第33話 対魔人④~魔人の本領と二人の想い~

「才能のあるものを手に掛けたくはない。だが――」


 拳を交えた魔人が――視界から消える。


「お前は邪魔だ」


 後ろ⁉


 声は後方。

 感ずるのは異常な熱気だ。


 迎撃には間に合わない。

 それがなんとなくわかる。


 でも、それなら――


「くっ!」


 ……前へ出ろ!


 動くのも……考えるのも――止めるな! 


 頭に響く鈍い音。


 ……殴り飛ばされた⁉


 視界が揺れる。

 前方へ勢い良く殴り飛ばされる。

 火光さんと比べても段違いの一撃。


 だけど――良かった・・・・


 大剣による一振りでなくて良かった。


 僕はまだ負けて死んでない!



「ほう、その火の精霊との合一状態で、風の精霊も制御しているのか?」


「な⁉ どうして――」


 どうして風で拳の勢いを弱めた・・・ことに気付けるんだ⁉

 炎の魔人は見ている限り、火の精霊・・・・しか扱っていないのに⁉


「小僧、お前の制御能力は目を見張るものがある」


 疑問への答えはなく、魔人の姿が再び消える。


 ……どこだ? 分からない!


 破れかぶれで右脚を上げる。


「ぐっ⁉」


 ……蹴り⁉


 その上げた脚によって、魔人の蹴りを受けることはできた。

 

 けれど――


「勢いが――殺せない⁉」


 そのまま蹴り飛ばされる。



「故に惜しい。

 ここでその才が失われることが」


 先程の意趣返しの様に、魔人は僕を弾き続ける。


「反撃……くらい……させてよ!」


 ……打撃を受けきれない!


 吹き飛ばされる僕に対して、魔人は確実に追いつき、攻撃により吹き飛ばす。

 自身がどこに殴り飛ばされているのかが、わからなくなるほどの連打。

 

「僕にできることは、お前にもできるってことか⁉」


「さてな」


 ……それでも探せ!


 勝機を……探せ!



 


 空中そらには二人の影。

 だけど私には見えてしまう。


 黒白こくはく君が魔人から取り込んだ火の精霊が、みるみる減っていく。


 一撃が常に必殺の威力を持つ拳や蹴りの応酬。

 その分精霊を消費するのは必然だ。


 そうなると勝敗を分けるのは――精霊保有量。

 無尽蔵にも思える精霊量の魔人が相手では――


「黒白君! もう止めて! 逃げていいから!」





「火光……さん?」


 彼女の声が聞こえた気がした。

 もう逃げていいと……言われた気がした。


 ふざけるな・・・・・


 僕の夢。

 

 泣いている女の子たちがいて――彼女たちの笑顔が見たかった。

 それが僕の夢の始まり。


 王になる。

 国家間の争いを――魔物による悲劇を減らし、皆が笑える世界を作る。


 彼女幼馴染たちの涙が嫌で、笑わせるために決めた僕の夢。

 

 けれど――


 ……身近な女の子火光さんの涙を止められない奴が……笑って暮らせる世界なんて作れるわけないだろ!


 魔人の攻撃に晒されながら、力を振り絞る。

 魔人から取り込んだ火の精霊も、もう残り少ない。


「それでも――」


 負ける気などない。


「む?」


 迫って来た魔人を、僕の足が捉える。


 威力のない蹴り。

 しかし、それによって確かに――奴との距離ができた。

 

 

 間髪入れず腰を落とし、拳を中段に構える。


 ……全てをこの・・・・・一撃に込める・・・・・・


 僕の意志に従い、火の精霊たちが拳へと集まっていく。


 ……限界を超えろ! 全てを賭けろ!


 生き残ろうなんて考えない。

 無様に生き残って火光さんを失うぐらいなら……死んだ方がマシだ!


 精霊たちは僕の想いに応える。


 奴を打ち破る力を僕に!


