灰田抄子はやぶさかでは無い

「うへぇ…俺もうダメだぁ…」


時刻は放課後、17時過ぎ。

クラスは19時までは開放されており、帰路に立ったクラスメイト以外はグループごとに固まって机を合わせている。


とはいえ、その残ったグループは俺達ともう1グループのみ。ただ、そのグループには知り合いがいた。

山田や高貴ではない。


青峯さんだ。


彼女を核に据えたグループのようで、初日にくじ引きで熱戦? を繰り広げていたあの姉と弟コンビもいる。あちらも同様に勉強会を開いている様子。


あのグループの残りの2人は女性2人、


翡翠色の長い髪を後ろで束ねたほんわかした雰囲気の人と、蘇我さんレベルの長髪で、目元が隠れる位に伸ばされた淡いピンク色の前髪の人。


(前、見えてるのかな?)


少し不思議に思い思考しつつ、青峯さんグループに目を通す。


「何だお前アレが羨ましいってか」


顔で指す先は青峯さんのグループ。

古賀くんが言わんとしてる事はきっと男の子1人が羨ましいのかと言う話だろう。


「…いや、他のクラスメイトってどんな人なんだろうなってだけ」


まだ入学して2日目。クラスメイトの顔はなんとなくしか知らない。じゃあ必然的にどんな人がこのクラスにいるんだろうと考えれば、自ずと視線は誘導されるもの。


これから4年一緒になる人、一切話さないなんて事はないだろうし。


「ほんまかぁ?」

「本当だよ!」


でも、だからと言って話しかけにいく勇気が湧かない。それに、グループ分けがなされてからは各々そのグループで知り合った人と話したりどこかへ行ったりしている。それは俺も例に漏れず、と言ったところ。


だからまだ2日目ではあるが知り合いの輪は広げられていない。俺の知っている生徒は山田、高貴、青峯さん、そして我らが蘇我ファミリーの7人。


クラス人数が50人。

後43人は知らない人。


先は遠い。


そんな感じだから見ていた。

だからほんとなんだ、ほんと。ほんとだから。


古賀くんの疑う目はとても鋭く向けられている。


なんでなんだ。


「昇也! 他の女に惚れてる暇があるなら抄子のノートを一途に愛しなさい!」

「いやだから蘇我さん! 違うんだって!!」


なんで蘇我さんまで便乗して来るんだ…。


しかし、どう弁明しても一生あーだこーだ言われそう。て事でノートに集中しようと、ギュッと握り込むシャーペン。


手汗が凄い。

紙を濡らさないように気を配った手の配置。

ホログラマーに投影された灰田さんのノートを参考にして書き写していく。

俺の隣には灰田さん本人もいる。


教育役兼監督者だ。


「んー…」


一度授業を真面目に受けてメモを取ってみてほしいと言われ、今日初めてノートを書いた。

自分なりに説明に食いつきながらめいいっぱい書いた。書き切った。頑張ったと思っていた。

出来もいいと思っていた。


しかし。


『え、ごめん汚…。て言うか先生の言葉まで書いてるの、かなこれ…』


灰田さんの一言を皮切りに、みんなの心のうちの言葉は止まらない。


『内容だけじゃないわ! 昇也の字も汚いわね!』

『あ、先生が噛んだところもちゃんとかいてる』

『ギャハハほんまや! これ先生に見せたろ、絶対おもろい反応するで』


俺はそう。この瞬間とても恥ずかしい思いをした。死にそうで、体が熱かった。


まぁ結果として、特に字が綺麗だった蘇我さんに文字の綺麗な書き方簡単に教えてもらい、次いで灰田さんのノートをアップロードしてもらった。

そして、それをみながら書き写しているのが今だ。


みんな俺に手を焼いてくれてはいるが、各自やるべき事を犠牲にしているわけではない。

黙々とみんな手を動かしている。


教育担当の灰田さんも俺の様子をみながら自分のすべきをことを器用にこなしている。


そうした光景。


しかし、その光景に馴染めていない俺の紙のノート。みんなは大きめのタブレットを使用している。


『紙だとノート汚れたりするし借りたらどうかな』


という米田くんの進言を元に生徒指導の相川先生に尋ねたところ貸し出しは明後日になるのだそうだ。


まぁノートさえ取れればなんだっていい。と言う考えが根本にある。今のところ不満はない。


それよりも、今日の授業がキツかった。


ノートを取る取らないとはまた別の領域の話。

内容の理解と記憶。


特段授業量は多くなかったらしいのだが、俺に取っては山が空から降ってきたみたいに感じる程で、唖然とし、気付いたら押し潰されていた。


おかげさまで30分ほど保健室へゴーした。


その保健室での休憩時間、俺は自身の性質を踏まえた上で対策を練ることにした。そしてその案というものが【取り敢えず聞こえたものを全部書き切ろう】というものだった。


灰田さん曰く『すごく頑張ったと思うけど、書くことが目的になってるのはダメね』と言う事だった。

多分何にも覚えられていない、とまで言われて傷ついたが実際その通りでもあった。


だから次は灰田さんのノートをゆっくり理解を促しながら見て書くことになった。


(えーと、これが最後か…)


