寮の夜 1
それからの事。
話す事は話したし疲れもあるのでと、蘇我さんを皮切りに各自寮へと向かった。
寮での生活は俺も例外ではない。
相川先生がそこらへんは設定しておいてくれたんだろう。メールに届いていた寮室の案内に従って歩いていく。今朝方の失敗を糧に向かう方向など確認しながらだ。ただそうしていると必然と時間がかかってくるもの。
4月の夜はまだ寒い。
学舎の窓から覗いていた大きな寮棟。近くで見るとより大きく高く感じる。森に生えてた大木と双璧をなす…は盛りすぎか。
寮を区切る外壁。出入り口となっている大きなデザイン性の高い門をくぐり、中に脚を進める。
広めの中庭。草木花の伸びは自然そうに見えてよく見れば全て均等な高さ、長さで生えていた。
とても手入れが行き届いている様子。
寮の入り口までにはまっすぐ道が伸びており、大きめで四角い白色の石タイルが敷き詰められている。
月光の頼りない灯り代わりに差す、等間隔に置かれた白い光を下ろす街頭。地面からも棒状のものがニョキっと等間隔に生えている。
同じような白い光が辺りを照らすから一帯は暗がりを感じさせない。
長椅子や噴水がある。
夜であっても問題なく利用できそうだ。
寮の真下。
ホログラマー認証を用いて自動ドアを潜り抜けて入るエントランス。入れば外気の温度とは違ってとても暖かかった。匂いは柑橘系の匂いが漂っており、スッキリとした印象を持つ。
というか、そもそも縦にも横にもとても広いエントランス。何を置いてもスッキリしそうだった。
中はオレンジ色の光が煌々と刺していて、壁や床の材質、色味から全体的に高級感に溢れている。
観葉植物のほかに支柱の周りに置かれた黒を基調としたソファー達。見た目だけだがとてもフカフカそうだった。
配達物のスペースは階層ごとに作られているようで、入って左手に16個のスペースが鎮座していた。
そして17個目に当たる場所には自動販売機の集合スペースが。飲み物の他に栄養ドリンクやお菓子、パンといった食料品も立ち並んでいる。
全体的にエントランスでもくつろげるよー。
朝早くてもここで買っていけるよー。
という配慮が見てとれる。
学園所有の最新の寮とは聞いていたがここまでいい場所だったなんて想像していなかった。
(ここでの生活楽しみだなぁ)
なんて惚けながら構内案内を見て、エレベーターがある場所へと向かっていく。その先で、俺は。
「……!?」
雰囲気勇ましい背中を誇示する、あの女を。
赤毛の女を目撃した。
丁度柱から顔を出した時だった。
バレたくないと思いすぐに身を柱に隠す。
(げっ……エレベーター相乗りしたくないんだけど……)
エレベーターは全部で6つ。一箇所にまとめて置かれているが混雑の内容にそのスペースは大きく取られており、尚且つエレベーター自体大きいらしい。
まぁ数はかなりあるし、赤毛の女はエレベーターを待っている様子。もう少し待てばどこかへいくだろう。
けど、それはそれで赤毛の女に待たされている感があって釈然としない。
そう思い、辺りを見渡すと非常口の緑のマークが目に入った。鉄扉、縦長のガラス景色の先には階段が佇んでいる。
(あ、階段あるじゃーん)
俺はそそくさと近寄り戸を押す。
途端、開閉する重たい音が結構しっかり目に響いた。
「あっ…」
焦りが湧いて慌ててドアの内側に入り、すぐに閉めて階段を駆け上がる。
「………?」
別に…追いかけられてるわけでもないのだけれど…あんまし会いたくはない。一度も縁が無かったのであればエレベーターに乗ったんだけど、今朝出会って顔もおそらく覚えられている。
何か話しかけてくるのは想像できなくもない。
でも俺はあいつとまともに話ができるのか分からない。苦手な人間との会話はどうやら潜在意識的に拒絶反応を起こすようだ。
気まずいとかそんなレベルの話じゃない。
ただ、この経験はある意味有益だったと言える。
初対面での印象、それが全て。下手な対応はしないようにしようと言う反面教師の意思が固まった。
駆け上げる足。
階を跨ぐにつれて緩めていき、部屋のある3階に着く頃には普通の速度で歩いていく。
(にしても、まさか赤毛と一緒の寮か……朝とか会ったらどうしよう……無視しててもなんか平然と酷いこと言ってきそう)
まぁでもそれはまた明日にでも考えよう。取り敢えず今日はちょっと疲れた。
いや、頭使いすぎてだいぶ疲れた。
ベッドにでも沈み込みたい……けど、あー、そうだ。荷解きしなきゃいけないからまだ動かなきゃか。
(めんどくさーい)
疲れた時は決まって心の中で正直言う。
そうすると少し気分が解放されるから。たまに副作用でそのままネガティブになっていくこともあるが…押し込めるよりはマシだった。
事前に発送されていた寮の鍵。
まだ家の前ではないのだけれど、ポケットから鍵を取り出して手の中で軽く遊ぶ。
(なにから荷を解こうかな…。やっぱまずはベッドからだよなぁー…)
重い腰、重い首。部屋に近づくほどにどこか重たげになっていく鍵。
(あーやばいちょっとスイッチ入ったかも)
そんな体。
廊下を見つめながらゆったりと歩く先、目に映った傷の多い細い脚。
「あ、すみませんよそ見してまし……あっ」
赤毛だぁあああ!!
