第4話 20年越しの真実 (リクル初期村編)

 

 ヘンリー村長も村の人たちも決して悪い人間ではなかった。

 こんな気持ちにさせられる日が訪れようとは夢にも思わずにいた。

 なにしろ人間からの差別が原因で絶滅危惧種となったと聞いて育ったから。

 

 自分なんかをすんなり受け入れてくれる集落があるなんて。

 俺がここに来る前に住んでいた所はじつはただの穴蔵だったのだ。

 人間達の様に家を建てて済む習慣がなかった。

 洞窟の中は仄暗い。

 所々に陽が射す穴も空いているが。

 物心ついた頃には親は姿を見せなくなっていた。


 傍にいたのは母親だった。

 同じく、「しゃべるぬいぐるみ」と世間では呼ばれることも知っていた。

 そうだ。

 この身の見た目。容姿はまさに縫いぐるみなのだ。


 イアンの森にいた頃は泥だらけで、顔はすすだらけだった。

 ヘンピ村でお世話になるようになって身体を清めたら同じ言葉を村人たちから言われてしまった。



 そういえば、あれから二十年が過ぎようとしていた。



 あの時は、討伐なんて俺にいったい何をさせるつもりかと憤りさえ感じていた。

 だが討伐隊の一員に迎えられて、ただ依頼に沿ってついて行くだけで良かったのだ。


 毎日、毎日。それの繰り返しだった。

 基本的な討伐は先輩たちが片付けてくれていた。

 俺は当初、見ているしか出来なかった。

 イアンの森に魔物が現れたのはあの頃からだったようだ。


 不思議だ。


 あの森の中で魔物に遭遇したことは一度たりともなかったのに。

 森といっても樹海だから、隅々まで知らなかっただけのようだ。

 それから日に日に討伐依頼が増えていったっけ。


 そして俺も剣を装備させてもらえたのだ。

 盾の扱いも習った。

 俺の足腰はグングンと鍛えられて強靭なものへと成長できた。

 ここで受けられる依頼は難なくこなせるようになった。


 戦闘が苦手で何度も死にかけた。

 恐怖の対象でしかなかったのに。

 いまは割と板についてきて。

 魔物と戦うのが楽しいと思えるぐらいだ。

 すべてヘンリー村長の計らいのお陰だ。


 見た目は人間じゃないけど。

 もう人間と共に過ごす暮しのほうが長くなるんじゃないか。

 暮らしぶりは人間並みだが、見た目はそうじゃ無いからこの村以外の人間には触れてもいない。


 この世界ってどこまで広がっているのだろう。

 いつか許可をもらえたら世界の果てまで散歩をしてみたい。

 散策というものだ。

 この世界には何があるのだろう。

 ほかにどんな種族がいるのだろう。

 その辺の知識がまるで入って来ない。


 ここは辺境の村だ。


 めったによそ者なんて訪ねては来ない。

 だからここにはヘンピ村の人間とポッポルンの俺だけだ。

 イアンの森に行けば、魔物がいるけど。

 住み着いているのは、ゴブリンという種のやつらばかりだ。

 たまにデカブツが現れたと聞くけれど。

 現場に駆けつけるといつも先輩達が取り逃がしてしまっている。


 逃げたのなら深追いしなくてもいい。

 村人の生活圏を脅かさねばそれでいいのだから。


 だが、この暮らしにも少々飽きてきた。

 そろそろ村の討伐隊員も強者が増えてきたことだし、なんなら未だに俺が一番弱いと言うぐらいだから。

 この村の治安は本来の住人の人間達に任せて、俺は世界を股にかけたくなってきたのだ。


 はじめは恐ろしかった魔物たちも今じゃ可愛い存在になった。

 戦闘が楽しい、そんな人間も多いと聞く。


 近頃、全世界はそれぞれの境界線を取っ払って、「ひとつなぎ」にしたそうだ。

 種族、民族、国境の垣根をなくして国主にさえも一般人が謁見できる時代になったらしいのだ。



「ヘンリー村長、なんて言うかな。すべて村長の権限で決められるから快く承諾してくれれば願ったり叶ったりなんだけど」



 村長が禁断にした種族に関する話題があれから一度も聞けていない。

 村人もなにも触れて来ない。

 まあ二十年も経ったのだから。どうでも良いのかもしれない。



 だけど俺は妙に気になっている。

 なぜあのとき、誰の耳にも入れない様に計らったのか。

 ポッポルンといえば……その先の意見を今さらだが聞いて見たい。


 でもまあダメ元で、今夜にでも村長を訪ねてみよう。

 だって俺が居ても居なくても、この村は安泰なのだから。

 俺もそこそこ信頼がついたと思っているので。

 ここに留められる理由はもうないはずなのだ。


 世界の名は【オープンワールド】となった。

 名というよりは経済苦の打開策として世界協議で決定づけられたものだ。

 どこの国の民でも交流が許される時代を迎えたのである。

 興味をそそられない者が居ない筈はない。


 俺は人間でいう所の四十歳になる。

 若い頃……ここに来たての頃だ。

 村人たちはこの年齢の者たちを皆、おっさんと呼んで冷やかしていた。

 俺もいまやその、おっさんというやつだ。


「いい歳してよう、いまだ独り身なんてダッサイぜ!」


 って言われるぐらいは何でもない。

 俺が気にするのは種族なのだ。

 このしゃべるぬいぐるみはどういう存在なんだよ。

 ヘンリー村長なら絶対に知っているんだ。


 二十年間、タブーにして来たのだから簡単に口を割らないかもな。


 よし!

 それとなく側近のリーダーたちに話題を振って置いて、話題にするように仕向けて盗み聞きをしてやればいいのさ。

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