そんな時だった。


「わっ!」

「ふぎゃぁ!!?」


両肩にズンッと両手が乗り込んできた。


集中が過ぎたこともあり、突然の事に変な叫び声が上がる。何事かと後ろを振り返れば叫び声がおかしかったのか大爆笑している青峯さんがそこにいた。


ミディアムボブの灰色の髪が楽しそうに揺れる。


「ふぎゃぁっだってふぎゃぁっ!」

「いや! だって! いや!!」

「情けないわね昇也!!」

「……蘇我さん…俺、蘇我さんのこと嫌いになりそう…」

「許さないわ!」

「あぁ、はい…。てかどうしたの青峯さん」


そういやわざわざこっちにくる用なんてあるんだろうか。ヒラリと揺蕩う膝丈の紺のスカート。青峯さんは俺の隣に立ってみんなのノートを見ながら言う。


「いやぁー…そっちの勉強ってどんな感じなのかなぁって見にきただけー」

「ほーん敵情視察ってやつか」


古賀くんの一言。

それに青峯さんは拳銃のように折りたたんだ指を古賀くんに向け「古賀くーん、まさにそれっ」とウインクがチャームポイントのキメ顔を輝かせる。


それを見た灰田さんは。


「クラスメイトでしょ敵にしないの。青峯さんも、まさにそれっバーンじゃないよ」

「あ、そっか。じゃあ敵ってのは取り消します師匠っ」

「しっ…。ちょっと何でそのノリ知ってるの」

「そりゃあ私、耳がいいので」


そう自分の耳を指さしながら青峯さんは言った。


「それにしても今日の授業、能力についての基礎的な解釈と種類と、後歴史だったけどなんか半分くらい事前知識の反復みたいで新鮮味なかったよねー」


青峯さんの一言に、一瞬周りのみんなはそれなー、みたいな顔をしたが、すぐさま視線は俺に移ってしまう。米田くんは。


「華園くんにとってはかなり新鮮だったよね」


そう言ってくれた。


「え、うん。もう、うん。まじ無理だった」


米田くんはアハハと笑う。

そんな俺の返答に青峯さんは納得の表情を浮かべる。


「覚えるの苦手って言ってたし昨日も今日も保健室直行だったもんね」

「うん。……まぁでも、昨日も今日も保健室へは一回だけ。自分で言うのも何だけど頑張った」

「確かに頑張ってたね。授業の途中白目剥かせて手を動かす位に……いやぁ…あれ見た時心配と笑いが両立しちゃったよね。そのせいで私目立ったんだから」

「ご、ごめん…でも仕方ないじゃん!」

「まぁねー。それにそんだけ真剣に取り組んでるってことだしすっごい偉いと思う」

「そうよ! 昇也はえらいわ!」

「頑張りに対してこう言われるの嬉しいな」


蘇我さんと青峯さんの言葉に崩れかけていたメンタルが徐々に修復されていくのがわかる。


「じゃあ頑張らないとなもっと」

「応援してるぞー我が信徒よ」

「ははぁ……ありがたきお言葉ぁ」

「本当にあなた達って昨日会ったばかりなの?」


灰田さんは不思議そうに俺たちを見つめていた。


「さて、視察もそこそこに戻りますかねー。私達のグループも問題児と言うか勉強苦手な子がいるから手伝わないとなんだ」


そう言って向けられる青峯さんのグループ。

そこは今ちょうど慌ただしさを増していたとこだった。


「ねぇさんっあぁもっ、馬鹿! 違うって! 漢字が違う! それに能力発現の第一発生確認時期は2024年だって!」

「ら、雷斗くん…2025年だよ…」

「ぁ…」

「ふふーん。ねぇねぇ馬鹿雷斗ー、ちょっと関係のない話ではあるんだけどね、人を馬鹿扱いして教えておきながら自分が間違ってた事を指摘されて何にもいえなくなった人の気持ちってどんな感じなのか気になるの。賢いあなたならわかるでしょ? 出来たら100文字くらいで教えて欲しいなぁ」