「……なに?」
てかそれよりも何その顔!?
なんでガーゼまみれ!?
ちょっと額腫れてない!?
足の傷とか打撲痕とかなに、怖い!
「え、あ、今朝はどうも」
「…あぁ。…そうね」
会ってしまってはしかたない。そう割り切って取り敢えずと今朝方のお礼をしている、と言うテイを作り出す。赤毛はそんな俺を一瞥し、少しして思い出したようだった。
まぁ赤毛が俺のことを覚えていなかった、とかはなんでも良くて、それよりもその傷の正体が気になって仕方がない。
「ど、どうしたんですか、凄い傷だらけ…」
だから会話をすることにした。
赤毛はため息を吐く。吐いて、少し間を置いてから口を開けた。
「ただの喧嘩よ。女同士のね」
「け、喧嘩…」
「まぁ私だけ能力なしのハンデつけて複数相手してたから傷は流石に多いわ」
学園始まってまだ1日目でなぜ喧嘩に発展するのか甚だ疑問だ。どうしてそうなったのか聞いてみたい、そう思ったが赤毛の性格を鑑みれば結論に至るのはそう難しくはなかった。
俺との出会いはほんの数分もない時間。
でもそれだけで嫌いになれてしまう性格をしている。
そんな俺とは違い教室が同じ人はもっと長い時間一緒で、そしてこれからの共存が確定している。
人を見下している言動を目の前に事が起きないと言う方が不思議な事。まぁそれでも暴力は良くないと思うが。
スーッと右から左へ流れるように顛末が予想できた。
「な、なによその目」
それも相待ってヤバいやつを見る目になってしまった。
「……仕方ないでしょ、歯向かう奴を従わせる為には圧倒的な個体の強さを示ないといけないんだから」
何故その横暴さを全力遂行する姿勢をしなくちゃいけなかった事みたいにして言えるのか。正当性は全く感じられない。
「…そ、そう……ですか」
こいつは根っからの野蛮人だ。
高慢で傲慢。
危ない人って感覚は初めから間違いじゃなくて、なんだったら強いってのも予想通りだった。
やっぱり関わるのはよした方がいい。
さっさと帰ろう。
「休みたいはずなのに呼び止めてすみません」
「別に。……じゃ」
「はい、お疲れ様でした…」
パタンと閉まるドア。踵を返した時に漂った香りに汗の様な臭いはなかった。女の子特有のいい香りの様なもの感じる。
いや何を感じ取ってるんだ俺。
俺もさっさと新居に足を入れ、廊下をトコトコ歩く先。ドアを跨げば段ボールの山。
「はぁ……」
初めての自室に舞い、歓喜し、余韻に浸る。
なんて余裕のないダンボールの山。
まっさらでピカピカの木張の床。カーテンもかかってないベランダの戸から注ぐ月明かりはもう今日1日が終わりに差し掛かってるぞと突きつけてきている。
「さっさと…やるかぁ……」
昇也を中心に甘い香りがふわっと漂い、その瞳には牡丹色の綺麗な花びらが一枚咲いた。
(俺はお掃除マスターで判断も動きもとても速い人)
みんなが言う能力。
それは俺も持っていて、じっちゃんにそれを鍛えてもらっていた。
能力使用頻度と練度の面で言えば、一年生の中ではおそらく高い実力を持っていると考えられる。
あくまで現時点の話だ。予想に過ぎない。
でも、少なくとも10年間毎日使い続けた能力。
単純な予想なら、同じ年齢、同一の能力を行使した時に俺が劣る事はまぁないはずだ。
これは慢心ではない。自負であり、事実。
じっちゃんもお前はそこそこ生物として強いといってくれた。あのじっちゃんが太鼓判を押すんだ、弱いわけがない。
自分で言うのもなんだが野生動物ですら殴り倒せるし、足だってとても早い。
事実が積み重なるほどに自負する気持ちが強くでる。
ただ、俺の能力…超催眠? の利用方法通常の利用と違って基本自分1人に使い続けてきたもの。
他人へ催眠・幻惑をかけることも出来るが森の生活が4年目あたりになってくると小手先の技が必要じゃなくなっていた。要は速攻殴り倒す、斬り倒す、それが可能になっていたわけだ。
この結果はじっちゃんが望んでいたもので、そのための今までの修行でもあった。
だからこそ言える。
催眠術の練度はあれ以来上がっていないのだと。
