青峯さんの手は冷たい
「はいこれ」
「……これは…?」
スッと手渡された白い、清潔で高級そうな紙袋。材質はスベスベしていて、真ん中には金色でロゴが描かれている。そんか袋はどこか周りと一線を画していて、俺自身がお金持ちになったような感覚に陥る。
「ホログラマーだよ。貸し出し用のやつ。相川先生すっごい申し訳なさそうに持ってきてたよ。どうもホログラマーの保管庫の鍵が思ったよりも見つかんなかったそうだ」
「いえそんな、貸してもらえるだけありがたいですのに…。相川先生ってお昼とかどこにいらっしゃいますかね」
「ぁー…んー、まぁ昼は生徒指導室にいるんじゃないか。ましてや今日は入学式だからな」
生徒指導室。何処にあるかは記憶に新しい。
「わかりました、ありがとうございます」
「どういたしまして。……んでだ、聞き忘れてたみたいなんだが、コンタクト式とメガネ式、どっちがいい」
あー、そういやぁ驕田くんが言ってたな2型には種類があるって。
袋には二つの箱があった。まずは上にあるクリーム色の箱を開けてみる。
包装などはすでに取っ払われた後のようで、窪みの中で鎮座するメガネを持ち上げる。
メガネのフレームの色は箱と同じくクリーム色を基調とした色味で、耳あたりにはシュッシュっとメッシュのような発光色の水色が斜めに入れられている。
全体的にフレームは丸みを帯びているが、凹凸のような滑らかな曲線を描いた形状だ。
耳あたりのフレームは少し厚め。
もう一つの箱は大きめだ。箱の中にもう一つの箱が入っていた。先にそれを開けるとコンタクトレンズが姿を現した。もう一つはそれに接続するデバイスらしい。デバイスもメガネ式と似た曲線美のあるフレームだった。
んー。
見比べても良し悪しはわからない。先生に聞いても性能は変わらないらしいし、好み的な部分もどっちも悪くない。どうしよう。
「昇也くん、昇也くん」
少し悩みに耽っていると、教壇近くの席にいた青峯さんが小声で「コンタクトの方が絶対似合う、かっこいいよそっちの方が」と唆してくるものだから、俺は即決でコンタクトを取った。
先生はメガネ式の箱を俺から受け取りながらいう。
「機能についてはもう慣れだ。機能が多いから一個ずつ覚えていけ。使い方はまずコンタクトつけて」
「は、はい。……でも、コンタクトの付け方わからない、です…。あ、神様」
「助け舟を出してしんぜよう」
「オウマイゴッド」
「頼もしいな青峯、まるでおじいちゃんを介護するナースだな」
青峯さんはさっそく除菌シートを先生からもらい、手を拭いてから俺の瞼に指を当てた。
柔らかく細い指。少し冷ため。
「私冷え性なの、冷たかったらごめんね」
そんな青峯さんの言葉に大丈夫と返す。
目の骨、その輪郭に触れられてるのがよくわかる。優しく押し上げられる瞼と目の下の部分。外気にさらされる目玉。
「だめ、閉じないで。我慢して」
教室内のざわめきは死んでいない。別に俺たちのことは気になっていない。むしろみんな、個々人の能力や勉強能力について話をしている。
2週間に一度の小テスト、次第によってはその日の予定が崩れる可能性がある。故に把握する事を急いでいるんだろう。
だから、別に俺たちは浮いていない。
浮いてもないし馴染めてもない。とても、不思議な世界。
「んっ……」
ピタッと眼球に引っ付く感触。水や砂が目に入るのとは全然違う、知らない感覚。
「ホログラマーのコンタクトはソフトレンズだから異物感は少ないよ。…つける時は目をしっかり出して、黒目の部分に乗せるの。それで、ゆっくり瞬きしてー…はい……。うん、おっけ。じゃあもう片方いくね」
「イエスマイゴッド」
「………。んっ。目を閉じて、開けて……オッケイッ。後は耳にホログラマーつけて」
「どう付けるの…耳に乗せるだけじゃ落ちそう…」
「はい、なので耳ベルトがガチって言うまで閉めるんです。…はい、かんりょっ。で最後、デバイス触ってみて」
「……こ、こう…?」
「そうそう、なでるように。そしたらどっかに明らかな凹凸があるから、そこ、強く押し込んで」
