第5話 剣と誓い (リクル初期村編・終わり)

 

 さて、いよいよだ。

 二人のリーダーたちには、昨日の間にほのめかして置いた。

 俺の種族ポッポルンについて。

 村長が耳打ちで俺にだけ打ち明けたことを。


 あいつらなら、きっと自分たちが村長に一番可愛がられていなければ我慢できないという人間だから、うまく働いてくれるはずだ。


 俺はとっくに村長宅に忍び込んでいた。

 ひそひそと、か細い声でナイショ話が始まった。




「マッテ、村長っ! そりゃないぜ。あいつを長年に渡り、タダ同然でこき使うことには賛成ですけど。なぜそこまでしなきゃならんのです?」


「リクルの働きは中々ですが、戦闘なら俺達だってまだ越されてはいませんし。あいつはいったい何者だったのですか?」


「聞かぬほうが良いかもしれんぞ」


「なぜですか?」


「きっと震えがくる、からだ」


「……?」


「まあ、もう二十年だし。そろそろ敵意がないことも十分にわかったことだ。なんならワシらはリクルを手なずけたかもしれん」


「マッテ、なんすか? その魔物を手なずけるみたいな言い方は…」


「魔物どころではない。リクルはポッポルンの生き残りと言ったのだ。ワシでさえ驚いたし、お前たちはピンとこないようだったな。その名を口にすることと、見たことのない種族。獣人にしては小さすぎる体型。ポッポルンの幼体は妖精と似ているらしいから本物だと言う確信に至ったのだ」


「マッテ、だから何の話っすか?」


「もったいつけないで、俺達にも分かるように説明してくださいな」


「リクル。あの者は、自分がそれだとは気づいておらぬようだがな。じつは神なのだ! 竜族の最高位種だ。気づいておるならあの場で立場が逆転していたことじゃ」


「ひええええーー!? マッテ、なんの冗談ですか? 村長!」


「まあ落ち着け。刺激を与えすぎて感情が高ぶると変身するという竜神族の末裔なのだ。それがポッポルンと呼ばれし種族で、すでに絶滅危惧種となっていた。大昔は情報がなく、悪神と噂されていて、中には人型のポッポルンもいたが差別と偏見に心を病んだ一族でもあったのだ。イアンの森の中でお前たちがリクルに危害を加えていれば彼もその場で目覚めていたかもしれぬ。神に勝てる人間など当然いやしないからの……」


「う……うそでしょ? 村長ぅ。唯一の神格化を遂げられるという種族っすか?」


「お前らの取った行動で人間界が救われたといっても良いだろう。よくぞワシの元へと連れて来た。これまでの人間達の起こした非礼の数々に怒りの火がついて見ろ、どうなるか分かるか?」


「これはマテさんの判断があったから……俺達、命拾いしたんだな。待つことの重要さ身に沁みます。さすがっす! 一生ついて行きます!」


「おい照れるじゃねえか。マッテ、村長。ど……どうなるんです?」


「竜神の吐く怒りの炎は十万度にも達すると言われており、太陽でさえ灰塵に変えてしまったという伝承もある…」


「じ、じ、人類が滅亡の危機にさらされるってことですよね?」


「もっとも、竜神を退ける勢力もこの世には存在するが。ワシらでは太刀打ちなどできぬしな」


「マッテ、なぜあの時、解放してやらなかったのですか?」


「バカ者! あの折に放していたらその能力に目覚めたとき、真っ先に消されるのは誰だ? 森でひっそりと静かにお暮し遊ばせていただけの神の一柱を魔物扱いして矢で追い回したのは、のう?」


「マテさん、俺達食われても仕方ないですね」


「マテ、おれは食い止めた側の人間だぞ。待つは正義!」


「お前らだけの問題ではない。だからここに住んでもらって仲良く楽しく、だが親切にし過ぎると変に疑いをもたれてしまう。恨まれるのは御免だということだ」


「討伐なんて重荷を追わせて、恨まれませんか?」


「彼も信頼を得るために頑張るだろうし、魔物を倒して人々の役に立てればやがて世界へと羽ばたきたくなるだろう。彼にも戦う術が必要だ。そのときが来たら旅立って頂けば良いのだ。よその人間が同じ轍を踏めば人間界に悲劇が起こると判断してのことだ。そして二度とここへはお戻り頂いては困るのでな、種族のことはワシの独断で禁句としたのだ」


