第26話 勇者の証 上

「少々手こずったが、お待たせしたな」


 顔が煤で汚れたリヴィーネが私たちの前に降り立った。エーデおばさんや、ハイ爺は一体——、いえ、今は、考えても仕方ないわ。彼女たちのおかげで、私はこの杖を手に入れた。彼女たちの思いを無駄にしては、いけない。


「なあ取引をしないか? その杖を私によこせ、ミリーナ。そうすれば、お前も私の計画の一員にしてやる」


 この杖を私が持ったことは、リヴィーネにとって相当嫌なことだったみたいだ。あんなに自信に満ちて、お前らなんか敵ではないという雰囲気を醸し出していたリヴィーネは、すぐに攻撃を仕掛けず、杖を寄越せと言ってきた。


「渡さない——と言ったら?」

「私はお前への認識を改めるだけだ。お前は賢いと思っていたが、そうではなかったと」

「私は賢くないので、その評価で結構です。直進魔法グラデス・ゲーヘン


 無数の直進魔法を展開し、乱打を打ち込む。膨大な魔力量を背景に、力技でリヴィーネの防御魔法を打ち砕こうとする——、しかし、リヴィーネの防御魔法には全く傷がつかない。


 リヴィーネは、ニヤリと笑みを浮かべると、瞬時に視界から消え、私の真横に現れ、直進魔法グラデス・ゲーヘンを放ってくる。

 対処が遅れた、直撃する。そう思った瞬間、私とリヴィーネの間にいつ見ても奇妙な防御魔法が展開された。


色々防ぐ魔法バシュフェデン


 ザイガーが私に教えてくれた、ナタリーが開発した防御魔法。大体の魔法を防いでくれるその魔法を、ザイガーが展開してくれていた。


「全く、ナタリーは勤勉でいかん。’私は、そんな高密度の直進魔法グラデス・ゲーヘンを見たことないし、色々防ぐ魔法バシュフェデンなんてものも聞いたことがない。魔法開発において、彼女の右に出るものはおらん。惜しいな、あいつも私に従って居れば、今頃世界は我が手にあった」


 攻撃を防がれたリヴィーネは私たちから一旦距離を取る。どちらから殺そうかと私たちを値踏みしている。


「ミリーナ、ちょっといいか」

「どうしたの?」

「リヴィーネの弱点は手紙に書いてあったか?」

「いいえ、何も書いてなかったわ」

「エーデ、肝心なことを書いてない——、いや、ナタリー先生が肝心なことをエーデに教えていなかったんだろう」

「リヴィーネには弱点があるの?」

「ある、それは心臓。ただ、悪魔の心臓は右側にあり、さらにタングステンという魔法石に覆われている。その強度は、ミリーナが前に打ち砕いたあの直方体のタングステンより高い」

「それって、この杖で撃ち抜けるの?」

「普通は無理だ。だけど、極限まで圧縮して、密度を高めればなんとか撃ち抜けるはず——、と、オレとナタリー先生の見立てだ」

「そんな魔法、私に打てるかしら」

「打てる——絶対に——、自分を信じろ。オレが隙を作る。ミリーナは魔法に集中して、タイミングを見計らって撃て」

「わかったわ」


 ガイザーが、一歩足を踏み出す。


「なあ、リヴィーネ。なぜオレがナタリー先生から弟子として選ばれたか考えたことがあるか?」

「今度は時間稼ぎか、いいだろう付き合ってやろう。それは魔法の才能があったからだろ」

「いや、それだけではナタリー先生はオレを弟子としてオレを育てなかっただろう」

「ではなぜだというのだ」

「それは、オレが天才だったからだ」


 ザイがーの目の前に何色にもカラフルに光る球が現れる。無詠唱魔法。魔法を極めし者のみが使用できる究極の技術。ザイガーは、無詠唱で次々と球を現界させ、それは次第に大きくなりながら、勢いよくリヴィーネに向かっていく。


「なるほど、なるほど、この年で無詠唱魔法とは恐れ入った。人間とはつくづく怖いものだ。魔族の想像のはるか上を行く。しかも、これは磁石魔法。私に吸い付くってわけか」


 リヴィーネがどこに逃げようとも、ザイガーの魔法はリヴィーネを逃さない。ついに、リヴィーネは一発魔法を喰らう。よろけたリヴィーネ。その瞬間をザイガーは見逃さず、リヴィーネの元に瞬間的に移動し、持っていた杖でリヴィーネを叩き落とす。


 リヴィーネの体は音速を超えて地面に突き刺さり、その衝撃で地面がえぐれた。ザイがーは続いて攻撃を繰り出そうとする。それを察して、リヴィーネは起き上がり、防御しようとする。


「生まれた——隙が」


 リヴィーネがザイガーからの魔法を防ぐために、全面の防御魔法の密度をわずかに高くしたため、心臓付近の防御魔法の密度が薄くなった。


直進魔法グラデス・ゲーヘン


 私の放った直進魔法グラデス・ゲーヘンは一直線に、リヴィーネの心臓めがけて飛んでいく。


「ぐふ」


 ついに、リヴィーネの防御壁を突き破り、心臓を撃ち抜いた。だが、リヴィーネは倒れない。ニヒルな笑みを浮かべながら語りかけてきた。


「やるじゃないか。ここまで追い込まれたのは初めてだ。だがお前らはやはり甘い」


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