赫糸凛夏と殺し合いをする事になった 1

二つの集団で縦断する帰り道。


微妙に長い道のりは、一度バラけたとしても自然とまとまりを作ってくれる。後方を楽しそうに歩いていた米田くん達を話に引き込んで俺たちは歩いていた。


そんな帰路の途中にある大きめのコンビニ。

暫くの間俺たちの会話はご飯の話で持ちきりだった。古賀くんや灰田さんが妙に食に詳しくって、そのせいもあってとてもお腹が空いている。


それも、ある程度凝ったご飯を食べたい。


という事で各々の買い出しついでにコンビニに立ち寄った。コンビニには俺の知らない物がたくさん並んでいて、飲み物のコーナーだけでも目の中に収まりきらないほど。俺はとってもワクワクした。


そんな俺の様子。

みんなはとても温かい目をしていた。


なんだその子供を見守る親のような顔は。


色々とカゴに入れているといつの間にやら満帆に。会計も予想を遥かに超えた金額で、しかし食べたい飲みたいと言う欲求を抑えられず俺は大きく貯金を切り崩す事にした。


それから昨日と同じ場所で蘇我さんを見送り、解散する。


学園生活2日目。


始まったばかりの空気感、とても新鮮だ。

これからが楽しみなのは1日目と変わらない。

みんないい人で、みんないい友達だ。


そう。

そんな気持ちに心地よく耽っていたはずなのに。


(うわぁ……やらかしたぁ…)


あともう少し歩けば自分の部屋だとルンルンだった足取りは一転。


赫糸が自身の玄関ドアの前で腕を組み、目を瞑ってもたれていた。


そういえば18時くらいにノートを渡しにいく約束をしていたなぁと、疲れた頭で思い出す。

勉強会が始まる前までは覚えていた。


時刻は19:43。

赫糸からのウィコネも来ていたようで、着信の数を見ると100件。


100件!!!


