第7話 きよこはせいなのために生き方をチェンジした 

 きよこは今まで、犯罪者というと自分とは縁のない世界にいる恐ろしい人だと思っていたが、この罪人寄り添いイエス教会にきてからは、そうでないことがわかってきた。

 自分も一歩間違えれば、いやそれ以前に環境に恵まれていなければ、簡単に犯罪者になるかもしれないのである。

 きよこは、男性アイドルのファンから階段から突き落とされたり、また、コンサート中に精神障害者から軽傷を負わされたことはあった。

 そのときも、母が慰めてくれたおかげで、精神の平静を保つことができた。

 母はいつも、きよこの味方になってくれた。

 きよこと母とは、二人三脚で芸能界の荒波を渡ってきたのかもしれない。


 きよこの娘せいなは、常に大スターの娘であるという目で見られていた。

 オーディションでミュージカルの主役に選ばれたときも、審査員に

「私が有名人の娘だからですか?」と質問したくらいである。

 もちろん答えはノーである。

 なぜなら、観客は有名人の娘だと、一般人に比べて常に過度の期待をする。

 もしかして、親と同じような芸風なのではないか、二代目に違いないという色眼鏡でみようとする。

 だから、有名人の子供は、常に親を超える存在でいなければならない。

 最初は親の七光りで脚光を浴びても、それが期待外れであると気付いた時点から、人は去っていく。

 ちょうどイエスキリストが、強いユダヤの王、英雄になるために、この世に降臨したのではなかったと気付いたとき、イエスに世話になった人はイエスに茨の冠をかぶせ、呪いの言葉を浴びせた。

 人はなんと、自己中心で勝手なのであろう。

 イエスは、なんと人類の罪のあがないとして、処刑道具である十字架にかかるためにこの世に君臨されたのだった。


 せいなの自殺の原因は、今もって誰にも明確にはされていない。

 失恋したという噂があるが、これも真偽のほどは定かではない。

 きよこにとって娘せいなは、年老いた母親に代わる親友のような存在だった。

 自分よりしっかりしていて、世間を知っているせいなを、きよこは頼るようになっていた。

 せいなは、ミュージカルの仕事は二年先まで、予定で埋まっている。

 きよこは、安心して新しい音楽を追求していこうと思っていた矢先のことだった。

 日本では若者の自殺率が多いというが、まさかせいながそうなろうとは、きよこには想像もしていないことだった。


 きよこがせいなにできること、それはいろんな人の心を理解し、罪人を救うことかもしれない。

 この生き方が、天国にいったせいなの唯一の供養になると確信していた。

 

 きよこは、藤堂牧師の言葉が、いつも胸によみがえっていた。

「100%変えられないもの、それは過ぎ去ってしまった過去。

 覆水盆に返らずというように、たとえへベル(一瞬)前のことでも、戻ることはできず、過去は変えられない。

 どんなに栄光に満ちた過去でも、過ぎ去ってみれば思い出のアルバムでしかない。

 また、いくら過去が暗くても、現在が光に照らされていれば、暗い過去にさえ、光を当てることができる。

 大切なのは今と未来しかない。

 100%変えられるもの、それは未来。

 へベル(一瞬)先から、未来は開かれている。

 80%変えられないもの、それは自分以外の人。親も含めて人は変えられない。

 80%変えられるもの、それは自分。自分から変わっていくしかない。 

 小さなことーたとえば今日はいい天気ね、道端の雑草が満開に咲いたねーに感謝し、差別は笑い飛ばして生きよう」


 人生は片道切符。だからこそ、現在に光を当てることによって、過去のとらえ方が変わってくる。

 影のようにまとわりつく暗い過去に苦しんでいても、今の笑顔で過去を振り向くと、昔があったから今があると確信できる。

 

 きよこは、せいなの死を現在の光に変え、新しい歌の世界を創造してみせる。

 そして、この罪人寄り添いイエス教会の会衆にも、その歌を披露したい。

 喜んでくれるか、それとも反感を買うことになるかは、誰にもわからない。

 きよこにとって、そのことが、天国にいるせいなへの最大の御恩返しであると確信していた。


 礼拝の後、きよこは藤堂牧師に自ら作詞作曲した歌を歌うことが許された。


   「芽生え」

 あなたは私の命の半分だった

 あなたを精一杯愛していたが ある日手のひらをすり抜けるように

 あなたは私から永遠に去っていった


 恐ろしいほどの悲しみから芽生えたものは

 いろんな世界の人を理解すること

 そしてあなたの望んでいた 人に感動を与えることが

 私に残された使命


 あなたの分まで生きることが 私に残されたいのち

 孤独な人の心に寄り添い 光を当てることが

 私にできる唯一の使命

 

 いつか雲の上にいるあなたの元に昇るまで

 私はその使命を果たし続けてみせるわ

 その日まで 見守っていてね

 ハレルヤ


 最後はハレルヤー神に感謝しますと締めくくった。

 歌い終わると、きよこと同じ、一人娘が自殺した藤堂牧師も、また悠太という息子を殺害された母親悠子も、なぜだか、やすらいだような表情になった。

 自殺というのは、本人だけの問題かもしれない。

 いくら恵まれているように見えても、人の心は誰にも理解できない。

 いや、移り変わる自分の心さえ、把握している人はいないだろう。


 きよこは今、歌を自らつくることにより、人の心を癒していきたいと思った。

 まとわりつく影のような苦しみに、一筋の光を当てることができたら、天国のせいなも喜んでくれる筈である。

 きよこは今、せいなに向かってハレルヤと叫び出したい衝動にかられていた。

 教会の会衆も、そんなきよこの姿に、希望を見出したようだった。


 (完結)

 


 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神の愛は復讐心を超える すどう零 @kisamatuma

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る