第41話 番外編2 誕生日プレゼント②~しんかの服選び~

「つむじ! 正気⁉」


 しんかに聞こえないように小声でつむじに詰め寄る。


「え? 何が?」


 空色の幼馴染は、全く悪びれる様子がない。


 ……どうして異性もいる中で、服を買いに行こうって発想が出てくるんだ⁉


 恐怖・・に震える。


 つむじはまあ、大丈夫だろう。

 このデリカシーのなさはどうかしていると思うが、一応彼女はしんかと同性。

 その上、そこそこお洒落好きの少女である。

 

 煌びやかでお洒落な店に入ることにも、慣れているに違いない。


 だからこそ・・・・・


 そういう店に僕のような男子が入るプレッシャーを、彼女は分かっていない。


 何をしていたらいいのかはおろか、どこを見ていたらいいのかも分からず、気まずい思いをしながら佇む自分の姿が想像できる。


 ……え、これアウトじゃない? 下手したら逮捕されない⁉


「つむじ、僕が逮捕されたら、しんかをよろしくね……」


「何をまたバカなことを……ショップに入ったくらいで逮捕されないよ」


 ジトっとした目で、彼女は僕を見つめる。


 ……わかってない! 僕たち男子がどれだけの重圧に晒されるかをわかってないよ!


 そんな落ち着きのない僕の様子に――「ははあ」としたり顔でつむじは言う。


「きょうえい、正直に言いなよ」


「何をさ?」


「自信ないんでしょ?」


 ……こいつは本当に何を言っているんだ?


 会話が通じていない気がする。

 きっと、言語中枢が狂っているのだろう。


「しんかに、可愛い服を選んであげられる自信がないんでしょ?」


 ……はあぁぁ⁉


 頭に血が上りかけて、どうにか抑える。


「やれやれ――つむじ。そんな安い挑発に僕は乗らないよ。

 僕は石橋を精霊繋装で破壊して渡るタイプだからね」


 怒りを堪えるんだ。

 感情を制御できない奴が、王を目指せるわけもなし。

 思うままに乗せられてしまえば、彼女の思うつぼだ。


「それ、渡れないよね。

 ほら、正直に言いなよ。

『僕はファッションセンスのない雑魚です。だから無理です』って言いなよ」


 ……我慢だ。


 こいつを仕留めるには、場が悪い。


「きょうえいみたいな一生モテない奴・・・・・・・には、女の子の服を選ぶ機会なんて金輪際ないんだから」


「一生モテないなんてことあってたまるかあぁぁぁぁぁ!」


 ……僕はいずれこの国の王になる男だぞ! モテモテになる予定だよ!


「だとしたら、可愛いしんかのコーディネートくらいできるよね?」


 口車に乗せられていることは、分かっている。

 でもこれは僕の矜持の問題だ。


 ……このバカ幼馴染に目にもの見せてやる!


「余裕だよ! 僕のセンスの良さにむせび泣くがいいさ!」


「言ったね! 勝負だ!」


 僕の理想のしんかを、この身の程知らず幼馴染に見せつけてやるとも!





  ……どうしてこんなことに。


 ショッピングモール内にあるお洒落な服飾ショップの煌びやかさに、私は圧倒されていた。

 可愛らしい服。お洒落な店員さん。


 ……話しかけられたらどうしよう。

 

 そんな戸惑いを抱きながら立ちすくむ。


 そんな私に対して、二人は――


「くそっ! これじゃあしんかのカッコ良さを表現できない!」


「だめだ! 僕の理想のしんかを越えられない!」


 なぜか私そっちのけで、真剣に服選びをしている。


 とりあえず……どちらも私を助けてはくれなさそうだ。


 



 読める! 読めるぞ!


 つむじの心理が手に取るように読める。

 

 先程の僕への挑発。

 あれは恐らく――僕の冷静な思考を奪うのが目的だ。


 それによって、僕の視界を狭めるのが狙い。


 只々可愛らしい服。

 しんかに似合う服。


 それを選べばいいという勘違いを生じさせるのが、幼馴染の狙いだったはずだ。


 けれど――僕は間違えない。


 この勝負における勝敗を決めるのは誰か。

 誰の評価を得なければならないのか。

 それは勿論――しんかに決まっている。


 つまり僕好みの可愛らしい服装を選んでも、結果はしんかの好みに左右される。


 そこを失念してはならない。

 この勝負の勘所は、しんかの好みを考慮・・・・・・・・・しつつ・・・自分の理想・・・・・を服に反映する・・・・・・・こと。


 それを理解していなければ……負けるのだ。


 無表情で店内を見回しているしんか。


 彼女について考えよう。


 彼女は物静かで、一見落ち着いているように見える。


 だけど僕は知っている。

 彼女が恥ずかしがり屋なのを知っている。


 僕の名前を呼ぶだけなのに、顔を赤くする純粋さ。

 そんな彼女の事を考えて、僕の選ぶ服装は――




 

