蘇我乃々愛は対等な関係を望んでいる
「回復能力使ってもらったのに…また疲れてきた…」
勉強も佳境に入った頃。
終わりを目前にしているとはいえ体は疲労に正直な訳です。単語の応酬があれからも続いたせいもあるのだろう。クタクタだ。
チラッ、チラチラッと目線を米田くんにむけて見る。
「流石にそう易々とかけてあげられないよ」
そう、タブレットに目線を向けたままそう言った。
そんな俺を見かねたのだろう蘇我さんはペンを置くとこっちを向いた。
「頑張りなさい昇也! 後10分だけよ! それに勉強自体も今は生やさしいわ! 能力理論の話になるとこんなんじゃ済まないわよ!」
席で言えば位置的に1番遠いはずなのに、まるで隣で喋られているような声量。耳に頭突きを仕掛けられている気分。
それに、投げかけた言葉は激励なんだろうけれども、俺にとっては鋭利な刃物と言うよりかは大きな鈍器。
今よりも難しくなると言う話は絶望以外のなにものでもない。
その様子を見て流石にと灰田さんが。
「蘇我さん、あんまり華園くんを痛めつけてあげないで…」
と優しく守ろうとしてくれた。
しかし、蘇我さんは相も変わらず口を大にする。
「甘えを許すのと疲労を労うのとでは別物だわ! 昇也の目が死んでないうちは褒めることがあっても労わないわ!」
「…でも辛い時は休まないと。無理やりしてると結局目が滑って記憶に結び付かなくなる」
「それは意識の差よ! 目的意識が【知識を理解する事】から【知識にさっさと目を通して楽になりたい】にシフトするのが問題ね! 確かに疲れはそうした意識に持っていくから基本は抄子の考え方が正しいわ!」
でも!
「昇也はまだ疲れ切っていないわ! それにたかが残り10分よ! ここで踏ん張れないのならこれからの昇也は逐次足を止める癖を身につけてしまうわね! 能力が足りない人間がそんな余裕ある学び方で成長できるはずがないじゃない! 成長を求めてるなら厳しくするのも正しい教育よ!」
あの、耳が痛いです。やめてください。
泣きますよ俺。泣いてる理由聞かれたら「同級生の女の子に正論ぶつけられて泣きました」って正直に言うしかないんだよ。
やめてよ。
「………」
なんてふざけて自分の心を慰めようとしたが、よくよく考えればその通りだと思い俯くしかできなくなった。それに同じ事を再三とじっちゃんにも言われていた。
『止まるな、歩け。疲れたら止まるんじゃない、歩け。ただひたすら』
理屈も理由もわかってる。
だからやり続けてきた。
筋トレに走り込み、格闘訓練も、その最中では手を止めてはいけない。限界に達してもやり続け、動き続けていた。
でも今の俺は疲れたと声に出して、それを言い訳に手を止めている。余力は少し残っているのに。
それをなんと言うのか俺は知っている。
甘えだ。
この新天地での状況と、牛歩な俺を許容し、支えてくれる恵まれた環境に俺は甘えている。
今まで楽をあまり体験できなかったから、短期間で数多と与えられる楽な感覚に早速ながらも取り憑かれている。
それに、灰田さんの休んでもいいと言う言葉の意味だって、あくまで今後の効率を促すもの。
一抹の思いで度々手を止めてしまうのは悪手のはずだ。
蘇我さんの言うとおり高々10分。
でも6回積み重ねれば1時間分の遅れを生み出す事になる。
早めに手を打つべきだ。
確かに俺は成長を求めているんだ。
そして、灰田さんに時間を割いてもらっている状況。
こんなんでどうすんだ俺。
「…蘇我さんの言うとおりだ。灰田さんもごめん、折角俺に勉強教えてくれてるのにこんな感じでだらけて」
「疲れは仕方ないから別にいいのよ。でも…だらけていたのなら別ね。もうちょっとだけ、頑張ろっか」
「うん。ありがとう灰田さん」
そうして気持ちを改めて俺は目を見開いた。
呼吸を整え頭を回転させる。