そう言われて見つかった凹凸。押し込む場所は間違いないなと、沈み込みから判断して押し込むとカチッと言う音と共に。
『ホログラマー2型が起動しました』
という音声と、視界の右側を半透明な板が。その中にさらに四角いマークがゾロゾロと現れ始めた。四角いマークは全部デザインが異なっていて、その下には文字が書かれていた。
スマホで見るアプリと形態は同じそうだ。
「どう? こっちで見る感じレンズずれてないけど、映像ズレてる?」
「…んー、半透明の板みたいなのが右にある」
「あ、じゃピッタシだね。それが右側に来てなかったらズレてるからね、次自分でつける時はそこ意識してね。後レンズに左右はなくて、問題はデバイスの向き。このデバイスは右耳デバイスだから右耳につけて。あとは機械がデバイスに近い方を右って認識してくれるか……あぁあごめん! 保健室に行ってさっきなのにいっぱい話しちゃった!」
申し訳なさげに手を合わせる青峯さんだが、かと言って痩せ我慢も良くないなと「また…聞くかも」と告げた。
「うんいいよいいよ聞いて聞いて! あ! てかじゃあ連絡先交換しようよ!」
「…めちゃくちゃしたい、けどどうしたら…一応連絡帳って見えるけど…」
あぁーすっごい青峯さんにおんぶに抱っこ。
申し訳ない。
流石にこんなにしてもらったら、何か今度お礼しないと。連絡先ももらえるみたいだし、そうしよう。
「連絡帳は後回し! えっとね、その上にウィーコネクトってアプリあると思うんだけど。あれ、上だっけデフォルトの位置」
「あー…上じゃないけどあった」
「じゃあそれを起動するイメージして」
「い、イメージ…。………難しいな…エイヤッ」
「青峯、それはアルファのやり方だ」
「あ、そうだっ。ごめん! えーっとアプリが見えると思うの、そこを指でつついて!」
そう言われて取り敢えず突き出す指。
見える映像はしっかり前後感があり、空間の把握がしにくいと言うこともなく難なく触れることができた。すると現れる「ウィーコネクトを起動しますか」と言うメッセージ。
「多分起動しますかってでてると思うんだけど、起動する選択してー。そしたら細かい設定は全部スキップ、歯車のマーク押したら近距離登録ってやつがあると思うの」
「………うん、ある」
「注意事項すっ飛ばして押してー」
「わかった…おぉ、押した側からなんか来た。葵って書いてある」
「それは私の名前よ。後、私は全国カルタ選手権一位の反射神経を持つ女。早押し、読み押しは朝飯前っさっ」
「流石神! 葵様!」
「えっへん! じゃあ登録するを押してー」
「はーい」
「ついにはお前たち2人で収集をつけられるようになったか。この短期間での成長、先生嬉しいっ」
涙ちょちょぎれてる演技をする先生を横目に登録して、俺はすぐさま届いた通知に反応する。
『よろしくね昇也くんっ、困ったことあったらなんでも聞いてね!』
「青峯さんからメッセージ届いた! 凄い! なんかワクワクする!! いっぱい連絡する!」
「いっ、いっぱいは全部直ぐに返せるかわかんないけど、頑張るよーっ。おっしゃーばっちこーい」
青峯さん、すっごい頼もしい。
「けど、えっと…メッセージの送り方ってどうするの…?」
文字盤はなく、プレーンな画面だけが目の前にある。よくわからない操作感に青峯さんに目を向けると、少しニヤついた顔で説明してくれた。
「文字盤をタップする方法と目線タップがあるの。目線タップは瞬きで選んだ文字を選択する感じかな。けどその機能はちょっと難しいから、今のところ文字盤のタップがおすすめかな。メッセージって書いてるとこ押したら文字盤出てくるからね」
そう言われて、メッセージと薄く書かれた枠を叩くと確かに文字盤が出てきた。その隣には縦長のUNOのリバースのような文字が一つ。
押してみるとポインターがでてきて、目線を動かせばポインターが当たる場所の文字が拡大され、瞬きするとそれが選択された。これが目線タップというやつか。
「んー…」
「あ、目線タップ使ってるなぁシメシメ…」
