第9話 アゴール・ダンジョン 下
「それは都合がいい、そうなれば悪い魔族を炙り出せるというものだ」
先生は物怖じせずに、杖を前に構えながら笑う。
「悪い魔族はもうこの世にはいませんよ。それを理解していただきたい。魔法使いナタリー。どうぞこちらに、お食事を用意しております。もしよろしければ、こちらの財宝もあなた方に差し上げます」
先ほどの異臭はどうやら魔族が用意した料理から発せられたものらしい。料理が置かれたテーブルの後ろには3人の女性が給仕姿で立っている。
「ほう、私の名前を知っているとは恐れ入った。ほれ、とても良い印象の魔族だろザイガー。なあ知っているか魔族よ」
「私には、リヴィーネ様からいただいたアルマーという名前があります」
アルマーは様々は食事が並べられたテーブルの前に着席する。そして、その横に並んだ椅子に座るように促してくるが、先生はその誘いを拒否し、立ったまま話し出した。
「そうか、では、アルマー、他の王国の、人の死亡率を知っているか?」
「知りませんね、それがどうしましたか?」
「例えば、遠方のギルミック王国では毎年10人に1人が死ぬらしい、はたまた、北のハルマール王国では15人に1人——、他の王国もそんな感じだと聞く。しかし、ここ、シュバール王国では、毎年5人に1人が死ぬ——多すぎやしないだろうか」
「シュバール王国は他国に比べ、人口が多いですからね、人口が多ければ死亡率が上昇するのも当たり前では?」
「人口が多ければ死亡数は多くなるかもしれないが、死亡率はそうそう変わらんもんだ。他国とこの国では生活水準にあまり差がないしな」
「となると、死亡率が高いのは、我々魔族が人を襲っているからだと?」
「ご名答、人魔協定という、魔族が人を襲うはずがないという人間の思い込みに漬け込み、影でコソコソ人を喰らい続けている、だから死亡率が高いのだ」
「たとえそれが正解だとしても、お前のいうことなど誰も信じませんよ。それに、このようにして人族の皆様はこうして自ら私に仕えてくれています。これこそ信頼の証」
「はて、本当に彼女たちは自らの意思で仕えているのだろうか。目の前の料理を見るとそうは思えないが」
先生が指差した、先ほどから異臭を放つ料理——、魔族の料理というものはいつも異臭を放つものが多いが、この料理は一際臭い。
「普通の人間なら騙せただろう。魔族の料理というのはこういうものだと、ただアルマーお前はわしを見誤った。これまで数々の魔族と対峙してきて、この臭い料理のことを知らないわけないだろう。これは人肉料理のフルコースだ。原料は言わずもがなだな」
「ふふふ、そこまでわかってしまいますか」
「いや、アルマーわざとだろ、わしが気づくことを見越して用意させた。そもそもわしを誘き出し、ここで殺すために」
「ご名答と返させてもらえます。あーあ、ナタリーの共食いが見られたかもしれないのに」
「それは残念だったな、さっさと殺して、あの子たちを救出するとしよう」
「私としては人族を殺すのは忍びない。しかし、簡単に殺されるわけにもいきません。魔族の魔法は、人間の魔法の500年も進んでいると言われているのだ、お前らは魔法とすら認識できない方法で殺すまで——。お前らはこの魔法を魔法とは認識しない、魔法と認識できないものを人族は何というか知っていますか? 呪いです」
アルマーは手を前に出すと、何も唱えず黒球を現界させた。これが最先端の魔法。無詠唱で限界せ、一体どう言った魔法式が織り込まれているのかも認識できない。目の前の魔法に目を奪われていたが、先生の声で一気に現実に引き戻された。
「ザイガー、未知の魔法に興味津々になるのは良い癖でもあるが、悪い癖でもあるぞ、さあ、お前の出番だ、できるな?」
「え、先生が倒せば良いんじゃない?」
「全く、師とは弟子を鍛えないといけない。わかるかね」
「全く、めんどくさい師を持ちました。はい、とにかく倒せば良いんですね」
「そうだ、滅却しろ」
「わかりました。
オレから放たれた魔法は勢いよく直進するが、アルマーの手前で枝分かれて、全方位攻撃へと変化する。だが、アルマーには傷ひとつ付いていない。
「先生!」
「慌てるなザイガー、なぜ魔法を分散させた、分散させればそれだけ威力が落ちるだろう」
「だって、あの黒い球に触れたら魔力が吸収されるかもって思って」
「良い直感だ、だがな吸収にも限度がある。貫けザイガー。勝機は一点突破だ」
「わかった」
もう一度杖を構えて標準をあわし、今持ちうる全魔力を杖に流し込み——魔法を現界させる。
「
太い光の束が音速を超えアルマが持つ黒い球に突き刺さる。やはり、吸収されているようだが、こちらがやることは一つ。貫く——ただそれだけ。
「おいおい、魔力の無駄遣いですね。お前たち人間がいくら魔力を注ごうと、この黒い球の魔力量が閾値を越すことは……」
「アルマーよ、お前は一つ大きな間違えを犯した」
「間違い? なんですかれは言ってみなさい」
「お前は先ほどの私の
「いかにも、そう感じました」
「そして、弟子というものは師より弱いはずだから、弟子の
「よくわかっているではないですか」
「そこが間違いだ。弟子は師を越す必要はない。むしろ師とは別方向に才能を伸ばし、師の後ろを歩くのではなく並走するものだよ」
ピキピキと室内に響き渡る——、黒い球に亀裂が走っている。
「何だと、
「いいか魔族よ、人間の寿命は短い、だからこそ焦燥感が我らの進化を増長させるのだ。そして、我が弟子は、
先生は淡々と、勝利を確信した声色でアルマーに言葉を放った。その瞬間、黒球は破壊され、グラデス・ゲーヘンがアルマーに突き刺さり、一瞬にして蒸発した。
「ほらできたじゃないか。人間、鼻からできないと決めつけるもんじゃないぞ」
「——あ、あの、先生、立てません」
「全く、まだまだ鍛え方が足りないようだ。ほれ、お姫様抱っこだ」
「いや、せめておんぶにしてください」
魔力を使い果たしたオレは先生におぶられながらダンジョンを後にした。
「さあ、生き残りの君たちも早く付いてきなさい、脱出しますよ」
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