第5話 直進魔法 上
「おはよう、ミリーナ」
アルワイト大学の門を抜けてすぐのところで声をかけてきたのは、普段仲良くしているエリス・ショルツだった。彼女は19歳で年が離れているにもかかわらず、飛び級の私を贔屓せず自然体で接してくれる居心地の良い、数少ない友達。
「ねえ、ミリーナ、そろそろ進振り決めた? やっぱりパウゼ家だから政治学科に進むの? それかミリーナの魔力量なら軍でも出世できるわね」
「うーん、まだ迷っているところかな、ただ、軍は少し嫌かも」
「そうよね、魔族との戦争は終わっても、今度は人同士の戦争だもの。それに、
「おーい、エリス! ミリーナ」
今後進学する学科を話していると、後方から声をかけてきたのは、筋肉お化けのウルツ・バーグと、王子のハルト・シュバール。この二人も普段から私と仲良くしてくれている貴重な友達。
「今日は一限から授業なんてだるいな」
ウルツは、鞄も持たずだらしない格好でエリスの横に並んだ。
「ちょっと、ウルツ、鞄はどうしたの」
「めんどいから持ってこなかった」
「全く、あなたっていう人は、ちゃんとしないとダメでしょ」
エリスとのお決まりの痴話が始まる。それを目を細めて微笑しながら眺めるハルト。
「二人は幼馴染というだけあって、本当に仲がいいですね」
「いや、良くないからエリスがいつも突っかかってくるだけだから」
「なんですってウルツ! 私はウルツのお母さんからあなたの面倒を頼まれてるからこうやって」
「はいはい、うるさいうるさい」
「なんですって!」
ウルツはニヤけながら、エリスの渾身のチョップをかわし、駆け足で大学内に去っていった。それを追いかけるエリス。
「いつも元気ね、あの二人は。中学生みたい」
「本当ですね。15歳のミリーナの方がよっぽど大人です。そういえば、先ほどウルツと今日の正午から開催される軍のパレードを見に行こうと話していたのですが、ミリーナもどうですか?」
「えーっと」
「そういえば、ミリーナは軍関係はあまり好きではなかったですね。すみません誘ってしまって」
「いや、いいのよハルト。それに、もうそんな子どもじみたこと言ってられないってことは理解しているし……今日は参加してみるわ」
「おー、それはよかった。じゃあ授業が終わったらいつもの4人で行きましょう。父が来賓席を用意してくれるとのことですので、座って観覧できますよ」
「それはありがとう、ハルト」
魔族との戦争は終結した世界だが、今度は人と人との戦争が繰り広げられている。今この王国が戦っているのは隣国の無人国家ハミルトン王国。シュバール王国は絶え間ないハミルトン王国からの攻撃に晒されており、それに対抗すべく日夜軍備が拡張されている。
*****
「やあ」
軍のパレードを見るために来賓会場に登り、そこで席見つけて座ろうとした時、思わぬ人物がいた。そう、私の家庭教師のザイガーだ。
「あなた、そこで何をしているの?」
「何をって、軍のパレードを見に」
「どこでチケットを貰ったの?」
「それはオレにもわからない。オレの育ての親が今日突然チケットをくれて行ってこいって言われたから来ただけ」
「そ、そう」
こんな偶然があるのだろうか、そういえば私はザイガーの親の名前も職業も聞いてない。平日の昼にもかかわらず、学校にも行かせず自由奔放に育てているザイガーの親は一体何者なのでしょうか。
「ねえねえ、ミリーナの知り合いの子?」
ザイガーに親のことを尋ねようとした時、エリスが先に問いかけてきた。
「ええ、その、親戚の子どもです」
家庭教師だというと、こんな幼い子どもに魔法を習っているなんて思われればパウゼ家の面子が立たないと思いから嘘をついてしまった。
「じゃあ、あなたもパウゼ家なのね」
「え? いや違い……」
「えへへ、ちょっとこの子天邪鬼なところがあるから」
