赫糸凛夏と殺し合いをする事になった 2
2日目の夜。
俺は赫糸凛夏にされるがままに一つの約束を取り付けられた。
それは、仮想戦闘施設に行くという約束。
つまり、殺し合いを求められたと言う事。
事前情報としてじっちゃんにそこらへんの話は根気強く教えてもらっていた。だから赫糸が突然この話をした時は驚くほかなかった。
こんなに早く仮想戦闘に挑む事になるとは思っても見なかったからだ。
まぁとはいえ、そんな土曜日の予定も火曜日の時点ではまだ日数的に余裕があると思っていた。そして実際数日ある。どっかで赫糸の気分が変わる事を祈りながら1日1日を過ごしていれば、けれど学園生活が充実しだすといかんせん体感的な時間の経過が早くなっていたようで。
結果、土曜日という日と、赫糸凛夏という赤髪の女を目の前にして、今、俺は酸素を吸って二酸化炭素を吐いている。
「丁度に集合って何事。もっと早くきなさいよ」
「いやでも遅れてないんだからいいじゃんか」
「あんたどんどん反抗的になるわね。叩きがいがあるわ」
ブラウンのブーツに黒色のタイツ。
着用してきたのはズボンではなくスカート。
少し厚手でヒダの少ないスカートは明るすぎない程度に紅い。腰回りに金の金具がついていて色味が単調になっていなかった。
上は黒色のタートルニット。
長い髪にはカールが少しかかっている。
全体的に大人っぽい仕上がり。
居住まいも遠くから見るだけなら大人の女性でしかない。実際は俺とほぼ同い年のはずなんだけど。
そんな戦闘向きではない服装の赫糸の口元には、10秒チャージというゼリー飲料が添えられていた。
時刻は午前9時30分。
俺たちは学園の大型集合施設区画、その入り口にある広場で待ち合わせをしていた。
場所はとても広く、一つの街と遜色ないと思える区画。
広場には石造りの時計台、石畳みの十字道路。その脇には草や花が占領している。
木はそう多くなく、どちらかと言えば木を加工して作られたベンチの方が多い印象。
小道やアーケードに建物がずらっと並んでいて、朝が早いと言うのに沢山の人で賑わっている。
赫糸は近くにあったゴミ箱にゼリー飲料の殻を投げ入れテクテクと歩き始める。
「てか赫糸ってまだ謹慎期間じゃなかったのかよ」
1週間の謹慎処分をくらっていた。
そう本人が言っていた。
土曜日はまだ謹慎期間のはず。休みだからって謹慎が適用されないなんてあるはずがない。
そう思い突っかかると、赫糸はめんどくさい雰囲気を強めてため息を吐いた。
「うるさいわねぇ。バレなきゃいいのよ」
その発言からわかる赫糸凛夏の思考回路。
「……やっぱりお前やべぇやつーーぅ"…」
「口答えばっかっ。…なに? 殴られるために口答えやってんの? 変態?」
脇腹に一発固い拳が捩じ込まれ、俺はその痛みに顔を顰める。マジで岩で殴られてるような感触、ゴリゴリとして痛い。
痛いのなら言わなければ良いと多分話を聞いた人は言うんだろうけど、そうじゃない。
ヤバいやつと付き合わなきゃいけない状況。
それはつまり自身の道徳的価値観を捻じ曲げられかねない環境下にあるとも言える。
だからせめて反抗しなくてはならない。
俺はその思想を肯定しない。
そう相手にも自身にも示す事で、今のまともな考え方を維持しようとしているんだ。
それに。
「お前がそんな調子だからなんかもういいやってなっただけだよ。お前には嫌われてもいいし」
ただただ嫌われても問題ない相手。
全部ぶつけた方が楽になれる。
「はっ。言ってくれるわね」
「言うよ、いくらでも」
ピリピリとした空気感は強まっていく。
例え赫糸が強くても所詮はそれだけ。
俺にとってはこの1週間やりきったからもう関わり合うこともない。これが最後の日でもあるのだから、どうでもいいんだ。
今日の仮想戦闘もそう。
仕方なく付き合っているにすぎなくて、そもそも勝ちに行く気なんて毛頭ない。負けたところで何もないからだ。
「一応手合わせってことだけど、勝ったら負けた方に何か命令するでどう。あまりお金に関係することは避けたいわ」
負けたら大問題だこりゃ。
「拒否権はないわよ」
「お前の辞書にはそれしかないのかよ…」
当初の路線は変更せざるを得なかった。
十字路の広場。
この区画に入ってまっすぐに歩けば通れるアーケードには寄っていかない。今回はアーケードの右隣にある大道だ。そこを下り、ある程度先にある曲がり道。
誘われるまま右手に曲がって行くと仮想訓練区画という吊し上げられた看板が目に映る。
そして区画に入り込んだ瞬間全てが一変する!
