古賀と灰田【1】

米田くんの後に続く質問はなく、じゃあこの話は終わりという事で幕を閉じた。


その後灰田さんの捜索部隊を結成し、あっちこっちと探し回る。各自見つけたら個人ウィコネに連絡とのこと。そうして20分くらい走り回っていると連絡が届いた。


『灰田見つけた。ちょっと話す。取り敢えず捜索は終わり』


古賀くんからのメッセージ。みつけた場所は3号館の食堂らしい。見つかったならよかったと俺はほっと胸を撫で下ろす。

けどなんで食堂…? と首を傾げざるを得なかった。


ーーー


昼時の混雑を終えた食堂は厨房だけが騒がしく、イートインスペースは閑散とした雰囲気。

疎らにくつろぐ生徒達はダチと一緒な事が多い。そんな中でポツンと1人、不機嫌そうに3人用のソファー席を陣取ってパフェやオシャレなスイーツをパクパク食べてる灰田がいた。


「よっ。美味そうなもん食ってるな」


有無を聞かずに隣に座ると更に不機嫌そうに眉をひそめた。それに対して灰田が何かを言うわけでもなく、そして俺も無駄に話しかけるのではなく口を閉じる。

ただ、小さく切りわけたスイーツをその小さな口に運び込んでいく灰田の様子を見ているだけ。


「……私が食べてるとこなんて見て、何か面白いの」


暫くして、灰田はそう俺に目も合わせず言った。喋る時は口に物がなくなってから、そう言う下品にならないマナーを守っていた。


「あー。いや、面白いと言うより、そんな顔して食べてるから美味しくないんかなーって」

「……」


俺の一言に手が止まる。

灰田は鼻から軽く空気を吐いて、そしてやっぱり目も合わせない。でも料理にはリスペクトがあるようで、不服そうな言い方だけれども、ちゃんと「美味しいわよ」と小さく呟いた。


「そっか…。ならええんよ」


また、静かになる。

カチャカチャとしたカトラリーの音と灰田の咀嚼音がよく聞こえる。今食べているのはレアチーズケーキ。匂いは香ってこないが見た目が高そう。やのに、ちゃんと食欲をそそる。


美味そうやな…。


「なぁっ。そのレアチーズケーキ一口くれよ」


空けていた灰田との距離を拳一つ分に詰めながらそう言うと流石にこっちを向いた灰田は。


「はぁ? 嫌なんだけど自分で買えば」


そう言いながらその場から腰を上げて俺から距離を取った。


「んー! お願いっ、一口だけっ。一口代金払ってもいい!」


と、懇願する俺を前に、また目線を外す灰田。

沈黙が続く。

でも、それは灰田自らなんとかしてくれた。


「……私は別に間接キスとか気にしないけど。古賀は」

「知り合いのなら問題ないな」

「そ…。一口100円ね」


と、言って切り分けたレアチーズケーキ。フォークの上に乗る量を見て俺は絶句した。


「え…フォークにサイコロ3個分くらいの量しか乗ってないんやけど」

「100円ね」

「あ、はい」


本当に量が少ない。一応レアチーズケーキと、その下に敷いてあるレモンソースのかかったクッキー生地。どちらも入れてくれているが、こんな量試食でも見たことないぞ。


まぁでも、もらえるだけありがたい。ので、一口口にする。

あー美味いわシンプルに。


「これええな美味いわ。ソース二つかかってるんやな、甘いのと酸味強いのと」

「正解」

「レアチーズケーキ自体も濃厚やし、鼻に抜ける香りがええわ。安もんとは違うって感じする」

「そりゃそうよ、一個3,500円するもの」


!!?


「下手なケーキ屋でももっと安いって…」

「でも美味しいでしょ。チーズの風味と濃厚さが舌にじんわり広がる感じ、私好き」

「へぇーこう言うの好きなんや。すっきりした後味のがレアチーズケーキに多いからちょっと俺は新鮮やったな」


そう言うと、少しこっちに目を向けながら「嫌い?」と問うてきた。


「んー、いや普通? これもありやなぁって感じ。俺が一番好きなのはやっぱスッキリしたやつやな」

「ふーん」


興味なさげな相槌。

けれどそれで構わない。少なくともさっきよりかは話ができてる。目も向けてくれている。


「灰田ってご飯とかスイーツ好きなんか?」


食べることが好きなのは見てればわかる。量を摂ってるのも一回の食事で満腹にならないからではなくて、単純にいろんな味を楽しみたいからだろう。今もそうだ、レアチーズケーキ、パフェ、チョコケーキ、ババロア…。


昼飯の後は死にそうな顔をしてたよな…。それに、あれからまだ1時間ちょっとしか経ってないし…平気で食べれるってことはあれか? 消化が早いのか?


