第8話 遺物

 

 オープンワールドの評判。


 地位を得たいなら冒険者が手軽だぞ。

 名誉が欲しいのなら高ランクの依頼を数こなせ。

 金を貯めたければダンジョンに潜って希少品を採取し続ければいい。


 仕事にありつきたくば何でも嫌がらず引き受けることだ。

 伴侶が欲しけりゃパーティーを設立し、勧誘を繰り返せばいい。

 そして居場所も仲間も、冒険者になればすべて入手可能な世界ここにありだ。


 寂しければ昼夜を問わず、冒険酒場が歓迎するぜ。

 話し相手にゃ困らない。

 人生相談のってます。


 裏の占いよく当たる。

 たからのくじは億当たる。

 宝の地図も売ってます。

 秘密のアジトが待ってます。

 服脱ぎゃバニーが寝ています。

 酒の味を知らなけりゃ宝の匂いを嗅げばいい。

 緑のテーブル腰掛けりゃ、カード、スロット、ルーレット。


 なんでも買います何でも屋。

 つるぎに盾に装備品。

 草に石ころ、瓶のフタ。


 なんでも売ります便利品。

 魔物調理の専門店。

 鍋にレンジにフライパン。

 魔物の肉を解毒して、ふっくらおいしく焼き上げる。

 

 今日はいい子がおりますよ。

 ダンナ好みの可愛い

 このまま奴隷どれいじゃもったいない。

 側妻そばめにされては如何いかがです。



 求める優越を得る枠が一つしかないなら、世界中で奪い合うことにもなるが。

 それでも努力次第で大抵は手に入る、そんな世界だ。


 だが、その面倒くさい書記がギルド冒険者の出世の足かせになっていたのもまた事実なのだ。

 だから俺みたいな落ちこぼれでも仲間に頼られて冒険の補助士として活躍の場があったのだが。


 補助士は国の公認ではないが、冒険者には認められていた。

 だれも馬鹿にしない。ハナタカの勇者からですらいじられなかった。


 PTにも勢いが出てきて、俺が街で見て来た数々の華やいだ場面にいつか一人で主役として立てるはずだったのに。



 だけどそいつは何の前触れもなく、突然到来した。



 世界中に蔓延はびこっていた古き概念が一つ崩壊した瞬間だ。

 手動で紙に物を書き記す必要がなくなったのだ。



「いったい……なんだというのだ?」



 自動記録魔法……。



 PTの誰かがその魔法を覚える必要もない。



「ありえないよ……こんなこと…」



 個々の好感度カメラが世界中の冒険者に徹底密着する。

 それは空飛ぶ超小型カメラだ。

 背中にプロペラがついており記憶媒体を有していて、人の声に自在に反応する。


 人の感情を捉え、思考し、アラートを付加送信する。

 まるで生き物のように繊細せんさいで精密だが、古代の人工物であると判明したのだ。

 自動追跡、自動記録、自動送受信が1秒で可能になる魔道具がいにしえのダンジョンから発掘されてしまったのだ。



「冒険者がなにをする存在かを知っているように……」



 これによって冒険先の地図の記録も知り得た情報も自動で街中へと送信されてくる。どこの誰の手柄なのか失敗なのか。冒険者の一挙手一投足が各国管理の情報部へとデータ収集、移行等。

 そこに秘められていた未知の魔法とその起動方法が解き明かされて行った。



「冒険者のあとを自動で追跡し、現場の情報を自動収集、報告までする。ひとの後を着いて来る魔法具だなんて」



 発掘されたその代物には『アーティファクトAI』と刻まれていた。




 箱詰めにされ、数百億単位でその端末本体と追跡媒体が地下に幾つも埋葬されていた。

 追跡媒体のサイズは極小で人の指先の爪ほどもないのだ。

 まるでこの世の緊急事態に備えて冒険者の登場とともに準備されていたかのようだと。


 いつ誰が何の目的で遺した物かは未だ不明。

 まるで世界創生のかつての人類が後の人類である我々に贈答したかの様な夢の遺産であった。

 後の人類が発見したのだ、後の人類が活用すればいいと誰もが賛同した。

 全人類の手に行き渡っても余りある在庫がそこには眠っていた。


 オーパーツと説く学者も少なくはない。


 俺のような落ちこぼれ書記には詳しい理屈は理解不能だ。

 世界的な大発見と大発掘にどの国や街でも人々が心をときめかせ、拍手喝采する者もいれば抱腹絶倒する輩もいた。


 日夜パレードが盛大に行われ、宴会や祭りの光景が日常的に見られた。

 世界中の街角で情報を欲しがる奴らの手のひらの上で、その号外が連日紙吹雪のように舞う。


 新発見は人々の眼の色や顔色を劇的に変えた。

 世界中が華やいでいく。


 新時代の生活が目覚ましく謳われ、平民層の生活も夜空に打ちあがる花火の様に見栄えよく活性化されていった。


 それは……。

 古代の遺物で、自分の意思を持ったかのような働きを人類のためにする装置なのだそうだ。


 疲れ知らずの憎い奴。

 書記の仕事を超高速に処理していく。

 そいつは金も時間もかからない。

 文句も言わねば、泣きもせぬ。

 そうなりゃ俺の末路は知れている。

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