「僕が――勝つ!」


 打ち出すは右の拳。

 全てを吹き飛ばす劫火の一撃。


 僕の捨て身の一撃をしかし――炎の魔人は拳で迎え撃つ・・・・・・


 轟音とそして――


 迎え撃った魔人の腕が吹き飛ぶ・・・・・・


 だが分かっている。

 それでも僕の・・・・・・勝ちではない・・・・・・ことは。


「極限の中、よくぞ抗った。だが――」


 腕を失った魔人の肩に火の精霊が集まり・・・・・・・・、再び腕を形成する。


「もうお前にできることはない」


「くそ……」


 再生した腕が振りかぶられる。

 世界が止まったかのように、遅々として見える拳。


 けれど――体はもう動けない。

 

 僕の捨て身の一撃は意味を成さず。


 魔人の一撃が僕を地上へと叩き落とした。





「黒白君!」


 落ちてきた彼を抱きとめる。

 体中火傷と痣だらけだ。


「ありがとう……火光さん」


 もう彼から火の精霊の気配を感じない。

 髪色は元の黒へと戻り、瞳は暗く揺れる。


 今の一撃ですべてを使い果たしたようだ。


「もういい! もういいから!」


 ……だから――立ち上がろうとしないで!


 涙が零れる。


 痛々しい身体。

 これも全部……私のせいだ。


 私たちから少し離れた所に、炎の魔人は降り立つ。


 受け止めた黒白君を地面に寝かせて、魔人へと向き合う。


「ようやく――渡す気になったか?」


「渡す気はない!」


 ピクリと魔人の眉根が動く。


 きっと私は殺される。

 それでも……「比翼連理」は亡くなった両親から遺されたものだ。

 

 奪われるくらいなら死んでもいい。

 だけど――


「『比翼連理』は私を殺して奪えばいい。

 だけど黒白君に……クラスメイトたちには手を出さないで」


 彼らには生きていて欲しい。

 私のために戦ってくれた人たちには。


「その約束はできぬ」


 しかし私の願いは魔人に断られる。


「なんで⁉ どうして⁉」


「小僧の――仲間の目を見ろ……小娘。

 ろくに立てもしないくせに、揃いも揃ってまだお前を守ろうとしている。

 命を奪えば間違いなく嚙みついてくるだろうよ」


 魔人に火の精霊が集まっていく。


「降りかかる火の粉は掃っておく。

 分かりきっているものなら猶更な」


 私たち二人位なら容易に焼き尽くしてしまえそうな炎が、既に魔人の手元に顕現している。


「ここで仲良く燃え尽きるがいい」



 その言葉を契機として、死火は放たれ――私たちへと迫る。


「私だけなら――」


 ……私だけなら諦めきれたのに。


 燃え盛る炎を前に「比翼連理」を強く握る。


 ……立ち向かえ!


 少なくとも――彼だけは守るんだ!


 前に出る。

 震えは止まらない。


 でも――


「黒白君は死なせない!」


 彼を背に、放たれた死の炎へと斬りかかる。


「守る! 守るんだ!」


 ……絶対に黒白君だけは守る!


 魔人の炎は「比翼連理」を受け止めて尚止まらない。


 限界まで絞り出せ!


「『比翼連理』!

 私は黒白君を守りたい!

 力を貸して!」


 精霊繋装は強く輝く。


「はあああああ!」


 私は別にどうなったって構わない。


 ……でもせめて後ろにいる黒白君だけは!





 僕は何をやってるんだ!


 火光さんが僕を守るために、魔人の炎へと立ち向かっている。

 彼女の小さい背中には、決意と覚悟が燃えている。


 身体が動かない……本当か?


 こんなところで転がって、火光さん守りたい人に守られる?


 ……バカか僕は⁉


 立て! 

 進め!

 

 足手纏いになってんじゃねえぇぇぇぇぇぇ!


 身体に力が戻る。

 まだ戦える。


 自分自身の不甲斐なさ――その怒りが僕の体を突き動かす。

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