そんな俺たちを前に、蘇我さんの隣に座る古賀くんは言った。
「……蘇我って案外スパルタ…つぅかストイックつーか、なんつーか。うん。見た目に反して追い込んでくる感じが意外やわ」
「そんなにギャップがあるかしら!」
「大アリやなぁ。黙ってれば【雰囲気可愛い系黒髪清楚お嬢様】って感じやん? やのに口を開けば【我が道をゆく強情スパルタ声でかお化け】やで? 誰が想像できんねんその見てくれから」
「人を外見で判断するなという生ける反面教師よ!」
「確かにお前と絡んでたら反面教師にはなれる気がする」
【能力回復時間】
能力を万全に扱える状態を「フル」
能力が切れるまでの状態を「安定(的に使用可能)」
能力を使い切った状態を「欠乏」
欠乏状態では、能力が次回使用可能になるまでの時間が通常よりも早く回復する傾向にある。
その代わり反動として体力を大きく消費する。
能力回復にかかる時間は人と能力による。
ただ、前述した系統の流れに沿って回復までの時間がかかる傾向にある。
「あーもうそろそろ本当にだめだ、頭ぐるぐるしてきたぁ」
「おっ、でも」
「それで終わりね。お疲れ様華園くん」
「終わりか! お疲れっ」
「灰田さん古賀ぁああああああああああああああありがとーーーーーーー」
「なんで俺だけ呼び捨てやねん。後今ものすっごいお前の口に扇風機当てたい」
「なんか僕もわかる。ちょっとウズウズする」
「「なんでぇえええええええええええーーーーーー」」
あれ、声がだぶって聞こえーー
「わっ、また青峯さん!」
「またってなにまたってー。こっちは良い感じに勉強出来たからもうそろそろ帰ろーってなってる。時間的に閉まるし。
そう言われてみた時間は19時を少し過ぎていた。
「そうね…じゃあ最後にサラッとおさらいだけして終わりましょうか」
「うへぇ…」
「りょーかーい」
そうして初めからノートを読み返していく。
2回目の復習は普通に読み返す感覚でいいらしい。
2回目となると文字を読むのに抵抗感があまりない。
なんだったら多少の既視感を感じられる程には頭に残っていた。後はこのスラスラ読みを毎日するだけ、とのこと。
「よし俺終わりー」
古賀くんは高らかにそう言うと、天井に向かってぐわっと腕を伸ばす。
「僕も」
「健二もおっつー、やっぱ普段から勉強してないと結構しんどいわ」
「そうなんだ」
「見た目通りやろ」
「んー、うん。黒髪に金色のメッシュ、目つきの悪い猫目。見た目通り」
「おいこらちょっと言いにくそうにしろー」
そう古賀くんは笑いながら言った。
「よしっ…」
「あ、祥子ちゃんもおわりー?」
「うん……。…お待たせしました」
「お待たせされましたー、葵ちゃんでーす」
次々に切り上げていくみんな。
(そう言えば蘇我さんだけまだ終わってないな。なんなら俺のほうが先に終わりそう…。俺よりも頭良さそうなのに…勉強が好きではない感じなのかな)
……能力の例も全部見てって…。
うん、終わった。
「よし、終わったぁああもう勉強したくないー」
「そうね大分と睨めっこしてたし、今日のところは勉強は忘れて良いと思うわ」
「やったー!」
「ほんまに嬉しそうなんウケるんやけど」
「だって、もうね、嬉しい!」
「おうそれは良かったなっ。昇也もおつかれいっ」
突き出された手のひらに無条件で俺は叩きにいった。
古賀くんとのハイタッチだ。
さて後は蘇我さんだけ。
みんなみたいに青峯さんグループと顔合わせでもしようかなと立ち上がる。ついでに体を伸ばしながら歩くとすごく解放感みたいなのを感じる。
とても気持ちがいい。
そうしながらチラリと蘇我さんに視線を向けると、もう既に勉強を終えた蘇我さんがくっつけていた机を戻していた。手伝おうとするが蘇我さんはかなり器用に四肢を扱って、あっという間に綺麗に机を戻してしまう。
「じゃあ帰るわよ!!
