第3話 強奪

 清楚な見た目をしながらも、お転婆感が否めない目の前の15歳の少女、ミリーナ・パウゼ。オレは、この子の家庭教師をしてお金を稼ぐはずだったが、目的が少しばかり変わりそうだった。


「私が死ぬですって? 何をおっしゃっているの? あ、わかりました。私が可愛いから、好きになってしまって、もっと関わりたいからそんなデマカセをおっしゃるのですね。あいにく、私には許嫁がいますの。あなたの気持ちには答えられないわ」

「…………」

「何か言いなさいよ。無言で突っ立っていられると気味が悪いわ」

「いや、死にそうなのに元気だなと思って」

「……! だ、か、ら、私が死ぬなんていう嘘をつかないでください。気分が悪いわ」


 どうやら、言葉だけではどうにも埒が開かないらしい。


「なあ、ずっと体が重くないか?」

「何? 今度は問診ですか? お医者さんごっこでもしたいのですか?」

「いいから答えてほしい」

「あなたにそんなことをお伝えする必要はないです」

「わかった」

「やっとわかってくれましたか……、って、えええ?」


 素早く杖をミリーナに向ける。オレの見立てが正しければ、彼女はそのうち死ぬ。しかし、彼女はそれを認めない。ならば強硬手段に出るしかないのだが、訴えられそうだ——。まあ、人命には変えられないし、先生にも顔向けできないから仕方ない。


強奪の魔法ラウベス


 ミリーナは防御魔法を展開しようとしたみたいだが、それより先にオレは強奪の魔法を放つ。ミリーナの体は虹色に輝き始め、気のようなモヤモヤとした魔力がオレの杖に吸われていく。


「あなた、もしかして私の魔力を吸ったわね。人の魔力を吸うのは重罪よ」

「それはわかっている。それよりどう、体の調子は」

「ちょっと私の話を流さないでくださる? 何度も体の調子を聞いて——、え? 軽い」

「やっぱりそうか」

「どうして?、体の不調感がなくなってる。あれ? あなた私に何をしたの?」

「少し魔力を吸っただけさ。君は、魔力量が多いらしい」

「そうよ、私は生まれつき魔力が多いの。だけど、それがどうだっていうの?」

「この世界では魔力が多ければ多いほど優秀と認識され、皆が魔力量の増量を目指す。その弊害も知らずに」

「弊害? そんなこと聞いたこともないわ」

「聞いたことがないのも無理はない秘匿事項だからな。有り余る魔力は、その本人を蝕み、体を魔石にしてしまう。つまり君の細胞は徐々に魔石に置き換わり始めているため血を吐いているんだ。通常、3歳までに死ぬもんだが、君は運がいいのか生き残ったらしい」

「秘匿事項なのに、どうしてあなたはそれを知っているの?」

「……、それは秘密だ。まあこれで100ゴールド分の仕事はしたということで」


 色々とゴタゴタしたが、これ以上はなかなか面倒臭いことになりそうだし、ナタリー先生に他言無用と言われたことを、易々と教えてしまったので、これ以上の問題は起こしたくない。


「では、オレはこれで——」

「ちょっと待ちなさいよ」


 先ほどまで、あれほど帰れ帰れといっていたお嬢さんは、今度は急にオレを引き止めた。


「あなたを雇えば、私から魔力を吸い取って私から魔力を消し去ってくれるの?」

「それは、どういう……」

「いいから、質問に答えて!」

「魔力を完全に消し去ることはできない。魔力とは生まれつきのもので、心臓が勝手に動くように、魔力も自然に湧き出てくるものだ」

「そうなのね」

「しかし、完璧な制御が可能になれば、体で生成される魔力量を調節できるという言い伝えはある」

「つまり、魔法を高めれば、擬似的に魔力を消した状態にできると」

「そうだ」


 なるほど、と言いながら考え込むミリーナ。ベッドに腰掛けながらゆっくりと思考している。


「わかったわ。あなたを雇うわ。私に魔法を教えてちょうだ……、いえ、教えてください」

「急にかしこまって、驚いた」

「いいでしょ。こういうことはしっかりしてないと気が済まないの」

「意外に律儀なんだな」

「もう! 馬鹿にしないでもらえる? それであなたの名前は確か、ザリガニだったかしら、昨日叔母様がそういっていたような」

「ザイガーだが……」

「ああ、そんな感じの名前だったわ」

「さっきの律儀さはどこに行ったんだ」

「もう!」


 2回目の「もう!」を言いながら耳を赤くするミリーナ。


「それで、ザイガーは若く見えるけど、一体歳は幾つなの?」

「オレは今年15になった」

「え!? それじゃあ、あなた同い年なの? そんな、私は同い年から魔法を習うのね」

「まあ、魔法の能力は年齢に比例しないから、そういうこともある」

「まあいいわ。さっきの出来事で、あなたが普通の魔法使いよりはまあまあ強いことはわかったし。それじゃあ、私の部屋に行きましょう」

「なぜ?」

「それは、今から授業をするからでしょ」

「となると、この100ゴールドは?」

「もちろん没収よ!」


 そんな理不尽なことがあっていいのかと思いつつも、少しばかり高揚感がオレを満たしていることに気づいた。オレはミリーナに魔法を教えることに少しばかりワクワクしているらしい。




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