第2話 5つのお願い

2.5つのお願い


 Gate gate päragate pärasamgate bodhi svähä.

「えっ」

 同じ言葉を真似していたニールが声を上げた。


 村長らしき人が何か言っている。当然言葉は理解できないが、好意であることだけは伝わって来た。振り返り対面する。

「村長のギブズです。村を救って頂きありがとうございます」

 ニールが通訳してくれた。

 地球の言葉しか知らないが、持っている言語で答えるのは礼儀だろう。名前は偽名だが

「ウメサンです。異国から来た者です。僕はただニールの手伝いをしただけです」

 村長に頭を下げると、直ぐにニールが通訳して、村長に伝えてくれた


「ああ、偉大なる異国の方よ、あの怪物は大昔からこの村の人と戦ってきました。そして、その時代時代で多くの犠牲を出しながらその時代の最強の魔術師が封印してきました。しかし、最強の魔術師が囚われた今、封印する手段を模索しておりました。

 我々の子孫にまで残さなければならない負の遺産をあなた方が断ち切って頂いたのです。お礼をしたいのでなんなりと言って下さい。私たちにできることならば何でも対応させて頂きます」

 村長の目には涙が溢れていた。村人も泣いている。係わってはいけないと直感が支配した。


「怪物を倒したのはニールです。僕はただ、ニールの指示に従って言うとおり動いただけです。お礼はニールにして下さい」

 ニールは首を振って通訳するのを拒んだ。


「いいからそのまま伝えてよ。急襲だったからね・・・。一緒に水浴びした仲じゃないか」

 僕が薄笑いを浮かべると、ニールが顔を真っ赤にして背中をボカボカ叩いた。僕はただ笑っていた


「君が防御魔法を放ってくれなければ、僕は死んでいた。君は僕の英雄だ」

 村長も村人達も最初は緊張で固唾を飲んでいたようだが、二人のじゃれ合いに緊張がほぐれたのか、喚声が上がり、歌声が聞こえてくると、その歌が大合唱になった。


 ゲーテの言葉を思い出した

 ”不機嫌は人がする最大の罪”

 太宰治の”走れメロス”は最初の一行で読むのを止めた。

 僕はこの世界に来てニールに会って初めて笑った。不機嫌な人に話すのは苦痛だ。できればいつも笑顔の人と会話をしたい。この世界でも人の本質は同じ筈である


「そのまま伝えてよ」

 ニールはあきれた顔をして村長に話した。便利なことにニールと触れているときは、ニールの言葉が通訳されて伝わってくる。彼女は僕の言葉通りに村長に伝えた

「お二人がブンゲーを倒して頂いた事実は何も変わりません」

 ニールが通訳してくれるので、地球の言葉で話すことにした。


 ニールの話では、幾度かにわたる、各パーティの個別戦闘で被害も大きく、討伐隊の残党が徒党を組んで怪物に奇襲をかけることとなったそうだ。しかし、怪物が奇襲を察知したのかどうかは分からないが、魔物は同じ頃合いに村に侵攻を始め、魔物が棲む山には3本の道のうち、討伐隊が選んだ道と魔物が選んだ道が異なり、会敵せず魔物が村の入り口まで来てしまったらしいということだ。


 当然、怪物の住み処がもぬけの殻ならば討伐隊は慌てて山を下ってくるはずであるが、到着を待たずにニールと二人で怪物を倒してしまったという状況だ。ニールのパーティーは4人でリーダーはラザと言った。他に魔法使いが二人、イゼンとディラという女性だと言っていた

「魔物を葬ったのは、ニールのパーティの功績だ。お礼はニールのパーティにして下さい」


 村長はなんて謙虚な方だと涙を流した。村長はお礼をしなければ末代までの恥だと何か言って欲しいと譲らなかった。そこで乗っていた船が難破して着の身着のままでこの地についた。もう3日も食事をしていない。という作り話をして、5つのお願いをした。

 直ぐに入浴したい

 着替えが欲しい

 食事をさせて欲しい

 木樵の墓を代々供養して欲しい

 この村に住みたいので住み込みで働ける場所を紹介して欲しい

 そして、これ以外は自分から一切要求しないと言った。

 しかしニールは最後の”働ける場所を紹介して欲しい”を村長に伝えなかった。村長は泣き伏せた。

「どうして、ここまでのことをされたのに、こんな要求しかしないのでしょうか?

 あなたはもしかしたら神ではないでしょうか」

 と言った。村長は召し抱えているのであろう、女中を呼ぶと何かを伝え

「まずは温泉にご案内致しますので、お疲れを癒やして下さい。入浴中に着替えと最高の食事は用意させて頂きます」

「ありがとう」


 ニールに最後のお願いも伝えるように言おうとしたとき、視線の遠方に急ぎ足で討伐隊が戻って来るのが見えた。ニールがそちらを凝視していたので女中の案内を受けて温泉に向かった。


 温泉に案内してくれた女中は少女だった。日本で言えば小学生か中学生といった年齢だった。少女は終始言葉の通じない僕に笑顔で対応した。お互い、身振り手振りで意志を伝えようとした。僕がふざけた動きをすると少女は屈託なく笑った。


 途中洋服屋らしい店に入って、何着か服を見繕ってもらった。日本のように量販店でないので、誰かの注文で作ったものを僕に都合してくれたようだ。下着は汎用のものが常時販売されていた。


 怪物襲撃のときに、温泉でくつろいでいるような輩はさすがにいないようで、温泉に人気はなかった。タオルのようなものと、着替えを少女が渡してくれた。彼女は何か言って主のところに戻っていった。少女の背中を見送っていると、脚をケガしているはずのニールが早足でこちらに来るのが分かった。

 <つづく>

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