中々モチャモチャとした挑発だ。

流石に気分を害した雷斗と呼ばれる金色の髪の男の子は「ねぇさん…!!」と机を叩きながら立ち上がった。形相は鬼、顔色も耳も真っ赤に染まっていた。


「なによ、関係のない話を聞いてるだけなのだけれど」

「もう寧々さんやめてっ」

「別に私はっ、ただ…興味がある事を聞いただけで…」

「俺姉さんのそう言うとこマジでキショくて嫌い」

「……半歩近いづいて。思いっきり引っ叩いてあげるわ。躾よ躾」

「あぁもう喧嘩はよしてって」

「「ギャーギャーギャーギャー」」


仲裁に入っていた前髪で目元の隠れた桃色髪の女の子は。


「はぁ……」


強くため息を吐くと空色のヘアバンドを取り出して前髪を掻き上げた。顕になった赤色の瞳。長いまつ毛。


「いい加減にしろっつってんだよクソガキどもがよぉ!」


バンっと机を叩きながら立ち上がる姿はーー


「何なんださっきから優しく止めても話を聞かねぇ火は注いでいくわ、こっちが馬鹿らしくなってきたわ! ほんとにお前らなんなんだよ! 舐めてんのかっなぁ! お前ら2人でバカ押し付けあってるがそもそもお前らが馬鹿の権化じゃねぇか! 流石姉弟だなぁ! えぇ"!!! なぁ!!!!!」


