第15話 最果ての墓参り

 初戦から1ヶ月が経過した。いまだに本家からの帰還命令は出ていない。一体私はいつまでここで戦闘の指揮を取るのだろうか。それにザイガーも一回も連絡をしてくれない。金の切れ目が縁の切れ目——所詮、家庭教師と生徒の関係だったのかしら。


 初めの頃は憂鬱だった。部下からはいつも馬鹿にされ、戦闘に参加させてもらえずただ、魔力を送ればいいと言われるだけだった。ただ、ここに来て彼らの態度が軟化してきているようだ。彼らは私が一週間で尻尾を巻いて逃げ帰ると考えていたらしいが、私は1ヶ月やり切った。

 そこら辺を認めてくれたらしいが、それでもまだ当たりは強い。


「お姫様、お昼をご一緒してもいい?」


 私をお姫様と呼ぶのはたった一人、ミカだけだ。どうしてか、彼女は私のことをお姫様と呼ぶ、ただその呼称は親しみを込めて呼んでいるとは到底思えない。


「いいですよ」

「やったー、どうですか? もう司令所には慣れました?」

「そうですね、そこそこですよ」

「このまま、この部隊に居ついちゃえばいいんじゃないですか? お姫様が着任してから私たちの部隊、誰も死んでいませんし、戦死者ゼロの最長記録ですよ」

「それは、あなた方の実力ですよ。私のおかげではありません」

「ふーん、そこら辺はちゃんとわかっているんだ」


 意外そうにしながらミカも食堂の昼ごはんを食べ始める。


「そういえば、聞きましたよ。お姫様がここに送られてきた理由。私たち姉妹を助けたから、その罰としてここに送られてきたそうですね。あの時、私たちを殺しておけばよかったですね。ハミを殺しても、あなた達シュバは無罪だったのに」


 ——バン、


 無意識のうちに机を叩いていた。彼女の自分を卑下するような言い方が、無性に気に入らなかった。


「なんだ、そんな表情をするんだ」

「そんなに自分を卑下してはいけません」

「卑下なんてしてないよ、事実を言っただけ、むしろ現実を直視できていないのはお姫様の方だと思うけどね」

「それは——」


 言い換えることができなかった。理想ばかり追い求めてしまっているのは自分でもよくわかっていたから。


「まあ、言っといてなんだけど、理想を求めるのは悪いことじゃないと思うよ」

「え?」

「私たちもある種の理想主義——妄想主義とでも言ったほうが正しいかな? 妄想に取り憑かれ、それに突き進んでるだけだから」


 ミカはフォークを置くと、突然語り出した。


「不思議に思わなかった? 私たち13歳くらいなのに、自動人形に乗ってる。自動人形の搭乗は10歳まで、それ以降は歩兵として、戦地を駆け回るのよ」

「それは思いました。自動人形の方が最前線で戦うため、皆任期を全うしたら、後方の歩兵への転属を願うと聞いていましたから」

「普通はね、だけど、私たちは志願したの」

「志願兵だったのですか」

「そう、そして、ドワーフ地区への着任を希望した」

「それにも理由が?」

「まあ、多分リリーは一生あなたに話さないつもりだろうから、私が話すけど、墓参りのためよ」

「墓参り?」


 話が見えないでしょと言わんばかりに、笑いながらこちらを見るミカ。冷え切ったウインナーを幸せそうに頬張る。


「その様子だと、ザイガーお兄ちゃんからは何も聞かされていないようね。お墓があるの、ドワーフ地区を抜けた最果て、無人国家の国境を少し入った地域、ヨーク地区に、師匠のお墓が」

「師匠——、つまりナタリーさんのお墓ですか? しかし、彼女はまだ生きているのでは?」

「ナタリー師匠のことは知っていたんだ。ナタリー師匠は流浪の民だからね、もしかするとまだ「そこら辺をほっつき歩いているのかもしれない、逆にもう死んでいるかもしれない。ただね、師匠は生前、お墓を建立したって言っていたの。小さなお墓を」

「それはなぜ」

「思い出の土地なんだってさ、だから死んだらそこに行きたかったからだって、それと、死んだら自動的に墓石に名前が刻まれる魔法をかけたらしいよ」

「それでは、その墓に行けば、ナタリーさんが生きているかどうかがわかると——」

「まあ、そう言うことになるんだけど、私たちは先生の生死にはあまり関心はないかな」

「え、それではなぜお墓に執心しているのですか?」

「それはね、石の道標を見つけたの。そこにね、なんて書いてあったと思う。『ナタリーの墓はこちら』ってご丁寧に書いてあったの」


 あはははと笑うミカ、その笑い声の大きさに驚いた人がチラチラとこちらを見るが、お構いなしに笑い続けるミカ。


「それでね、それを見た瞬間、私とリリーは笑っちゃったわ、そんなもの見たら見に行きたくなるじゃない」

「そうだったのですね、それはザイガーには伝えたのですか?」

「いや伝えてないよ」

「私が手紙を出して、伝えましょうか?」

「余計なことをしなくていいよ」


先ほどまで溢れていた笑みを一切見せずにこちらを見つめてくる。


「そうですか——、ギースやバンディーは?」

「彼らは孤児院からの知り合いでね、私たちに協力してくれるって」


 いつも与太話をしながら戦場を駆け回る彼らにそんな目的があるなんて知らなかった。彼らも人間なんだ。自分の大切な人のために自らの命を差し出すことができる尊い人間なのに、どうしてシュバール王国は、彼らを人として認めようとしないのか。


「どうして、その話を私に?」

「うーん、なんでだろう。多分勘かな」

「勘?」

「あなたの魔力量や、頭の良さならば、私たちの最果てのお墓参りを実現させてくれそうだなって思っただけ」

「そうですか、しかし、あなた達を無謀な戦いを強いるわけには行きません、そんな場所に行けば、必ず死にます。しかも、本当にお墓があるとも限りません。まず、私はそんな席表の話も聞いたことがありません」

「あれー見込み違いだったかな? 感情に訴えかければころっと協力してくれると思ったのになー。まあ、いいわ、覚えておいて、私たちの目的はお墓参り、たとえお姫様でもそれを邪魔することは許さないわ」

「一応、覚えておきます」


 私の一言を最後に、ミカはさっと立ち上がると、トレイを持って食堂を後にした。彼女達の確固たる覚悟に、どう向き合えばいいのか、今の私では答えが出せないことに苛立ちを覚えながらミカを見送った。

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