第10話 追憶のテンデ
お気に入りの高台から眺めていた「紅い鉄塔」の前に来ていた。
何年ぶりだろうか……ここに立つのは。
いま二十八歳になったから、はじめて訪れた日から八年が過ぎたことだ。
五年近く組んでいた
あの日もここに独りで立ち尽くしていたっけ。
「そこの若けぇの! 潜りに来たんだろ? PT名をここに明記してくれ」
「あ、あの……」
俺、まだ……冒険者ではないんだけど。
不意に声をかけられて戸惑った。おそらくギルドの係員だ。
入り口付近に補給施設があって、探索者の出入りをチェックしているのだ。
採取だけでも出来たら、食うに困らないだろうなって毎日のように夢に描いていたら。
足が勝手にそこに向いていて。
「ここが噂のミレニアムミッド…。入り口がデカい。最初のフロアから四方八方に通路が分岐しているらしい。冒険者たちが一気に流れ込んでも、次々と人の波がその通路に向かって吸い込まれていくので、混雑や渋滞が起きる心配がないと、ギルドや酒場でも情報が出ていて……それを毎日のように耳に入れているうちに」
それなら入り口のフロアだけでも見ることが出来やしないかと、好奇心から、ただ見物に来て見ただけなのだ。
「おい、そこの! 早くしてくれないかな? 早めの昼食を取りたいんだよ」
え……。すっかりと冒険者扱いされてしまっているな。
まあ、そうじゃない者がここへは足を運ばないか。
変な誤解を招いては困るから、素直に断って街へ帰るとするか。
「あの、すみません。俺は冒険者ではないので……」
「そんなこたぁ見りゃわかるよ! ここで日に何百人の冒険者を
「へっ? それでは何故? 俺の明記が必要なのですか?」
このときは、この係員がなぜこんなことをいうのか知りもしない。
「あんたの手にしているものは何だ? 鞄から取り出して念入りに広げて確認していただろ?」
それはいつか夢が叶ったときのために、俺が単独で集めた情報を記したノートだ。
それにほぼ白紙だが地図も小脇に抱えていた。
ほんの少しでも実物が拝めたら、書き記したいと思って常備していたんだ。
「あんたPTの書記なんだろ? 仲間がまだ到着してないのかは知らんけどよ、とにかく記入だけ先にしといてくれ。で、名前は何ていうんだ?」
「あの、テンデといいます。二十歳です」
「いやぁあんちゃん、面白いね……って言わねぇわ! PTの名前だよ!」
彼は冗談半分のツッコミを言い放ち、苦笑しているけど。
俺はべつに、わざとボケた訳じゃないよ。
自分の名前を聞かれたと勘違いをしただけだ。この現場に慣れていなかっただけさ。
しかし──、これは困ったな。
「…早く潜って、下調べでもして、いろいろ書き留めておくのが仕事じゃねえか。書けば書くほどあんたの給金も上がんじゃねぇの? 後から仲間が来なくてもキャンセルできるから。それに最近はフロントには魔物が湧かなくなってるから、その辺までなら書記のあんたでも、行ってもどうってこたぁねえからよ」
フロント。
ダンジョンの入り口フロアのことだな。
なるほど、これは。後からの仲間が来ない説で。
「急いでもらいたいんで、もう俺が書いてやるから情報だけ言ってみな!」
そこそこ年配で
黒いフチの眼鏡を掛けたおじさんだ。
冒険者ギルドの彼がそういうものだから、つい。
「うちのPT名は『スクランブルハンター』です。あと二人いて、剣士と魔法使いになります」
「なんだよ、あんちゃん。ちゃんと名前もあるし、仲間もいるじゃない? ほな、剣士と魔法使いの名前も一緒に聞かせてくれるかな? あと年齢と性別もな」
やっぱりそう来ると思っていた。
魔が差して、記入しちゃえば後は行くとこまで行って、ドタキャンに持って行けるかと甘い考えを起こしてしまったが。
当然いるよな、名前、年齢、性別。
「どうした、仲間の名前だよ?」
「はい、剣士は男で十八、名前はバキ。魔法使いは三十代でルクさんです」
「えーと、魔法使いの性別は?」
「それがですね……言いたがらないのですよ」
「…………言いた……がらない?」
係員は掛けていた黒いフチの眼鏡をおデコへと指で摘まみ上げてこちらを見る。
彼は目を細めると鋭い眼光を見せてきた。
嘘をついたことを見抜かれたのかと思い、すかさず訂正ではないけど。
俺が「そこ不透明だと、やっぱダメっすよね?」というと。
眼鏡を戻して筆記を再開しながら、こう言った。
「ああ、まあいい。三十代ってのがすでに引っ掛かたわ。色々あるからな人は。じゃあこれでオーケーだ。俺たちゃ冒険者PTの方針には口を挟めないからよ」
そう言うと、とっとと離席してかなり離れた給仕のテーブルへと去って行った。
ああ、受付なんてそんなものなのかと。
知ってしまえばなんてことはないが、先程はヒヤッとした。
それと、『スクランブルハンター』なんて酒場での情報をもとに言って見ただけだし。
だが、それは一介の冒険者PTなんかじゃない。
異国の王様の側近部隊らしい。その人物と出会いのあった人たちのこぼれ話さ。
魔法使いの性別まで盗み聞けていなかったから、ヒヤッとしたよ。
だけど俺……。
いったい何てことをしでかしてしまったんだ。
いまさら後悔しても遅いか。
まあ、冒険者の知り合いなんていやしないから、バレはしないだろうけど。
都合が悪くなればキャンセルをして街へ戻ればいいのだ。
折角だし、このままミレニアムミッドに潜らせてもらおう。
生まれてはじめて訪れた巨大ダンジョンだ。
恋焦がれていた所にあり得ない誘惑が重なって。
これって、ちょっとしたアクシデントだよな。
でも。
まさか単独で免許もないのに潜れてしまうとは夢にも思わなかったな。
◇
冒険者のできる仕事には分類がある。
それは採取、探索、戦闘の三つである。
採取は拾得できるものを獲得してギルドに持ち帰ること。
基本、戦闘は必要ないけど採取場所に魔物が出現すれば逃げるか戦うかだ。
逃げ切れないなら、怪我をする。命を落とす
だから戦闘要員が要る。いれば楽である。
珍しい品は高額買い取り確定で、傭兵を雇っても釣りが来ることもある。
探索はその名のとおり何かを探して依頼主に報告すること。
人や動物や様々な物。迷子の捜索。発掘や謎解きなんかもそれに入る。
捜索隊や探偵がするようなものを含んだ仕事だ。
ダンジョンでの探索ならフロア解放とかがある。
これまでも多くのトラップやギミックを打ち破り、情報が売られてきたのだ。
冒険者からの依頼もあり、依頼報酬高め。
戦闘、これが一番人気。
言わずと知れた魔物の討伐。
レベル上げ。金策。
その戦利品となる、【魔力帯】、魔物の身体の部品。
種々のドロップアイテム。
勇者PTと呼ばれる者たちがいる。
PTを組んでそのどれも同時にこなせるプロ集団だ。
勇者はレベルがマスタークラス。
特定の上位ジョブ4種でLV100を超えた者で、魔物討伐を主としている。
PTに勇者がいれば、勇者PTと認識され報酬が跳ね上がる。
金策の成り上りで呼ばれる「勇者レベル」とは全くの別物だ。
依頼ランクがAランク以上になる。
恐ろしく強いので恐れられている。
もし、嫌味な勇者が俺の前に存在したら目の前が真っ暗になるだろう。
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