて、制服が可愛いなって思ったからそこにした…お父さんも良いって言ってくれた。学費は気にするなって言ってくれたけど私は申し訳なかった…
合格発表の日以来、私と優くんは連絡を取らなかったし何かを送る気力も無かった…とある放課後だった。学校で優くんと会話する事も無く、ふとスマホを見るとメッセージが来ていた。
『俺達別れよう』
その言葉が近いうちに来る事は分かってた…それでもその言葉を見た瞬間に胸が苦しくなった…鼓動も早くなって色んな感情が溢れてきた…だんだん顔がくしゃくしゃになって涙が溢れてくる。
『分かった…ごめんね…優くん』
その言葉を文字にして打つのは苦しかった。送る前には優くんとの思い出が沢山出てきて…スマホの画面に何粒も私の涙が落ちてた。でも三山に受からなかった私が悪いんだって覚悟を決めて画面の涙を袖で拭いて送信した。
「嫌だよ…優くん…私…優くんと別れたくないよ…」
覚悟を決めた筈なのに…それなのに…もっと涙は溢れてくる…
「もっと沢山遊んで優くんの全部知りたかったのに…優くん…ごめんね…ごめんね…」
その日は何回「ごめんね」って言ったか分からない…とにかく沢山言った…沢山謝る自分に対して、嫌悪感が溢れてくる…
合格発表以降に来た優くんのLINEはそれだけだった…既読はついたけど返信は来なかった…別れて以降私と優くんは学校でもお互いを避けるようになった…クラスでも別れたって噂になったけど、時期もありすぐに話題には上がらなくなった。
彼の親は勉強に厳しい人で、彼と同じ高校に受からなかった私なんて…認めて貰えるはず無くて…
「本当は別れたくない、また付き合って」なんて当時の私には言えなかった…
なんとか気持ちを切り替えて今の高校に入ってからは中学の子供っぽかった自分をなるべく無くして、中学とは真逆の大人っぽさを目指した。
優くんと別れて以降は「ごめん」って言葉が苦手になった。だからなるべく言いたくない。
それでも中学の時みたいに沢山友達が出来た。何人かに告白もされたけど、その度に優くんと比べちゃって断ってた…
「あ〜私そういうの今興味なくて…」
「付き合えないって事…?」
「うん…」
「そっか、分かった」
告白されて断る時も「ごめん」なんて言えなかった。高校に入って、大きな失敗も無くちょっとずつ中学の事なんて忘れてきてたのに…
なんでこんな時に思い出すんだろう…まだ諦めちゃダメなのに…あぁ…もう泣きそう…
私はすぐに立ち上がって前を走る1ーCの人の背中を追う。カーブが終わって直線に入ると梅野に目を向ける。梅野は私を見て、真剣な顔をしてた。
梅野の顔を見た途端、あの時みたいに皆で一緒に練習してた事を思い出してしまった…梅野にせっかくバトン渡しのコツを教えて貰ったのに…せっかく皆で練習したのに…全部全部、私のせいで負けちゃう…嫌だ…嫌だよ…
走りながらも目頭が熱くなる。でも涙は零したくない…私は梅野にバトンを渡すと同時に、無意識に「ごめん」と口にしていた…
走り終わってすぐにトラックの内側に行くと、伊織達が心配してくれた。
「香織、大丈夫!?血が…」
「大丈夫だから…」
転けた時に傷が出来たのだろう。そんなのどうでも良い…今は順位が気になる…私は梅野の走る姿を目で追い続けた。
梅野に渡った時、それまで盛り上がっていた歓声は今までより更に盛り上がっていた。
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