悪鬼が如し

朝起きて、歯を磨いて、洗濯物を取り込もうとベランダに出る。


しかし、服に手を当てるとまだ少し濡れていた。


寒さが残っていると乾き切るのも少し時間がかかる。仕方ないと二着目のカッターシャツに腕を通し、赤いネクタイを締め、鏡を見ながら襟を正す。


よくみればネクタイは少し傾いているが今はお構いなしだ。靴下を履いて、まだまだ固い紺の制服をシャキッと着込んで一息つく。


粗方準備は済んだ。


あとは…お腹が空いた、という事はないが朝に何かを食べないと気が済まない性格。


冷蔵保存じゃ無い食料品を詰めた段ボールの中を漁り、取り出すのは菓子パン。他はレンジでチンする白米など、時間のかかる物ばかり。


賞味期限の近い菓子パンの包装を雑に破り、バクバク口に放り込んでいく。


とてつもなく慌ただしい。


(いやぁやべぇ寝坊したぁ)


菓子パンを加えてドタドタ駆け足を鳴らし脱衣所に駆け込む。ホログラマーは装着しているからあとはコンタクトだけ。


(ホログラマー…こういう急いでる時とかにはメガネ式の方が使いやすいんだろうな)


慣れていないってのが原因なんだろうけどすごく手間取られる。もうこれいっそのこと青峯さんに毎日つけてもらった方が早いんじゃないかって思ってしまうくらいだ。


ほんと、地味に難しい。


小刻みに揺れる指がなかなか上手く目と噛み合ってくれない。そしたらもうね、更に焦りが湧いてくるわけ。


『昇也、焦るな。焦るだけ遠回りになる。焦っても歩け、それが最終的な良策になる』


焦るなぁー、落ち着けぇ。


と、考えるもそれが上手くいけば苦労はない。

俺は昔から焦ったら手元が狂うド緊張野郎なのだ。


(あぁアアアアアむり何これぇえええええ!)


プルプル震える指が一生コンタクトの位置をずらしまくる。上手く乗せれたと思ったら指にくっついて手元に戻ってくる。


え、何、マジック?


時間がない時に限ってこう言うことが起こるのほんとなに! なんかこうむしゃくしゃしてくる!


「あぁあ! もう! もぉう!!!」


牛になっちまうよ!!!!


ーーー


(そんなこんなしてたらもう8:20…ホームルーム30分からだってのに……はぁ)


明日するって西条さんに言った連絡も返せてない。

マジでごめんなさい西条さん。


パタンと戸を締め、踵が入り切らない固いローファを地面に叩きつけながら履いていく。


「…あっ」

「…あっ」


ヘンテコな体勢ながらも足早にエレベーターに向かう途中。


自室の4部屋先にある、見覚えしかないドアの位置と人。


朝焼けよりも真っ赤。紅蓮の髪色は焔のよう。

艶やかしい髪質に綺麗な肌がとても映えているはずなのだけれども、それを覆うのは痣とガーゼ。

加えて中身を知っていればそんなのは幻想に過ぎないと分かってしまう。


「………」


ただ、違和感があるなと思い少し一瞥。


「なに」


ギュッと目を細められる。

強く眼光は煌めいた。

顰められた眉からはとても不愉快な様子が読みとれる。けど、仕方ないだろ。


「す、すみません…。いや、もうすぐ授業始まるのにどうしたのかなぁって」


そう、この赤毛の女。


今、制服を着ていない。


オーバーサイズのダボっとした黒色のスウェットは膝丈より少し高い位。胸元に英字のロゴが小さくプリントされている。少し色褪せた色味で、首元はヨレ、手首の周りは少しほつれている。


