第40話 番外編2 誕生日プレゼント①~今日の予定~
「――」
「……うん?」
隣室の物音で目を覚ます。
今日は役員決定戦の休養日2日目。
ここ数日は魔人やら、クラスメイトやらのせいで基本的に生命の危機にさらされていて、休む間もなかった。
しかし今日は何もない日。
全てが一段落した自由な日である。
「おかしいなあ……」
そこそこ古いけど、学校が近く、何より安い。
そんな理由で借りた部屋だけど、
「隣は空き部屋じゃなかったっけ?」
隔てられた壁にピタリと耳を当てると、人の話し声が聞こえてくる。
それに続く家具を移動させるかのような物音。
バタバタと忙しなさそうな音から察するに――どうやら隣の部屋では、時期外れの引っ越しが行われているらしい。
「ま、いいか」
すっかり目が覚めてしまったので、溜まった家事をこなす。
洗濯に洗い物、ごみの分別に掃除。
一人暮らしの休日は、意外とすることが多い。
ピロン
手早く家事を進めていると、僕の端末が着信音を奏でる。
……誰だろう?
画面に通知されているのは、
「渡せた?」
という端的な一言。
こんなメッセージを送るのは決まっている。
空色の少女。
僕の幼馴染。
すなわち――海風つむじだ。
「え? 何のこと?」
付き合いが長いとはいえ、こんな一言で全て伝わるわけがない。
そんな僕の抗議が込められた言葉に、
「これだからバカは……」
彼女は罵倒を返す。
……そんな熟年夫婦じゃないんだから、無理に決まってるだろうに。
「誰がバカだ! バカって言う方がバカなんだよ!」
「バカで可哀想。ここまで鈍く生まれるなんて、世界って残酷だよね」
……なんてことを。
罵るどころか、憐れみすら感じさせる言葉だ。
こみ上げる怒りを抑えて、改めて聞き返す。
「それで……渡せたって――」
「しんかへの
……あ。
ここでようやく幼馴染の言いたいことがわかる。
僕の休日中にやりたいこと。
その一つに、しんかへのプレゼントを渡すことがあった。
つむじは一緒に買いに行ったから、僕がしんかに渡したかの確認をしたかったのだろう。
……ちなみにだが。
昨日は皆でお祝いやら逃走やらで、渡すことはできなかった。
色々大変だったから、渡せなかったのだ。
決して。
二人きりの状況で怖気づいたわけではない。
しかし――つむじへの返事は悩む。
もちろん素直に「渡せてない」と白状してもいい。
だがその場合は
かといって「渡した」と見栄を張った場合、
「え? 本当に? きょうえいごときが?
……ふーん。それなら良かった! 私
などと言って、僕がしんかに会えないようにするだろう。
……昨日しんかに連絡先を聞いていれば!
しんかに手を繋がれてドギマギした結果、プレゼントも渡せず連絡先も聞けなかった僕のミスだ。
それならとるべきは第三の選択肢、
「どっちだと思う?」
質問返しだ。
これなら時間稼ぎも可能――
「きょうえい……そういう年頃なんだね。
見栄を張りたいんだね」
……なぜバレている。
憐れむような視線が向けられているような感覚。
……やめて! 理解者みたいな感じで傷つけるのをやめて!
「なんでわかるのさ⁉」
「どれだけの付き合いだと思ってるの?」
……この幼馴染、僕のこと好きすぎるでしょ!
でも、それを言うなら、
「つむじこそ渡せてないくせに!」
こっちだって知ってるんだぞ! 昨日はそんな暇なかったはずだ!
「いや、私は元々今日渡すつもりだったから。一緒にしないで」
つれない幼馴染である。
「きょうえいみたいに名前で呼び合えて、デレデレして渡せなかったわけじゃないから」
……わざわざ僕のことまで言及する必要あったのかなあ⁉
閑話休題。
「それなら私に言うことあるんじゃない?」
「しんかに会いたいので、一緒にしんかの所に行ってくれませんか! つむじ様!」
素直なお願いを、端末に打ち込む。
背に腹は代えられない。
つむじに頭を下げるくらいで、しんかにプレゼントを渡せるなら良いだろう。
「最初から素直に言えばいいのに」
こうして僕は、しんかにプレゼントを渡すこととなったのであった。
「私に感謝するのだぞ。きょうえいよ!」
「ありがとうございます!」
空色の少女が、僕の目前でふんぞり返っている。
白シャツに、ショートパンツとシースルーのアウター。
活動的な春の装いは、彼女の健康的な美を際立たせている。
そんな僕の幼馴染こと海風つむじは、今日も眩しい。
二人で見慣れた通学路を歩く。
どうやら今日は、元々
僕は、その買い物についていくことになったのだが――
「僕が参加しても良かったの?」
「嫌なら断ってるだろうから、いいんじゃない?」
……そうかなあ?
しんかは優しいから断れなかった可能性もあるんじゃ?
「ちなみに、何を買いに行く予定なの?」
「しんかは家具家電類を買いたいって言ってたかな?」
……そういえば少なかったなあ。
しんかの家に、つむじと行った時のことを思い返す。
あれは買い足している途中だったのかもしれない。
あるいは、役員決定戦や打ち上げを通して、しんかの心境に何か変化があったのだろうか。
「家電や家具を買いに行くなら、僕がいても邪魔にはならなさそうだね!」
むしろ、一人暮らし歴で言えば僕が先輩。
力になれるかもしれない。
「まあそうだといいねー」
空色の少女の棒読みが、何となく不安だが。
まるで何かを企んでいるかのような――
「あ、しんかだ!」
僕の抱いた疑問を遮るように、空色の少女は駆けだす。
彼女の進路には、赤色の少女が待っていた。
空色と赤色が重なり合う。
赤色の少女の方が小柄で、空色の少女に抱きかかえられるように戯れる。
赤の少女はしんか。
火光しんかだ。
一見小柄で華奢。
しかしその佇まいは力強く、生の喜びに満ちている。
格好は休日にも関わらず――いつも通りの制服姿だ。
煌々とした赤髪のロングヘアーが、風に吹かれてなびいている。
「しんか! おっはよう!」
「おはよう。つむじ」
落ち着いた挨拶。
しかし、赤の少女がこの日を楽しみにしていたのは明らかだ。
彼女に従う火の精霊たちの狂騒。
精霊たちは、彼女の周囲を赤の輝きで照らし続けている。
「おはよう! 火光さん」
しかし僕の挨拶を皮切りに、火の精霊の輝きが薄れ始める。
……どうしたんだろう?
「おはよう。
……しまった。癖で。
つむじにお尻を蹴られる。
これは僕が悪い。
「おはよう!
噛まずに言い直せた自分を褒めてあげたい。
頬が熱い。
未だに言い慣れない名前呼びだ。
この一言に対して、しんかは本当に嬉しそうに頷く。
いつもの無表情な彼女も凛として格好いいけど、今の表情も同じくらい魅力的だ。
「しんか! 今日は家具家電を買いに行くんだよね?
僕も来てよかったの?」
「うん。むしろ使いやすいのを教えて欲しい」
良かった。
僕の参加を嫌がっているわけではなさそうだ。
「でもその前に――」
つむじはしんかを一瞥すると、
「その恰好は目立ちすぎない?」
「そう?」
平日ならともかく、休日の朝の制服姿は少し目立つ。
つむじの指摘は正しい。
正しいのだが――何か嫌な予感がする。
「だから――最初に
「「えっ⁉」」
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