全部催促と脅しだ。

最後の一文は殺すだとかそんな雑な言葉ではない。


『早く帰って来い』


赫糸が書き連ねてきた全てを凝縮した言葉がそこにはあった。


怒り心頭。


それは文面からも、約束を違えたら殺すと言う今朝の脅し文句もあって簡単に予想できた。

逃げたい、そんな気持ちが強く心に現れる。


が、しかし俺はここを通らないといけない。


と言うか逃げるも何も、もう俺の帰宅は気づかれている。


エレベーターから出てすぐのスペースには、そこまで厚くはないが壁がある。そこに今身を隠しているのだが、赫糸に気づいて隠れるまでに一度目があっていた。


逃げる事は許されていない。

気迫がその全てを物語っている。


そんな調子だから、思わず足音を立てない様に歩いてしまう。どんどん赫糸の部屋の名前と番号が見えてくる。気づけばもう赫糸本人の前に差し掛かろうとしている。


唸る心臓。


あわよくばその閉じた目は眠っているからであってくれと願うーーがしかし、世の中そんなに生優しくはなかった。


「ぁちょっ」


赫糸がカッと目が開いてからは一瞬だった。


赤い瞳の残光が俺の目に映ったかと思えば、何も抵抗できずに家の中に引き摺り込まれ、体を壁に押し付けられているのが現状だ。


利き手である右腕を下側で拘束され、左肩には赫糸の左肘が差し込まれている。それを軸に赫糸は左前腕の甲を使って俺の首を押さえつけていた。


筋肉が張っていて、かなり強い力で拘束されている。

喉元を潰しにかかる力だ。実際は潰す気が無いのだろうけど十二分に息がしづらい。


「ぅ"……」


身長差は5センチ程度。

もちろん俺の方が小さい。


見下ろしてくる顔は眉間に皺がより、瞳孔がよく開いていた。真っ赤な瞳と目が合っているだけなのに心が潰されてしまいそう。


初めて人から明確な害意をあてられて、俺は少し怯んでいた。


赫糸は股下にグイッと左足を捩じ込む。

とても体が密着していて、いい香りもする。


けど、そんな変なことを考えてなんかいられない。

ただひたすら痛い。苦しい

凄く怖い。


きっと、力を入れて抵抗するとその倍はキツく喉を潰されるんだろう。

下手に動けやしない。


顔と顔がとても間近で、呼吸音がかなり鮮明に聞こえてくる。生暖かい吐息はけれど、今の俺にとっては少し不快だ。


そう暫くして、更に脱力した俺を見ると赫糸は結んでいた口をようやく開いた。


「あんた、貸しを破る気…?」


荒げた声なんかよりもずっしりと心に届く、静かな圧。


赫糸の言わんとしてることは分かっている。

けど、弁解する余地は俺にある。


「いや、ちょっと、待って」

「言ったわよね、破ったら殺すって」


ギュッとまた強く、腕は押し込まれる。

苦しいしすっごい痛い。


「だから、ちょっと、待ってって。聞いて、話、聞いて」


このままじゃなんの話もできない。

だから赫糸の腕を叩きながら抗議する。


「ゴホッゴホッ」


そしてようやく拘束から解放される。

強く咳き込みながらも薄かった酸素を盛大に吸入し、喉仏に手を当てる。潰れてはいないようだ。


「あんたほんと貧弱ね。その筋肉は見掛け倒し? 力もない、身長もない。男として女に負ける気持ちはどうなのよ」


こいつの性根は割れている。

だから別に過剰に反応する気にもなれなかった。


「別に。ごほっ…んなのないよ。ただただ赫糸さんが強いだけって話だろこれ」

「………」


そういうと赫糸は目を細めて俺を見つめた。気に食わない、そんな表情。まぁ赫糸の観察なんてしたところでだ。どうだっていい。

さっさと帰りたいその一心だ。


「それでだけど俺さっきまで勉強会してて、ノート取ってたんだよ。それこそ赫糸さんが言ってた賢い人に教えてもらいながら」

「……そう。やるじゃない」

「あと…これ」


そう言ってパンパンのバックから取り出したのはコンビニで買ったシュークリーム。

カスタードとホイップクリーム二つが入っているダブルシューと言うやつだ。1番上に敢えてスペースを作ってから入れていたから潰れてはいない。


勉強後は甘いものを摂ると幸せになれると言う灰田さんの助言をもらい、2つ買ってある。

この2つはもちろん俺専用だったのだが、この際供物にしてしまおうと思い。


「ウィコネの連絡返し忘れてたから、ごめんね」

「………」


理由をつけて赫糸に渡す。


どうにか少しでも怒りを収めてくれ。あわよくば機嫌が良くなって、これからは俺にだけでも優しく接してくれ。


「甘いのって勉強の後に摂ると幸せになれるらしいから…」


淡く…というか淡すぎてほぼ真っ白な期待を浮かべて手渡すシュークリーム。それを赫糸はバシッと力いっぱいに奪い取った。


顔がすごく仰々しい。

酷く歪んだ表情だ。


「あ、あんまり甘いの好きじゃない…?」


それに返事はない。

赫糸はただ賞味期限や開け口、シュークリーム自体を包装越しに見つめるなどして吟味した。

別に毒なんて盛ってねぇよと言いたいが、恐らく自己満足するまでやめないんだろう。


俺はしばしそんな光景を眺めるしかなかった。

それからすぐ。


「ノート早く見せて」


赫糸は催促してきた。


「ホログラマーでも見れた方がいいかなって思って資料利用の許可もらってきたんだけど、そっちは使う?」

「いらない。ホログラマーでの資料の閲覧って疲れるから嫌いなの」

「そ、そう…」


疲れる人もいるんだ。


「21時には返しにいくわ」

「あー、うん」


案外返すまで時間が短い。

それに取りに来させるとかじゃないんだ。

意外でしかなかった。


「じゃあ……俺はこれで」


そう言ってそそくさと帰ろうとした時、ガシッと肩を掴まれる。何事かと振り返れば、赫糸は言った。


「あんた、土曜日予定はあるの」

「え、予定…?」


予定は…あるっちゃあるが、外せない用事みたいなのではない。


1週間分の授業を総復習する、それだけ。

まぁそれだけ、と言っても俺にとってはかなり大切な予定であり今後に響いてくる研鑽の一つだ。


けどもし、土曜日に予定があると言っていたのに外出せず勉強してました、なんてのがバレたら…。


『あんた私の誘いを勉強で断るとかいい度胸ねギャオース!!!』


そう叫びながらドアを蹴破ってきそうで怖い。


(その時のドアの修理費用はもちろん赫糸持ち…になるよな。踏み倒されないよな……あぁ、なんだかんだ俺のせいってのを押し通してきそう)