「マッテ、だから何故なんです? ほんとは早く出て行って欲しいのでしょ?」


「禁句を口にしたらどうなるんだったかの?」


「あ! 村から永久追放の処分が下ります」


「そうだ! それがここの絶対ルールだからの」


「村長はそれをリクルに嫌という程、教えるために……」


「あやつがそれを言い出したら、自動的に追放処分となる。自分でも分かってる筈のことだからな。それに言い出さないのなら、ずっとここに居て村を守ってもらえれば、村にとっては最強の守護者だしの。二十年も何も言わずに暮らしてくれた。居心地は文句なかったはず。去るも去らぬも自分で決めて頂くのが一番だ」


「ヘンリー村長、万歳! 天才過ぎますって」


「なるほど……どうりでリクルが駆けつけるとドラゴン系のデカブツが逃げていくわけですね」


「つまりポッポルンのことは伏せておきたい。だけど世界に羽ばたくのは自由だし。どちらも自己責任の自己完結でやってくれたらワシらは死なずにすむだろ」


「村長ぅ。彼は出て行かないっすよね? リクルが村に入るときには彼が魔物でないことは、入り口の魔法陣が証明済なのに。あの子からは【魔力たい】が検出されなかった。病原体ですらなかった。風呂に入れてやるとなんとも毛並みの良い、モフモフの可愛い動物にしか見えない。村人はみんな彼の愛くるしさに心を奪われたものです……」


「マテ、二十年だぞ。彼の意思で出て行くなのら干渉も束縛もできないのだ。彼は動物ではないのだから。人間とおなじ扱いを受ける権利がある、ですよね村長?」


「うむ」



 


 ヘンリー村長が「うん」と頷いてから声が聴こえなくなった。



「…………(なんという真実を語っているんだよ!)」



 俺が、竜神族の末裔。

 まったく知らなかったことだ。

 しかし、ヘンリー村長たちには大変な迷惑をかけてしまっていたことが判明した。

 申し訳ない。ホント、二十年間も我が子のように可愛がってくれた。

 恨んでなんかいないよ。

 この二十年、本当に楽しかったから。

 村人たちも真実を知らずにいたのに。心底親切でアットホームだった。


 条件はここに二度と帰れない、ということだね。

 俺の心にはいつまでもヘンピ村の存在があり続けるから。

 人の暮しを守るのが快感になってきた所だから心配しないでください。

 それに、己の真相を知ったからにはこれ以上この村にいられない。

 世界のどこかには姿を消した親や、その理由が待っているかもしれないんだ。

 当てのない冒険ではなくなった。


 俺はこの日の夜。

 村長宛てに置手紙を書いた。


 ここで盗み聞いた詳細はこの胸の内にしまっておく。

「冒険者に成りたいから、大きな街へ行く」とだけ伝えておいた。

 長年世話になりながら自分勝手に村を離れるのだから、許可がでない場合ルール違反の意味で。永久追放のルールも受け入れると書き添えて。


 ヘンリー村長とリーダーたちの秘め事は、俺にとっても重要な秘め事だ。

 こんなことが誰かの耳に入ったら、大変なことになる。

 彼らも死ぬ気で他言無用にしていくことだろうから、そこは心配しなくていいね。


 差別で酷い仕打ちを受けて来た日々の忌まわしい記憶も、ここでの暮しがすべて吹き飛ばしてくれたんだ。ヘンリー村長は一族の心の痛手まで全部抱きしめてくれようとした。俺はヘンピ村の全員から人の愛まで教わったのだ。


 村の中ですれ違いが起きたとき、いつも自分のほうにもやり過ぎや言い過ぎがないか良く考えることだと。譲り合うことと認め合うことだけ忘れなければ、和解はある。その歩み寄りの心があればそこに必ず友情を育めるのだと。ヘンピ村を興したヘンピー村長の遺訓であり、ヘンリーの口癖。

 人間嫌いなんてもう言わないよ。

 イヤな奴はこの手で一旦ぶっ飛ばしていくだけだ。


 勇気と自信をくれてありがとう。

 ヘンリー村長は人を育てる天才だよ。


 ヘンピ村のみんな、ありがとう。

 ほんとうに出会えて良かった。

 そしてさようなら。


 夜明けが来たら出発だ。


 旅立ちの朝に荷物を確認したら、癖のある文字で一枚のほぼ白紙の「世界地図」が混入していた。この村の周辺は記録済みだ。これを眺めて冒険の幅を一層広げろという応援だ。


 クルクルと巻かれていた世界地図を広げてみると一本の短剣が滑り落ちた。



「……これは!」



 手に取り、鞘から抜き出すと窓から差し込む朝日に銀色の刀身がまばゆく光った。

 あのときの白銀には辛い想い出があったが。

 いまはこうして新しい門出を祝うあたたかい光の贈り物となったな。


 それは。

 イアンの森で俺にとどめを差そうとしたアイツからの差し入れだった。

 ヘンピ村の第七班リーダー就任おめでとう。

 やったな、君もがんばれよ!

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