今、否定しようとしたザイガーの口を必死に塞ぎ、目で私に合わせろと伝達する。一応、私の意図は伝わったみたいだが、とても不服そうである。
「そうかそうか、ミリーナの親戚の子か、初めまして、俺はウルツ・バーグだ。見て欲しいこの筋肉を。筋肉は全てを解決する。君も一緒に筋肉をつけようじゃないか」
ボディービルのようなポーズをとり、筋肉をアピールするウルツをエリスが引きづりザイガーから離すと、今度はハルトが挨拶をした。
「初めまして、ハルト・シュバールです。パウゼ家に男の子がいたなんて知らなかった。よろしくね」
シュバール家とパウゼ家は懇意の仲、もしかすると私の嘘がバレてしまうかもしれないと思ったが、ハルトは純粋だから私の嘘を受け入れてしまったらしい。
「シュバール……というと、あなたは王家の者ですか?」
ザイガーがハルトに興味を持った。いつも空な目であまり物事に執着しなさそうなザイガーがハルトに興味を持ったことが私の心に引っかかった。
「そうです。王家に属します」
「となると、さぞかし強いのでしょうね。
ザイガーが攻撃系魔法を唱えたことにすぐには気づかなかった。直進魔法なんて聞いたこともない魔法。それに、まさかいきなり王家の者に手を挙げるとは誰が考えつこうか——、認知した時にはすでに魔法がザイガーの杖から魔法は放たれてしまっていた。しかし、その魔法はハルトには届かなかった。ハルトの得意の魔法は全身防御魔法。しかも常時発動型。不意をついたとしても、誰も彼を傷つけることはできない。
「ごめんなさいハルト、この子、少し喧嘩っ早いところがあって」
瞬時に、謝罪するが、おそらく王家に手を挙げた者は極刑、しかも私はザイガーをパウゼ家の者として紹介してしまった。そのうちザイガーの正体はバレるだろうが、家にまで迷惑がかかってしまった。自責の念に駆られながら謝り倒すしかない。しかし、ハルトは私の予想とは異なる言葉を発した。
「いや、いいんですよ。別にザイガーは僕を攻撃したわけではないですから。むしろ僕を守ってくれたのです」
「護ってくれたってどういう意味?」
ハルトに尋ねると、ハルトは後方の壁を指差した。そこには、不発の砲弾が突き刺さっていた。どうやら、パレードに反乱分子が紛れ込んでいたらしく、戦車砲塔を来賓席に向け、多数の来賓者ごと吹き飛ばそうとしたらしい。下の方では、男が喚きながら捉えられていた。
『問題が発生しました。観客の皆様はその場でお待ちください』
アナウンスが入ると、一時パレードは休止された。
「ありがとう。君がいなければ、僕だけが助かっていた」
「それは、そのあなたの周りで常時発動されている防御魔法は、戦車の砲弾ですら防ぐという意味ですか?」
「そうだよ。この防御魔法は何人たりとも打ち破ることはできない。もし、この防壁に砲弾が当たって炸裂していれば、周りの人はタダでは済まなかっただろう。それにしても、見たことも聞いたこともない魔法だったね。あれはなんの魔法だったんだい? 砲弾の炸裂を防ぎながら軌道を変える神業に近いことを成し遂げた。実に興味深い」
「ただの攻撃系魔法ですよ。皆は攻撃系魔法が嫌いだから学ばなかっただけです。図書館の書庫にあった教科書にたまたま書いてあって、たまたま覚えていただけです」
「ふむ、攻撃系魔法とはあまり関心できないが、こういった使い方があることについては関心した。ありがとう、重ねて礼を言うよ」
「礼なんて——必要ない」
「お話中申し訳ありませんが、非常事態です。王族のハルト様には即刻退避していただきます。また、王国の叡智になるあなたがらアルワイト大学の皆様も即刻退避していただきたい」
ハルトの周りには、事態を把握した軍の関係者がハルトに駆け寄ってきて、ハルトと一緒に私たちもここから退避することになった。
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