よく使い込まれた服なんだろう。


それに合わせているのは少し長めのショートパンツのようだ。ほんの少し、服からはみ出て見える。

けど一見すればノーパンツスタイルだ。


履き物はサンダル。

片手には大きめのゴミ袋。

私生活100%の装い。


明らかに学園に向かう気がなさそうな服装と様相な訳だが、別に急いでる様子もない。

こんな当然とした佇まいに、あれ? 今日学園休みだっけ? と思うほど。


だが今日は火曜日。

週は始まったばかり。

祝日はまだ少し先だ。


そんな俺の疑問に彼女はめんどくさそうな表情を浮かべながら言う。


「謹慎処分よ、昨日の喧嘩の」


謹慎処分、その意味は知っている。

それを聞けば納得はいった。


「…何日くらい謹慎させられるんですか」


そう聞くと。


「1週間だって。その後に休んでた分を補習よ」


赤毛はすごく嫌そうにため息を吐いていた。


まぁ確かに休んでできた空白はどこかで穴埋めしないといけない。それを補う為の時間。

それが……1週間分…か。


「…すっごい、考えただけで疲れてきた…。大変ですね…」


俺にとっては昨日一日だけでも疲労困憊。

なんなら米田くんに保健室へ救急搬送されたくらいだ。到底想像の出来ない地獄なんだろう。


ほんとに想像したせいで疲れてきている。


「まぁ自業自得ではあるし、喧嘩したことも後悔してないからそこだけ頑張るだけよ」

「そっか…」


割り切った様子。

道理を蹴散らすつもりはないと言う姿勢なのか、甘んじて受け入れているようだった。


「て、あ! ごめんなさい俺もう行かないとっ。俺から話しかけといてすみませんっそれじゃ!」

「えぇ」


(やばい後7分しかない!!)


ここで誰かが部屋から出てきたら衝突事故を起こしそうだからなるべく外壁側を沿っていく。


「あっ。ちょっと待ちなさい!」

「えっ、あっ、はい!」


急に赤毛からの静止の声がかかった。


足をその場で動かしながら「なんですか!!」と後ろを振り向きながら問う。


「…あんたに貸しがあったわね」

「え…あぁ、はぁ」


パンパンに膨れたゴミ袋を肩に軽々しく携えて、歩みを寄せてくる赤毛の女。


「この1週間、私に授業の内容を教えなさいっ」


俺はその一言に足を止めた。


「え、えぇ…」


脳が一瞬パンクした。


そして慌てて戻ってきた意識がしどろもどろにかりながらも口を動かす。


「…でも謹慎、で…その…あとに補習するぅならぁ…俺、要らなくないですか…?」


当然と出た疑問。

それに赤毛はバカを見る目を向けて言う。


「何言ってんの。補習の後に試験があるの、それを合格するまで帰れないか次回に持ち越し。それに、他の奴らと授業の内容を記憶するタイミングが違うと言う事は記憶が定着するまでにかかる時間も変わってくるわ。遅れをとるわけにはいかないの。てかあんた拒否権なんてないわよ」

「お、横暴じゃないかなぁ…」

「貸しは返しなさい、じゃないと許さないわよ」


とても強い睨みが俺の心の中へ強引に割り入ってくる。


(なんだろう…)


嫌だと言えばいいのに断る勇気があんまり出ない。

なんか普通に怖い、何されるかわかんなくて。

それに、もしここで断ることができても謹慎が解けた時……。


『昇也はここが苦手なのね! でもここはとても単純よ!』

『そうそう、難しそうに見えて簡単なとこだから僕と一緒に頑張ろ』

『うん…』

『んなしょんぼりすんなよ、誰もお前を置いてかねぇって』

『そうよ。みんなで蘇我ファミリーなんだから』

『みんなぁ…!』


って時に!


『なによあんた私の貸しも返さずに勉強会…? ムカつくわ! ぐちゃぐちゃにしてやる!! ギャオース!!』


ってされそう!

みんなに迷惑かかるこれ絶対!


「………」


じゃあもう、泣く泣くではあるが従うのがベターと言うやつか。


「はい。すみません、お勉強のお手伝い、させていただきます」

「当たり前よ。本当ーー」


心底信じられない。

赤毛が発する言葉の全てに。


「ーー非常識ね」


そんな意が宿っている。


しかしそれはどっちだと俺は思う。


相手の状況や意思を顧みず、行為に対する恩を押し付けてくる。あくまでこっちからするものをさせて来るその姿勢。

人をバカにしたものの言い方。

少なくもお前は世間的な常識の輪の中にいる存在じゃない。だから俺は言いたい。


「お前が言うなよ」


と。


「は?」


沈黙が小一時間支配する。

俺が自身の失言に気付いたのは、赤毛の表情が更に曇り、頬をピクピクと軽く痙攣させ始めた頃だった。


(やっべ、心の声漏れてる。あ、これ殺されるやつそう言うやつ。やばくないこれ)


