第38話 番外編1 打ち上げ中編~緊張する私と簀巻きの僕~
夢を見た。
心が――跳ねて、弾んで。
心地よくて、愉しくて、嬉しくて。
とても幸せな夢だった。
目を開けると、見慣れた天井が私を迎える。
身体が重い。
昨日の炎の魔人との激戦。
その疲労が再び私を――
「ダメ」
がばりと勢いよく身を起こす。
今日は、役員決定戦の翌日。
つまりは――打ち上げの日だ。
寝起きの頭が、
「大丈夫! 僕たちで準備は全部やっておくから!
ねえ――皆!」
「「「おおぉぉぉぉ!」」」
「……そう」
……
学校――クラスのこういう会に参加するのは、初めての経験だ。
これまでは……誰かと仲良くなることが怖かった。
いずれ私の元を訪れるであろう炎の魔人。
奴に親しくなった誰かを――再び奪われるのが怖かった。
でも、もうそれを気に病む必要はない。
……ああ――本当に。
今日の打ち上げは、心から楽しみで仕方ない。
教室と教室を繋ぐ廊下。
その窓から差す晴れの日差しは、明るく温かい。
そんな廊下に佇む小柄な少女が一人。
正確には――廊下と接する1年「は組」教室。
その引き戸の前に、少女は佇んでいた。
その胸元には彼女の炎によく似た、赤い紐リボン。
しかしそのリボンは今――彼女の心境を写すかのように、不安げに揺れている。
「この格好……大丈夫?」
「は組」教室前。
もう10分も
開始時間にはまだ早い。
なのに私の胸は早鐘の様に、動き続けている。
……制服で来ちゃったけど。
問題ないだろうか。
意味もなく袖や襟、リボンやスカートを見る。
髪型や顔も変なところはないだろうか。
……これまではこんなの、気にしたことなかったのに。
初めての心境への戸惑い。
けれどそれもまた――少し楽しい。
「おい! つまみ食いしてんじゃねえよ!」
「いや、この飾りはこっちの方が可愛くない?」
「俺の激やば筋肉を見ろよ!」
「バカ! 変態! ヒョロヒョロ!」
中からは人の声が聞こえてくる。
……入ってもいいの?
戸を開けようとして手が止まる。
音を聞く限り、中はまだ準備中。
私が入っては、邪魔になるかもしれない。
戦々恐々としながら、教室の戸をノックする。
「おい――今――」
すると中の物音がピタリと止んだ。
中と外。
沈黙が引き戸を隔てて、世界を覆う。
同時に――
「うん?」
私の端末が震える。
つむじからだ。
「しんか、もう来てる? 今ノックした?」
「したけど……ダメだった?」
……やっぱり何か邪魔をしてしまっただろうか?
空色の少女の返事は早い。
「ううん! 早く入っておいでよ!」
……良かった。
「こんにちは」
不安を胸に、引き戸を引く。
すると――
「「「「火光さん(しんか)! お誕生日おめでとう!」」」」
そして一呼吸遅れて、クラッカーと火の精霊の小さい爆発音に驚く。
……誕生日? 今日は打ち上げじゃ……。
そう考えながら電子黒板を見ると、そこに映し出されているのは――
……私の誕生日のお祝い?
「誕生日おめでとう」の文字と共に、私の名前。
言葉の意味を咀嚼して、顔が火照る。
「皆、しんかが照れてるよ! もっとお祝いの言葉を!」
空色の少女のからかうような言葉が、クラスメイトたちにかけられる。
先程連絡をくれたつむじだ。
整った顔立ちに、すらりと長い手足。
愛嬌のある少女だ。
その彼女の顔には……いつも以上の笑顔が浮かんでいる。
「火光さんおめでとう!」
「昨日格好良かったよ!」
「私を嫁に貰って!」
クラスの皆も満面の笑みだ。
……私は今、どんな顔をしているのだろう。
恥ずかしい。
でも……皆と同じ表情だと嬉しい。
「火光さん。本当におめでとう」
そのなかで一際響く声。
黒髪黒目の愛嬌のある男の子。
黒白君だ。
私の精霊繋装「比翼連理」。
それを分かち合った相棒にして、召使い。
そして……友だち。
そんな黒白君の言葉。
それを切っ掛けに――
「あ? 消えろ」
「今日は無事帰れると思うなよ?」
「火光さんは俺のもんだ」
「なんで僕にはそんな感じ⁉ 酷いよ皆!」
私への祝福は、彼への非難に変わる。
私と彼。
二人共委員長のはずなのに、この差は一体――
「まあまあ皆!
主役も来たんだしさ!」
「まあ……海風さんがそう言うなら」
「あとで覚えてろよ」
「地獄見せてやるからな」
つむじのとりなしに収まる場。
「あれえぇぇぇぇ⁉」
こうして――
「では、しんかのお誕生日会と、委員長就任祝いパーティーを始めます!」
つむじの掛け声とともに、
火光さんの表情が柔らかい。
それもあってか、皆も話しかけやすそうだ。
つっかえながらも一生懸命やり取りをしている火光さんは、いつもの凛とした雰囲気とはまた違って可愛らしい。
「……ところでつむじさんや」
「ん? 何?」
僕の所にやってきたつむじに問う。
「皆、僕の扱いがいつもよりも酷くないかな?
