第43話 番外編2 誕生日プレゼント④~プレゼントとお引越し~

 ショッピングモールでの買い物もつつがなく終わり、帰り道を三人で歩く。

 もう少しで、しんかの住む女子寮に到着だ。


 家具家電も多数購入し、大物は配送に。

 持ち帰ることができるものは、三人で分担している。


 ……なるほど。そういうことか。


 つむじが僕も買い物に呼んだのは、荷物持ちのこのためか!


 空色の少女の意図に気付くも、もう遅い。

 幼馴染の策略家の一面には舌を巻く。


 まあ、それはそれとして。

 しんかとの買い物デート気分を味わえたので、結果的に僕としてもプラスである。


 当のつむじは風の精霊の力によって、重さを軽減しながら、両腕いっぱいに荷物持っていた。

 彼女の制御能力なら、完全に浮かせることもできるはずだけど「こういうのは気分なの!」ということらしい。


 赤の少女もまた、同じく重さを軽減している。

 小柄な彼女が荷物に埋もれてしまわないかと心配だったけど、それもなさそうだ。


 それ以前に――彼女の素のパワーは僕よりも上なわけだし。



「きょうえい、準備は良い?」


 精霊通信。

 一緒に歩くつむじからだ。

 

 僕だけに繋がる様に制御された風の精霊たち。

 しんかに気付かれないように連絡できている辺り、つむじの技量の高さが窺えるけど――


 ……準備? 何のこと?


「あのさあ……今日何のためにここに来たのさ!」


 つむじは呆れながら、風の精霊を使って僕を後ろに振り向かせようとする。


「痛い痛い! このままだと折れちゃうぅぅぅ!」


 涙目の視線の先には、僕が背負っている鞄。

 その中からはチラリと、贈り物用のリボンが見えている。


 ……ってそうだった! 僕は今日――プレゼントを渡すために来たんだ!


「いや、ちゃんとわかってたよ?

 ただ、他にやることが多くてちょっと抜けてただけで!」


「本当かな……」


 ……怪しむな。


 幼馴染を信じるんだ。


 背負っている鞄。

 底にはしんかへのプレゼント。


 意識すると……途端に緊張がやってくる。


 ショッピングモールで能天気に過ごしていたのが嘘のように緊張する。


「つむじ! いつ渡すべき⁉」


「今は荷物もあるから、一旦運んでからじゃない?」


 僕の幼馴染は、渡す流れまで既に見えているようだ。

 さすがは名将つむじ。

 世が世なら立派な軍師となっていただろう。




「二人とも、少し待ってて」


「私たちも運ぶ?」


「ううん。大丈夫」


 女子寮に辿り着くと、名将の予想通り、しんかは荷物を受け取って部屋へと運ぶ。


 とてとてと歩いていく小さい後ろ姿は、とても癒される。


 ……僕らのプレゼントを喜んでくれるといいな。


 彼女のそんな後姿に願う。


 ついでに――


 ……つむじとはあの日プレゼント勝負の決着をここでつけてやる!





