第34話 対魔人⑤~私と彼の契約~

「もう……もたない」


 魔人の炎は劫火。

 万象を焼き尽くす赤の奔流だ。


 ……熱い。息苦しい。

 肺が焼かれそうだ。

 

 火の精霊繋装である「比翼連理」の煌めきすら、この炎の前では風前の灯火も同然。


 黒白君後ろを振り返る余裕はない。


 逃げていて欲しい。

 生きていて欲しい。

 無事生き延びて――夢を叶えて欲しい。


 思い出されるのは黒髪の少年の楽しそうな顔。


 ……そんな彼ともっと一緒にいたかった。


 そう思い至って、私の顔が綻びる。


 これは未練だ。

 でも……本音だ。


 こんな死の間際で気付くなんて――本当に私はバカだ。



 嬉しかった。

 私のためにこんな魔人に立ち向かってくれたことが、心から嬉しかった。


 

 足元が揺れる。

 手元が緩む。


 ……それでも。

 

 倒れるにはまだ早い。


 黒白こくはく君がまだいるかもしれない。

 動けていないかもしれない。 


 ……だからまだだ。まだ死ねない!


 ぎゅっと「比翼連理」を握る手に力が入る。

 


 そんな私の手に重ねられる・・・・・一回り大きな手。

 見覚えのある手。

 よく鍛えられた武骨な手だ。


「お父さん?」


 ……迎えにはまだ早い。


 でも――温かい。


 こんな穏やかな気持ちで、燃え尽きることになるなんて――


違うよ・・・


 朦朧とした意識が覚醒する。

 父とは似ても似つかない声。


 この声は――


「黒白君⁉」


 黒髪黒目の彼だ。

 彼が立ち上がって、私の手ごと・・・・・比翼連理・・・・を握っていた・・・・・・


「何やってるの⁉ 早く逃げて!」


 ……私の最期を無駄にしないで欲しい。

 魔人の目的は私――「比翼連理」だ。

 逃げてしまえば、彼らは助かるはず。


「まだ私は大丈夫――」


火光かこうさんの誕生会……やろう」

 

「え?」


 ……残酷な言葉だ。

 今日ここで燃え尽きる私に、未来の話をするなんて。


 そんな私の考えを断ち切る様に、少年は続ける。


「つむじとか他の女子とか……野郎バカたちと一緒に、盛大にお祝いしよう。

 したくない?」


 こんな質問は……卑怯だ。


「……やりたい。やりたいに決まってる」


 零れ落ちていく私の炎。


「僕たち、プレゼント用意したんだ」


「……欲しい」


 一度漏れてしまった炎は止まらない。


 ああもう……黒白君は本当に。


 ……本当にしょうがない人だ。


「この一か月楽しかった」


「僕たちもだよ」


「タコさんウインナー食べたい」


「いくらでも作るよ」


 ……とっても楽しみだ。


「もっとこんな生活が続いて欲しい」


「続けようよ……いつまでも」


 黒白君を守って、燃え尽きるつもりだったのに。

 思わされてしまった。

 思い知らされてしまった。


 自身の想いを。


「黒白君……契約」


 入学試験では一方的だった――勝者の得られるものを決める契約。


「私が役員決定戦この戦いに勝ったら……友だちになって欲しい」


「同じ条件で受けて立つよ!

 勝負だ! 火光さん!」


 炎に照らされた彼の顔。

 ようやく見ることができた。

 そんな彼の顔には、眩い笑顔が浮かんでいる。


 ……誕生会にプレゼント――楽しみだな。


 握った「比翼連理」が熱い。


 でも、それを得るには――勝たなければならない。


 我ながら現金だ。


 これだけで私なんて変わってしまう。


 ……勝とう。この魔人に。


 勝って……黒白君やつむじたちに、盛大に祝ってもらおう。

 

 生き延びるんだ。

 ……二人で――皆で!


「「はあぁぁぁぁぁぁ!」」

 

 二人の咆哮が響く。


 そんな私の思いを抱きしめるかのように……火の精霊が私たちを包みこんだ。

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