蘇我さんは腰にバシッと手を当てると、腹の底から声を力強く発した。
「あっ蘇我わりぃっせんきゅーなっ」
「ありがとう蘇我さん」
「ごめんね、助かったよ」
「ありがとぉ」
帰路に立つみんな。
昨日初めて集団下校をした。
そして今日はダブル集団下校。
団塊になって道を制してしまっている。
これは明日になれば三つ目が増えるという暗示なのか。わちゃわちゃした空気が街灯しかない暗い道を明るく照らしてくれている。
ーーー
集団下校。
人が多いと必然とグループ化してしまうもの。
誰が嫌いだからとか、誰と話したくないから、だとかそんなものはない。
誰かと話している状況に属せていない瞬間から距離が生まれているだけ。グループ形成はあくまでその話に乗っていてくれる人の一時的な集まり。
前方を歩く古賀や灰田、華園の三人は会話に花を咲かせている。ならば必然と後方を歩くのは蘇我と米田だった。
前がダメなら青峯グループに入って見るのもありなんだろうが、内輪のノリが既に完成手前なんだろう。
5人まとまった歩みと空気はとてもドンチャンとしていて、楽しそうだ。
そんな各集団の空気にハブられる形で歩みを募らせる2人だけの空間。
米田はあんまり女の子と2人きりみたいな空気に慣れていなかった。だからどう話を切り出すべきか悩むに悩む。
しかし、隣を黙々と歩く蘇我には悩みの一端すら感じ取れない。
「蘇我さん」
「んー? なにかしらっ」
だからそう。
米田は気づいた事柄を話題にした。
「蘇我さんって綺麗だよね」
一瞬の間をおいて。
「………ぇ」
蘇我は呆気に取られ驚いた顔をしていた。
その顔を見てなんだろう。ようやっと自分が発した言葉の意味を理解したようだ。
「あ、ああいや所作がっ。所作がね、何というかお上品で…お嬢様だからかなって思ってさっ」
目線があっちにいったりこっちにいったり、落ち着きのない米田。蘇我も蘇我で暫く頭の回転が止まっていた。少しして蘇我も正気に戻ってくる。
「ぁ、ああそういう事ね! 健二も中々食えない男ね! てっきり口説かれているのかと思っちゃったわ! あー恥ずかしいっ」
「く、くどくなんてそんな…それに僕達昨日会ったばかりだし、遊んだこともないから、まだ全然蘇我さんの魅力知らないから、今はー…今はというか、うん。するつもりとか全くないよ」
「つまり…遊べば考えるという事ね!」
「あ、揚げ足取りだよー」
凄く困った表情の米田の反応に、蘇我はおかしそうに小さく笑う。
「冗談よ! まぁ蘇我ファミリー1人1人と遊んではみたいけれどね!」
「そうなの…?」
「私たちは家族よ! もっとみんなの事を知りたいと思っているの!」
その眼は丸々と輝いていて、嘘偽りないのは目を見れば伝わってきていた。実際、蘇我自身全員のことを知りたいと熱望している。
「そういやぁ、そんな設定してたなぁ…」
「設定じゃないわ! これからずっとそうなる話よ!」
これからもずっと、そう言われて米田は反芻するように呟く。別に嫌と言う訳ではない。だが蘇我にはそう映ったのだろう。
「反抗は認めないわ!」
「うちの家長とても独裁主義…」
蘇我は近づく事を諦めない。
やっていけるかなぁなんて冗談めかして嘆く米田に対し、蘇我は「やっていかせるわ!」と強制を断言した。それについ笑いが溢れる米田。
「……なんか、蘇我さんと話してたらよく分かんないけど元気みたいなの湧いてくるよ」
それは皮肉か何かか。
蘇我は上手く受け取れず「私今能力使ってないわよ!」と、近距離なら身体能力の強化を付与できる【自身の能力の効果】である事を否定する。
その意味を察したのだろう。米田は「嫌味とかじゃないよ」と前置いて言葉を綴る。
「なんて言うか…蘇我さんってすっごく明るくて元気だから…そのあまりあるエネルギーみたいなのがさ、僕に伝播してる的な話をしたかったんだ」
「ふーん……。なにか非科学的ね! 精神論でもあるかしら! 健二は意外にもそういうお話が好きなの!」
「え? あー…まぁね。1人の時とか、ぼーっと考える事あるね。空想の理論って答えがないからずっと考えてられるでしょ? 誰かに論拠を指摘されない考えだから気楽だし楽しいんだよね」