少し中途半端なところまでしか磨き上げていないのだと。
故に催眠の練度が高い相手にはほぼ確実に負けるだろう、という弱点を灰田さんに指摘された。
彼女曰く。
『普通、同じ能力者には同系統の能力が効きづらいの。そのかかりやすさの点は各々の練度の差で変わるらしいけどね。…でも華園くんの場合正規の使い方じゃないから練度的な差が顕著に現れて簡単に催眠にかかってしまう可能性がある』
『……んー、なんとなくわかるけど、それっていうほど問題視することなのかな』
『することね。一つは催眠をかけられた華園くんが超催眠をまとって味方を襲うように仕向けられる可能性がある事。要はうちの主砲が敵につく可能性があること。もう一つは同じ能力者、特に催眠とかの干渉系能力者は「術を受けている人の能力」を「解除」することもできるの。やり方を話を聞くところで例えるなら…相撲ね』
『相撲…』
『同じ階級で脳という土俵を取り合う。脳の中から相手を押し切った方が勝ち。…でも、そう言うのが華園くんにはまだ全然できないと思うの。一つのグループに1人でも精神干渉系がいれば安心していいって言われてる中で、精神干渉系を持ちながら対処できないと言うのはかなり問題だといえるわ』
『なる…ほど……』
指摘されれば納得もできる。
多少頭が混乱したが、要は催眠術に対抗できないと困ると言う話。
そんな指摘を前に、蘇我さんが声を上げた。
『でも昇也はどちらかと言えば主砲・前衛よ! もとより精神干渉系として見ていないから考え込むほどでもないわ! それに能力者以外にも干渉を解除する術として強い意志、抗体呪符があるわ! 精神干渉系がいない編成と同じ様な対策をするだけね! まぁでも! もしそれが出来たら棚からぼたもちね!』
『……まぁ、それもそうね…。今私あーだこーだ喋ったけど蘇我さんの言うとおりだわ。ごめんなさい。…ただ、意識はしておいてほしいかもしれない』
俺の能力は、あくまで個体的な強さをあげる身体強化系の能力として使われている。だが、その使い方は応用的なものであって元の使い方ではない。
つまり、超催眠の特別秀でた部分を殺して身体強化として扱っている状態。
これは、勿体無いと言えてしまう。
だって本当なら少なくとも二つの使い方ができる中で身体能力強化という一つの部分しか使わないのだから。
求められるならその部分を強化していく必要がある。
今後の目標が一つ追加された。
それに、今まで俺が相手にしていたのは1対1。
でもこれからは複数人が相手になる予定らしい。
1人に対してひとつの手札だけでは足りなくなってくるだろうし、この身体能力だけで突破しきれない場面に出くわすとも考えられる。
加えて。
『チームプレイを意識した時、個々人の能力を様々と使えれば戦術や作戦の幅が広がるわ!』
という話も聞けば超催眠の催眠・幻惑の部分を強化しない訳にはいかない。
そういった方面の話を思い出していると、チラつく赤毛の姿。あの女は初日で喧嘩を引き起こすほどに横暴だ。チームワークを乱すのは目に見えている、と言うか裸眼で見せられた。
(そう考えたら、あの赤毛がいるクラスって大変だなぁ)
赤毛は相当強い。
それは雰囲気というか直感的なもの感じ取れていた。
溢れ出るほどの強者の素質を携える赤毛を力で黙らせるなんて事はかなり難しいと想像つく。
そんな赤毛とは、いずれかちあうんだろう。
(実力は未知数だけど首がもげる位には高そうな壁だし、その時が来るまでに可能な限り自分の実力を高めておく必要があるな)
俺は強い。
けど慢心してくつろげる程強いわけではない。
じっちゃんの評価でそこそこ。何をてっぺんに置いて比べてるのかは知らないけど、届きうる頂には遠く及んでいない。
じっちゃんは言った。
慢心するなかれ、鍛え続けるべし。
見える頂、それ幻惑故に怠るべからず。
逃亡それすなわち死、直進こそが生きる可能性。
疲れても歩き続けなきゃいけない。
強さの頂点に立てたなんてただの誤認。
強くなるためには頑張るのを止めてはいけない。
