第16話 十代の想い出

 

 コウ村長と会い、状況を聞かせてもらっていると。

 突如、広場にざわめきが起こった。



「アイツらだ! 村を徘徊してやがる」


「しっ! 声を絞れ。聞かれちゃ面倒だ」


「ちっ、迷惑だぜ。早いとこ居なくなってくれねぇかな」



 広場からも見える範囲に噂の奴らが出歩いている。

 噂をすれば影だ。

 村人たちが本当に迷惑そうにしているのが見てとれた。

 ここには奴らのようなクラスの強者はいない。

 腕力に雲泥の差があると自然と口数も減るようなものだ。

 

 快く思えないことを聞かれないように配慮しなければならないのだ。

 村人たちも、今は肩身の狭い思いを我慢している。



「リクルや、おぬしは姿を見られぬほうがいい。娘夫婦にも話を通して置いたのでそちらで寛いでいってくれ」



 コウ村長が気遣いの言葉を掛けてくれた。

 村人たちも賛同して、グイグイと背中を押して来る。

 ここは言葉に甘えて、速やかに娘の家に立ち寄った。


 積もる話が特にあるわけでもない。

 都会に出て、冒険者として自由に生きて行く決心をしたので、別れの挨拶に来ただけである。


 コウ村長の娘夫婦には、そう伝えた。



「まあ、リクルさんが冒険者にね? 夢があることは素晴らしいですわ」


「セコイワの谷だけど、この村もなにかに利用しているの?」


「川魚を獲ってますし、沢蟹などの甲殻類もとっても美味しいのよ」



 そのための討伐だな。

 岩の魔物はあまり動かないが、近づくと転がってくる。

 落盤と変わらない被害の報告もある。



「リクルぅ、遠くに行っちゃうのか……もっとモフモフさせてくれよ?」



 娘夫婦の子供らが腕を引っ張って癒しを求めて来た。

 何度か会っただけなのだが、こうも懐かれるとは。

 旅立ちを伝えると惜しまれる、俺も信頼を得たものだと実感が湧く。


 勇者たちのことはこの村の問題なのかもしれない。

 気がかりではあるが、このまま静かに村を出て行こうと思う。

 俺が姿を見せれば、どんな言いがかりをつけられるかわからない。


 きっとそういう意味だったのだ。

 村長の顔に泥を塗るわけにはいかない。

 ここの皆も俺のことを傷付けたくないのだ。

 出て行っても何もできない上にイジメられたら、かえって皆を苦しめてしまう。



「甘くて舌触りの滑らかなビスケットが。……なかなか旨い。紅茶も、輪切りレモンを添えていい香りだ……頂きます! ああ。めちゃくちゃ旨い。ビスケットをもう一枚、……これぞ至福のときだ」


「リクルがそうやって食べたり飲んだりしてる姿がたまらなく愛くるしい! 可愛いよリクルはほんと。……これぞ悶絶だぁ」



 子供らのテンションも高まって熱い、羨望の眼差しを受けながら卓を囲む。

 孤独だったころ夢見た家庭の姿がここにある。

 こんな暮しもいいけど。

 本当の親が生きて居るのなら、その親にこうしてもらいたい。

 いまさらだが会いたいのだ。



「ご馳走さまでした。居心地がよくてもっとここに居たいんだが。俺にもなにかできないかと考えて。その谷の周辺を調べて来ようと思っている。コウ村長と皆にはよろしく伝えてください」



 娘夫婦は肯き、またいつでも遊びにいらしてね、と笑顔を見せてくれた。

 そして勝手口に通され、村の脇道へと案内された。



「谷へはどう行けばいいですか? 特効薬にも興味が湧いていて、魔物の特徴を知りたくなったのでこの目で確かめたいのですが……」


「リクルぅ、魔物こわくないの?……食べられちゃうよぉ」


「セコイワの谷へは村の裏手の川沿いを北西に行けば出れますわ。沢に足を取られないように注意してね」



 もてなしのお礼を述べて、話題にのぼっていたセコイワの谷へ行こうと。

 村の表にいた若者が傍で聞き耳を立てていたようで話しかけてきた。


 谷へ何らかの調査をしに行くのかと。

 何もわからないかも知れないが、じっとしていられないと伝えると。

「リクル、村のために働いてくれるなんて。ありがとう」と感動をしていた。

 討伐のできない彼は危険な谷への立ち入りすらできないことを恥じるように頭を掻く。


 シンピ村を出て谷へ向かうと、西の大きな街とは別方向で寄り道になる。


 子供たちに一人でそんな魔物のいる場所は怖くないの、大丈夫なのと聞かれた。

 これまでなら大丈夫ではなかったことだ。

 ひとつ確かめてみたいことが出来たのだ。


 十代の頃の経験だった。


 こことは別の谷だった。

 物質系の魔物はあまり水辺にはいない。鉱山や火山地帯だと聞く。

 俺が迷い込んだ谷も近くに鬱蒼うっそうとした森があった。


 蟹などの甲殻類を餌とするワイバーンに出会ったことがある。

 彼も近くの森に棲んでいた。


 ある日、谷に同様に「グルゴロン」が大勢で転がってきた。

 水辺の生き物たちは踏みつぶされるのを嫌がって他所へいった。

 餌に出会えなくなったワイバーンは原因を究明した。


 険しい山には多くのドラゴン系が生息している。

 竜と言うのは人気のない場所で静かに過ごす生き物だ。

 竜達を刺激し過ぎると機嫌を損ねて暴れ回る。

 結果的に周囲にいた丸っこい生物は吹き飛ばされて川べりまで転がったのだ。


 驚異的な力と巨大さを誇る竜族を狩る者たちの総称がある。


【龍殺し】あるいは【龍狩り】だったか。

 そういう人類がいて、巣と仲間を荒らされたことが原因だったようだ。


 俺はドラゴン系と出会ってもこうして話ができて、食われることもなく情報を得ることが出来ていたことを昔から不思議に思っていたのだ。


 その謎はゆうべのうちに解けてしまった。

 竜族たちは俺を見ただけで村の子供たちのように懐いてきた。

 そして何者かを知ることが許されている唯一の同族だったのだ。

 姿かたちは全く異なるのに、不思議なものだ。


 先輩達と討伐に出かけたときも、あのデカブツたちは恐れて逃げたのではない。

 気を利かせてその場を譲っただけなのだ。

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