曽根田山の神のうどん 2
「どっせいやぁ!!!!」
バゴンっと下に引いているまな板に力強く叩きつけられた小麦の塊が一つ。叩かれてまとめられ引き延ばされ、それを繰り返しの光景を厨房のリアルタイムな光景。それを映しだす大きな液晶を俺たちは今見ている。
「気迫が段違いね…私ならこうエイッで疲れちゃうかも」
「なんだお前か弱可愛いかよ」
「もぉうっさいっ」
「虎宇治!」
「なんだー蘇我ぁ」
「私はあの一振りで厨房を破壊できるわ!」
「お前の可愛さの概念は暴馬から生まれてるのか?」
「それは褒めてるのかしら! 褒めているのね! ならいいわ!」
「……米田ぁ、俺こいつの脳みそ欲しい」
「虎宇治! それは私に求婚を申し出ているという事かしら!」
「俺とこいつの頭掻っ捌くから入れ替えたら治癒能力で治してくれへんか」
「でも私達はもう家族よ!」
「古賀くんも中々ファンキー…」
返す言葉が思いつかないと、米田くんは息を吐く。
しかしこんなに騒いでも周りの喧騒が掻き乱してくる。並んでいる列の後ろを覗けば長蛇の列。席もだんだん埋まってきている。それだけで凄い人の重圧感。
俺の身長が高くないのもあるんだろうけど、中々、人がこんなに束になるだけで圧力があるもんなんだと呆気に取られる。セレモニーの時は緊張してたから今ほど慄いていなかったけど怖いな、なんか。
圧迫感がある。
「………」
俺の身長は160センチ、らしい。
じっちゃんが言うには、だ。男子の身長としては高くはない。けれどまだ16歳、通常の学校的にいえば高校入学したばかり。まだまだこれから伸び代があると言える。
けど現状、そんな俺の目線を基準に見れば蘇我ファミリーの身長は総じて上だ。
この中でなら蘇我さんと身長が近いが、それでも5センチは離れてる感じがする。少なくともほんのちょっと軽く見上げないといけない。
灰田さんも蘇我さんくらいか。
米田くんと古賀くんが170センチとかそんくらい。すこし米田くんの方が高めな気もする。話す時は少し見上げないといけない。
そう言う要素で格差的かものを意識をすると、どこか孤立感とも孤独感とも言い表しにくい感情が襲いにくる。んー、劣等感とも違うなぁ、なんだろう早く追いつきたいなぁみたいな気持ち。
焦りに近いのかな。
(まぁでも身長なんて育ってみないとわからないし。今のうちにできる事といえば食べてよく寝る事っ。じっちゃんも良く言ってた)
「よっしゃー順番きたぞー!!」
古賀くんははしゃぎながら整理券を受付の女性に両手で渡した。
「俺! 整理券あります!」
「あら、おめでとうっ。完売早かったのによく取れたわね。友達も?」
「そうです!」
「よかったねぇ、ほんっとに美味しいからみんな楽しみにしててね。…それじゃつけ麺と出汁、どっちにする?」
「つけ麺で!」
「つけ汁の味付けは」
「豚骨!」
「量は」
「もちろん特盛!」
そこまで聞いて、受付の人がレジのような機械に何かを打ち込むと、買い手側にある液晶にQRコードが出てきた。
「じゃあホログラマーでこのQRコードを学食アプリから読みこんだら掃けて待っててね」
「うっす!」
「じゃあ次の方っ」
次に並んでいたのは灰田さんだ。
灰田さんは古賀くんを見て、「古賀くんは分かってないわね」と、少し呆れている様子だった。
「うどんは出汁。大盛りで。それと昆布のおにぎり…と季節の天ぷら3種盛り合わせをお願いします」
「はーい。持ち帰り用の容器とかいる?」
「あぁ大丈夫…です」
「まぁ欲しくなったら列に並ばずレジ横から呼んでっ、渡すから」
「わかりました、ありがとうございます」
そんな受付の光景を見ながら俺は思った。
「学食アプリっての見てるけど…こっちから注文した方が列とか作ったりしなくていいんじゃないの」
そんな疑問だった。
注文後はこの学食アプリを使うという手間を加えている。無駄にしか思えないこの手順。米田くんはその理由を知っているようだった。
「ほんとならそうなんだ。けど曽根田山さん含めトップバイターってすっごい…んー、まぁ言っちゃえば承認欲求ってのが高くて、こうした光景? 俺の料理を客が待ってる! 俺の料理はすごい美味い! もっと喜んでもらおう! 頑張ろう! みたいなの大事にしてるみたい」
話を聞いてこの受付から伺える厨房の光景。
レジに近づくほどにはっきりと見えるその姿は、もちろん彼方からも見えていると言う事。
さっき映像で見てた純白の割烹着を着こむ、ふくよかで、髪を剃り切ったお兄さん。
俺たちの会話が聞こえたのかはわからないが、こっちをみてニコッと笑った。柔和な表情、心が和む。
口元はマスクがあって見えなかったが、おそらく歯も割烹着のように真っ白なんだろう。
