第21話 暴走

「左前方より、新たに敵! なんだ此の敵の数は——、対処しきれないぞ」


 オレの親友だったシーカが無線の向こうで叫んでいる。オレたち、第49部隊、通称、ホレ隊は激戦地の真っ只中に放り出されて、奮闘していた。

 倒しても倒しても迫り来る、ハミルトン王国の無人人形。初めは20人もいた部隊員はいまや8名。オレたちは対応を間違えた。


 物心ついた頃、スラム街で過ごしていたオレの元に、シュバール国の軍人がやってきた。戦地で活躍すれば、シュバール王国の市民権が得られると、そう言われたのだ。その時のおれは、王都内の生活に憧れを抱いていた。単純に羨ましかったのだ。美味しそうなものを食べ、面白そうなおもちゃで遊ぶ同世代の姿が眩かった。


 あの生活が手に入れられるのなら、戦地に行ったて構わない——、そう思った。さらに、軍人は、オレのような子どもは前線に出ることはなく、戦地の後ろのほうで、前線部隊の補助する役目に回されると話した。


 基地に着くといきなり、目の前の機械に乗れと言われ、言われるがまま搭乗した。そして、そのまま外に向かって歩けと言われ、いきなり訓練が始まった。なぜこんな大きな機械に乗らないといけないんだろうと思いはしたが、重たい荷物でも運ぶのだろうと不思議には思わなかった。


 1週間ほど訓練をしたのち、オレは平野のど真ん中に連れて行かれた。そこにはすでに19機の自動人形が整列しており、今日からこいつらがお前の仲間だ、そして、お前が部隊長だと言われた。

 長という言葉に、少し心が弾んだことを覚えている。


 しばらくそこで待機と言われ、上官は後方の司令所まで下がっていった。すると、シーカが最初に無線を開き、陽気な声で皆に声をかけ始めたのだった。


「なんだ、俺が隊長かと思ったのに、遅刻のお前が隊長かよ」

「悪かったな、別に志願したわけじゃない? 譲るか?」

「お前にそんな権限ないだろ」

「それもそうだ」

「ところで、お前の名前は?」

「オレはザイガー」

「ん? 苗字は?」

「苗字は……知らない」

「マジかよ」

「お前は?」

「俺は、シーカ。ちなみに俺も苗字を知らない」

「なんだお前もかよ」

「これもなんかの縁だ、よろしくなザイガー」


 オレたちの会話を静かに聞く者、笑う者、ふざけるなと少し怒気を含むもの色々いたが、それでも家族ができたような気がして嬉しかった。

 ただ、そんな幸福感もすぐに払拭されてしまう。


「戦え」


 上官から一本の無線連絡。それに呼応して、仲間の一人が叫ぶ。


「え、これって、レーダー? 赤い点が沢山……、て、敵襲だよ!」


 目の前には、ハミルトン王国の無人人形が大層な数押し寄せてきていた。

 戦うしかない状況に追い込まれて初めて理解した……、あいつらは嘘をついていた、と。

 泣き叫ぶ者、怒り狂う者もいたが、大多数の者たちはこういう最悪の事態も、一応は想像していたらしい、お前が隊長だ、指示を出せと何人かが無線を繋いできた。


「絶対に逸れるな、集団で動き、左の小高い丘を越えて、隣の戦域に離脱する。そうすれば、嫌でも向こうの戦域の部隊が援軍として出てくるはず」

「一か八かの賭けだな、向こうのコマディアンがしっかりしていればいいが」


 その初戦は、相当な激戦となったにもかかわらず、16人が生き残った。

 そこから毎日毎日、無人人形との戦闘——、いつになれば解放されるのか、皆が苛立ち始めた時、シーカが上官を殴る事件が起きた。


「いつ俺達は王都民になれるんだ」


 痺れを切らしたシーカが上官に詰め寄ると


「まだそんなこと信じているのか、お前らが王都民になれるはずがないだろ」

「コンニャロ、俺らを騙したな」


 皆がシーカの殺気を感じ取って止めに入ったが、シーカは拳を上官にめり込ませた。

 この事件は基地では大事件として扱われ、シーカには即刻死罪が言い渡されそうになったが、それを止めたのが、オレ達と同じくらいの歳の少女だった。


 彼女は、ミリーナと言うらしく、この王国の偉い家の生まれらしく、周りの大人たちはいつも彼女の機嫌を取るのに忙しそうだった。驚くべきことに、彼女はオレたちのコマディアンだった。シーカが上官を殴ったその日に着任したミリーナは、シーカを庇った。王都民にする約束のもと戦地に駆り出されたのに、その約束を反故にされた。それはわたしたち側の落ち度だと言って、シーカの罪を不問にしたのだ。それから、彼女は、なんとか王都民になれないか、家の者に掛け合ってみますと言って笑った。その笑顔がオレは今でも覚えている。


