第13話 塔の前で (テンデ編①・終わり)

 

 彼らも、本日のここでの目標は達成できたようだ。

 地上へ出るためにB3に上がって来た。

 ここは強めのスライムがけっこう出現するフロアだったな。


 スライムと戦い、応戦しているPTがいる。

 それだけなら何も珍しくなないのだが。



「あ、あれは一体なんだろう! 魔物の身体からゴールドを発している?」



 ゴールドといってもお金ではない。

 オーラのような体の色だった。

 身体の色が明らかにちがう変種のような魔物に苦戦を強いられている。



「お、そうか! 見るのは初めてか? あれは俗に『覚醒』と呼ばれる状態だ」


「覚醒……ですか」


「あれが出現すれば必ず仕留めなきゃもったいないんだ。必ずレアドロップが出る。経験値も3倍はあるからな」



 それは『覚醒モンスター』と呼ばれる種になるという。

 ここではスライムの覚醒なのだが。

 出現した普通のスライムが戦闘中に覚醒するわけではない。

 覚醒しきった魔物の個体がべつに存在するのだという。


 見れば、柄の大きい戦士と後方には魔法使いが二人三脚で頑張っている。

 覚醒スラは戦士が食い止めているが、魔法が効かないようで苦戦をしているようなのだ。


 

「がんばれよ! 倒せば美味しいんだってな。ねえ、アレの記録を取りたいんで見て行ってもいいかな?」



 目の前の男女二人組のPTに向けての声援だが。

 聞こえたか分からない程度の声で、つぶやいた。

 そして剣士の三人組へ質問をぶつける。



「ああ、俺たちはべつに急いでないから構わないぜ!」



 リーダーがオッケーをくれた。

 その上、良いことを教えてくれたのだ。



「戦いをタダで見物されちゃ、気が散る。苦戦してるのでイラつくが正解かな。じつは冒険者でない者の声援は冒険者を勇気づけられる仕様になっているんだ、ほらやってみて!」



 PTの傍へ行き声援をすると。

 テンションがアップするバフ魔法をギルドで受けられるらしくて。

 みんなやっていることだというのだ。


 早速試して見た。


 

「おお! ありがたい! マミーこいつは俺が一気に畳んでやるからもう心配はいらねえぞっ!」


「ガギー、それはとっても嬉しいんだけど記録も手伝ってよね。今日は随分と仕留めたから帰ったら大忙しよ」



 テンションアップってスゴイんだな。

 あんなに苦しそうだったのに、やられちゃうんじゃないかって実は思っていて。

 心配だったんだ。

 もしかしたら案外やさしい、三人組が加勢に入らないかなって思って、見たいとせがんでみたんだけど。


 声援でバフがかかるなんて、粋な計らいがあったのか。

 しかも冒険者同士では効き目がないのだとか。

 だよな。

 そうなれば、現地で応援し合えば延々と有利だもんな。

 

 そういえば、入り口のギルド係員がPTの方針に口を挟めないとか言っていた。

 これはあくまでも勝手な推論なんだけど。


 あの係員がもしも、中に入った冒険者から袖の下をもらっていて俺が好奇心に負けて迷い込んだら、冒険者を救える可能性があるわけだから、規則をわざと黙認して、書記連中にあのように強引にサインをさせたりしていないだろうか。


 早弁に行ってこれ見よがしに席を外してさ。



 なーんてね。

 考え過ぎだろうな。



「あなたね? さっきの応援ほんと助かったわ。ありがとう! わたしはマミー。魔法使いよ。あなたは書記なのかしら、そちらの方たちの?」



 応援をした冒険者がお礼を述べて来た。

 彼女はマミー。

 どことなく上級生といった感じ。

 きっと年上なんだろな。

 

 剣士三人組を俺のPTだと思い込んで聞いて来た。

 俺は首を横に振り、否定した。

 だが経緯をだらだらと語るつもりはない。

 ちらりと剣士たちを見た。



「ま、行きずりの友と言うことで。このダンジョンで出会ったばかりなんだが。俺達はゴブリンキング狩りの帰りだ。君らのタゲは他にいるのかな?」



 タゲとはターゲットのことで目的のものを差す。

 いかにも上級討伐者って感じだな。



「いいえ、このフロアのスライムでレベルアップに来ただけよ」


「な、キングだって!? まじかアンタら強ぇんだな!」


「この書記くんが本来のPT仲間にすっぽかされて、ぼっちなんだけど。見た所、書記はいないようだけど雇い入れる予定はないかい?」



 あれ、いつのまにか俺のことを売り込んでくれている。



「やあ、さっきはありがとう。俺は相棒のガギー、戦士で売り出し中だ。それってフリーという認識でいいのかな? だけど書記屋はお高くつくから雇えなくてな」


「ほら、きみの出番だよ。いくらなら彼らにつくんだい?」



 え、俺が決めていいのか。

 そんなセリフをポツリと漏らすとチャンスだぜ、って横から推された。



「俺は今のPTでは手伝いみたいなもので給金はないんだ。日に銀1枚もらえたら、食っては行けそうだけど……俺なんかを本気で雇ってくれるPTはないよな」


「なんだって銀貨1枚だって? 俺達の所なら金貨3枚は出さねば世間の笑いものになっちまうぜ。せめて銀3枚で交渉しなよ」


「え、そんなにしてもらえるの?」


「ガギー、どうする? 書記の相場って安くても金1以下はないよね! この彼も駆け出しのようだからウチで見習いってことで」


「よし!」



 ほんとにそんな条件でいいなら決まりだと快諾していた。

 いまのツレとはきっぱりと縁を切ってくれとも告げられた。

 もとより架空のツレなので、すぐに切れます。


 劇的な出会いがあったわけでもないけど。

 人生ってなにが起こるかわからないもんだ。

 すこしの手違いから始まって、こんな出会いに巡り会い、仕事を獲得した。

 

 俺はなんの変哲もない平凡な生き物だった。

 これまでも、これからも。






 またこうして、ぼっちになった状態で「紅い鉄塔」の前に立つ。

 再びあのような奇跡的な流れはもう起こらないだろう。

 記録式魔道具によって情報が完全管理された世界へと変貌を遂げたのだから。


 眼前に見えている補給施設も近代的になったが健在だ。

 8年前に出会った、あの黒いフチの眼鏡のおじさんは元気に勤めているだろうか。あの日の帰りに寄ったけど姿が見えなくて、それっきりだった。


 うれしいことが続いたから、それから一切気にかける機会がなかった。

 俺が運良く冒険者と肩を並べて夢を追いかけられたのは、紛れもなく……。


 あの、黒いフチの眼鏡のギルド員のおじさんのお陰だったのだ。

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