なんだったらマスク越しなのに眩しかった。
なんでだ。
「そういう話って直に聞いてるの?」
そう米田くんに聞くと首を横に振って答えてくれた。
「白熱大陸って動画があるんだよ。結構幅広い職人を密着で取材してるチャンネルなんだけど、そこでのトップバイターに取材してる回があったんだ。そこで知った」
「へぇー」
「あ、僕はつけ麺、味付けは塩で」
職人と呼ばれた人達が取材されるようなチャンネル。それに取り上げられるくらい凄い人が手がけるご飯を食べられるんだなぁと、俺はとても期待した。
なにより、ずっと森の奥でのご飯は肉か野草かと言ったものばかり。美味しい食べ物の味を忘れている俺は平静ながらも楽しみに思っていた。
ーーー
「という事で! 蘇我ファミリー結成祝して! いただきます!」
「なんかちょっとごめん今だけは普通にいえないの蘇我さん」
「いただきます!」
「「「「いただきます」」」」
「つーか灰田と華園ガッツリ食うなぁ」
そう言われて、周りと比べてみれば確かにと言えた。
灰田さんはうどんにおにぎり、天ぷら。
俺は出汁うどんにカツ丼、天ぷら、パフェ。
「なんというか、食った事ないのばっかだから気になって」
「食った事ねぇとかあるんか…。お前ほんまどんな家庭で生きてきたんや…ホログラマーも持ってないし……なんか、欲しいものあったら言ってな。買うで」
「私も買ってあげるわ! お金持ちだから一軒家買う以外痛くも痒くもないは! ちなみに一軒家で蜂に刺された感じよ!」
「あ、ありがとう…。もし困ったら頼むかも」
「おうよ!」
「もちろんいつでも受け付けるわ!」
という会話を前に、隣の席の米田くんだけは少し笑ってる。
「まぁなんにしても、漸くありつける。多分俺食べ出したら一言も喋れねぇと思うわ」
「私も。味に集中したい」
「私はそもそも家のマナー的な問題で静かにしか食べられないわ!」
「「性格がうるさいのに…」」
米田くんと灰田さんのなんともいえない表情。
俺は、そう言えばどうなんだろう。じっちゃんとは話しながら食べてたから、気をつけないとか。
「それにしても分かってるのは華園くんだけね。皆んなつけ麺じゃない」
そんな通の雰囲気を醸し出す灰田さんに古賀くんは静かに言った。
「麺が伸びるから無駄に喋りたくはないんやけど…まぁ。俺的な話な? 俺はうどんをずっとその食感で味わいたいんやけど、汁につけてたら麺が伸びるやん? それが嫌なんよ。それに麺自体の旨みを出汁が堪能させてくれやんやんか。俺は麺のみの味、
彼の趣向に対する論理は非常に理路整然としていた。それに対して噛み付くわけでも負けたと引き下がる訳でもない。灰田さんは、理解と謝罪を告げていた。
「そうね。そもそも人の食にケチをつけるもんじゃなかったわ。ごめんなさい」
「おう。じゃそういう事で俺から先に行ってきます」
そう言って古賀くんはまず、水を飲んだ。
そして箸で3本麺を掴み、鼻を近づけた。
「何してるのあれ」
「あれ…は、たぶん匂い嗅いでる? あと、ツヤをみてる、とか? わかんないや」
そんな時間をかけている側で灰田さんは嬉々として箸を取り、水を飲んで、麺を掬い上げようとしていた。
箸の圧で沈み込まない麺。
見てるだけでわかる箸を押し返すほどの弾力。
その身はダシからあがる。
艶かしい白い肌が黄金の出汁を仄かにまとった、美しい姿。
次第に目はとてもキラキラしていて、頬が緩んでいた。もう既に香りたつ湯気で満足している、そんな表情。
でも、それだけじゃまだ足りないと開けた口をもう一度閉じ、喉を一旦落としてから再度その小さなお口をひらけ開けた。
うどんが縋る箸の先。
それは灰田さんの潤った唇に近づいていく。
そしてカプッ。
と、灰田さんの口掴みに捕まり、啜られていく。
ツルツルと登る麺。
灰田さんは勢いに任せて全てを口に含むのかと思いきや、途中で麺を歯で切り離して咀嚼した。
見た目通りかそれ以上か、弾力やコシが高そうな麺に、力強く噛む灰田さんが見てとれた。
少し食べるほどに疲れてくるのではと思えたが、それでもいい構わないと言った幸せそうに受け入れる目がそこにはあった。
ゴクリ。
そんな灰田さんを見ていれば、気づいた頃には皆んなとても静かだった。凄い静か、さっきまでの喧騒が嘘のよう。米田くんすら黙々と啜っている。
なんか怖いまである。
けどそれ以上に期待が止まらない。
(しら、しらないよそんなに期待を上げて。知らないよ知らないからねしらないよ!)
そして俺は、うどんを一口啜り上げた。
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