うん。

今のところ予定は埋まっていない。

そうしよう。


「ない、けど」

「じゃあ仮想戦闘施設に土曜日行くから、ブッキングさせないで」

「え、は? え?」

「なに」

「いや、仮想せん、戦闘!? だ、誰と誰が!?」

「はぁ?」


赫糸は心底呆れた顔をしながら腰に手を当てて言った。


「アンタと私がよ」

「なんで!?」

「ムカつくからよ」

「んなアホな」

「なに、文句ある」

「文句しかないよ!」

「ちっ……。拒否権はないわ」


お、横暴だ。なんて抗議をしても、目をしても、我関せずと言った風。


怖い怖くないよりもなぜ戦わないといけないと言う考えだけがぐるぐると頭を回る。


別に俺は戦うことが大好きな人間じゃあない。

生きる上で必要になれば戦う。殺す。それだけ。


特に今は戦闘技術よりも学園生活への慣れと勉強習慣の定着が急がれる。羽を伸ばす事に休日を使うのならまだしも、疲れを呼び込む事にかまける暇は今の俺にない。


不満は色濃く募る。


見方を変えれば今後敵になりうる相手の実力を把握できるとも言えるが、やっぱり今必要な事だとは到底思えない。


だが、抵抗虚しく決議は覆る事はなかった。

そのまま俺は家を追い出され、自分の部屋に舞い戻る。疲れは赫糸と話す前よりも酷く、強く感じている。


(ロクでもないよあいつ…)


着替えなど色々支度を終えて、ご飯も食べて、風呂に入る。二日目の風呂も極上そのもの。


昨日の反省を生かして風呂に入る前に湯を沸かすと言うことを覚えた俺は、湯が溜まるまでシャワーを浴び続けなくちゃいけない時間から解放された。


脱衣所に置かれた洗浄液に浸された2枚のコンタクト。

除菌コップに付属している蓋は暗がりだと青色に発光している。電気を消すと余計明るくそれは輝いた。


戸を閉め、部屋に入れば冷たい外気が火照る体にくっついてくる。厚い白地のカーテンは、パタンパタンとはためいている。

ベッドの隣の小棚に置いてある二つの耳掛けデバイスはちゃんと充電されているようで、青いランプを発している。


充電量は青が100%、緑が50%以上、黄が20%以上、赤が20%未満らしい。


(いやぁ相川先生には頭が上がらないや…)