なんてことはなく、地続きの道なり。色んな服や道具のお店が立ち並ぶ中を闊歩しどんどん歩く。
そうして見えてくる、とても、とても大きな建物。
近未来的と言うよりかは無骨な造形。
ガラス張りの建物は空の色を反射して青みがかっている。校庭を含む学校の敷地以上の大きさの建物を前にする広場は、けれど負けず劣らずと広くでかい。
そのせいもあってか歩く人が遠目だと小人に見えてくる。
広場から奥に繋がる大道が一本。
でも今回はそこに行く予定はない。
俺たちは黙々と歩き、施設に入った。
「データベースに自宅謹慎とされてますね。期間は1週間……か…。んー、だめですね。あと、ご友人も、引っ張られてきたんでしょうけど止めてあげないと」
「す、すみません…」
施設に入り、早速と仮想戦闘機の利用の為に受付に行ったのだが、受付のお姉さんは当然と俺たちを門前払いした。
まぁそんな甘くないですよね、とちょっとザマァみろ見たいな目を赫糸の背中に突きつけておく。
赫糸は食い下がるのに夢中のようだ。
「ねぇ別に良いでしょ。なんとかしなさいよ」
「おかえりください」
「ねぇ!」
「おかえりください、そう言う規則です」
「固いわねぇ! 別に良いじゃない2日くらい!」
「規則です」
「ねぇ!」
「ほら帰るぞー」
「ちっ……」
赫糸の舌打ちに、受付の人は何もなかったかのように笑顔を置いている。俺は申し訳なかったなと思い頭を下げながら施設を出た。
「手を離しなさい」
「はいはい離す離す」
中々自分から外に出ようとしない赫糸を見かねて無理やり腕を引っ張った。往生際が悪いし力も強いから結構堪えた。
赫糸の顔をよく見ると大分とむくれ顔をしていた。
ガーゼも取れて、あざも悪目立ちしすぎない程度に引いてきた頃。元の端正な顔立ちのせいで不覚にも可愛いと思ってしまった。
そんな自分を俺は許せない。
「戦うのはまた別日でいいだろ。そんな急ぐことでもないし」
「………」
俺としてはこれ以上関わりたくはなかったが、こんな顔をしてるのを見ると流石にちょっと庇護欲みたいなのが湧いてきた。これが父性という奴か。
そんな事を思っていると徐に赫糸は電話をとった。
少しして繋がる電話。
「先生、謹慎といて」
そして繋がるや否や語気を強めてそう言った。
「友達が私と戦いたいってうるさいの。だから仮想戦闘施設にきてるんだけど謹慎判定されて入れないの…………それをなんとかしてって話なの! …………うん」
電話相手とのやり取りは聞こえてこない。
ただ赫糸の相槌だけが唯一の情報だ。
とはいえ干渉できない出来事だ。
俺は人の邪魔にならないよう壁によってボーッと空を見上げる。
今日は晴れ。
揺蕩う雲。
空高く登ろうとしている太陽を見てると卵の黄身に見えてきた。朝に菓子パン二つ食べてきたのにお腹が空いてくる。
うん。今日の夜ご飯は卵かけご飯確定。
「わかった。…昇也、先生が変われって」
関係ないだろうと思い話を何も聞いていなかった。言われるがままに生返事を返すとホログラマーに電話が転送されてきた。
「…あ、はい…もしもし……」
『1-3クラス担任の佐々木です。単刀直入に言うけど、君、強いの』
女性の声。
少しハスキー気味でハキハキとした口調だ。
「え……あ、うーんどうでしょう」
『…名前は』
「華園昇也です」
『華園くん……学籍番号とかも教えてもらえる?』
俺は自身の電子学生証をホログラマーに映し、その番号を伝えると電話越しにキーボードを叩く音が聞こえてきた。
『…うん。ちゃんと君はここにいる人間だね。それで…君一応A
「…A9…判定?」
『入学前能力調査の際に色々やったでしょ、覚えてない?』
「………」
そんなのしたっけ。
そんなレベルで何も覚えていない。
『まぁなんでもいいけど、強さに自信があるなら赫糸と戦っていいわ』
「え、謹慎処分は…?」
『特令とするわ。一応私学年主任だから安心していいわよ』
「そう…なんですか……?」
佐々木先生は言う。
『赫糸みたいな人は過去にもいた。経験則からの話になるけれど、そう言う子は総じて力に正直だから。力を示して手綱を引いてもらえると助かるわ』
「た、手綱って…」
『赫糸は入学前の判定で
なんか返事していたら今日戦う事になってしまった。
「あのぉー…えぇ俺の意思の尊重ぉ…」
先生も先生で何か思惑があるんだろうけど、それはそれでどうなのさ。
思わずとため息を吐くと赫糸が「どうだって」と問うてきた。
「俺を見たらわかるだろ。10分後…施設に入ってって」
「相談はしてみるものね」
釈然としない。
本当に。
赫糸はそんな俺の気持ちもつゆしれず。
ムクレた顔を治して10分後、堂々と施設へ闊歩した。
そして赫糸は前に立つ。
さっきの受付のお姉さんの前に。
「そんなドヤ顔するなよみっともない」
「し、してないわ!」
何だろう。
この子。
子供っぽい。
そんな印象を強く受け始める。
見た目が大人っぽいのに中身は逆って、逆コナンくんじゃん。
「連絡きたでしょ。手配しなさい」
俺の指摘を否定して赫糸は直ぐにそう声を荒げる。
そんなくそ生意気な赫糸を前に、流石に許可が降りた手前断ることもできない受付さんは少し息を整えてから対応をする。
「……では利用登録のため、再度、ホログラマーに学生証をご提示ください」
でも、笑顔が少し引き攣ってるのが見ててわかる。
すみません、本当に。
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