第9話 ラザとハイゼ
9.ラザとハイゼ
ニールの予想通り浴場からでると1人の男性と2人の女性が立っていた。1人の女性はディラだ。
日本語で名を告げ、日本式にお辞儀をした。
ニールがこちらに来て手を握った。通訳をするためだが、手の握り方はいつか由樹と初めて手のひらを合わせて繋いだ時を思い出させた。
「リーダのラザです。ニールを助けて頂きありがとうございます」
「ニールに助けられたのは僕です。防御魔法を放っていなければ死んでいました」
「話はニールとディラから聞いています」
「食べ物を用意頂きありがとうございます。ここに着いてから3日も食事をしていなかったのでとても嬉しかったです」
「あれは、ディラが用意したもので、僕の指示ではないのです。それにしても、ブンゲをお一人で倒してしまうなんて」
「ニールと一緒に倒したのです」
通訳を拒むニールのお尻を撫でた
「きゃっ」
ニールは高い声を上げた。僕は穏やかな口調で
「そのまま訳しなさい」
言語を持たないことは不便である。先程も就職口をニールに潰された。早くこちらの言語を覚えなければならない
「ラザにもちゃんと訳せって言われたよ」
ニールは苦笑いしていた。
ラザの喋り方は屈託がなく、清々しく愚直な印象を受ける。冒険モノの主人公にありがちな素直過ぎる実力者の雰囲気を持ち合わせている。正直な感想ならばこんな美人3人に囲まれて男1人で仕事をするのは御免被りたく候、である。しかし、仮にラザがメンバーを容姿で選んでいるのならば、ラザと僕は女性の趣味については気が合いそうだ。しかしハーレムを作るなら戦場以外でお願いしたい。
「まぐれで急所を打ったのでしょう、運が良かっただけです。同じ事は2度とは起きません。
ニールから普段は王様直属の兵士と伺ったのですが、今回は人々を助けるために自費参戦されたということでしょうか」
さて、この愚直な男はどう答えるだろうか?
「この国は人々の税金で成り立っています。宮仕えの立場の者としては、税金を納める者が困っていれば助けたいと思います。ただ今回は国軍が出せませんでしたので、自ら暇をもらって参戦しました」
正義とか平和とか愛とか言ったら愛想を尽かしていたところだが、この愚直なリーダには命を預けてもいいと思った
「今回のブンゲ討伐、あなたのパーティの別働隊が倒したことにしてもらえないでしょうか」
ラザはもう一人の女性と目を合わせて、小声で会話し始めた。僕はニールの肩をたたいて耳元で呟いた
「ニール、さっきの報酬分配の話を2人にしてもらえないか?」
ニールは2人の会話に加わった。ディラがこちらを見て微笑んでいる。パンを食べる身振りをして僕も微笑んだ。ディラの口が動いたが、声は発せられなかった。僕は深々と頭を下げた。
ディラはじっと僕を見ている。外観でいえば髪の毛の色と胸の大きさ以外は由樹の生き写しである。そもそもこの国の人達はアジア系の顔つきをしている。
「なんで帽子を被っているの?」
微かな期待を込めてディラに聞いたが、首を傾げられた。不本意に触れたディラの胸は盛ってはいなかった
「髪の毛を見られると困るんだ」
答えたのは肩に手を乗せたニールだった。ニールが肩に手を触れたことに気付かなかった
「ラザはあなたの提案を、この上ない感謝と敬意を以て快く受けさせてもらいます。って」
ニールにこの国の挨拶の仕方を教わって、ラザにぎこちなく伝えた。
ラザにハイゼを紹介された。貴族の血統よろしく上品な印象を受けたが、ニールやディラ程好意的な印象を受けなかった。美人だが取っ付き難い印象だ、しかし愚直なラザにとっては絶対に欠かせない人なのだろう。
ハイゼになんの話題をするか迷ったが、ニールに助けてもらったお礼の話をした。ハイゼはその話に興味がなく、僕のことを聞きだした
「ディラから、記憶をなくしていると聞きましたが」
「ええ、気付いたらこの村に来ていました」
ディラが由樹である期待がまだあるのだろう、ディラに忖度することにした
「船に乗った記憶もないのですか?」
「はい、全く覚えていません。ニールにはウメサンと名乗ったのですが、実は突発に頭を過った名前で昔もそう名乗っていたのかさえ自信がありません」
「でも、攻撃力のないニールと2人でブンゲを倒したのならば、あなたは相当の腕前でしょう」
