第2話 据え膳食わねば
王都の東部地区、ラグジュ地区には貴族や成金など、いわゆる金持ちが住む居住区となっている。その中でもパウゼ家は一際敷地が大きく、森まで付随している。パウゼ家は全員成人していると思ったが、家庭教師を雇うということは未成年がいたのか——。
意匠の凝った門に付随したベルを鳴らすと、中からメイドが出てきて、何かを察しているのかだろうか、何も言わずオレを敷地内に向かい入れ、屋敷の方へと案内していく。何もものを言わせぬ雰囲気に気圧されながらも、屋敷の中に入る。
「えっと、ここは寝室では?」
通された部屋は、応接間ではなく大きなベッドが部屋の中央に置かれたベッドルームだった。
「本日、この屋敷には使用人とメイドしかいません」
「えっと、それはどういう——、オレは家庭教師に」
「存じております」
「なら、どうしてオレはここに呼ばれたんですか?」
オレの問いかけには答えず、メイドは徐に胸のボタンを外し始め、大きくもなく小さくもない程よいサイズの胸の一部が露わになる。一体、このメイドは何を考えているのか。
「ここまでしてもわかりませんか?」
「全くわかりません」
「据え膳食わねば——男の恥ですよ」
そう言いながらベッドに横たわるメイド。明らかな罠の雰囲気満載のため迂闊に手を出すことは決してしないが、目のやり場には困る。
「ほらこっちに来て」
オレの袖を強引に引っ張りベッドに倒れ込ませると、側から見たらオレがメイドを押し倒した構図が出来上がってしまった。
「私、最近忙しくて色々疲れてるの。今日は主人がいらっしゃらないから、優しくしてね」
「いや、ちょっと、それは困ります」
「いいじゃない、内緒にするから」
「え、ちょっと、あれ、腕に花びらのアザが——」
「ちょっと、エッチ、見ないでよ。でも可愛いでしょ、白い肌の上にピンクの小さな花びらのアザ」
そう言いながら右手をオレの左頬に当てるメイド。真っ直ぐオレの目を見据える。
「ん? おかしい、なんで?」
突然メイドが慌てふためき始める。オレが微動だにせず、襲おうとしないから慌て始めた——初めはそう思ったが、どうやら違うらしい。
「なんで、あれ? どうして効いてないの?」
「ん? まさか、あなたは、
「……! どうしてそれを」
「やっぱり——、しかし、それはオレには聞きませんよ。
「ん……」
相手の魔法を反射する魔法で、オレに向けられた魔法に自分で引っかかったメイド。目が虚になり出したことから、やはり洗脳する魔法をオレにかけようとしたらしい。さて、洗脳を解く魔法は一体なんだったけか、えーっと、なかなかに難しい魔法だったような。
「あ、思い出した。
「ん……、はあ、はあ、はあ、あなた私に魔法をかけましたね」
「それは、あなたがオレに魔法を向けたからです。正当防衛です。それで、あなたはなぜオレに精神魔法をかけようとしたのですか?」
「それは……」
言葉に詰まるメイド。何を仕出かすかわからない彼女に向けて杖を常時向けておく。
「いいでしょう。教えてあげましょう。私の名前は、ミリーナ・パウゼ。あなたを追い返しに来たの。あと少しで、猥褻罪であなたを社会的に抹消できたのに」
「あなたが私の生徒ですか。どうして私を追い返すのですか?」
「それは——、私は魔法が大っ嫌いだからよ」
怒気を含んだ声色で、オレを睨みつけるミリーナ。彼女はなんと魔法が嫌いらしい。だけど、魔法が嫌いなわりには精神系魔法といった難しい魔法を使いこなしている。魔法の才能はあるらしいが。
「魔法が嫌いで、魔法を習いたくないからオレを追い出そうと?」
「そう、その通りよ。理解が早いわね助かるわ。そういうことなので、お帰り願えます?」
「いや、オレにもちょっとした事情があって簡単に帰るわけにはいかない」
「どうせ、お金でしょ。ここに100ゴールドがあるわ。これで10年以上は暮らせるわよ」
「仕事もしてないのに、そのお金は受け取れない」
「変なところで律儀ね。いいのよ。私は人に精神魔法をかけようとした。それをあなたは見破った。訴えられたら私の方が不利。だから和解金だと思って受け取って」
「——そういうことなら」
確かに、精神系魔法を無闇に人に向けることは犯罪。多分、これまでの家庭教師は簡単に洗脳されて強制的に帰らせられていたのだろう。まあ、100ゴールド手に入るなら文句はない。帰りに市場に寄って少し豪勢な料理でも作ろう。ミリーナに近づき、手のひらに乗るお金が入った袋を握る。
「隙あり! 背負い投げ!」
ミリーナはオレが近づいてくるのを待っていたらしく、すかさず腕を握り背負い投げをかましてきた。
「あれ、どうして動かないの?」
「オレは一応、体術も取得してるから、そんな簡単に投げられないぞ」
「ちっ、あなた、これまでの家庭教師とは格が違うよう……ゴホ、ゴホ」
「おいどうしたんだ」
急に咳き込みながらしゃがみ込んだミリーナ。よく見ると、軽く吐血している。
「おい、早く医者に行かないと」
「騒がないで!」
今まで以上の剣幕でこちらを睨むミリーナは、そのまま立ち上がり部屋の水道で血を洗い流す。
「今日見たことは他言無用で、お金をあげたんだからさっさと帰って」
「——それはできない」
「え? なんで、か弱い女の子が血を吐いたから? あなたって偽善者なのね」
「血を吐いたからともいえばそうとも言えるが、そうではない」
「じゃあなんで、魔法を教えるなんで愚かなことをしているあなたに消えて欲しいの」
「君が何を言おうとオレは帰らない。なぜならば、このままだと君は死ぬからだ」
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