第11話 テンデのねがい

 

 入り口の外は真昼だということもあり、光に満ちたまぶしい世界だった。

 しかし、その扉門をひとたびくぐれば、神秘と言わざるを得ない暗がりの部屋が。


 すこし目が慣れてくるまでに時間がかかった。

 右に左に目を凝らしながら見回しているとぼんやり奥へと続く通路が見えた。

 フロントは非常に大きな楕円をしていた。

 そこから伸びていた通路の入り口には扉はなかった。

 興味深くて正面の奥へと歩を進めて、ひとつの通路の前にいた。


 通路の出入り口の周囲には厚紙によるお札がいくつも貼られていた。

 おそらく魔除けの札なのだ。

 ここはこうして一応の魔封じ対策が施されている。



「なんだよ、フロントには魔物が湧かないとか言って喜ばせておいて」



 対策によって溢れて来ないだけじゃないか。

 それに通路の中には冒険者が行き来しているから、見かけ次第狩られるだろうから。

 そのあたりもほとんど出現はなく、強敵もいないとわかる。


 

「そこの! 入らないなら道を譲れ」



 振り向くと背後から冒険者PTが来て、文句を言われる。

 俺の目の前を三人組のPTが意気揚々と通り過ぎていった。

 若かったな。

 多分、十代半ばだろう。腰に剣を携えていた三人だった。

 なんとも羨ましい限りの光景だった。


 道を譲るもなにも、出入り口は大きいのですこし脇を通ればいいものを。

 俺を見ても生意気な口振りで「ぼーっとされちゃ迷惑だ」と言い放って消えた。

 仕方ないさ。

 俺には仲間がいない。見るからに冒険者でもないから。

 しかし彼らの言う通りである。

 ここで、ぼーっとしていても仕方がない。

 ちょうどいい。

 あいつらの後をひっそりと追わせてもらおうか。


 通路に入ると、さっきの三人が遠目に映る。

 先頭を行くひとりが歩を止めた。

 右に左に指を差し、行く方向で話し合っている。

 俺は素知らぬ顔で距離を詰めていく。

 俺と彼らの間には一本の長い通路があるだけだ。

 そこは行き止まりではなかったが、指さす先には下へ降りる階段があるようだ。



「そうか。もう次のフロアを目指すのか」



 自信に満ちた彼らは行く先で迷わなかった。

 即断で右へと折れた。

 姿が消える前に追いかけなければ。

 分岐点に出ると他の冒険者もいたが、すこし焦った。


 階段のてすりを掴んだ。

 正確には梯子はしごであるが。

 街の中で下水の清掃をよく見かける。

 マンホールから覗き視る景色そのものだった。

 縦にまっすぐ伸びていて、人がひとり通れるぐらいの穴が空いていた。

 彼らが下へ降り切ったので俺も急いでそこを降りた。


 下水道とは違い、足場が渇いた洞窟だ。

 良かった、ブーツを履いていたが足を取られて転ぶのは御免だ。

 降り立ったフロアも広い空間だった。

 人通りが多いせいか、足元はならしたように平らで歩きやすい。

 そしてまた遠目に新たな通路が右に左にと伸びていた。

 あっという間にまるで巨大な蟻の巣に迷い込んだように思えてきた。



「あいつら、どこへ行った?」



 見回すと遠目に三人が円陣を組んでいるのが見えた。

 気づかれないように近づいて岩陰に潜んで様子をうかがった。

 中央に立っていた彼が仲間に向け、声を張り上げた。



「おいそっちは任せたぞっ! 一匹も逃すなよっ!!」


「ばかやろ! 相手はたかがスライムだぜ、『秒で終わらせろ』の間違いだろ?」


「おめぇら、相変わらず喋りだな。受けたのスライムの依頼書だったっけ!?」



 早速、戦闘に突入していた。

 相手はスライムのようだ。

 レベルの低いタイプなら初心者でも充分に立ち回れると噂のアレか。

 装備はしっかりしているようだから楽勝なのだな。

 でも手慣れているようだ。


 正面から斬りつけると、ヒョイと後ずさり、身をかわす。

 その後、前に突進してくる所を待ち構えて下から突き上げるようにカッティングする斬り方で一撃で仕留めた。三人の前に一匹ずついたスライムが一瞬で息絶えたのを生まれて初めて見た。