ちょっとした灰田の不思議な部分に考えを回して返答を待っていると、灰田は何口かデザートを口にしてから言った。


「……好き…大好きね。だから、1人でご飯とかスイーツの美味しいお店巡りしたりしてる」

「お、マジ」


なら丁度いい。


「じゃあさ今週の日曜日でかけへん?」

「……」

「俺も結構食べるの好きでさ、食べログとかインスタとかで……ほら」


このままでは今の状況的に真意ではないと思われてしまう。つまりは間を取り持つためだけに好きなものを合わせにきてる、そう言ってると勘違いされてしまう。それを阻止する為にウィコネに俺が撮ったご飯やスイーツの写真、お店の店主とのツーショットを送りつけた。


「…なんでツーショット…」

「俺の行きつけの店でさ、デミグラスのかかったオムライスなんやけどなこれがまぁー! 美味いわけよ。一時期ハマって毎日行ってたら仲良くなって、なんとなく写真撮りましょー! みたいな感じになった」

「流石に私でもそんな流れには持って行ったことないわね…」

「まぁ俺もこの人が初めてやな」


少しは疑念が晴れたやろうか。

こう言う時は思い切って言ってみんのも、正しかったりする。


「別に俺さ、お前の機嫌取りたい為に話してんちゃうからな」

「………」


返事はない。けど、少しピリッとしていた雰囲気が柔和になった感触があった。あんましむけてくれなかった目線がこっちを伺うように向けられる。


「やから単純に灰田が美味しいって思うとこ連れてってくれへんかなーって思ってさ。…どう? 日曜」


長く。


「………」

「あかん?」


静かな。


「……」


沈黙。


「………」

「……まぁ、別に無理してって訳ちゃうし、今度またさそーー」


空気的に諦めてこの話題を終えようとした時、灰田はそんな俺の言葉を遮って言った。


「空いてる」


とてもか細く、小さな声。

でも確かに届いたOKサイン。


「……え、ほんま?」

「ほんまよ、ほ・ん・ま。…嘘言って何になるのよ」

「それは…そうやな! すまんすまん」


少し笑って言ってみれば、眉間に皺を寄せておちょぼ口にもした顔が無理のない表情へと変わって行った。


「じゃあ今夜にでも電話しながらどこ行くか決めようぜ」


それに灰田は小さく頷いた。


「……ぁ…でも勉強とかもしたいからあんまり遅くまでは付き合えないわよ」

「おっけー。今夜は寝かさないぜパターンは無しってことね」

「元からそんなパターン存在させないで」


もーっと息を吐く灰田。やっぱこいつかわいいな、なんて心のうちに留めて腰を上げる。


「取り敢えず俺はみんなんとこ戻るけど、灰田はどうすんの? 帰るんか?」

「……」


灰田は一考する。して、少し目を逸らしながら小さく、躊躇うように。けどちゃんと「戻る」と一言呟いた。


「……まぁ、蘇我の我の強さは尋常じゃなかったよな」


灰田の今の不満を形成している核は割れている。不満の真ん中を突いてみれば、灰田は「ほんと。気分最悪よ」としっかり怒りの感情を乗せて言葉を吐いた。


そんな灰田を見て、やっぱり申し訳ないなと思う気持ちが強く出る。


「…ごめんな、灰田」


そういうと、灰田は「急になに?」と返した。


「…いや…正直、灰田が言った言葉、俺も思ってたからさ。それに多分他の奴も。…でも蘇我があんな言い方するのも何か訳があるんかと思って言い出せんくてさ。…それで黙ってたらさ、灰田が言ってくれたやん? そう言うつもりなくとも代弁してくれててん」

「……私がノンモラルって話?」

「ちゃうわ! 曲解やめろや!」


少し声を大きめにつっこむと、灰田はイタヅラな笑みを浮かべながらクスッと笑っていた。


「冗談よ。で」

「でってなんだよでって。……まぁ。なんつーか…だからさ。蘇我の雰囲気的にな? あの話にはなんでも言い返してくるんだろうなって分かっててん。けど、あれに対してちゃんと文句を言わなきゃいけないってのも分かってた。…けど俺言えんかったし。それを灰田だけに喋らせて、お前だけに嫌な気持ちにさせたって事がさ、ほんまに申し訳ないって思って…、ほんまごめんな」


カツカツと、ローファーの音を鳴らしながら俺たちは静かに歩く。2人きり、目的地は集合場所に指定した、くつろぎやすい場所。さっきの庭園だ。

食堂からは少し歩く。


「……それは、古賀が謝ることじゃない。私が言いたかったから言った訳だし」


灰田は、少ししてそう呟く。

けどそうじゃないを


「そこはそうかもやけど、俺たちだってお前の味方につけたはずやったから……。うん…。傍観したのはマジで悪手やったって後悔してる」


そこまで言うと、灰田は意外そうな口ぶりで言った。


「古賀って見た目と言動に反して生真面目ね」

「は!? いや! ぁー………うん。…それは…否定しやんわ」

「しやんのかーい」

「そこは、自覚しとるからな」


灰田はそんな俺の開き直った自慢顔を見て笑った。


「へんなのー」


と、楽しげに。

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