第3話 わからない (リクル初期村編)

 

 捕縛され、連行されるなど生まれて初めての失態だ。

 これまでも種族間の醜い争いに巻き込まれ、酷い偏見に悩まされたことがある。

 これは偏見というより差別に等しい。


 どうやら、ヘンピ村の村長に合わせてもらえるようなのだ。

 

 討伐隊の若者たちと村に入ったとき、異様な眼差しで歓迎されたよ。


「魔物だ」

「魔物の生け捕りだ」

「なぜ生け捕りにしてきた?」

「最近の若けぇヤツは討伐の意味も知らぬのか」

「生かしておくと災いが起こるぞ」

「おい、猿ぐつわはどうした? 口元から牙が見えたぞ!」



 とても笑顔を振りまいて挨拶をする気にはなれなかった。

 無言で入り口を通過してきた。

 足は自由にしてくれているが、腕は後ろ手に縛られていた。


 森の中で害毒ではないと知ったのに結局捕らえられた。

 確かに自らの口から村に連れ帰れば、と言い出しはしたが。

 何者かを問われない時点で認知度の極めて低い種族なのだと我ながら驚いたのだ。


 そうなると長生きをした生き字引にでも会わない限り、これからも別の人間にも追いかけ回されるし、今回はたまたま助かるだけかもしれないと咄嗟に思っただけだ。

 ただで解放してくれそうにない状況だったので腹をくくっただけなのだ。


 実際に村へたどり着いて見れば、思っていた通りの魔物扱いであった。

 見た目じゃ分かってもらえないのが、俺という生き物なのだ。

 このことで出会った瞬間に人間に理解を示された経験はほぼなかった。


 じつに切ない話だ。


 いよいよ村の長らしき人物が話を聞いてくれるようだ。

 だが家の中に入れてもらえるわけではなさそうだ。

 そこは村の広場のようだ。


 後ろ手に縛られたままで、中央にひざまずく形に。

 それはまるで罪人のようだった。


 

「話は討伐隊のリーダーから聞かせてもろうた。ワシは村長のヘンリー」



 村長の声が聞けた。

 村人たちが静かになった。

 見たところ、老人のようだ。



「さあ、お前さんは何者だ? 魔物でもなく、動物でもないとな?」



 え?


 どうして……そこを俺が答えなければいけないの。

 そんなに歳を召されていても知らないっていうのか。



「そこを答えてもお解りにならなければ、俺はどうなるのですか?」


「一生、捕虜になってもらう。鎖に繋がれながら仕事をさせるが」


「害を与えていなくて無抵抗なのにですか?」


「ワシらは得体の知れないものは皆、魔物と解釈する生き物なのだ」



 変わっとらんな。

 どこにいる人間も。



「まさか、うちの村長に判らぬものがあるとはな」


「おい、お前。何者だ? 自ら名乗れよ。他種族だと言っていたじゃないか」


「そうだ。…偽りでないなら種族を申してみよ」



 村長は討伐隊に促されて種族を問いかけてきた。

 見ても心当たりがないものを聞いてどうするのだと思いつつも答えるしかないようだ。



「俺は「ポッポルン」の生き残りだ。かつてよりの種族差別に数が減少しました」


「…………はへ? なんだって!?」



 いや長老並みの村長!

 ボケ過ぎじゃないか。

 とんでもない馬鹿面晒してくれちゃって。

 やっぱりこの種族を知るものなんか、もう居やしないのか。



「名乗るだけ無駄でしたか……」



 愕然とした。

 淡い期待を胸に抱いていたけれど。

 俺の知る学者によれば、たしか絶滅危惧種だとか言っていたもんな。

 それも親が傍にいた幼い頃の記憶だし。



「俺も自分の種族なんて忘れかけているぐらいだ。仲間に会った記憶もないよ」



 もう捕虜にでも奴隷にでも好きにすればいいさ。

 人間に見つかり逃げ切れなかった俺の運が悪かったのだ。

 

 村長がなぜか皆を制止して静かに俺の目の前に足を運んできた。

 直々に引導を渡そうとでもいうのか。

 顔をグイっと近づけてきて頭上で寝るように垂れていた俺の耳を指で起こすと、



「お前さん、いま自分がなにを口にしたのか理解して言っとるのか?」



 その言葉は極小声だった。

 そして先程見せた馬鹿面もそこには見受けられなかった。



「え、なにがですか?」



 思わず口をついて出てしまった。

 村長の方こそ何を言ってるんだ。



「ポッポルンといえば…………」



 また俺の耳に指で触れた。

 そしてなぜだか囁くように言うのだ。

 元の位置からでも充分に聴こえていましたのに。


 え?

 その口ぶりはもしかして。



「お前さん、名は何というのだ?」


「り、…リクルですが」


「そうか。リクル……すまぬが種族の話はこれでお終いにしよう。お前には自由を与えるがしばらくこの村にいてもらうことにした」


「はぁ……?」


「村に住んでくれて良い。そして村に降りかかる災いを退ける任に就いてもらおうと思っておるのだ。どうだ、悪い話ではないだろう」


「それではこの者を討伐隊に組み込むおつもりですか? ヘンリー村長」



 例のリーダーが村長に確認をとった。

 村長は皆に振り返り、軽く頷き、片手を天高く掲げた。

 皆が拍手喝さいをして応えた。

 どうやら独断で物事を決められる人のようだ、それが決定事項となった瞬間だった。


 と……討伐って。

 俺、戦えないからここに連れて来られたんですよね。


 罪人ではないから自由にしてくれる。

 拘束具は外してもらえた。

 自由の身で住まいも与えられる。たしかに悪くはないが。

 仕事を選ばせてはもらえないようだ。


 それはそれで良かったのかもしれないが。

 ヘンリー村長は俺の種族について心当たりがあるようだった。

 だがそれを俺から問うことはできない。


 なぜなら、自分が何者かを問うのは偽物だというようなものだからだ。

 だけど、わからない。

 なぜ話を打ち切ったのか。

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