僕も主役のはずだよね……委員長になったわけだし」
僕は
……おかしいな。
何も悪いことをした覚えはないのに。
「あー」
僕から顔を逸らすつむじ。
……何か知っているなら、さっさと教えなよ!
「うーん、自分の胸に手を当ててみたらいいんじゃないかな?」
思い当たることはないし、縛られているせいで物理的にも胸に手を当てられない。
……何かしたかなあ?
少し考えていると、教室の中が暗くなる。
誕生日の歌を歌いながら、風山君と
クラスメイト皆で食べる用のケーキは、普通のホールケーキよりも二回り以上大きい。
「やって良かったね」
「……そうだね」
蠟燭に照らされた火光さんの幸せそうな顔は、僕とつむじにとって大きなご褒美だ。
皆(僕を除く)でケーキを食べていると、スクリーンが降りてきて動画が流れ始める。
昨日の役員決定戦の録画だ。
各クラスの役員決定戦動画が今日から配信される。
今後の他クラス対策のために見る予定ではあるけど、今日は僕らの役員決定戦を見るみたいだ。
紅蓮の少女がスクリーン内を所狭しと駆ける。
火光さんを中心とした編集。
火光さんと僕たちの死闘が、ドキュメンタリー映画のように編集されていた。
輝く剣閃。
伸び行く赤光。
それは「比翼連理」が解放される前。
僕と火光さんの
……そういうことか⁉
身の危険を察知すると同時に、火の精霊でロープを焼き切る。
皆が動画に意識を奪われている今が好機!
「何ぃぃぃぃぃぃ⁉」
しかし――入口と窓際には人が配置され、すでに包囲網が形成されつつある。
……どうする。
魔人との戦闘の時以上に、冷たい汗が流れ落ちる。
僕の周囲を固めている男子の圧。
抑えられていたそれが、既に解放され始めている。
「ところで……火光さん」
男子の壁の向こうでは、女子たちの和気あいあいとした声。
できれば僕も、向こうに参加したい。
「この時どんな話をしたの?」
張り詰めた緊張感。
何か一つ選択を誤れば、取り返しのつかないことを肌で感じる。
「えっと」
緊張感が伝わっているのかいないのか、火光さんの声からは何も察することができない。
額を伝う脂汗。
……お願いだから、当たり障りのないことを言ってくれ! 火光さん!
「……ずっと一緒にいたいって」
「「「きゃああああ‼」」」
沸き立つ女子たち。
「「「おらああああ‼」」」
殺意が沸き立つ男子たち。
「いやあああああ‼」
僕を包み込む精霊の嵐。
「え⁉ 黒白君から言ってきたの?」
誰かの一言で、再びの静寂。
早く――
「……私から」
……逃げねば!
火光さんの声には照れが感じられる。
おそらく彼女の顔は今、真っ赤のはずだ。
……くそ! こんな状況でなければ囃し立てるのに!
「火光さん大胆!」
「カッコイイ!」
「私にも言って!」
男子の壁を隔てた向こう側には、熱狂の渦がある。
それに対してここにあるのは無。
全てを呑み込む虚無だ。
男子生徒たちの空洞のような眼。
代わりに精霊たちが僕へと向いているのがわかる。
……生き残る手を考えろ!
魔人相手に生き延びたのに、翌日クラスメイト相手に殺されましたは、冗談にしても笑えない。
「皆……こんなところで戦ったら教室が壊れちゃうよ!
折角の火光さんの誕生日が、台無しに――」
「安心しろ」
風山君が、僕を落ち着かせる。
……良かった! まだまともな人がいた!
「そうだよね。こんな所で戦うなんて――」
「戦いにはならん」
「安心できるかあぁぁぁぁ!」
……教室が無事ってだけだよね⁉ 僕の無事は⁉
「悪いな。お前の命の保証はない」
……いけない。
このままいくと火光さんの誕生日と僕の命日が、一日差で行われることに。
「それでそれで⁉ 黒白君の返事は?」
僕を向きながら、女子たちに耳を傾ける男子たちの姿がとても怖い!
夏でもないのに、ホラー映画真っ青の状況だよ!
「……僕もだよって」
「さらばだあぁぁぁぁ!」
「逃がすかあぁぁぁぁぁ!」
「話が違うじゃねえか!」
「裏切り者が!」
逃げられない。
昨日の役員決定戦でも、これほどの団結力はなかった。
数人に押さえつけられて、身動きをできなくされる。
……道半ばで死ぬのか僕は。
「嬉しかった」
「やめて火光さん! これ以上は僕の人としての尊厳が!」
「だから私――」
火光さんの声が教室内を駆ける。
「皆とも仲良くなりたい」
男女問わない歓声。
押さえつけられている手の力が緩む。
……良かった。
僕はまだ生きられそうだ。
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