今日のお昼休み。


昨日の一件で得たコンタクト式の不満を携えてメガネ式のホログラマーの貸し出しについて正直に話した所、快く許可してもらえた。


『友達と…うんうん、良好良好っ。そう言う用途なら問題ないよ、正しく楽しく使いなさい』

『ありがとうございます!』


今日はそれもあって帰宅を楽しみにしていた。


て事で早速取扱説明書通りに装着していく。

と言っても特別変わった付け方をする事はなさそうで、普通にかける。


利き手に専用の薄手の手袋を嵌めれば、あとはデバイスを起動するだけ。


そこからの設定もコンタクト式と変わらず、青峯さんに聞いていた同期のやり方を終えればもうこれで終わりだ。


「えっと…」


風呂も入ったご飯も食べた。

勉強もしなくていい。

じゃあ残りの自由時間は。


「……も、もしもし」

「あ、夜分遅くにすみません華園です…」

「は、はいっ、さ、西条です…て約束してたからわかってるよ…!」

「ついつい」


そう。


昨日こちらから連絡をとっておきながら返信を明日にされた西条さんだ。なんだったら朝もてんやわんやで送れず、結局直接挨拶しにいった。

その際に電話の約束を取り付けたのだ。


「いやほんとごめんね昨日は。昨日はと言うか今日もか。なんか凄く眠くて…」

「いいですよ全然っ。頑張ったら体も休みたくなりますからねっ」


全然気にしていない。

そんな風に優しく返答してくれる。

赫糸とは全然違う。


「ありがとう西条さん」


西条さんの様子を思い浮かべながら俺は礼を述べた。それと同時に昨日のことを思い出す。


「あ、そういえば昨日なにか言いかけてたけどなんだったんですか」

「あー……。なんだったかな…。あ! 友達できたよー! って話でしてーー」


そこからゴロゴロと電話して、案外と続く会話の応酬はとても楽しくって。


「私の能力は二つあって、一つが精神を落ち着かせる【精神安定治癒】。もう一つが【超回復領域】って能力」

「一つ目のやつが初めて会った時にしてもらったやつかな」

「そうです!」

「二つ目は…あれですね。なんか名前がすっごいかっこいいですね。凄く尊大というか凄い能力って感じがします」

「ふふーん、実際のところ凄いんですよこの能力! 自負できちゃうくらいに凄いんです」

「じゃあその凄さについて語ってもらいましょうかねぇ。どうなんですかそこんとこ、西条さんっ」


少しずつプライベートな話に移り。


「俺のとこも優しい人ばっかだよ。初日から助けてもらったし、グループのみんなが勉強とか手伝ってくれるから助かってる。ほんと恵まれてるよクラスに」

「ねー。ほんとにそう思う。みんな協力的だし。中学の時と比べちゃうと余計思っちゃう」

「……中学の時ってそんなに、あんまりよくない感じだったの?」

「うん…。まぁ仲のよかった友達はいたんだけど、やっぱクラス全体で見るとって感じで…うちのクラスの2割くらいは能力者だったんだけど、その2割と一般層とで派閥みたいなのできちゃってて、能力者が一般人と仲良くしてたら口聞いてもらえなくなる! とかあったんだよね」

「え、なにそれ。それはなくない?」

「ほんとにないよねぇ。だからね私一回先生に相談したんだけどーー」


ちょっとずつ西条さんのことを知っていく。

敬語も取れ始め。


「灰田さんって人、凄いノート綺麗にまとめてるね」

「だよね。俺も凄い綺麗だなって感心した。こういうのを自分で自然に書けるようになりたいんだよね」

「華園くんの始めの1ページ、凄まじかったかったもんね…」

「や、やめてよあれはあれで努力の結晶てやつだよ」

「あははっ、努力の結晶なのは確かにそうだねっ」


2時間が経つころには。


「これが小学生の時の私」

「鉄棒か……てかこの写真すっごい躍動感だね」

「ふふん。実はお父さんがカメラマンでさー、画角? とか撮影する瞬間とか見極めてとった力作らしいの」

「本職の技か…かっこいいなぁ。他の写真もすごく西条さんが映える撮り方してて、より可愛く見えるよ。お父さんすごいね。…俺もいつか撮ってもらいたいな」

「へへ。なんかお父さん褒められると私まで嬉しくなってきちゃった。お父さんに褒められてるよって伝えとこー」


時刻は23時になっていた。

西条さんの部屋からアラームの音が聞こえてくる。


「あ、もうこんな時間。なんかすごい時間過ぎるの早いね」

「ほんとだ……まぁ楽しかったからね、電話」


そういうと、西条さんは少し押し黙った。けれどすぐ、勇気を振り絞るみたいに声を出した。


「あのねっ華園くんっ」

「ん?」

「私もすっごく楽しかった! だから、あの…ね。またっ、華園くんと…電話、したい…」


なんとか全部伝え切ったのであろう。

電話越しに聞こえてくる西条さんの息は少し荒かった。緊張して息が詰まっていたんだろう。


「うん全然いいよ。また電話しよ、たぶん21時とかからはお風呂も上がったりして暇だから連絡してもらえたら」

「わかったっ。じゃあしたくなったら連絡する」

「俺も連絡します」


そういうと西条さんは嬉しそうに「はい…待ってます」と返した。


「じゃあまた明日、だね」

「うん、また明日」


コロンっと通話が終わる。


学校で話す時よりも近い距離感。

少し電話を止めた事にもの寂しさを感じるなんとも不思議な感触。


メガネを外し、天井を眺めながら楽しかったという余韻に深く浸り、目を瞑る。


(友達って、こう言う関係の事なんだろうなぁって分かってきた)


米田くんが言っていた友達はなるもの。

縁が深まると言う事。と言う話。


言語化するのはかなり難しいけど、仲良くなると心の開き方が変化すると言うことが感覚的に馴染んできた。


じっちゃんが友達を作れと言った理由も分かってくる。


単純に楽しい。

安心もする。

知識も増える。

普通がわかってくる。

人との距離感が掴めてくる。

一緒に何かしたいとも思う。

困ってたら助けてくれる。

困ってたら助けることが出来る。


これがもし友達の事を考えず適当に過ごしていたのなら、今頃1人テストだなんだにひどく怯えているんだろう。それも、自作のノートを端から端まで読むしか出来ないから結果として何も覚えられずにテストも落とすしかなくなっている。


でもそれはもしもの話で、実際は真逆。


そんな縁を持てたこと、それを俺はとても幸運に思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る