米田の発言に、蘇我はどんな事を考えているのか気になり問うて見る。
「んーどんなって言われたら難しいなぁ。んー……例えばぁ…運命だったり、幸運の正体だったり、かな。理由はメンタルで片付けちゃうのが多いけど」
「…そうね! どちらも景色の見方、その時々のメンタルによって決定されるとされているわ! でも」
蘇我は言う。
「非科学的な話を私もするなら、本物の運命はメンタルではないと思っているわ!」
「本物の、運命?」
「軽々しく運命と結論つけるものじゃなくて、もう既にこうなると決まっていた、そんな風な出来事が起こる事ね! それもまた偶然が幾重にも重なっただけと人は言うけれど、その連続性のある偶然を引き当てたという結果。その結果を引き起こすために運命が存在していると私は考えてるわ!」
「逆説的な話ってやつだね」
その言い分は言い分で正しいと、米田は感じ取った。
2人きりの空間。
自然と何か話さなくちゃと言う焦りがなくなると、周りの喧騒は時間が経つほどに小さくなっていく。
カツカツと、ローファーを石畳に突きつけて米田は空を見る。星は北斗七星が辛うじて見える程度だ。
「……その結果を引き起こす為の運命か…」
星を繋げば一つの形になる。
それはあくまで人類が示した娯楽のようなものであって実際は相関はないものだ。だからそれを運命とはこじつけでも言えない。ただの押し付けだ。
でも、運命を示すなら星ではなく惑星を指せば納得がしやすい。
今の地球があるのも、この立ち並ぶ太陽だとか月だとかとの位置関係があるから成り立っている。少しでもズレればこの地球は全然別のものに変質してしまう。
水はなくなるか氷になり、緑は失せて、生物は土になるしかなくなるだろう。
だから、今の地球の状態が観測されている時点で過去は今の為にあったと言える。つまり、存在し得ない【存在している未来の存在】があったから、過去がこうなるように導かれたと言える。
これをパラドックスと呼ぶ。
一見ヘンテコな理論に見えて筋は通っている。
「僕の運命ってどんなのだろ。蘇我さんのも気になるね」
ただ、運命は明確な結果を観測しなければいけない。それまではあくまで未確定。
全くのブラックボックス的な状態。
でもだからこそどうなっていくのかと言う期待も膨らんでいく。
「………」
しかし。
「いや、私の運命はもう使い果たしたからきっとないわ!」
「…そう、なの…?」
「そうよ!」
蘇我は堂々と言い放った。
そんな一言に唸る米田。
難しい顔。
もう一度見上げた先には箒ぼしが丁度走っていた。
それを見て米田は言葉を紡ぐ。
「……多分、まだまだあるよ、蘇我さんにも。僕は…運命に関してはメンタル派で、だから運命は事象の捉え方に依存すると思ってる。……引き寄せの法則って知ってる?」
「ポジティブに考えると良いことが、ネガティブに考えれば悪いことが起こる法則よね!」
「そうあってる。…今、蘇我さんは運命は尽きたって言ったよね。…でもさ、運命は一度きりって誰が決めたの? とも思わない?」
それに。
「運命として断定できるまでは未来へ続く軌跡があるのに、断定した後の未来は何処へにも繋がってないのってとっても不自然じゃないかな。小さな事でも何かに繋がっているはずって言えると思うよ」
そんな一言に「…確かにそうね!」と少し思考を挟みながら蘇我は答えた。
「だから、僕はやっぱり運命は何度も出会えると思う。確かに何処かでいきなり途切れる時もあるかもだけど、ずっと願ってさえいればいつかはまた出会えるはず。それに運命はそう言う性質だって蘇我さん自身が言ったんだし。…大丈夫だよ」
蘇我は顔を合わせて話していた米田の顔から、少し目を逸らしたくなった。
「そうだと…いいな…」
珍しく、弱々しい声が口から溢れる。
しかし、それに気づいてすぐ「いや」と蘇我は否定した。
「そうに決まってるわね! 健二が言うなら間違い無いわ!」
「その僕の信頼は何処から…」
「未来からの前借りよ!」
「僕ものすごく重たい借金をしてる気持ちだよ…」
「その借金は肩代わりできないから頑張ってちょうだい!」
「うへぇ善処します」
「情けないわね! 言い切りなさい!」