ハイゼは通訳しているニールにもっと気を使えと思った。いや、ニールが謙譲して通訳したのかもしれない。それより身の上話を正直に伝えたディラが僕の素性を隠していることの方が気になった。ハイゼに腹の中を読まれないよう可能な限り無表情で
「言葉と一緒で体が覚えていたんでしょう。どんな鍛錬をしたのかも記憶にありません」
ハイゼは残念そうな顔をした。なるほど、僕の腹の中を探っているようだ
「それにしても、聞いたことのない言葉を喋るのね」
話題を逸らされた。確かに、僕が凶暴で排除しなければならないならば、記憶が戻る前にするべきことはしなければならない。ハイゼは本音を聞き出せないと思ったのだろう。やはり、ニールとディラは社員でラザとハイゼは経営者ということを納得させられた。
なるほど、頭脳明晰なニールが形見の脇差しを渡してくれたということは、少なくとも彼女だけはこの国で生きることを認めてくれたのだと勝手に思った。ニールに微笑みかけた後、ハイゼに答えた
「ニールに出会う前はただの乞食でした。ニールがこのパーティのメンバーならば、契約期間の帝都までは全力で協力致します。
よろしくお願いします」
日本式に頭を下げた。ハイゼは微笑んで
「その後はどうするつもり?」
「ニールに頼んで、帝都で仕事を紹介してもらおうと思います。喋らなくても出来る仕事はあるでしょう」
「冒険者にならないの?ブンゲを倒した、あなたなら引く手数多でしょうに」
笑って”言葉が通じないと厳しいでしょう”と言おうと思ったがディラを気遣って止めた
「僕は小心者なので無理ですよ」
ハイゼが笑って
「ブンゲを倒した人が面白いこと言うわね」
「あれはマグレですから」
ハイゼは真顔に戻って
「いいの?報酬を山分けにしちゃって」
「ニールにもらった命ですから」
「そう。ニールがいてくれてよかったわ。私達だけでは倒せなかった。
帝都に戻らないと報酬が入って来ないから、何が何でも無事にフリダラを帝都に持ち込まないとね。
偉そうに頼める立場じゃないんだけど、この後もよろしくお願いしますね」
「ああ、よろしくお願いします。無事に帝都まで行きましょう」
ハイゼと握手した。女性にしては温かい手だった。しっかり者の女性だ。まだ僕のことを信用していないようだが、覚悟は決まったようだ
「で、僕はパーティで何をすればいい?」
「ラザと一緒に私とディラが魔法を放つまでの時間を作って欲しいっていうのが大まかなパーティの仕組みかな」
「僕は武器がないんだけど、武器は余っていないか?」
驚いているハイゼに、ブンゲを倒した経緯を説明した。ニールは訳しながら頷いていた
「ヒフガに寄って武器調達した方がいいわね。ラザと相談してみる」
「ヒフガ?」
「馬車で20程の貿易港よ。この辺じゃ一番大きな町ね。武器も防具もいいのが揃っている。パーティの運営費まで面倒を見てもらっているから、武器と防具は買って提供するわ」
20の単位がないのでどんな量かは分からない。多分距離か時間だと思う。ニールに聞かなければならないことがたくさんありすぎる。
丁度村長が来た。ニールから昼食の用意ができたとのことを聞いた。ラザが村長と話をするとまた泣き出した。涙もろい村長だ。報酬の分配に反応しているのだろう。
村長はパーティの一人ひとりと両手で握手をした。ハイゼの時に気付いたが握手の風習は日本と同じだった。
村長はニールには長々と涙声で話していた。当然何を言っているか分からないが、ハイゼが不機嫌そうな顔をしているのが印象的だった。パーティが賞賛されるべき大功績をニールが掻っ攫ったのだからハイゼが面白くないのは理解できる。一方ラザはニコニコ笑っている。大物なのか、天然なのかは今は判断ができない。
村長は僕のところに来て手を取って話し始めたが、当然何を言っているか分かる筈がない。ニールも泣き崩れていて通訳どころではない。黙って聞いているのも辛いので、日本語で心に映る良し悪し事を喋っていた。ホームセンターで見かけた老人同士の話に聞き耳を立てた時みたいで愉快になった。
幼い女中に誘導されて浴場施設を出ると、村民が歓迎の歓声を上げた。ラザは喚声に手を振り応えている。僕はニールと手を繋ぎ笑顔のみを振りまいた。
<つづく>
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