「す、すごいな……」



 スライムの、剣での倒し方をこまめに記録した。

 これか、ヒットアンドアウェイという戦法は。

 本来スライムから来た場合は一旦後ろへさがり、踏み込んで突きを出すのだな。



「なるほど。行動パターンを知っていれば先手必勝もあるということか」



 その後も彼らはスライムをサクサクと狩っていった。

 B2で20匹ほど済ませると、また下へ降りだした。

 B3もスライムばかりと遭遇したが、まれに大きめのサイズもいた。

 でも苦戦を強いられた様子はない。

 ほぼ同じ戦術で一撃で倒すから、負傷知らずだった。

 俺は思わず息を飲み、感嘆の声をあげる。



「まったく、大したもんだな……」



 破竹の快進撃の彼らはさらに階を下るようだった。

 B4へと降りていった。

 引き返すことを考えれば、冒険者で溢れている階層なのでこのあたりだろう。


 しかし、ここを一旦出れば、俺には二度と訪れる機会などやって来ない。

 冷静に考えるのならこの考え方は捨てるべきなのだ。

 だが、ためらっている暇などない。

 俺の脳裏にあったのは、

「あいつらさえ見失わなければ生きて出られるのに違いない」という自分勝手な思いだけだった。



「だって、彼らはあんなに強いのだから……」



 俺は揺れる気持ちを抑えることが出来なくなっていた。

 十代半ばの彼らがダンジョン内を和気あいあいと歩く姿を見て、忘れかけていた。

 自分のために戦闘をしてくれるPTがいないことを。

 そして出会った時に声をかけられたことで親近感が湧いていたのだ。


 ずるずると彼らの勢いにつられて後をついてきた。

 そして俺は気づかされることになった。

 B4にまで来ると、遭遇する魔物がスライムではなくなっていたことに。

 はじめの戦闘で三人の前にスライムが三匹現れたように、今べつの魔物が三匹、彼らの前に立ちはだかっていた。



「おい、ひとり一匹ずつだぞっ! 横取りすんじゃねぇぞっ!!」


「どう見たって、その状況だろっ! いちいち誰に向けての実況だよ?」


「今日のはホブだな。このままキングに行く前にレアドロ狙いの肩慣らしだ!」


「リーダー、あんたもかよ?」



 人間の様に直立し、二足歩行で歩き回っている魔物だ。

 身体は赤みがかって、顔も醜くて汚らしい。

 牙が口元からこぼれていて、耳がピンととんがっている。

 直接は見たことはないけど、ギルドや酒場の掲示板に手配書が貼られていたな。

 そっくりだ。

 アレがゴブリンってやつだな。


 こいつらも彼らにとっては楽勝ムードだな。

 それにいま確かに、キングに行く前だとリーダーが言ったね。

 目的はキング。

 ゴブリンキング……か。

 


「なに……この人たち。かなりの手練れじゃないか……」



 ゴブリンキングの戦利品の覚書があったはずだぞ。

 えっと……あった、あった。


【混乱の魔法書】


 店屋に売っても、20万G……もするのか。

 依頼主は魔法使いか、魔法屋か。

 これで依頼ランクは、Dとある。

 この子らはすでにDランクの冒険者ということか。


 今さらながら後悔していた。

 彼らはまだまだ降りて行くだろう。

 フロアB10~B15に出現するとある。


 いまはB4に過ぎない。


 他の冒険者が戦っている隙になんとかすり抜けて脱出しなければ。

 俺は死にに来たのではないんだ。

 いま目が覚めたよ。


 記録などしている場合ではない。

 俺はその場を引き返すべく、はなれた。



「キッキィ──ッッ!!!」



 なんだ!?

 声の上がるほうを咄嗟に見ると、ホブが飛び跳ねて俺の背後! へと瞬間移動してきた。



「うわっ! な、なんで……!?」


 

 わけが分からず思わず叫んでしまっていた。

 近くで目に入れると大猿のように身体が伸びた。

 恐怖のあまり、足がもつれ、その場に尻もちをついてしまった。

 絶体絶命だ。


「た、助けて! おねがいっ!」

 俺は恥も外聞もなく、少年冒険者たちに神頼みをしていた。

 次の瞬間だった。



「お前かっ! 何やってんだよ、こんなところで」



 その声に見やると、ホブの身体が宙で一刀両断にされ、俺のすぐ脇に落ちた。

 ドッサリと音がした。

 生臭い悪臭がプーんと漂ってきた。

 血みどろの獣が目を剥いて俺を睨んでいた。

 息は絶えているようだが、なんというおぞましい形相なのか。


 ほかのホブたちも、腰を抜かした俺の前方で同様に四肢を裂かれた状態ですでにむくろと化していた。なんという早業なのだろうか。


 振り向いたら、さっきの一戦が終了していた。

 何よりも──。

 特筆すべきは、スライムのときよりも「速い!」ということであった。

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