核心をついているのだろうこの言葉達は愛用している。
「…よしっ」
最後の仕上げ。段ボールの奥底から出てきたベッドのシーツと毛布をバッサと乗せて荷解き終了である。
時刻は19時30分。
設置した壁掛け時計の調整はちょうど終わった様だ。一人暮らしには大きすぎず狭すぎずと言った広さ。
さっきまで床が丸見えだったがカーペットを敷いた。
ホイップベージュのモフモフするカーペットだ。
冷たい床から足を守ってくれる。
壁の色調が学食と似ている。
壁の下側がブラウンに染められていて全体を見るとデザインの一つとして映えている。天井は真っ白ではないが白身がかっている。
元からついている天井を全面明るくするシーリングライトは眩しすぎず丁度いい明るさなんだけど…全部で16色の色設定。んー、意味があるのかとも思ってしまう。
(ほへぇ…疲れたぁ……)
ここに届いてるもの全部じっちゃんの仕送りだ。
だからじっちゃんの好みが強いのか、白を基調としたものが多い。ベッドもフレームは焦茶だが、マットレスから布団、枕まで白い。
カーテンやキッチン用品もだ。一応観葉植物などで単調な色味を調節してくれている……。
なんか森で住んでた家よりも断然オシャレって奴な気がする。
敢えて言うなら備え付けの赤色の冷蔵庫とかが浮いて見えるが、まぁ悪くはない。
ただ白が多いということは汚れも全体的に目立ちやすいということ。だからだろう。それを見越して漂白剤がやたらと入っている。
洗面台下のスペースは漂白剤の箱でパンパンだ。
そんな漂白剤の山を入れていた段ボールにはメモ書きがひとつ。
『3日に一回洗濯しろ』
との事。
正直毎日自分の服を手で洗ってたから別にこれに関しては腰は重くない。
「……レシピ本なぁ…」
和食、中華、洋食、タイと取り揃えられたレシピ本。
本は古本で、年代を見てみると2020年と書いてある。
20年前の本とはいえ、料理の変遷もここから大きく変わった事はないと聞く。
安心して使おうとパラパラと捲りつつ、内容の入ってこないものを見ていても意味ないかと、パシッと本を閉じて保管場所に戻してから背伸びする。
「取り敢えず……」
お昼ごはん、うどん以外の記憶がないとは言え結構食べたはずだった。
けど、腹の音がなる程にはお腹がすいた今日の頃。
今日のご飯はレンジでチンする惣菜と米を使うことにした。じいちゃん的には非常時用なんだろうけど、また買い足せばいいだろう。
と言うことで。
「いただきます」
ーーーー
「ごちそうさまでした…」
さてご飯も食べたし風呂入るかぁ。とゴミを捨てて衣服を用意する。新品の衣服は不思議な匂いだ。
(さて)
新居初のお風呂。
今までの「お風呂」と言えば、ただただ冷たい水に体を放り込んで雑に洗うことだった。
それに対する感情は苦痛極まれりと言う一点のみ。
その気持ちは何年経っても変動する事はなく、次の日にはもう2度と入りたくないと思っていた。なんだったら今も思っている。
トラウマだ。
でも、俺は知っている。現代のお風呂は、そう。とても、暖かい。暖かい水が出てくるのがお風呂と言っても過言ではない。
実は今日お風呂に入ることを密かに楽しみにしていた。
足はとても軽い。
浮いてしまいそう。
鼻歌が頭を突き抜けて空を舞う。
準備も終わったしいざいかん!
と、思っていたが。
(そういやぁホログラマーを着脱しなくちゃいけないんだった)
面倒臭い、がこれを終えなければ風呂には入れない。
コンタクトレンズ、青峯さんにかっこいいと言われるがまま選んだものの、メガネより扱いを知らない代物。
袋に入っていた説明書を手に取りパラパラ止めくる。
(使い方…外し方……)
そんな時だった。
Prrrrと、音が鳴る。
視界右上に小さく着信と書かれており、応答の可否を問うものと、着信元の名前がでていた。
そこには。
「葵……青峯さんか。どうしたんだろ」
俺は応答のボタンを押すことにした。
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