第8話 選抜リレー

開会式が終わるとすぐに俺達1年の、綱引きが始まる。綱引きに出る人達が集合場所に向かい、俺達は観戦する。この時はかなり気持ちが楽だ。王様にでもなった気分になる。


綱引きではなんとか俺達が勝って、応援合戦だった。応援合戦では負けてしまったが、すぐに借り物競争が始まる。


借り物競争には宇佐美と樋口が出ていた。そして俺は自然と宇佐美を目で追い、そのまま宇佐美はお題を開く。


お題が開くと共に宇佐美は俺達のクラスの所へ来て、俺を呼んだ。

「梅野!!来て!!」

(来た〜これお題ワンチャンあれでしょ好きな人とかのやつでしょ!!俺何回も見たことあるよこういうの)


「はーい!!俺行っきまーす!!」

宇佐美の呼びかけに速攻で応えて前に出ようとすると、同じクラスの奴らから野次が飛んでくる。


「てめぇ裏切るの早すぎだろ!!」

「宇佐美に呼ばれてデレデレすんな!!」


野次を浴びながらも宇佐美に呼ばれて前に出ると、宇佐美は俺の右腕を掴む。そしてそれと同時にもう1人俺の左腕を掴んだ。掴んだ人物を見てみると、外ハネのボブを結んでポニーテールにした樋口だった。


「え、奈央も梅野必要!?」

「私も居る、同じクラスだし一緒に行こう!!」


そう言って俺は宇佐美と樋口に引っ張られて、借り物を持っていく場所に行く。


後ろからは男子の羨ましそうな声が聞こえてくる気がした。そして可愛い女子に連れていかれるというハーレムを味わいながら、お題を確認する。この2人のどちらかは好きな人とかそういう系の類だと勝手に期待している。


「じゃあ樋口さんから確認するね」

先生がそう言ってお題を確認する。

「樋口さんのお題は〜『眼鏡をかけてる人』ね、はいおっけ〜」


樋口のお題は俺の期待しているものでは無かった…しかし!!俺には宇佐美も居る。先生は樋口のお題を机の上に置いて、宇佐美のお題を確認する。


「はい、宇佐美さんのお題は〜」

気の所為か分からないが、先生が溜めて俺と宇佐美の反応を伺っている気がする。これはやはり『好きな人』なのか…?本当に来ちゃうのか?


「自分より身長が高い人」

「あ…はい」

「はい、おっけ〜」


「じゃあ梅野くんは戻っていいよ〜」

俺の期待は打ち砕かれて、少ししょんぼりしながら自分の1ーBの場所に戻る。そして帰るや否や伊織が不満そうにしている。


「ちょっと〜なんで梅野1ーCの手助けしてんの〜」

「しゃあないじゃん!!呼ばれたんだから」

「めっちゃデレデレしてたじゃ〜ん」

「当たり前だろ!!あんな2人に呼ばれて連れて行かれてたんだから!!多少の期待はするだろ」

「も〜〜」


そんなこんなで午前のプログラムも終わり、昼食を食べた後はいよいよ選抜リレーの時間になった。


(この入場の時間が1番緊張する気がする)

そんな事を思いながら、俺は待機場所に並ぶ。


流れもスムーズに進み、いよいよ各クラスから選抜された女子達がライン上に並ぶ。緊張感のある中先生が腕を上にあげて、引き金を引いてパンッと大きく鳴り響くと同時に会場は一気に盛り上がる。自分のクラスへの応援。殆どの視線が各々の走者へと向けられる。


まず1番に出たのは1ーAだった。鈴木は3番目に着いている。最初は無かった距離もジリジリと開いている。その差は鈴木より後ろの1ーEと1ーDは鈴木から距離が開いて行った。


1ーAと1ーC、そして鈴木が僅差で次の走者である男子の元へ向かう。

「鈴木〜頑張れ〜!!」

周りの盛り上がりに押されて俺も声を出す。


順位は入れ替わらないまま、次の走者の元へと走っていく。そして田中へとバトンが渡るとそれまでの女子よりも更に速いスピードになり、もう一段階声援が盛り上がる。


田中はそのまま前を走っている1ーCの走者に距離を詰める。そしてカーブの真ん中に来た所で、田中と1ーCの走者が真横に並ぶ。


そして先に出たのは田中だった。それを見て待機していた俺達男子は声を上げる。

「うぉー!!田中〜!!」


そのまま距離を2m程離して、次の長谷川にバトンが渡った。長谷川も田中に負けじと、1位を走っている1ーAに距離を詰めていく。急激に距離が縮まる訳では無い。それでも長谷川はゆっくりと1ーAとの距離を詰めていく。