あまりの失言に謝ることすら意味がないだろうと言う結論にいきつき、俺は冷や汗を垂らした。言い訳をするのも良くないと言うか出来ないし、かと言って相手の気が休まる事なんて思いつかないし。


詰んだ。


そう、絶望気味に立ちすくんでいると赤毛の女は舌打ちをして強くため息を吐いた。


「あんた名前は」

「…華園……昇也、です」

「じゃあ昇也、私が連絡したら部屋に来なさい。大体18時くらいにお願いするわ。ご飯は済ましてからくる事、私からは何も出さないから」

「あ、ああ、はい…」


これは赤毛からの助け手なのか。

いや、なんにしてもこれ以上火種を生み出さないよう対処するしかない。


「あっ」


でも。


「あっ…?」

「い、一応伝えておくと俺…物覚え悪くて。上手く教えれないかもー…しれなくって…」

「じゃあ出来のいいノートを見せてもらって書き写してきなさい。それだけで構わないわ」

「あぁ、はい…。あぁでも、それなら俺君の家に行かなくても……」


そうなんだ。連絡先を交換してしまえば資料も渡せてしまう。俺が寄る意義があるのだろうか。


それを伝えると赤毛は一考した後に。


「…確かにそれもそうね。情報さえ手に入れば問題ないし。その代わり逃げたら半殺しにするから」


あー怖いよこの人、ほんと怖い。

森の奥で住んでた俺ですら社会向きの道徳心持ち合わせてたってのに、君はどうしてそんななんだい。

俺、人の持つ心の多様性に驚いてるよ。


「あ、えっとじゃあまぁ、取り敢えず連絡先…」

「そうね」


そうして交換されたウィコネのアカウント。


「………」


ウィコネには名前の隣にアイコンがある。

四角いアイコン。その中身は自分で決められる。


例えば米田くんなら猫のイラスト。

古賀くんは友達との集合写真。

部活仲間だと言っていた。

灰田さんは顔だけ隠してオシャレな服を見せる様にしていたり。


各人個性が強くでているのがアイコンだ。


そんな中でも極めつけと言って構わないのだろう蘇我さんのアイコンは勇ましく仰々しい家紋だ。


家紋!!!!


どうやら実際に使っている特注の家紋らしい。

とても、何と言うか…心底かっこいい。

風情がある。

桜の花と木をモチーフに華やかさと格式高さを演出しているとてもインパクトのあるアイコンだ。


に対し、赤毛のやつは未設定。

人の上半身を模っただけのやつ!

俺と一緒! なんてこったい!


てか赤毛の名前…これは……。


凛夏りんかさんで、間違いない…?」

「ええ。一応苗字はあかい糸ってかいて赫糸あかしと読むわ。呼び方は好きにしなさい」

「えー、はい。わかりました赫糸さん…」


難しい漢字だ。

文字に起こしてメッセージを送ってもらえないとわからなかった。

まぁなんにしてもこれでやり取りは終わり。

1週間の拘束は確定してしまったが、それ以上の事はなさそうだ。


と。取り敢えず終わった雰囲気のある場所から抜け出そうと足を動かした途端。


「……呼び方はいいから次会うまでには敬語取って。あんたのそれ気持ち悪い」

「きもっ、え、は? え、きも、え…?」

「もういいから、それだけだから」

「え、きもい…」

「取り敢えず授業行きなさいよ! うっとうしいわね」


そう言われてハッと意識を取り戻し、デバイスに映る時間を見て俺は駆け出さずにはいられなかった。


(遅刻だぁああ!!!!)