「やり切りますっ」
蘇我は考える。
この世界に神様はいるのかと。
蘇我は大の空想好き、とかではない。けれども考える位は全然ある。世の中は科学で証明できないものもあるだろう、と言う考えからだ。
そんな彼女は神様について、どちらかといえば肯定をしている。でもその神様の造形は幸を分け与えてくれるものではない。悪魔とか閻魔とか邪神とか、人にとって不幸を授けてくるタイプの神様像だ。
蘇我は、もはや崇拝するレベルで最高の不幸を授ける神様がいると信じている。
まぁだから一応、最高の幸福を授けてくれる神様もいるとも考えている。
けど、今蘇我に取り憑いてるのは悪い神様だと疑って信じない。
【だって私の周りには心優しい人がいてくれている】
【だってこんな私を見捨てない人が多くいてくれている】
【だって私にとても尽くしてくれる人が沢山いる】
【だって私を愛してくれる人が抱きしめられない程いっぱいいる】
【だって私は幸せをいっぱい感じられている】
【だって私はずっと生きたいと思っている】
【だって私は死にたくないと願っている】
【だって私は苦しい思いをしたくないと強く懇願している】
(なのに私は心臓病を患っていて、どんなに手を施しても治りもしない)
繋がる先の運命は、今向かっているのはそんな最高に充実している生活を奪う「病死」という現実。
最高の幸せをスパイスに最高の絶望を常に突きつけてきている。性格の悪さは人のものとは比べものにはならない。
それこそ悪神の仕業としか考えられない。
天真爛漫、大きな声を上げながら我が道をゆく一歩間違えなくてもワガママで頑固なお嬢様。
蘇我乃々愛。
彼女も人ではあるから、人並みにナイーブで、そして数年に一度くらいはとても思考がマイナスに向かう時がある。そんな時に色々と考える。
神様然り、運命しかり。
そして自分の運命はもう尽きていたんだと気づかされるのは決まってそう言う時。
「………」
「……」
病気も能力も何もなかったあの日あの頃。
忙しいはずの両親がたくさん遊んでくれて、外に出掛けもしてくれた。今よりもずっと子供だったから余計何も考えずに楽しめていたあの日々。
それに終止符を打ったのは金持ちを集中的に狙う反グレ能力者集団。家族団欒と過ごしていた夜に突然襲撃にあった。
それの結果を言えば反グレは壊滅した。
死傷者はゼロだった。
蘇我乃々愛の能力の覚醒が理由だった。
『みんなが怪我をしないで生きられるようにしてくださいお願いします神様!!』
という懇願が届いたのかどうなのか。
でも神様に届いたから、と考えると全部悪神のせいだとなってどちらかといえば気分が害される。
だから割り切って考えられる運命によく置き換えて考えている。
運命が紡いだ能力の覚醒。
こうした状況下に置かれる事は予定調和で、今までの幸せは能力の覚醒を引き起こす為の要素。
強く願ったから能力が手に入った訳ではない。
そう考えると、ご都合的な展開にも納得がつく。
第一、その後すぐに心臓病に罹ったんだからご都合もクソもない。むしろ能力覚醒と引き換えに幾ばくかの余命を与えられたとしか、蘇我は考えられなくなっていた。
だから蘇我乃々愛は思っている。
私を見ているのは悪神だ。
私が望む生を紡ぐ運命はあの日に尽きて、今はもうただ死を待つしかない。いくら私であっても、死ぬ事が運命とは割り切れない。
彼女の心の奥底に居座った思考。
それは人生観を大きく揺らす思考だった。
何か悪いことが起きるたびにそれは悪神のせい。
それか、自分にはもう運命がないから仕方ないという諦めと納得へ。でも、それだけだとしてやられている感が酷いから何とか報いてやろうと気持ちを強く持ち始める。
そうして形成されていく、不思議なポジティブさと、どうにもならないなら自分が納得する道を自分で切り開いていけばいいという強情さ。
しかし、蘇我乃々愛と言う人物像が凝固していく一方で、あまりそうしたキャラ性は受け入れられる事はなかった。
ピタッと当てはまれば仲良くなれる、なんて甘くはない。強烈な自我を持つ彼女を受け入れられるほど、小中学生の精神は強固ではない。
いつしか離れていった友人、クラスメイト。
