第8話 アゴール・ダンジョン 上
「いいか、良い魔族と悪い魔族の違いを教えてやろう」
人魔協定下でも、時折、人が襲われた、魔族が襲われたという伝聞が伝わってきた。だから、オレとナタリー先生は、人間に友好的な魔族『良い魔族』と人間を襲う魔族『悪い魔族』を選定するために旅を続けていた。
ここ、アゴール・ダンジョンには当初、ダンジョンに住まう魔族に会うべく訪れようとしていた……、が、しかし、途中の宿場町で行方不明者の探索をしてほしいという緊急要請を受けた。どうやら数日前に魔族アルマーから夕食会へ参加しないかと若い男女数名が招待されたらしい。
しかし、誰一人帰ってこなかった。魔族アルマーからは、皆がまだ帰りたくないと言っているためという説明がなされたらしく、魔族を信用している人々はほとんど疑念を持たなかったらしい。
ただ、数人だけは違った。恋人がダンジョン最深部に行ったきり戻ってこないという若者は、『彼女はそんな我儘を言うような人ではない。絶対に事件に巻き込まれたんだ、どうか調べてきてほしい』と、オレとナタリー先生に向けて懇願してきた。
この街では、魔族アルマーを疑うことは禁忌とも思えるほど、してはならぬことであるらしく、アルマーを疑ってダンジョンに潜ることは普通はできないらしい。だから、こうして放浪の旅をしているオレたちに依頼してきたとのこと。
悪い魔族を滅しようとしている先生にとっては飛んで火に入る夏の虫のような話だった。先生は二つ返事で快諾し、早速ダンジョンに向かうことになった。ダンジョン最深部に向かう途中で、ナタリー先生が急に話し始めた。
「先生、よそ見しているとまたさっきみたいに、巨大な石鎚に吹き飛ばされますよ」
先生のモットーは全ての罠を踏むことだった。昔、罠にかかったおかげで伝説の杖を手に入れた経験がずっと脳裏に焼き付いているため、罠の向こう側にはお宝があると信じてやまないのである。
「どんな罠でも我に致命傷を与えることはできぬ。致命傷にならないために、ここまで鍛えたのだ」
無茶苦茶な人だった。盲目なのに人より早く歩き率先して罠を踏み抜く。ただ、大抵の罠は素早く避けるし、避けられなくても、確かに先生を傷つけられる罠は今のところ存在しなかった。
「話を戻すぞ、良い魔族と悪い魔族の判別方法は至って簡単。第一印象で決めるのだ」
また訳わからないことを言い出した先生。日常茶飯事のため、スルースキルが身についてしまった。今回もスルーしようとしたら、先生にとってはよほど大切な話だったらしい、オレのスルーに構わず、話を続けた。
「悪い魔族は、人を襲い人の肉を喰らおうとする魔族。人魔協定前ならば、問答無用で人間を襲っていた彼らだが、人魔協定以降、人間を襲って大ごとになれば、魔族も裁かれるようになった。だから、彼らは隠れて襲うようになった。人間の信用を勝ち取って、相手が自分を信用した時に襲うのだ。そうすれば、まさかあの魔族が襲うはずはないと人々は口にする。魔族の思う壺だな」
「じゃあ、良い魔族は第一印象が最悪ということですか?」
「そうだ。それと、良い魔族はもうすでに決まっておる、魔王サティーアとその一族だけだ」
「また出たサティーア、そんな魔王この世にいませんよ。どんな文献にも書いていないんですから」
「良い魔族だから、他の悪い魔族から嫌われている。だからどこにも情報がないのさ」
「また屁理屈を……、それに先生の話が真実なら、他の魔族は全員悪い魔族になりますよ。そうなれば、今から会いに行く魔族も悪い魔族に」
「そうだぞ、その通りだ」
さっき、第一印象と言っていた話はどこにいったのやら。先生の話はいつも支離滅裂だった。
「さあ、もう罠は残ってなさそうだ。じゃあ、最後の扉を開こうか」
先生は今、扉を開くと言った、オレの耳にははっきりそう聞こえたが、先生がとった行動を真逆。
「
先生は目の前の巨大な石の扉をいとも簡単に破壊した。その瞬間、ツンとした異臭が花をつく。
「おやおや、手荒い訪問者ですね。あなたたちですか、魔王リヴィーネがやっとの思いで締結させた人魔協定を易々と破る人間とは……噂になってますよ」
破壊した扉の向こうには杖を抱えた女の魔族が立っていた。
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