ーー男になっていた。


その姿はまさに、男。

いや。


漢。


急速的に膨れ上がった全身の筋肉、骨格もゴツくなり、一瞬にして筋骨隆々。蒸気が身体からムクムクと吹き上がっている。


制服は伸縮性が高いのか破れそうで破れないがはち切れそうなくらいには膨れ上がっている。

身長も高く…と言うか高すぎる。


元の身長は座っていたからわからないが、そこまで身長は高そうに見えなかった。すくなくとも170センチある米田くんや古賀くんよりも低い。

のに、立ち上がって顕になったその背の高さは首をくの字になるまで上げないといけない程伸びていた。


それも合わさって存在しているだけなのに重圧勘が凄い。


声なんて重厚感ある渋い声。

火焔滾るを体現する怒りがバチバチと声に乗って響いているのだから余計に恐ろしく感じる。

熊が威嚇する声よりも鈍重で、覇気が籠っている。


本当に、ギャップが凄い。

さっきまでの骨のない弱々しい声はどこへ行ったんだ。


「なんとか言えや!!!」


流石に喧嘩していた2人も、この更に爆発しかねない爆弾を目の前に舐めた態度を取ることができず。


「ご、ごめんなさい。雷斗。調子に乗ったわ」

「俺も…ちょっと血が上った。気をつける」


顔を真っ青にしながら謝っていた。

目線は合っていない。

だが、あの子? あの人にとってはそれで構わないそうだ。


「おう。マジで2度としょうもない喧嘩をするな。喧嘩する事に中身があるならいいがそんなガキみたいなのは見てられん」


あー、見かけだけじゃないんだ。

多分中身もすごい大人な感じの人だ。

口調も変わってるし、精神性含め人格が変わってるのかな。


「あの子、凄いわね…」


灰田さんも思わずと呟いた。

青峯さんは「ねー」と同意しながら机に手を置いてしゃがみこむ。俺が椅子を渡そうとすると「ありがと、だいじょぶ」と首を横に振るう。


地面にスカートがついている、そんな体勢。

青峯さんは灰田さんを見ながら言った。


「正直私もびっくり。一応ね、昨日の時点で話には聞いてはいたんだよこうなるよーって。でもほんと実際見ると分かってても驚いちゃう」


青峯さんがよこす目の先には桃色の長髪をガハハ! と笑いながら揺らす男の人。


あれを想像してと言われても、多分俺も想像できず驚いてしまうと思う。あそこまで認識とかけ離れてしまうと頭の処理が追いついてくれない。


「…ねぇ青峯さん、あの子の能力って何なの?」


灰田さんが少し興味深げに尋ね聞くと、青峯さんは思い出すように話し始めた。


「えっと…ねぇ……。あ、まず名前が吾妻音大和あずまね やまとちゃんね。で能力は…2つ…正確には3つになるのかな?」

「3つ……。2つはそれなりに見かけるけど3つはほんとに希少。逸材ね」

「いやまぁ正確にはって感じで、実際のところ2つと変わんないんだけど…。まずはアレ」


【両性の天秤】

発動条件は目に多くの光を入れる事みたい。

能力が発動したらあんな感じの男の人になるんだって。


これを発動するとその影響で能力が切り替わるらしくってね。


女の子の時に【拘束】

男の人の時には【爆発系の能力】


「になるんだって」

「なるほど…。面白い能力ね…個人的に能力使用後に扱える能力が変わるのが真新しいわ」

「ねー、新しいよね」


そんな灰田さんと青峯さんの話が終わる頃には吾妻音さんは能力を解いており、元の女の子の姿に戻っていた。前髪も勿論下ろされている。

ただ、少し違うところと言えば腰だとか腕を痛そうに揉んでいるところ。


「デメリットは骨の痛みらしいよ。まぁ骨格ごと変わっちゃうんだからそりゃそうよねとは思うけど」

「むしろ急速な変化が痛いで済んでるあたり吾妻音さんが凄いとも言えるわ」

「ね。……あ、そうだ灰田さんウィコネ交換しよ。私の家では賢そうな人とは仲良くしとけって格言があるの」


灰田さんはそんな青峯さんの冗談にふふっと浅く笑った。


「なにそれ、あっても本人の前でいうー?」

「私のモットーは正直に生きる事なので」


シュッと立ち上がり、フフンとふんぞりかえった青峯さん。早く動いたからブワッと揺らめき、持ち上がった空気。いい匂いがした。


「いいわよ全然」

「やった!! あ。あと蘇我さんと古賀くんのも欲しい!」

「別にええよー」

「いいわよ!」

「ほんとー! ありがとー!」


青峯さんを見て俺は気づいたことがある。


それは、青峯さんは友達作るのクソうまい、ということ。


何だこの円滑なウィコネ交換の流れ。全体的な空気としても嫌だみたいな空気が一切ない。

やり口が少し不自然に見えるけど一周回って自然なやり方。高等術なのではコレ。


「青峯さん」

「んー? なんだい信徒よ」

「あなたの事も師匠って呼んでいいですか」

「え、ダメ」


許可されるもの、と言う認識で言ってみたがそれは受理されなかった。


「なんでダメなの」

「え、だってそれ抄子ちゃん専用でしょ、浮気はダメだよー」

「うわっ、浮気!?」

「ちょっとー専用にしないでー」


灰田さんはもぉ〜と、少しやぶさかではない口調で否定する。


「お前もう、やぶさか抄子に改名したらどう?」

「うるさいなー」

「うわ、浮気…」


浮気…。


「まぁ私は神様だから、変わらず神として崇めたまえ。供物は喜んで受け取るぞよ」

「浮気…俺、そんなつもりはないし…けど、人の受け取り方で変わるっていうし…」

「華園くんが冗談として受け取ってくれる話の境界線の見極めって案外難しいのかもしれない」


分析するような口調で呟く青峯さんに米田くんは言う。


「まぁ華園くん森の民だったから仕方ないよ」

「ん? 森の民…?」

「ずっと森の奥でおじいさんと過ごしてたみたいなんだ」

「へぇなにそれ!」


気になる! と言った風に体を机に乗り出し俺に目を向けてくる青峯さん。とても、顔が近い。肌が綺麗だ。化粧で誤魔化してる訳じゃない。

すっごいお手入れしてんだろうな。


そんな彼女の肩を叩くのは、翡翠色の長い髪を後ろで束ねたほんわかした雰囲気の子。

俺くらいの身長の青峯さん。この子はそんな青峯さんの胸元に届く位の身長。


「そろそろ勉強しようよ。言い出しっぺは青峯さんでしょ? まだ1つの内容しか一緒にやってないよ?」


優しい声色。

けど青峯さんは少し顔色が悪かった。


「あ、あははぁ、そうです。私が言い出しっぺですすみません……。えっとじゃ、じゃあまたねみんなーーーああぁ京子ちゃん力強いー肩はずれるー!」

「外したらくっ付ければいいんです」

「知的な顔した脳筋め! 雰囲気詐欺だ!」

「知らないよそんなの。ほらー確認テスト用紙できたからやって」

「予習してないからちょっとしか出来ないよぉ」

「じゃあちゃんと勉強してください」

「はい…」


そんな光景を見て、俺たちも真面目にやらなくちゃという空気に変わっていった。


「じゃあ師匠。書写し終えたんで、改めましてよろしくお願いします」

「もぉ………。はい。よろしくされました」


灰田さんはやっぱりやぶさかでは無いらしい。

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