業務連絡ですら話しかけてくれる人もいなくなる。
そんな彼女の周りに残るのは両親や執事達だった。
残った人たちだけは、蘇我乃々愛の性格を個性として受け入れてくれていた。
ただ、過去の事件に病気、交友関係の事もありみんな心配症になっていく。
それはそれで蘇我乃々愛的にとって好ましくはなかった。できればフラットな関係が欲しかった。
「……ねぇ健二」
「ん?」
「健二は私が変だと思わないの?」
そんな問い。
「んー…まぁ、オブラートに包まなきゃ少し変わってはいるなぁと思うよ」
「そっか…でもその感性は普通よ!」
「うん。僕もそこは疑うつもりないな」
「……なにかこう…真正面から肯定されるのもなにか、なにか悔しいわね!」
「あはは、でも本当のことじゃん」
「本当の事だからよ!」
少し感情的に声を張る。
別に怒ってるわけじゃない。
こう言う話し方をあまりすることがなかったから調節が難しかった、それだけだ。
でもだから声量ミスが目立った。
そしてこのミスをどう説明するべきか思いつかない蘇我は口をモゴモゴ。目はピョコピョコ泳がせて黙ってしまう。
そんな新鮮さのある様子を米田は冷静に理解して、ただ自分が伝えたい事を口にした。
「……でもね」
とても優しい口調。
「……なに?」
蘇我は少し何か求めてるものがあるかのような、可愛らしい声で問いながら米田に目を向ける。
期待される目線。
米田は少し脚色のある話に変えようかと思ったが、やっぱり伝えたいままの方がいいと、それを口にする。
「蘇我さんが変って言う性格も…蘇我さんの良いところの一つだと僕は思うよ。確かにエグ味みたいなのは強いけど、でも芯があるって事だし迷わない感じはカッコよくて魅力的に見えるよ」
それに。
「病気について話してくれた時、ご飯食べてるから後にしようって言ったり、食後のジュースを配ってくれたり。今日の勉強会、わざと華園くんの後に終えたでしょ」
「よく見てるわね!」
「まぁね…。まぁ、そう言う優しさというか気遣いのあるとことか、なんだったら普通の人よりも敏感そうで、何て言うのかな……凄く素敵な一面だと思うよ。言動が変と言われればそうだけどでも、蘇我さんを変人だとは思わないかな。言っちゃえばただの個性としか思ってない」
米田の一言。
過去に言われた両親の言葉と被る一面があった。
「まぁまだ出会ってすぐだから、もしかしたらこれからドンドン蘇我さんの事変人扱いするかもしれないけど」
「ちょっと健二! 最後までフォローしなさいよ!」
「あだっ、暴力反対だってー」
そういやこういう話をしたことないなと蘇我乃々愛は振り返る。
いつも人とは体当たり的に話すだけで、こう言う自身の中身をどう思っているのかと問うた事がない。
いや、問うよりも先にみんなが動いていた。
陰口も足先も、心の距離も、全部良くない方向に。
だから、とても新鮮だった。
『運命は一度きりって誰が決めたの? とも思わない? ……僕はやっぱり運命は何度も出会えると思う。願ってさえいれば。だから、僕は蘇我さんの運命、まだあると思うよ』
こんなポジティブな言葉をかけられたのは、両親や身の回りにいる大人達以外に初めてだった。
だからとても、蘇我乃々愛の頭には米田健二という男の子の造形が本当にとても、しっかり、刻まれた。
この帰り道は運命か、ただの日常か。
それはよく分からない。
けれど、蘇我乃々愛の感想として言える事はただ一つ。
「そうね…」
純粋に。
「健二もいい人ね!」
自分を受け入れてくれる人が、同い年の人が見つかった。そうした人が近くにいてくれると、大人達とは違う安心感を生み出してくれる。
それを学べたとても幸運な1日だという事。
「そりゃあ……蘇我ファミリーなので」
出会って二日目。
普通の交友関係はまだぎこちなさが残るという。
でも今の2人にはそんなものはない。
「ふふ。健二っておかしな人ねっ」
「えー!? ……蘇我ファミリーはいずこへぇ…」
ただただ、好ましい。
心の底から楽しいと思える関係であると、蘇我乃々愛は感じていた。
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