第2話 魔物じゃない (リクル初期村編)

 

「おいマテ! 今こいつ、しゃべんなかったか?」


「ああ俺達も聞いたぞ?」



 五人の人間の男が静かに寄って来た。

 どれも威勢が良さそうな青年に見受けられた。

 俺の必死の救いの声に男たちが気づき、反応してくれた。

 望みがでてきた。

 聞いてもらえるのなら聞いてもらおうと思い、言葉を続けた。



「待ってほしい。……俺は動物じゃない、良く見てくれ!」



 命からがらだった。

 嘘なんて微塵もつかない。

 誠実に対応すればきっと理解してもらえる。

 なぜ初めからそうしなかったのだと後悔しているほどだ。



「やっぱり言葉を話しているぞ。動物じゃなけりゃ魔物だろ!?」


「そうだそうだ! 魔物だから話せるんだろうがっ!」


「俺達は動物なんて狩りに来たつもりはねぇんだよ」



 彼らは話をするものの、弓矢を射る姿勢は崩さないでいた。

 鋭い矢の先端が引き続き俺の身体に向けられていた。

 下手に抵抗しようものなら、蜂の巣にされるか串刺しにされるかという状況だ。


 なんとも切ないな。


 動物狩りではないと聞こえた。

 ならば何をしに来たのだ。

 いやまさか。

 魔物を仕留めにきたというのか。


 この森には魔物なんていないぞ。

 果物しか取り柄のないような森だ。

 たまに鹿やイノシシを見かけるがそこに凶暴さはない。

 侵入者の足音で大抵逃げていく。


 なのにどうして魔物などという言葉を口にするのだ。

 俺は疑問をぶつけた。



「魔物なんか……この森には居ないよ?」


「いやマテ……昔は報告がなかったが、最近現れるようになったんだ」


「そうだそうだ! 苦情が相次いでいるんだ。俺達はここから南に一番近いヘンピ村から討伐を依頼されてやって来たんだ。そこにお前が現れた。へたな言い訳をしたって無駄だ!」



 なんだって!?

 だけど俺はちがう。ちがうんだ!

 へたれ込んだ姿勢を頑張って起こして、半ば土下座の姿勢を見せた。

 俺は恐ろしくなって首を横に振ることしかできなかった。

 獣のような姿だが、顔を潰されたくはない。

 咄嗟に面前で腕を交差させた。

 とても相手の目を見て話すことができないで目を伏せた。


 そんな俺に男達は、ロクに話も聞かずにさらに罵声を浴びせてきた。



「魔物だからそんな見え透いたウソしか言えないんだろ!」


「そうだっ! 仕事帰りの村人を襲ったり、女や子供にまで容赦なく追いはぎをしたり。シカやノブタでもそこまで酷くはねぇぞ!」


「魔物なんか悪魔と変わらん! 動物じゃないと自分で認めたんだ、魔物以外なにがあるんだ、その姿で! 鏡でおのれの姿を見て見ろっ! 人間でもないくせに人語を汚い口から出してんじゃねぇぞ! このケダモノめっ!!」


「村人の怒りは頂点に達している。俺たちの討伐隊を甘く見るなよ! このまま「はい、そーですか」で済むわけがない。一気にとどめを差しちまおうぜ」



 グサリと胸をえぐるような酷い言葉にその相手を見上げた。

 条件反射だ。睨み返したわけではない。


 とどめと言った男の手には剣が握られていた。

 戦いに使用する片手用の短剣だった。


 セリフとともに頭上に振りかざされた冷酷な剣先。

 その刃先にいつもの朝日が当たる。白銀の光がゆらりと流れて見えた。

 朝方のまだ薄暗い森に人魂が彷徨うようにも映った。

 すでに魂を抜かれたのでは、と疑心暗鬼に駆られる。

 あんなものをこの身体に一振りでもふり降ろされたら、まず命はないだろう。


 俺は死を目前にした恐怖で震えあがった。

 伝えたいことがうまく言葉にできず、うめくしかなかった。

 腕はずんと重くなり、肩から力が抜けていくのを感じた。

 ずっと顔をかばっていた両腕は膝の両脇にだらりと垂れ下がった。

 情けないが戦術を知らない俺にできることは、幼子の様に泣くことだけだった。


 精も根も尽き果てる、とはこのことか。

 死を覚悟したそのときだった。



「ちょっとマテ! こいつの目を見てみろ、涙ぐんでいるぞ。頭を抱えて震えてやがったし……そういや、すばしっこくて矢は一度も当たらなかったのに。魔物が震えて泣くとかあるか?」


「リーダー? そんなの演技に決まってますよ! 弱い者いじめをする奴の常とう手段じゃないっすか?」


「リーダーの意見は無視できないぞ。講習で聞いたんだが、手柄を焦って他の村の珍獣のペットを殺めたケースもあったな。途轍もない損害賠償金だったそうだ」


「うん。リーダーの言う通りだな。堪忍してくれと泣いて震える者を問答無用で八つ裂きにできるかと言われれば、さすがに良心がとがめるわな」



「それもそうだな」と俺の不甲斐なさに呆れながら短剣男も気づいてくれた。

 血気盛んな若者を制止したのは、隊のリーダーのようだ。

 リーダーの男が問いかけてきた。



「お前らはマテ、おれが聴き取る。お前が魔物でない証明はできるか?」


「うぐぐぐ……ぐっすん」


「いつまでも泣いてちゃ埒があかないだろ、証明できるのかと聞いているんだ。やさしくしているうちにさっさと答えろ! 俺達も鬼じゃないからな」


「お、おにって……何ですか?

 会ったことがないから分からない……」


「マテ、お前それ口答えかよ!」



 ちがいます、ちがいます。

 その口の利き方が怖くて、また首を横に振るしかなかった。


 だけど…。


 証明と言われても、だれに自己紹介をする予定のない人生だったから。

 でもすこし話ができると分かったので落ち着いてきた。

 ここは深呼吸だ。

 ふうう。

 俺が森に来る理由は一応説明してみるのだが信憑性に欠けるようだ。

 そして勇気を振り絞って聞いて見た。



「俺をここで見逃してくれる気がないのなら、いっそ村へ連れ帰ってください」


「マテ。急にどうした。なぜだ?」


「人間じゃないだけです、他の種族だと知る智者がきっと村におられる筈です」


「他の種族……か。マテ……たしかにうちの村長なら物知りだからな」


「リーダー? 世の中には人間によく似たエルフという生き物もいるって聞いたことがある。彼らは人間より手先が器用で射手としては有名だとか」


「マテ、悪いが俺達は他種族には会ったことがないんだ。お前はそのエルフか?」


 

 エルフは容姿端麗だし、人間に似ているなら魔物と間違えるわけが無いだろ。

 偉そうなことを言っては反感を買ってしまうから言わないけど。

 俺は小さく首を横に振る。



「そりゃそうだな。魔物に近いし、動物にも見える。全身毛がフサフサで犬猫みたいな耳をしている。人間の耳はないみたいだ」



 俺に近づき、舐めるように全身を見て検査をするようだった。



「マテお前、魔物じゃないなら衣服ぐらい身に付けて置けよ」



 魔物と間違えて襲ってしまったことを詫びてくれているとの解釈もできるが。

 直接的な謝罪の言葉はそこにはない。



「よーし。くれぐれも下手な考えは捨てろよ? 村に着くまで拘束はさせてもらう。その条件でしかお前の言い分を受け容れられないがどうだ?」



 彼らも暇じゃないようで早速話がまとまったようだ。

 俺は殺されなかったけど身を縛られて彼らの村に連行されていくようだ。


 

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