第13話 出立前
「ミリーナの前線での活躍を祈り、カンパーイ」
エリナの音頭でウルツとハルト、私は乾杯した。
「パウゼ家の当主も酷いわよね、こんな可愛い少女を前線に送るなんて」
エリナは私に抱きつきながら頬擦りしてくる。本来ならば2ヶ月後に前線に送られるはずが、1ヶ月前倒しにされたのだ。そのことを告げられたのが今日、そして出立は明日。こうしてエリナやハルト、ウルツが集まれたのも奇跡に近い。みんな、私のために今日の予定を全てキャンセルしてくれたらしい。
「それで、ミリーナの家庭教師はどうしたの?」
「それが、さっき使いの者をいかせたら、生憎留守だったの」
「そう、ザイガーとは仲良くなった? どう? どう?」
「エリナぐいぐいきてどうしたの?」
「エリナは、恋の話がしたいんじゃないのかな?」
ハルトが会話に割って入ってきた。
「恋? まさか、ザイガーと? ないないない。それは絶対ない」
「なんでよ、同い年だし、魔法の才能があるし良いじゃない。ああ、もしかしてパウゼ家ともなると家の格が重要なのかしら、良いじゃない試練多き恋、その方が燃え上がるわ」
「もう、エリナ、勝手に妄想するのはやめてよ」
エリナは私の頭を撫でながら、抱きついて離さない。
「それにしてもミリーナはまだ15歳だぜ、それなのに前線に送るとか、パウゼ家当主も容赦がないな。ミリーナは優しい。だから後方支援とか、もっと他の部署でも良いのに、適材適所ってやつで」
「仕方がないよ。パウゼ家は代々戦争を指揮してきた一家。前線に出て味方を鼓舞して、王国を守ってきた。私みたいな不甲斐ない人物がいると家名が汚れる。だから今のうちに鍛えておこうと思うのも無理ないよ」
本当に鍛えるだけなら良いのだけど——、本当は戦災孤児の私を疎んで、この機に戦死させようとしているのではと勘ぐったこともあったが、私一人ではどうすることもできなかった。せめてもの抵抗は攻撃魔法を習うことだけ——、ああ、ザイガー、一体どこに行ってしまったのこんな重大な時に。本当はあなたに1番に知らせたかったのに。
「ハルト、あなたから王様になんとか言ってもらえないの?」
エリナは次にハルトに矛先を向ける。
「僕はすでに王に進言したよ。彼女は今後王国の叡智となりうるため、ここで前線に送るのは危険すぎるって」
「え、そうなの?」
「僕だって、ミリーナをあんな危険な前線に送るのは反対だからね」
「それで、王様はなんて?」
「自動人形すら破壊できない小娘にこの王国は任せられない。本当に王国の叡智たらんとするならば、今のうちに戦争に慣れておくことも必要だってさ」
「まあ、この王国はこれまで戦争に戦争を重ねて成り上がってきた国だから、戦争は基礎、その上に繁栄があるという考え方になるのは仕方がないことかもしれないけど、それでもミリーナを戦地に送るのは間違ってる」
「そこでだ、王から最大限の譲歩をもらった、本来ならば最前線に行くはずだったが、比較的安全なドバース地方にしてもらえないかと懇願し、受諾してもらった」
ハルトは青い目をこちらに向けながらハニカム。
「ドバース地方の戦況ならそんなに大変なことにもならなそうね。少し安心したわ」
エリスは安堵しながら椅子に深く腰掛けた。
「みんな、私のために心配してくれてありがとう。私は——、私には夢があるの。誰も死なない、差別のない平和な世界を実現したいの。そのためには、権力が必要なの、だから私頑張ってくる。みんなに認められるように」
「それは将来的には王になるってこと?」
意地悪な笑みを浮かべるハルト。
「え、いや、その、そんな意味じゃ」
私は慌てふためきながら椅子に座り直し、顔を伏せてしまった。
「意地悪が過ぎたかな? ごめんねミリーナ……。でも、僕は君なら王様になっても良いかなって思うよ」
「え?」
「流石に、最近この王国は戦争のしすぎで疲弊してるし、ハミルトン王国との戦争も終わりが見えない。王が変われば、戦争ももしかすると終結することができるかもしれないなんて思ってね」
ハルトは冗談混じりに話しているが、目はいささか本気だった。
「全く、王族でもそんなこと言えるのハルトくらいよ、肝っ玉が冷えたわ」
エリナがやれやれと手を振りながら苦笑する。
「君の無事を祈る、何かあればなんでも言って欲しい。必ず力になるから」
「ハルト……」
「ひゅうひゅう、お暑いね二人とも——いててて」
ウルツの耳をエリスが引っ張る。
「あ、ありがとう」
微笑むハルトの目を、しっかりと見つめることができなかったが、心が暖かくなった。これで多分、明日からの戦地も乗り越えられる。私はそう、自分に言い聞かせた。
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