名もなき草原に咲くⅡ
ゼルダのりょーご
第1話 動物じゃない (リクル初期村編)
俺は森をさまよっていた。
通い慣れた場所ではあったのだが。
そこは樹海というやつである。
早朝から、いつものように果物狩りに来ていただけだった。
だが、その日は運が悪く深い霧が、俺の目前に漂ってきた。
「いけない……。なんだか雲行きもあやしくなってきた」
一瞬、木々の合間から空を見上げる。
暗雲立ち込めるといった感じに、辺りが薄暗くなっていく。
夕暮れ時ならそんなことは割とあるのかもしれない。
だから早朝を選んでやってきたのだ。
早朝は天候が崩れにくい地方なので、すこし戸惑ったが。
果物狩りにやってきた森なのだが、こんな時間帯に珍しいこともあるものだな。
それぐらいの感覚でいた。
食料としての果物が豊富な森がある。
イアンの森だ。
その近くの山の向こうのふもとから、腰に水筒をぶらさげてやってきたのだ。
飯粒をこぶし大に丸めて乾燥海苔を巻いた「おむすび」は貴重で、沢山の果物と引き換えに交換して入手している。おむすびさえあれば、あとは新鮮な水だけで充分ご馳走と言えた。
そんな暮らしが二十歳ごろまで順調に続いていた。
背中に背負ってきたリュックの鞄にグレープやアップルを三十個も詰められた。
「これでまた、おむすびを六つ手に入れられる。そろそろ引き返すとしよう」
果物五個でおむすび一個。
そんな計算だ。
おむすび二個で一食分。
俺の身体は人と比べればとても小さい。
野生の大人のおサルさんぐらいの背丈だ。だから今はそれで足りている。
これだけでまた一日、生きていける。
俺はそんな種族なのだ。
俺は人間ではない。
だけど決して魔物なんかではない。
自分のことは自分が一番知っているし、それが当たり前の日常だ。
わざわざ自分に言い聞かせる必要もなければ、それを主張する機会が日常のどこかにあるわけでもなかった。人付き合いがあるわけでもなし。仲間がいるわけでもなくずっと一人で生きてきた。
俺はずっと孤独で生きて行く。今日も、明日も、これからも。
ずっとそうして行くはずだった。
しかし、それは突然訪れた。
人里はなれた森の中だというのに複数の人間の足音と声が聴こえた。
人間はいく度か目にしたことがある。
酒場などに頻繁に現れ、浴びる様に酒を呑む。下品な会話を好み、酔いつぶれるまで大声を出して飲み明かす。
そのとき覚えた匂いがまさにこれだ。
気配もどんどんと近づいて来た。
この森には凶悪な魔物は棲んでいない。
長年の暮しでこの森のことは知り尽くしている。
人間の里は対岸の山の向こうだったはずだ。
食糧難にでもあってこちらに収穫にやって来たのだろうか。
そう思いながら帰り支度をしていると「ヒュンッ!」という軽快な音が耳をかすめた。
人間に見つからないうちに森を後にしようと歩き出したところだった。
背後から俺の立つ脇の土くれに何かが突き刺さる。
無意識にそれに目をやった。
一本の矢が飛んできたのだ。
俺は目を見張った。
焦りを感じていないといえばウソになる。
先ほど感じた人間達が狩りを始めたのだろうか。
この分だと果物ではなく、獣を狩っているようだ。
だが俺のほかに動物らしい気配を感知していないのだ。
果物とおむすびと水。
それだけの調達だけで生きて来た俺は戦術を持ち合わせていない。
これは言うまでもなく俺の姿を目にして放たれたものに違いない。
このままでは俺は森の動物として狩られてしまうだろう。
ここは速攻で逃げるのが賢明である。
「……はぁ……はぁ……」
どれぐらいの時をさまよったのか。
木々の合間を縫うように走った。
走って、走って、走り回った。森の中を走り続けた。棲み処の山に向かえば住所を特定されてしまう。ここで振り切って無事に帰りたい。
その思いが頭をよぎるために逃げ惑ったのだ。
時折、矢の手が治まる。装填する時間なのだろうな。
その時を見計らって足を休めるのだが。
その度に俺の姿を追う目の数が増え、殺気立った眼光が鋭く光るのを感じ取る。
最初の一本目は一人に勘付かれたためだった。
今は数人の射手の放つ矢の的となっているようだ。
通い慣れた地ではあるが、獲物として人から武器で狙われる経験など一度もなかった。
まるで立ち込めた暗雲が、俺に何かを物語っていたようにも感じられた。
初めての経験に戸惑い逃げ出したのが運のつき。
焦りと恐怖の旋律が全身を駆け巡っていた。
手足が強張ってきた。
もう倒れ込んでしまいそうだ。
「チクショウ……」
俺は人間が好きになれなくてひっそりと暮らしてきたのに。
よもやこんな場所で動物と間違われて狩りに遭ってしまうとは。
ついに力尽きた俺はその場にへたれ込んだ。
猟人たちの足音が一気に近づいてきた。
「仕留めたか? すばしっこい奴め!」人間達が口にする。
その汚い差別の言葉を同種族はどれだけ聞いて傷つきながら生きて来たか…。
だがこれ以上はもう。
走ることはできなかった。
このまま黙っていれば縄で縛られて、土鍋に放り込まれて今夜の飯の食材にされてしまう。
命からがらだったので、思わず出した声はガラガラ声だった。
「か……堪忍してください! …俺は森の動物じゃ……ない…」
幸いなことに? 言葉はわかるんだ。
話せば解る。
そう思うしか道はないと思った。
自分が人間じゃないから口を開くのは避けたいと思っていたのだが。
背に腹は代えられない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます