第10話 魔法使いは殺したがり

 ハルトが近づいてきた時、確かに外観は人間だった——、オレはハルトを人間だと認知していた、だが感覚は——魔族と認識していた。第一印象が好印象な魔族——そう感じたオレは無意識のうちに杖を構え、流れるように攻撃系魔法を放とうとしていた。


 運が良かったのは、ちょうど反乱分子が来賓席に向けて砲弾を放ってきたこと。オレは、放ちかけた魔法の向きを強制的に砲弾へと変えることでことなきを得たが、ハルトは先生と同じ全方位型防御魔法を随時展開しているため、当ててもさほど問題はなかったと思う——が、社会的にはオレは死んでいただろう。


「ねえ、無視しないでよ。それか、無料では話せないとか? じゃあ、良いよ、お姉さんを好きにしても。君を抱擁するくらいには経験を積んできていると思うから」

「いや、だから、オレはハルトを殺そうとはしていない」

「まあ、いいわ。そういうことにしておきましょうか。人には色々秘密があるものね、それにパウゼ家の人間を問いただして目をつけられたくないからね」


 エリスは、これ以上オレに絡んだとしても何も情報を得られないと察知したのだろう。立ち上がり制服のコートを着る。


「私はそろそろ変えるけど、ザイガーはどうするの? 一緒に帰る? あ、もう色々聞いたりしないから大丈夫だよ」


 一緒に帰れば、また質問攻めにされるかもしれないという警戒を感じ取ったのか、オレを安心させる言葉を発する。


「じゃあ、オレも今日はお暇しようかと」


 二人で小屋を出てあの立派な門まで雑談しながら歩いていると、屋敷のドアが勢いよく開け放たれ、そこからミリーナが泣きながら出ててくるのが見えた。ミリーナはこちらの存在には気づかず一目散に小屋の方に駆けていく。


「行かなくていいの? メンタルケアも家庭教師の仕事じゃない?」

「いえ、そんな仕事は含まれていないが——、仕方ないか」


 家に帰って飯を作らないとと思っていたのに、余計な仕事ができてしまったと思いながらも、ミリーナが気になった。小屋に戻る途中、ミリーナの涙をみて色々と疑問が湧き上がってくる。こんな豪勢な家がありながらミリーナは小屋でヒソヒソと暮らしているのだろうか。いじめでも受けているのだろうか。ミリーナは戦災孤児だから、パウゼ家としても表向きに存在を明かしたくないのだろうか。


 ——コンコン


 ドアをノックするが中から返事はない。居留守を決め込む気なのだろう。


「ミリーナ、開けてくれないか。外は結構寒いんだ」

「…………」


 ミリーナからの返答はないが、カチャっと鍵が開く音がして、静かにドアが開いた。

 そこには涙目のミリーナが立っていた。そして問いかけてくる。


「どうして魔法使いは人を殺したがるの?」


 ミリーナを落ち着かせるために、席に座らせ、温かいココアを作る。しだいに落ち着きを取り戻してきたミリーナが淡々と話し始めた——おばさんと何を言い争ったかを。



 ‡‡‡


「ミリーナ、先ほど衛兵から事の顛末を聞きました。あなた、自動人形を庇ったそうですね」


 刺々しく言葉を浴びせてくるエーデおばさん。私の育ての親。戦災孤児だった私を引き取りここまで育ててくれたことには感謝している。だけど、おばさんの考え方はどうにも好かない。


「ええ、そうです。あれには自爆装置がつけられていましたから」

「ふん、嘘をつくならもっとまともな嘘をつきなさい。あれはパウゼ家が開発した兵器、自爆装置などついていないことは知っているでしょうに。どうして庇ったりしたの」

「それは——」

「まさか、子ども達が乗っているからとは言わないわよね」

「その通りです」

「あなたって子は、何度言えばわかるの。パウゼ家の者ならば、躊躇なく人を殺せないといけないの。ましてや、自動人形に乗っている子には人権が保障されていない。つまり、人ではないの」

「人権がないから人ではないから、家畜同然だから殺しても問題ないと?」

「そうよ」

「エーデおばさん、本気で言っていますか? 人は生まれながらにして人です。人権があろうとなかろうと、人なのです」

「それは間違っているわミリーゼ。権利とは勝ち取るものなの、私たちに付与されている人権は、私たちや祖先が必死になって勝ち取ったもの。この権利は死んでも手放してはいけない。あなたの自動人形を庇う行為は、王国の法律に反する行為、人権を剥奪されかねないのよ」

「そんな法律糞食らえばいい、私は、どんな法があろうとも決して、不誠実な法には従わない」



 ——パチン


 乾いた音が空気を切り裂く。エーデおばさんの平手打ちが私の右頬を撃ち抜いた。


 ——パチン


 もう一度、今度は左頬を叩かれる。


「その反抗的な目、本家であなたには荒療治が必要だという話になりました。したがって、しばらく大学はお休みして、無人国家との戦争の前線に行ってもらうことになりました」

「そんな——」

「その反抗的な目はおよしなさい。本家の決定は覆せません」

「私は本家の指示には従いません」


 ——パチン


「あなたって子は、現実を見なさい」

「私が本家の指示に従わなければ困るのはおばさんですもんね、おばさんの実の娘の代替品である私が、本家に牙を剥くなんてことあってはならないものね」

「‥‥‥本気で言っているの?」

「おばさんの実の娘も、おばさんが嫌になったから出ていったんじゃないの?」


 ——パチン


 もう一度ぶたれた。


「そんなこと、育ての親に向かっていうんじゃない」


 そういうと、エーデおばさんは部屋の奥へと消えていった。この世界では、人と認識されなければ道具のように扱われる。自分がそちら側に回されないように、うまく立ち回らないといけない——それは、痛いほど理解できる。だけど私は——、それでも理想に手を伸ばし続けたいと思ってしまう。たとえ、パウゼ家から追放されようとも。たとえおばさんから嫌われようとも。


 ‡‡‡


「自動人形に人が乗っていることを知っていたんだね」

「ええ、ザイガーも知っていたの?」

「流浪の旅をしている時に子ども達が乗っていることを知った。それにしても、まさかシュバ系人種の人が、ハミ系人種の人に慈悲の心を持っているとは驚いたよ」

「そうね、王国民のほとんどを占めるシュバ系は、ハミ系を差別している。そして、隣国の無人国家ハミルトン王国からの襲ってくる自動人形兵器と戦わせている。しかも、この事実はシュバ系のほんの一握りしか知らない」

「そのようですね。ひどい話です」


 オレが同調してくれるとは思わなかったのだろう。少し驚いた目でこちらを見てくる。


「あの、聞きたかったことがあるんだけど、もしかしてこの前の女の子達は知り合いだった?」


 藪から棒、突然この前の話を持ち出したミリーナ。多分、会話から違和感を感じたんだろう。隠していてもそのうちバレるかもしれないし、そもそもオレは王国民でもないから、ハミ系の人と繋がっていても問題はない。


「——後から思い出したんだが、オレはかつて彼女とその両親を救ったことがあった」

「もしよかったらその話聞きたいわ」

「面白い話ではないよ」

「ええ、聞かせて、それと私、ザイガーのこれまでのことにも興味あるの」



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