第14話 旅立ちのリクル (リクル冒険者編①)
ヘンリー村長らの気遣いに見送られてヘンピ村を後にしてきた。
しばらく歩くと一度振り返り、遠目に村の外観を見つめる。
朝焼けの空に包まれた田舎の景色がまた一段と美しく映えて見えた。
連れて来られたときの苦い想い出はとっくに薄れた。
おそらくもう帰郷することはない。だれに縛られることなく、やっと自由に生きられるんだな。
覚悟を決めたのだから、第二の故郷とできる住居地を求めて真剣に歩かねば。
俺だって行く当てがないわけじゃない。
村からずっと西を目指せば、都会へと出られるのは知っている。
この二十年、山や森を縦横無尽に駆け回った甲斐があり、足腰は屈強に鍛錬されてきた。
ヘンピ村の隣という位置付けの集落がもうすぐ見えてくる。
来たばかりの頃は行き来するのに息があがっていたのに。
これまでもお使いに立ち寄ったことのある村だが。
使いを済ませて往復したら半日は経過していたっけ。
いまは難なくたどり着けた。
そこへ立ち寄って、わざわざ尋ねなければならない情報はない。
ただ旅立ちの挨拶ぐらいはしておいても良いだろうと。
そう思っていたら、村の入り口を怪しい姿勢でうかがう輩に目が止まる。
自分の村を入り口の陰から屁っ
「村の若者のようだが、何をしているんだ…」
朝帰りでもして家族に締め出されたのだろうか。
女房の尻に敷かれている旦那がヘンピ村にも結構いたからな。
ちょうどいい。
声を掛けてみよう。
「はっ! リクルじゃないか! またお使いで来たのか? こんな朝に」
「いいや。長旅に出るので挨拶に寄ったんだ。コウ村長はご在宅かな?」
声を掛けようとしたら、気配に気づいて向こうから話しかけてきた。
村長とその家族には可愛がってもらったからな。
顔だけでも見せて行きたいのだ。
「悪いな……今それどころじゃないんだよ。うちの村に
ずいぶんとビクついているようだった。
村の男たちはよく言っていた。朝帰りをした時の嫁ほど恐ろしいものはないと。
どうやらそのケースじゃないようだが。
それに荒れているというのは誰のことだ。
村長は人格者だったはずだし、いったい何が起こったのだ。
辺境の地域ゆえに魔物の出没以外で大きな騒動が起きたことなどなかったのに。
べつに急ぐ旅でもないけど、次の街までは完全に一度は野宿する距離だ。
胸の内には急ぎたい気持ちも持っている。
「外でしばらく待って居れば、村だけで解決しそうか?」
その怯えるような言い草から、単純な揉めごとには聴こえなかったが。
若い男は俺の目を見据えかえして、首を横に振る。
村長はどうしているかと聞くと、その村長宅にずっと西の都会から来た冒険者のPTが詰め寄って困らせているとのことだった。
「都会から来た冒険者の一団は、いったい何人いるのだ?」
こんな辺境の村に都会の冒険者の利益に成るような依頼が発生したのだろうか。
ここへ立ち寄って揉めごとに巻き込まれたくはないのだが。
これから都会へ出て、その冒険者に成ろうという自分はこれを見過ごせるか。
その思いに、事情だけでも聞いて見ようかと。
「男だけで4人になる。相手の依頼のタゲになる魔物を村の外れにあるセコイワの谷で互いに狩っていたのだが、相手がレアドロ素材目当てで討伐数が足りないから、場を譲れと申し出て来たらしいのだ」
「なるほどね。狩場の取り合いだね、たまに起こると聞いたよ。でも譲れば、タダで討伐してくれるのだから、当然、場を譲ったんだよね?」
この界隈には長年住み着いていたから分かるのだが。
辺境の2つの村は魔物の存在に悩まされてきた。
村専属の討伐隊もいるけど、手に負えないときは街に依頼を出し、応援を要請するものなのだ。
その度に余計な出費がかさむのが更なる悩みでもあり、報酬をケチると揉めることもあったのだ。
だが狩りたい魔物が足りないから「譲れば倒してやるぞ」という冒険者が現れたのなら願ったり叶ったりなので譲れば助かるということだ。
魔物は人間が管理しているわけではないので、討伐自体は自由にしてよいのだ。
村の若い男は俺の質問に首を縦に振るものの、相手の理不尽さに参っているといった。
「狩場を譲って、魔物の討伐の応援までしたらしい。だけど譲った所からの匹数分の討伐料金を支払えと言われて、それを突っぱねると、隊員たちはその場で締め上げられて、ついには村まで押しかけてきて責任を取れというわけなんだよ」
これは討伐隊の経験上から推察すれば、その折の現場で、どういった約束や条件で明け渡したのかが問われる案件であるな。
「冒険者を人類の味方と信じて、無条件で明け渡したなら、心無い者には付け入られることがあるそうだ。見事にやられちまったケースじゃないかな」
「まったくその通りだよ、いいカモにされておめおめと帰って来たってわけさ」
「それで、どのような連中だ?」
言いがかりは確かに厄介だが、理不尽なら冒険者ギルドに訴え出れば良いだけのことだ。
こういったケースでは民の見解が良識とされるらしいのだが。
「村長もそのように説いているよ。だ、だけど逆らえないんだよ! それがルールだからといって譲らなくて。すでにギルド員にも来てもらったけど…」
「逆らえないとは? まさか村に押し入って暴力をふるっているのか?」
「暴言もそれほどないけど、存在が暴力以上なんだよな……一体どうなることか」
存在が?
暴力以上とは、何のことだろう。
冗談半分で魔物でも飼いならしているのかと聞くと。
「いやそうじゃない。魔物を村に入れれば厳罰が下るだろ? ちがうよ。相手は勇者を連れていたんだよ!」
「勇者っていえば、……冒険者の鑑みたいな存在じゃないか! そんな理不尽すぎることがあって良いのか?」
「それが…天下の勇者を辺境の村民ごときがタダでこき使って良いはずがない、と。ギルド員も政治家じゃないから口答えも出来なくなっちゃって」
なんだか、おかしなことになっているな。
けど都会に行けばこのようなことにも巻き込まれるようになるか。
頻繁に起きやしないだろうけど。
これには智慧を絞る必要がある。
「なあ、俺たちのヘンピ村にも来られたら嫌だから、俺も話し合いに入れてもらえないかコウ村長に話を通してくれないか?」
「討伐隊のレベルじゃないよ、あいつらは! 癒し系のリクルにもしものことがあったらシンピ村の仲間も胸を痛めるから、やめて置いたほうがいいよ」
俺のことを気遣って大切にしてくれるのは嬉しい。
だからこそ、なんとか力になりたいと思ったのだ。
これまでお世話になったし、辺境の仲間でもあるし。
素通りするには、こちらの胸が痛むと伝えた。
俺はもう一押ししてみた。
若者は気持ちに応えて、しぶしぶと頷いた。
俺はシンピ村に立ち寄って事の成り行きを見届けてから、旅立つことにした。
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