確かに癖のあるやつだけど、慣れたらこっちの方が早く文字打てそう。
俺はそう思い、ぎこちなくも頑張って文字を打ち、最後に送信するという所を選択した。
1メッセージ1分、書き込んだ文章は。
『今度お礼する、本当にありがとう』
早いのか遅いのかで言えば間違いなく遅いんだろうけど、初めてにしては上出来だと肯定する。
そんな俺のメッセージと動向を見てか、青峯さんは絶句し、次に口を窄めながら悔しそうに言葉を吐いた。
「クッ…初めて目線タップ使ったのにものの1分で文章を完成させられた…! くそぉ!! 私19文字打つのに3分かかったぁ…!」
「そ、そうなんだ。青峯さんって意外に不器用?」
「華園的に青峯のどこに器用な部分を感じたー」
まぁ取り敢えず使い方も大体把握した。
こうして雑談みたいなことをしているとどんどん周りと引き離されるし、みんなと情報共有できないから足を引っ張ってしまう。急いで戻ろう。
「あ、華園」
「はい」
「これはコンタクトデバイス用の洗浄液とそれをいれる使い捨ての無菌コップ。と、デバイスの充電器。説明書ついてるから困ったらそれを見ろ。洗浄液は一月分だ、貸与期間も1月、更新する時は相川先生と話をしてくれ」
「わかりました」
青峯さんに手を振りながら歩みを進め、帰ってきたぞ蘇我ファミリー。
「みんなすみません、遅れました」
申し訳なさげに姿勢低く席に着くと、そんな俺に蘇我さんが大きな声で呼びかけた。
「昇也!」
「え、はいなに、蘇我さん」
「私とも連絡先交換しなさい!」
どうもさっきの青峯さんとのやりとりをちゃんと見ていたらしい。
「あぁはい全然っ」
「それなら僕も!」
「米田くんとは元からしたかったから是が非でも。こっちからもお願い」
「じゃあ急いで起動するからちょっと待ってね…」
「おいおいなんだお前ら保健室でなにしてきたんだよ。おい華園、俺も砕けた話し方にしてくれ」
古賀くんはそうニシシと明るい笑顔を溢れさせながら言った。
「いいなら、うん」
「助かる。敬語あるとなんか話しにくいんだよなぁ大人みたいで」
「そうなんだ」
「てかもういっその事ここにいる奴らに使ってる敬語まがいの言葉外しちまえよ。後、全員連絡交換済んでるから花園のも全員のやつ登録しろよ」
て事で。
ウィーコネクト。そのアプリの中にあるフレンズと記載された欄にはなんと6人の名前が明記されました! やったね!!
グループというのにも加入した! みんなに向けて連絡できるんだって!
一石二鳥だね!
「あ、そうだ。華園くん、今からURL送るからそれ押して」
「ゆーあーるえる」
よくわからない言葉。俺は思わずと米田くんに目を向けた。
「いやぁそんな助けて欲しそうにしないで。……んー…URLって、英語の意味はわかんないけど取り敢えず灰田さんから送られたメッセージをタップすればいいよ。そしたら別のアプリに飛ぶから」
「米田くんのいうとおりよ。……押せた?」
「うん押せた」
「じゃあ少し待って、そしたら加入するって出ると思う。そ、蘇我……ファミリーって名前が出てきたら、間違いないから加入して…」
「蘇我がそこ譲んなかったんだよ」
「私たちはいついかなる時も蘇我ファミリーよ!」
「こんな調子なのよ…」
「あ、なんかお疲れ様です」
なんだろう。
まぁ別にそれでもいいんだけどもうちょっと別のもの考えたかったなぁみたいな。でも押し切られちゃったんだよねぇ、けどやっぱなんかなぁ感。
「ま、まぁいいの。蘇我ファミリーで。そこに今日のメモをPDFにして資料にしてるから、ダウンロードしておいて。あとはファイルアプリからいつでもすぐ見返せるようになるから」
「うわぁありがとう、さすが師匠気の利かせ方に非の打ち所がない」
「だってよ、しーしょうっ」
「古賀ぁ! もぉ追撃すんなー!」
「へっへっへ」
そんな光景を前に米田くんは俺の耳元で「灰田さんのパンチってピコピコハンマーみたいだね」と囁いた。
「やっぱそうだよな」
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