ーーー


慌ただしい昇也。


それは当然で、赫糸凛夏は彼が遅刻寸前なのを知っている。だが、そんなこと知らないと言った面持ちだ。彼の背を見送った凛夏は階段に向かう。


階段の近くには大きいダストボックスがある。

大きさは最大75L。

ゴミの分別も張り紙の色とマークでわかりやすい。

凛夏は生ゴミの蓋を開け、投棄する。


(いててて…本当昨日は姑息なことをしてくれたわ…)


右腕をさすればかなり痛みが押し寄せてくるようで、顔を強く顰めていた。


「はぁ…」


昨日、凛夏は10人の相手をした。


全員クラスで初めて顔合わせたメンバーだった。

けれど、赫糸凛夏と対峙する時にはとてもチームワークの取れた動きをしていた。


そしてその一つが凛夏の利き腕である右腕を執拗に攻撃する、だった。


能力の平常利用は殺傷に満たない、かつ本来の効果の5%未満であるとされている。

使用すると能力の濃度と質、位置を特定され、危険行為と見做されれば処刑されることもある。


その処罰は大体死刑になりがち。

現法では能力者の扱いに困っている節がある。

裁きが大味になるのも必然だった。


なにより、能力は従来の人類の力を凌駕する未知のものである。が、為にそう言った能力に対する処罰は人口の半分を占める無能力者が容認してしまっている。


無能力者は能力者に敵わない。


その考え方が、能力者に対する排他的な思想を強固なものにしていった。


もちろん、それは表面上ださない考え。

でもやっぱり、うち内には淘汰そのものを望んでいたりする。声を大にして言わないのは、淘汰を肯定して能力者の標的にされるのが怖いからだ。


能力の台頭。


それを起源に、見えない恐怖政治は始まっていたのである。


まぁそんな能力の使用制限下でも能力は能力。

その場に3人ほど攻撃に関する能力を持っていた為、ハンデをつけた凛夏が痛手を負うのは必然だった。

連携を取られれば尚のこと、時間が経つほどに相手の攻撃の精度は高まっていく。


結果として、一時的に利き腕が言うことを聞かなくなるくらいにダメージを負っていた。


しかし赫糸凛夏は頑丈で、強情で、負けん気が強く、そもそも勝つ事を当然とする為に虎視眈々とひとりひとりの隙を狙ってもいた。

時には自身の頭蓋を使い、時には肘や踵も使った。


何でも使った。

それが気を失った人間であってもだ。


能力を使わずともまとめて相手をできる。

そう豪語され、あざけていた10人。


その10人は、凛夏の実力を目の当たりにしてバカにする余裕を持つ事ができなかった。


冷や汗が垂れ。

唾が飛んで。

血が垂れて。

足が震えて。

次の瞬間には自分にあいつがくると思わせるほどの気迫に当てられて。


攻撃すれば4発の殴打や締め技、姿勢崩しなどのカウンターが入ってくる始末。

それも1発1発ずっしりと重たく、食らった直後はかなり体に響く。


更に時間が過ぎれば安易に動く人間はいなくなっていた。攻撃に躊躇いが見て取れる様子は凛夏にとって大きな隙でしかなかった。


赫糸凛夏。


彼女が置かれている状況は1:10の集団暴行。

一見勝ち目はなく、一方的な状況。

圧倒的に不利なはず。

疲弊度合いだって10人を相手にする凛夏の方が断然酷い。


加えて能力を使用しないという縛り。

明らかな舐めプ。


なのに、勝てないという実情。


それを人は「個としての強さ」と言った。


逃げる、降参する。

タカも覚悟も括らず面白半分で参加した奴は泣いていた。しかし執念深く、もとより全員を倒すつもりの赫糸凛夏にとって、それを見逃すはずがなかった。


荒く、熱い息を吐き出しながら追いかけてくる姿は悪鬼が如し。


この喧嘩の火付け役になった2人は戦い続けることを選んだ覚悟をもった人間だった。しかし、やはり数が減る程に隙が更に増え、底をついていた余裕が一段となくなっていく。


赫糸凛夏を目の前に足がふらふらで、頭も働かない。

口の中には血が弾け溢れている。

全身痛く、節々の動きが鈍い。

でも逃げられない。

喧嘩だって仕方なく選んだ道であり、慢心していたとは言えこんな結果になるなんて思ってもいなかった。


これ以上痛いのは嫌だ。


