第36話 対魔人⑦~決着~
迷宮の空を、二筋の赤光が駆ける。
「楽しい」
空を踏み、
繰り返す度に高みへ。
日進月歩。
それなら踏み出さないのは嘘だ。
「比翼連理」の片割れ「翼理」を手に、私よりも高みにいる彼だ。
彼を超えるために何が必要か。
私の思考に「比連」は応える。
数十、数百、数千と重なる試行。
けれど
凡てが
「黒白君――」
彼の名を呼ぶだけで、温かい気持ちになる。
この気持ちは何だろう?
わからない。
今、確実にわかっていることは一つ。
私の中に
目指すべき相手。
超えるべき相手は――
「行く」
彼だ。
「困ったなあ」
一途な炎だ。
赤く――紅く――朱い。
対するのが心苦しいくらい、彼女の炎は美しい。
「翼理」を通じて、火光さんの想いは
そんな彼女に対して、僕にはあらゆるものが足りない。
速さも、力も、何もかも。
足りない僕には何もできないのか?
否。
酷い勘違いだ。
あらゆるものに挑もう。
退こう。
負けよう。
敗れよう。
けれど挑むのは止めない。
挑み続けることに、意味はある。
諦めないことに、意義はあるのだ。
そうして僕は、
何度も挑戦し、同じ数だけ敗北し、なお挑み続けよう。
その分だけ彼女といられるのだから。
「なんたる醜態」
彼奴等ではない。
屈辱にまみれているのは拙自身だ。
彼奴等の視界にすらいない己自身。
炎を放つ。
……先程までなら、致命の一撃に値した炎が――牽制にすらならぬ。
片や一踏みにて、圏外へ。
片や精緻たる加速の刻みによって、炎の間隙を縫う。
「相互相乗」
比翼連理の担い手の総てを共有・試行・修正・向上の螺旋へと誘うことによる、
過去よりも
互いが互いの起爆剤たりうる進化の軌跡。
二筋の赤光は駆け続ける。
拙の放つ炎など――意にも介さない。
「通用しないか」
縦横無尽にして自在。
紅に染まった二対の瞳にいるのは、既に互いのみ。
これが「比翼連理」の神髄。
二刀を通じて担い手を繋げる装備。
繋いだ二人を、互いに成長させていく刀。
繋いだ二人で一本の剣。
その刃に斬れぬものなし。
「くっ!」
拙の炎。
拙の刃。
拙の手は――
精確たる応手により、断たれていく。
「ならば――」
……想定できぬ攻めあるのみ!
両の腕を交差する。
一見すると薙ぎ払い。
しかして真の狙いは――
両の刀の投擲である。
左右から迫る二人に対し一刀ずつ。
拙こそが、彼奴等の応手の隙を突く!
拙の投擲に反応し、二人は動く。
取るのは同一動作。
「何⁉」
金属同士のぶつかる音が、空へと響く。
拙の投擲した刃に対し――
……
小娘は比連を、小僧は翼理を。
二刀は拙の刀との衝突によって弾かれる。
「慢心したか!」
否。
然様の事あるはずもなし。
二つの紅が拙を中心として、対称的な軌道を取る。
それは捕るための動き。
受けるための軌道。
小僧は比連、小娘は翼理。
互いが互いの刀を手にする。
「ふふふ――ははははははは!」
覚醒の赤光は速度を落とさず――
前後から拙の体を貫いた。
炎の魔人を貫いた手応え。
しかしあるのは仇を討った達成感ではなく、力を尽くした満足感だ。
「小娘、小僧――名を名乗れ」
貫かれたはずの魔人の声も心なし晴れやかだった。
「火光しんか」
「黒白きょうえい」
前後を貫きながら重なる声。
満足げな様子の魔人。
「精霊の愛し子たちよ。
貴殿らの成長を心より望む」
その声を契機に、魔人の身体から火の精霊が爆ぜる。
害意のない、火の精霊の嵐。
その嵐が晴れると――
魔人は跡形もなく消え去っていた。
「やったぞ! あの二人!」
「「「わああぁぁぁぁぁぁ!」」」
20余りのクラスメイトたちの歓声の中に
見上げるのは空の二人。
紅蓮の二人。
……やったね、二人とも!
心の中で賛辞を贈ると同時に、ほんの少しの痛み。
並び立つ二人と置き去りにされた私。
それでも今は――
地上に降り立った二人を一番の笑顔で迎えるために。
一番乗りで頑張ったねって声をかけて、二人を思いっきり抱きしめよう。
きっと私は――今の気持ちを一生忘れない。
……今なら火光さんと互角なはずだ!
僕の思考は加速する。
だってクラス役員は決まっていないのだから!
紅蓮に燃える少女を窺いみる。
憑き物が落ちたような表情。
彼女が現在の状況を理解しているかは……読めない。
しかし――これはチャンスだ!
精霊繋装「比翼連理」が「比連」と「翼理」の二本に分かれている以上、彼女と火の精霊の保有量は同じ。
なら勝敗を決めるのは――技量と発想力!
彼女が動く前に決める!
「こ――」
「おいで『比連』」
僕の機先を制するような一声が響く。
それは互いに投げて交換した刀の名。
すると「比連」は――
僕の手をするりとくぐり抜けて、火光さんの元へと戻っていく。
「比連」と「翼理」。
二刀を握る火光さんと……無手の僕。
「やる?」
……き、気付かれてたあぁぁぁぁぁぁ⁉
浮かべる表情は笑顔であるにも関わらず――空恐ろしい。
「火光さん……
「ダメ?」
駄目ではないけど、恥ずかしがり屋の彼女でいて欲しいかな。
「の――望むところだよ! 火光さん」
彼女に拳を向ける。
不意打ちはバレている。
だがそれがどうした!
「比翼連理」で繋がった影響はまだ残っている。
短時間の勝負なら、まだ勝ち目があるはずだ!
「冗談。『翼理』行っておいで」
「え……?」
声を合図に、僕の元へと飛んでくる
……何が狙いなんだ⁉
読めない。どういうつもり⁉
……完全に僕の方が転がされている。
これはまずい。
容姿端麗。頭脳明晰。質実剛健。
そんな火光さんが心理戦までできる様になったら――完璧超人の完成だ。
そして、彼女を取り合って「は組」を筆頭に血で血を洗う戦争が――
「大丈夫。ちゃんと勝負しよう」
妙な想像は彼女の言の葉で断ち切られる。
僕を見る紅蓮の瞳は雄弁だ。
……正々堂々と決着を。
クラスメイトたちには存在しないフェアプレイ精神。
「良いのかな、火光さん!
そのままなら、勝てたんじゃないかな?」
「それだと
……ほーう。言ったね?
良いんだね?
その油断……後悔させてやらあぁぁぁぁぁ!
「行くよ! 火光さん!
今度こそ僕が勝ぁぁぁぁぁぁつ!」
「いざ――」
「尋常に――」
「「勝負!」」
こうして僕たちの役員決定戦は、幕を下ろしたのだった。
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