第19話 寝耳に水
私は今、護送車に乗って、司令所を後にしている。木っ端微塵に吹き飛んだ司令所を目にし、立ち尽くしていると、このような場合、私を緊急で連れ戻すように、本家から指示が出ていたらしい。
私は、すっからかんの魔力で、部下を置いて逃げることなんてできないと抵抗したが、すぐに少佐に取り押さえられてしまった。
いつもは悪態をつくリリーも、今回は洒落にならないし、破壊姫はまだ学生だ。帰ったほうがいいと、帰還を促してきた。他の皆も同じ。
バンディも、止血がうまくいったからか、程なく意識を回復し、帰ったほうがいいと皆と同じことを言った。
しかし、踏ん切りはつかなかったが、最後のリリー耳打ちで私は、帰還することを決意した。
「大した魔法だったな。あんな魔法を使えるなら早く言えよ。あれだろ、ガイザーから習ったんだろどうせ。本当は、お前をナタリーの墓に連れて行きたかった奴らもいるみたいだが、その話は無かったことにしてくれ、流石に危険すぎる——、それにしても、あんたはこの2ヶ月間、馬鹿みたいに私らと対等に接しようとしてくれた。それは肌で感じている。お前みたいなバカが多分世界を変えるのだろう。だから、死んでもらっては困るんだ。生きてくれ。それで世界を変えて見せてくれ」
私は大きく頷いて、虚空の司令所を後にした。
屋敷に帰ると、驚くことが一つあった。これまで私に興味がなかったエーデおばさんが、門の前で私の帰宅を待っていた。装甲車を降りると、エーデおばさんが小走りでこちらに向かってくる。前線ではそれなりに働いたが、名声が残るほどの働きはできていない。むしろ司令所を粉砕されるという失態を犯してしまっている。私は、反射的に打たれると思い、身構えた。
「よく無事で……」
エーデおばさんは私を泣きながら抱きしめた。
「え、エーデおばさん、その、なんで、叩かれるかと」
「叩くはずがありません。あなたの死亡通知書が今朝届きました。クワーツ地区の前線が消失したと聞いて、私は、私は」
「おばさん、落ち着いてください」
エーデおばさんを引き離すと、後ろからもう一人誰かが歩み寄ってくるのが見えた。
「久しいね、ミリーナ。私は君が早々死ぬなんて思っていなかったよ。ほらねエーデ、言った通りじゃないか。ミリーナは生きてるって」
「はい、兄様」
目の前に現れた男、それはパウゼ家当主、アルベルトだった。アルベルトは、屋敷に入り、応接間でお茶を飲みながら話そうと言ってきた。
「帰還したばかりなのに、突然訪問してすまない。内密に話しておくことがあってな」
「いえ、当主自ら私の元にお越しいただけるなんてありがとうございます」
「うむ、恨んでいるかね、私のことを。君を前線送りにしたのはこの私だ」
「いえ、良い経験をさせていただいたと思っております」
「そう言ってもらえると思っていた。君は少々優しすぎる。実戦で精神を鍛えたほうが早いと踏んで正解だった」
「お心遣い感謝します。それで、今日のご用件は」
「そうだ、本題を忘れるところだった。君も先ほど目にした通り、無人国家ハミルトンは新型兵器を開発したらしい、誰が、どのように開発したかは不明だが、巨大な砲弾が核前線を襲った」
「まさか、ドワーツ地方だけではなかったのですか?」
「そうだとも、前線は今混乱状態だ、それに加え、ハミルトンの魔法人形は攻勢を強めていてね、このままでは此の王都も危うい」
「ならば、私はまた前線に出て戦います」
「おお、ここまで意識が変わるとは恐れ入った。しかし、ミリーナ、君はもう前線に行くことはない。今王国が危機に瀕しているからこそ、国威発揚のため、君はハルト王子と結婚することが決まった。王子が新たに婚姻を結び、愛する者のため戦地に赴く。さすれば王国民は喜んで命を差し出すだろう」
寝耳に水とはまさに此のようなことなのだろう、そう思った。それに、王国民を戦争に駆り出すために、私に結婚しろという。アルベルトは昔からそうだ。人の気持ちや尊厳など微塵も気にしない。
「そんな、急にそのようなことを言われても」
「すまないがこれは決定事項だ。此の王国は、歴代勇者が王になることが決まっている。人魔協定下では、勇者なんてものはもう現れないが、それでも勇者因子を引き継いだ末裔が、王となって此の国を統治する。ミリーナ、君は勇者に憧れを抱いているそうだな。ならば、勇者の末裔の妃なんて、なりたくてなれるもんじゃないし、こんなチャンス二度とこないと思うがね」
「ちょっと待ってください、頭が混乱して——」
「まあ、良い、今、別室にハルト王子がいらっしゃる。早速話をしてきなさい」
「ちょっと、そんな勝手に」
「ははは、楽しみだよ。パウゼ家からまた王妃が誕生するなんて、喜ばしいことだ」
アルベルトは私の話など一切聞き入れず、一方的に通告するとそのまま屋敷から去って行った。
呆然とする私の隣にエーデおばさんが座った。先ほどから態度がおかしいおばさん。いつもは厳しく、すぐに平手打ちをしてくるのに、今日はやけに優しい。
「ハルト王子の元に行きましょう」
ハルトは、私の寝室にいた。なぜ寝室か、ハルトは友達だが、警戒してしまう。
「ごめんよ、こんなことになって。王が早く結婚しろって」
ハルトは申し訳なさそうに謝罪する。いつもの優しいハルトだ。
「いや、こっちこそ、アルベルトおじさんが、ごめんね」
「でも、僕たちは元々許嫁、ミリーナが良ければ僕は——、心の準備は昔からできているんだ」
「え? ハルト……」
ハルトからの急な告白に頬が熱くなる——、しかし、突然浮かぶあいつの顔。
そう、ガイザーの顔が浮かんできた。なんで、私、あいつの顔なんて思い出してるの?
一度も、前線に顔を出さなかったくせに。私の心配なんてしてない奴の顔なんて。
「そういえば、前線から今日戻ったんだってね」
「うん」
「それで、どうだった、人を屑鉄のように扱う前線は」
「え? いや、その、確かにハミ族への扱いは酷い者だったけど」
「君もたくさんハミ族を戦地に送り出して殺したのか?」
「どうしたのハルト、なんだかおかしいよ」
「ごめんごめん、君がハミ族に死ぬように命令しているところを想像したら、興奮してしまって」
「どうしたの? いつものハルトじゃないよ」
「いつもの? これがいつもの僕だよ。やっと、やっと二人きりになれた。僕は此の時を待っていたんだ」
一瞬、視界がぐらつく。気づくと、私はベッドの上に倒れていた。そして、ハルトが私に馬乗りになっていた。
「君は、なんて香ばしい匂いをしているんだ。ただ、人殺しの匂いがしない。もしかして、前線では誰一人殺さなかったのか?」
「う、うん、部隊の子たちは誰一人死ななかったよ」
「それだと困るんだ、おいしくならないじゃないか。人を殺してしまったという絶望が人をさらにおいしくするのに」
「え、どういうこと、ハルト一体」
「君は馬鹿だね、此の状況になってもわからないのかい? 今から君を食べるんだよ」
「え?」
食べるって、まさか、そんな、まだ私、心の準備が——。ハルトは舌で私の首筋を舐める。ああ、私、食べられちゃうんだ——っと、そう思った時だった。
「何をしている」
声の主はエーデおばさんだった。おばさんはいつの間にかベッドの側に立ち、杖を抜いてハルトの頭に突きつけていた。
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