長谷川が伊東にバトンを渡す頃には、1ーAとの距離は3mも無かった。伊東も上手くバトンを受け取り、スピードを上げて更に縮めていく。そして、次の伊織に渡す時には横並びでほぼ一緒にバトンを渡した。


伊織はバトンを受け取ると、徐々に距離を離していく。直線は1ーAと横並びだったが、伊織が先に1ーAの前に入ってカーブで内側を取った。


「ナイス伊織!!」

「上手い!!」

伊織の上手いやり方に俺と川野が伊織を褒めていると、すぐに佐々木の元へ走ってきた。


1ーAは伊織が前に入った事でスピードを落とさなければならなくなり、そのまま1m程距離を離して佐々木へとバトンを渡す。


走り終わった伊織が俺達の方にある待機場所へ来ると、俺と川野は伊織に直接褒める。


「伊織お前上手すぎ!!」

「マジめっちゃ上手かった」

「でしょ〜!!」


俺と川野に褒められているのに気づくと、伊織はすぐに全力で走ったからか、顔を赤くしながら頬をポリポリと搔いていた。


伊織を褒めた後はすぐに状況を見る為に、佐々木とその後ろを見る。2位の1ーAと3位の1ーCはかなり僅差で、佐々木はそれより4m程先を走って距離を離していた。そしてバトンを渡し、齋藤にバトンが渡る。


1ーAの女子がこの時齋藤よりも速く、齋藤との距離をだんだん縮めていた。それでも齋藤は順位を譲る事無く木下へとバトンを渡す。木下の時には後ろにあまり距離は縮められず、1ーAと1ーCは僅差でその2クラスは2m程後ろだった。


問題の木下と橘のバトンの受け渡しだ。少しの間だったが、バトンを落とす事が多かった2人なので少し不安になってくる。そして橘が先に走って腕を後ろに伸ばす。木下はその後ろに出された手に向かってバトンを渡す。橘はすぐにそのバトンを掴んで一気にスピードを上げた。


「よし……」

1番の懸念だった、木下から橘のバトンの受け渡しは上手く行き、そのまま橘はスピードを上げる。そしてバトンを受け取ってスピードを上げると同時に、先生が内側からの順番を言う。

「梅野1番内側」

橘が1位なので、俺がライン上で1番内側に立って橘を出迎える。そしてちゃんとライン上に立っているか一瞬視線を下に向けて、すぐに橘の方を見る。


「あ…」

俺は思わず口を開いてしまった。俺達のクラスの全員が橘に視線を向けて応援していた。しかしこの一瞬だけは、誰もが応援するのも止めてしまい、口を開いただろう。他のクラスからすれば当然関係の無い事で、応援は鳴り止まない。なんなら応援に後押しされるかのように全力で走っている。


そんな中、たちばな 香織かおりはほんの数秒、膝をついて止まっていた。カーブに差し掛かり、左足に右足が引っかかってしまったのだ。速いスピードだった走りは、転けてもすぐには止まる事は無く、膝を着いてズルズルと前に進む。


それでもたちばな 香織かおりは、決して膝より上の体は地面に着けていない。すぐに立てるように膝と手だけで勢いを殺し、すぐに立ち上がった。


しかし、そのほんの数秒の間に後ろから迫っていた他のクラスの2人が橘を抜かしていた。既に100%で走る1ーCと1ーAの走者と、転けた事により、0から100%にしなければならない橘の距離は開く一方だった。それでもだんだんと俺の元に近づいてくる橘は決してまだ諦めていない。最初は開いていた差もすぐに止まり、逆に少し縮めていた。


「梅野は真ん中行って」

先生の声掛けによって、俺は受け取る場所を移動する。順位が入れ替わったので、俺は1番内側から真ん中になった。


俺はその場で2回、太ももを胸に着けるように高くジャンプして体を動かす。そしてまず1ーAがバトンを受け取る。そして2秒も経たないうちに1ーCが受け取る。そしてその約2秒後に橘からバトンを受け取る。橘がすぐに立ち上がった事によって、それほど差は離されていなかった。


3m程まで近づいてきたタイミングで前を向いて軽く走る。既に前を走っている1ーCの背中を捉えながら、後ろに大きく手を開いて腕を伸ばす。そしてバトンが渡されると同時に、周りの声援をくぐり抜けるかの様に後ろから橘の声が聞こえてきた。


「ごめんっ……!」


絶対に後ろを振り向けない。それでも橘の今の表情が直接頭に入ってくるかの様に想像出来てしまった。今にも泣きそうな声で俺の耳に入った言葉は、責任感に駆られるような言葉と声色だった。俺は橘から受け取ったバトンを絶対に落とさないように強く握って、反対側で既に待機している竹内の方へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る