 それから彼女の魔力を頼りに、オレたちは戦い続けた。彼女の魔力は膨大で——、自動人形のスペックを格段に上昇させたため、オレたちの生存率も戦績も格段にアップした。常勝の女神とオレたちの間で呼び合ったものだ。命を救われたシーカは、姫と彼女を呼んだ。


 しかし、数ヶ月経った時、異変が起きた。


「なあ、今日の自動人形やけに暑くないか?」


 はじめに異変に気づいたのはシーカだった。


「確かに、オーバーヒート気味だ、なんでだろう——、なんだこれは、魔力供給量が多すぎる。ミリーナ少尉、魔力供給が多すぎます。供給量を減らしてください」


 オレはミリーナに無線を通じて話しかけたが、一切返答はない。


「ミリーナ少尉!」


 この間にも、自機や僚機の動力源が発熱し続け、ついには警告音が鳴り響き始めた。


「ミリーナ少尉! 聞こえてますか?」

「ごめんなさい、止められないの」

「え? どうしたんですか」

「その、魔法を止められないの」

「まさか、暴走」

「ああああああああああああああああああああああ」


 無線の向こうから悲痛な叫び声が聞こえてくる。それに呼応して、大人たちも必死に彼女の魔法を止めようと躍起になっている声が聞こえてくる。


「どうするザイガー,このままだと自動人形は爆発するぞ。全員脱出したほうがいい」

「それはそうだが、ここは敵陣のど真ん中だぞ、こんなところで外に出たとしても、犬死するだけだ」

「だけど、このまま姫さんだと、姫さんにこの機体を破壊されてしまうぞ」

「しかし——」

「きゃああああああ」


 オレが一瞬迷ったその瞬間、味方の機体が爆炎を上げながら爆ぜた。最後の悲鳴が無線から流れてくる。魔法供給過多による機体の暴走。そんなことまず起こり得ないから気にする必要はないと上官から言われていたが、最悪の事態が生じてしまった。


「だ、脱出するぞ」


 無線で皆に連絡する。皆が急いでハッチを開いて脱出しようとするが、次々に機体が吹き飛び、その爆発に仲間が巻き込まれていく。

 10人程度がハッチ外に脱出できたが、安心したのは束の間、無人人形が次々とオレ達を襲った。銃を乱射しながら錯乱した仲間は首を刎ねられ、物陰に隠れた仲間はそのまま踏み潰された。


 オレとシーカは、必死に森の中を走り抜けたが、ついに自動人形に崖先まで追い詰められた。


「万事休すだな、なあ、ザイガー、この中で生き残るとしたら誰がいいかって、俺はいつも考えていた」

「いきなりなんだ、まだ、諦めるな」

「聞けザイガー、お前は賢い、そして、俺より上手くこの世界を生きていける。それに、俺の勘が言うんだ。お前なら世界を変えられるって。だから、生き残るのはお前でないといけない」


 それだけ言い放つと、シーカはオレの体を勢いよく押し、崖下に突き落とした。そして、オレは落ちながら、崖上で何かが潰される音を聞いた——。


 ゴボゴボ


 崖下は川だった。オレは水面に強く叩きつけられ、そのまま気を失い川底に沈んでいった。


「おお、目を覚ましたか」


 次に目を覚ました時、一面白い部屋で目を覚ました。オレは天国に来たのかと思ったが、その幻想はすぐ現実へと引き戻された。


「お前、もう少しで死ぬとこだったぞ、わしが見つけなければ、確実に死んでいた。運がいいなお前、まあ、運がいいと言うことも重要な素質だ。聞いているか? まだ意識が混濁しているのか。まあいい、お前はみたところ才能があるらしい、だから、わしの気まぐれに付き合ってもらう。今日からお前は私の弟子だ」


 ああ、そうだ、オレはナタリー先生とあそこで出会ったんだ。

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