ならいっそここで死んだふりでも決め込んで見ようか。そう考えた、対峙する最後の1人。


身長の低いの女の子。


だがしかし、そこでハッと思い出す。


形勢逆転が露呈した瞬間、気絶したフリをしてやり過ごそうとした子がいた。バタンといきなり倒れ、白目をわざとらしくむけている。

かなりわざとらしい逃避だったが、明確な降参の表意でもあった。


だが凛夏は認めなかった。


凛夏は倒れた女の子の胸ぐらをギュッと握り、持ち上げた瞬間グンっと力いっぱいに殴り倒してしまう。

気絶したいなら本気で気絶させてやる、そんな一撃。


わざとだとしても怯えて倒れた奴を殴りにいく姿勢、イカれていると言える。それにその後も気絶した子は盾や剣のように扱われた。

人間のする戦い方じゃ無い。


だから倒れるわけにはいかないと、低身長の子は最後まで立っていた。


極限的な状況。

息も絶え絶え満身創痍。


どうにかしよう、打開しよう。

崖っぷちの状況が生み出す思考は、理性を簡単に跨がせてしまった。女の子は思わずと発動の構えを取った。


それは法律の壁の先にある世界の一撃。


威力が上昇を始め、女の子の毛が逆立っていくーー瞬間、その子もまた、凛夏の手によって事切れた。


当然その後は騒ぎを聞きつけてやってきた沢山の強そうな先生に抑えられた。


周囲にあったベンチやゴミ箱は散乱し、柱には血がベッタリとついていて、状況は阿鼻叫喚。しかし赫糸凛夏だけは平然とした面持ちで、普通に先生に連れられ保健室へ。


治療を受けた後は説教と処分の言い渡しをされた。


そんな奮闘をした初日。

複数相手にハンデを与えて捻り潰したと言う事実。

そうした話が広まらないなんて事はあり得なかった。


赫糸凛夏、彼女についての話は瞬く間に広がり。


「す、すみません…寝坊です……」

「おー、昨日よりかは早いから許そう。早く席につけ」

「すみません、ありがとうございます…」

「さぁすがハッシー心ひろーい!」

「おい古賀ぁそのあだ名なんかいいなぁ続けろー」

「公認になるとか微塵も想定してなかったんやけど」


肩にかけた鞄を下ろして席に座る。

少し冷たい椅子が、服越しに伝わってくる。


前を向けば橋田先生が「全体連絡がある」と言った。


「昨日、喧嘩があった。能力は制限を超えて使用されていなかったそうだ。だが、能力は喧嘩に使うものではない。最悪…いや、一つの匙加減で簡単に人を殺せるものだ。何だったら街も容易に吹き飛ばせる。だから仮想戦闘以外での使用はするな。範囲内であれば許可はされているが原則禁止だ。みんなが知っている通り能力者への罰則は重い。簡単に処刑される。気をつけろ」


そんな注意を促す話の中、教壇側の前席、窓際の2人の女子生徒はコソコソと話していた。


「え、なに喧嘩って」

「昨日の放課後くらいに1人対10人でしたらしいよ」

「え、リンチ? その1人の子大丈夫なの?」

「大丈夫らしい? のかな。というか確か全員返り討ちにしたらしいよ」

「えーウソ絶対盛ってるっしょ」

「いやぁなんかー…目撃者は何人かいるんだよね。その人に話聞いたんだけどめっちゃやばかったらしくてさー名前は…赫糸凛夏さん? 獣みたいに暴れ回ってて、下手なスプラッター映画より怖かったって言ってた」

「ふーん。まぁ能力者同士ならそうなるのもおかしくないか」

「いや、能力使ってなかったらしいよ」

「え、でも先生使ってたって」

「その赫糸凛夏さんだけ、能力使ってなかったみたい」

「お、女の子、だよね…名前的に」

「うん」

「やばぁ、強いというか最早恐怖」


半笑いを浮かべる聞き手側。

しかしその話は相槌を打つ人以外にも聞こえており、伝播した情報は華園昇也の耳にもしっかり届いていた。


『は、はい。すみません、お勉強のお手伝い、させていただきます』

『当たり前よ。本当非常識ね』

『お前がいうなよ』


一応、あの瞬間何もされなかったけど、もしかしたら次会った時にされるかもしれない。

覚悟だけしとこう。


昇也にとって、赫糸凛夏という存在は嫌な物の権化と化していった。

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