 ……勝ったな。


 私は勝ちを確信する。

 きょうえいの冷静な思考は奪った。

 これで敵は、自分の好みをゴリゴリに押し付けてくるに違いない。


 けれど奴は理解できていない。


 私たちがどれだ・・・・・・・け服装にこだ・・・・・・わりがあるか・・・・・・を理解していない。


 ファッションの動画や雑誌すら見ず、服を値段の高低だけで選ぶような幼馴染バカ

 そんな輩に、これまで磨かれ続けてきた私のファッション感覚が負けるわけない。


 後は私の好みの問題だ。

 小柄で華奢なしんかには、ボーイッシュの中に可愛らしさを表現したい。

 それを加味して私が選ぶ服は――





 ……速い。


 二人が私の元へと向かってくる。


 公共の場かつ店内だからこそ精霊は使わないものの、服が置かれている棚を紙一重で躱しながらこちらに迫る。


「「っ⁉」」


 互いが互いに気付くと同時に、臨戦態勢へ。

 きょうえいとつむじ。

 鏡合わせのように、構えは同じだ。


 ただ、その下半身の動きは止まらない。

 二人とも互いに向かい合いながらも、私へと歩を進めている。


「「ふっ!」」


 両腕の応酬。

 相手を掴もうとすれば逃れ、あるいは妨害する。


 突きには突きを。

 拳は手掌で止め合う。


 演舞と言われても、おかしくないくらいに息の合った攻防だ。


「やるね! きょうえい!」


「伊達に長年幼馴染をやっていないからね! 動きは読めるよ!」


 ……私の友人たちはどうして服飾店で、高度な駆け引きをしているのだろう。


 というか、私を口実にして仲良くいちゃついているようにしか見えない。


 風変わりな二人組ともだち?は、組み合いながら私の目前までやってくると、二人共片手で相手を牽制しつつ空いた手で私・・・・・・の手を握る・・・・・


「え?」


「「行こう! しんか!」」


 ……巻き込まれた⁉


 二人に引きずられる。

 まさかこんなことになるとは思わなかった。


「しんかを離せ!」


「そっちこそ!」


 私の両手を引く力強い手たち。

 場違いなのはわかっているけれど――繋がれた彼らの手は、温かくて嬉しかった。


 


「「「すみませんでしたあぁぁぁぁ」」」


「仲良いのはいいけど、次からは気を付けてください」


 優しそうな店員さんに注意される。

 朝一だからか他のお客さんはいなかったけど、申し訳ない事をした。


 ……私はただ引きずられていただけのような気もするけど。


「「お前のせいで!」」


「二人とも静かに」

 

 取っ組み合おうとした二人がピタリと動きを止める。


 ひょっとすると。

 二人なりに私が話しやすい様に、気を遣ってくれていたのかもしれないが、他の人たちに迷惑なのは変わりない。


「二人が選んだ服は……この二組?」


 私を引っ張ってまで見せようとした服。


 確かに二組ある。


 ……二組あるけどもこれは。


 二人とも全く同じ・・・・・・・・服を選んでいる・・・・・・・


 Tシャツタイプの白いワンピースに、黒の七分丈のレギンス。

 ボーイッシュかつ可愛らしい服装だ。


 互いににらみ合う二人。

 なんとなく「真似したな!」という抗議の視線のような気がする。


 でも――


 ……やっぱり私を口実にイチャついているだけでは?


「(同じだけど)二人ともありがとう」


「「いえいえ、こちらこそ僕(私)が選んだ服を選んでくれてありがとう!」」 



 二人が私の服を選んでくれたのは嬉しい。


 でも喧嘩をしながら、台詞が揃うのにはどんな理屈があるんだろうか。


「でもその……」


 私の言葉に不安そうにする二人。

 そんな姿すら、二人共に可愛らしい。


「私に似合うかな?」


「「それは絶対似合うから!」」


 二人の声色には確信が満ち溢れていた。





 試着室にしんかが入っていって少し経つ。

 僕とつむじは、彼女が着替えるのを待っていた。

 時折揺れるカーテンに少しドキドキする。


「今回は引き分けだね」


「いい戦いだった」


 二人で出てもいない汗を拭う。

 確かに僕らは争い合った。


 公共の場で争い、叱られたとも。

 

 だがそれも――すべては可愛らしいしんかの姿を見たかったからだ。


 僕らの持ってきた服が被った以上、しんかは間違いなく我々にとって理想の姿になるはず。


 シャっとカーテンが引かれる。


「どう?」


 開かれた試着室。

 その中に……控えめに言って天使がいた。


 ロングヘアーが、トップスの白シャツワンピースの上を艶やかに流れ、黒のレギンスまで届いている。

 

 赤髪赤目にあどけない顔立ち。

 白黒の服装はそれを際立たせ、見事なまでにしんかの魅力を引き出している。


 彼女の火の精霊も、主の可愛らしさをお祝いしているかのように輝く。


「ごくり……これは」


「ヤバいね……」


 僕たちは、禁忌を犯してしまったのかもしれない。

 人の身で新たな神話を誕生させてしまったのかも。

 天使なのか神なのかはよくわからないが――とてつもなく可愛い。


 どこかのコンテストに応募して、賞金を荒稼ぎして欲しい。


「似合わない?」


「「滅茶苦茶似合うよ!」」


 僕とつむじの声に、嬉しそうにはにかむ。


 ……こんな子とこれから買い物⁉

 僕の人生の最高地点ってもしかしてここ⁉


 つむじと目が合い、ガシっとお互いに握手をする。


 ……僕らは最高の幼馴染パートナーだ!



 服も僕とつむじでプレゼントするつもりだったけど、しんかはそれを断った。


「とても嬉しい。ありがとう」という彼女の照れくさそうな笑顔を、画像として残さなかったことだけが僕らの心残りとなったのであった。

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