 荷物を室内に置いて二人の元へ戻る。

 午後にはやりたいことが沢山あったので、午前中で買い物が終えられて良かった。


 これも二人のおかげだ。


 きょうえいとつむじにせめてものお礼の品を持って行く。


 待ってくれていた二人の間には、なぜか火花が見える。


 ……本当に羨ましい。


 また仲良く喧嘩しているのだろうか。


 戻ってきた私を見つけると、きょうえいが覚悟を決めたかのように話し始めた。


「しんか! 遅れたけど誕生日おめでとう!」


 そう言って鞄から二つ、包装されたものを取り出す。

 赤のリボンに包まれた大きい箱と、小さい箱。


「片方は私からだよ!」


 二人の言葉に、私の時が止まる。


 ……私へのプレゼント。


 思い出されるのは……炎の魔人との決戦。

「比翼連理」と、重なった手の熱さ。


 あの時の言葉。

 あの時の胸の熱さを思い出して、声が震える。


「開けても……いい?」


「「どうぞどうぞ!」」


 大きい方のプレゼントから開ける。

 中には白と青の空模様のクッション。


「私のだよ! このクッションめっちゃ気持ちいいよ!」


 空色の彼女つむじによく似た色合いのクッションだ。

 もふっと抱きしめると、新品の匂い。

 つむじの言うように気持ちいい。


「もう一つは……きょうえいから?」


「うん! ぜひ開けてよ!」


 いつもよりも早口のきょうえいからのプレゼントは、つむじのプレゼントよりもずっと小さい。


「大きさは負けてるかもしれないけど――」


 彼からのプレゼントも開ける。


「ハンカチ?」


 中身は白いハンカチだ。

 端の方には木の枝と、その枝に留まる赤い鳥が刺繍されている。


「しんかに似合うと――」


「でも私のクッションの方が――」


「まあ、それでも僕の方が――」


「なんだと――」


 二人の声が遠い。

 視界が揺れる。


 ……嬉しい。


 二人とも、分かっているのだろうか。

 私がどれほどの幸せを感じているのか。


 ……嬉しいのに。


 言葉と一緒に涙が零れそうになるのは……どうしてだろう。


「しんか、大丈夫? 気分悪い?」


「僕らのプレゼント嫌だった⁉」


 二人の言葉に首を横に振る。


「う……うれしい」


 涙が零れる。


 この数日間の中に一生分の幸せが詰まっていた。


 その上、プレゼントまで貰えるなんて幸せすぎて。


 言葉の代わりに涙が零れていく。


「どどどど、どうしようきょうえい」


「僕がわかるか! そうだ! しんか、これ使って!」


 止めたくても流れ続ける涙を、きょうえいのプレゼントのハンカチが拭う。


「ほら、落ち着いて! 深呼吸!」


 つむじが私の頭を撫でる。彼女の温かい手が気持ちいい。





「二人ともありがとう」


 目元と鼻が赤みを帯びている、紅蓮の少女。

 無表情の中に、照れが見えるのが愛らしい。


 つむじと一緒に、そんなしんかをニコニコと見守っていると、拗ねた様にそっぽを向く。

 その仕草も可愛らしいことに彼女は気付いているだろうか。


「これは……二人にお礼」


「えっ⁉」


 しんかからお礼の品が手渡される。


 その表面には、熨斗のしとともに「ごあいさつ」と書かれている――


「お蕎麦そば?」


「うん」


 プレゼントのというよりは、買い物のお礼みたいだけど。

 蕎麦のお返しは珍しいかもしれない。


「ありがとう、しんか。美味しくいただくよ!」


「ありがとね!」


 僕の言葉に、幼馴染も続く。


 彼女のお返しの気持ちが、とても嬉しい。


「今日は二人ともありがとう。今後もよろしく」


「こちらこそ!」


「よろしくね!」


 これからの3年間。


 入学試験の時から、まだ2ヶ月程しか経っていないけど。

 それでも彼女との付き合いが、長く続いていくのが楽しみで仕方がなかった。

 

 

 


 しんかと別れた帰り道を、つむじと二人で歩く。


「お返しに蕎麦ってしんかは面白いね」


「よし、僕が全部――」


「私の分も作りなよ?」


 ……ちっ! 貰えなかったか。


 僕たちの帰り道も笑顔は絶えない。


 それも全ては――火光かこうしんか。


 紅蓮の少女。

 そんな彼女と少し仲良くなって――猶更知りたくなったからだろう。


「しんかが委員長かあ……楽しみだなあ」


「いや、僕も委員長なんだけど⁉」


 つむじはもっと僕を敬うべきだと思う。


「分かってるよ」


 空色の少女は、軽やかに笑う。


「ようやく夢の一歩だね」


「うん」


 僕の夢の一歩。

 日域国を――世界を手に入れる王になる。


 入学試験でしんかには負けちゃったけど、それでもまだ繋がっている。


「つむじ」


「何?」


「僕は勝って王になる! そして世界を幸せにする・・・・・・・・よ!」


 子どもっぽい夢かもしれないけど、つむじはそれを決して笑わない。


「うん……頑張れ」


 彼女の一言は柔らかい響きを伴って、僕の耳にいつまでも残っている。




 最後の休養日をのんびり過ごし、今日からまた学校が始まる。


 朝起きていつも通り三人分のお弁当を作ろうとしていると、チャイムの音に呼び出された。


 時間は早朝。

 宅配も何もないはずだ。


 ……何だろう?


 何も考えずにドアを開けると、そこにはなぜかしんかが立っていた・・・・・・・・・


 紅蓮に輝く少女は、朝から眩しく輝いている。

 格好は見慣れた制服姿。

 既に登校準備は万端らしい。


「あれ? しんか?」


「おはよう」


「お……おはよう?」



 一度ドアを閉めて、チェーンを外す。


 もしかして僕……寝ぼけてる?


 再びドアを開けると、やはり少女はそこにいる。


「えっと……どうしたの?」


「?」


 真っ当な質問に、傾げられる首。

 可愛いけど――おかしいのは僕じゃないはずだ。


「何でここに? 女子寮からわざわざ来たの?」


 女子寮は校内にある。


 ……それなのに、朝から僕の家に来たのは何故だ?


 質問を変えると、彼女は答える。


「隣の部屋から来た」


「え? どういうこと?」


「隣に越してきた」


「えぇぇぇっ⁉」


 朝から殴られたかのような衝撃。


 ……聞いてないよ⁉ 


「きょうえい。朝早い。静かに」


 しっと人差し指を口の前に立てる。


 ……僕がおかしいの⁉


「なんで引っ越してきたの?」


「きょうえいが友だちになってくれるって」


 それは言った。


「タコさんウインナーを私のためにずっと作ってくれるって」


 それは言ったっけ?


「つまりきょうえいは、私のために召使いを続けてくれるってこと。

 それなら……近くに住んでた方が都合がいい」


 ……友だちになりたいとは言ったけど、召使いを続けたいとは言ってないよ⁉


 と考えてふと気づく。


 魔人との戦い。

「比翼連理」の前で誓い合った契約。

 その契約に――召使いを辞めるという文言を入れ忘れたことを。


 ……マズいマズいマズい。


 早朝の冷たい空気の中、冷や汗が噴き出る。

 

 しんかの召使いは良い。

 いくらでもやろう。

 しかし問題は――クラスメイトたちバカども

 

 これを知られたら僕の命は――


「ダメだった?」


 シュンとするしんか。

 赤の瞳には不安の色。


 ……まあ、いいか。


 たとえ命がかかっていたとしても。

 彼女にこんな顔をされて、「ダメ」なんて言えるやつは人間じゃない。


「ダメじゃないよ! 良いに決まってる!」


 ぱあぁっと表情が明るくなる。

 無表情の中に見える笑顔。

 

 ……その顔をもっと見たい。


「朝食とお弁当今から作るけど、食べてく?」


「私も一緒に作れる?」


「やってみようか!」


 二人で僕の家へと入る。

 命の危険はあるけれど――まだ僕の召使い生活は続きそうだ。

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