第32話 対魔人③~合一~

「ほう――小僧」

「何さ」


 感心したように息をつく魔人の様子に、こっちは虚を突かれたような気分になる。

 火光かこうさんの意志を無視して、迫っているかのように見えた魔人。


 その魔人に、感情のようなもの・・・・・・・・が見えたからだ。


 ……あるのか? 人類種みたいな感情が。


 この炎の化身に。


「精霊との合一を果たすか――人の身で無茶をする」


「ごう……いつ?」


「自分がやったことも分かっていないのか」


 呆れた様子。

 これまたどこか人間臭い反応だ。

 その人間臭い反応は、僕をより苛立たせる・・・・・・


 もしも。

 もしも本当に、こいつに感情があるというのなら――


 ……どうして火光さんから「比翼連理」を奪おうとするんだ⁉


「僕がやったことなんてどうでもいい」


「なんだと?」


 力が湧いてくる。

 今なら何でもできる。

 

 身を前へ。

 火光さんがこいつに傷つけられないように。

 彼女が僕たちと笑えるように。


「僕はただ、お前をぶっ飛ばしたいだけだ」


 火の精霊たちは僕の思いに共鳴し、爆発的に増えていく。





「速い……」


 風が吹く。

 黒白こくはく君が高速で移動したのだろう。


 見えたのは一条の赤光。


 炎そのものと化した彼が宙を駆ける。


 直線を描く赤光は、常に火の精霊と共に。


 拳打が魔人を叩き、その度に爆音が響く。


 黒白君は魔人から決して離れない・・・・・・・


 自身が殴り飛ばした魔人を追いかけ続ける。


「ぐっ……」


「させるかあぁぁぁぁぁ!」


 魔人が空中で体勢を立て直すのを、黒白君は許さない。

 空中で爆発を細かく踏みながら、魔人の周囲を駆ける。


 その姿はさながら、太陽の周囲を取り巻く紅炎。


「綺麗……」


 彼自身もさることながら、精霊の流れが綺麗だ。


 複雑な精霊の運用をしているわけではない。


 踏む。

 加速する。

 止まる。


 ただそれだけだ。


 ただ懸命に駆けるだけで良かったのだ。


「私に……教えてくれているの?」


 父にすら教わったことのない、火の精霊の扱い方。

 それを――同級生から学べるのか。


 わかる。

 理解している。


 あれ・・は一つの到達点。

 黒白君の繊細な制御能力と、魔人から奪った莫大な精霊量がかみ合ったからこその動き。


 この学校に入学できてよかった。

 彼と入学試験で戦えてよかった。

 勘違いがきっかけだけど……彼を召使いに指名してよかった。


 私の手本は……常に近くにいてくれたのだ。



 全て・・繋がっているのかもしれない。

 

 彼らの戦いに、私は割り込むどころか、声をあげることもできないけれど。


 それでも、彼らの美しさすら感じる戦いに私が居合わせた意味があるのかもしれない。


 

 完成された舞踏のように、彼らは空を舞い続ける。





 刻んで、刻んで、刻み続けろ!


 一歩毎に試しを変える。

 威力を。方向を。割合を。


 何度も、何度も、何度もだ!

 細かく宙を駆ける。


 理想とする・・・・・のは火光さん・・・・・・だ。


 伸びやかな直線走駆。

 臨機応変の曲線動作。

 

 幾度試しても、彼女には及ばない。

 故に届くまで思考し――試行し続ける。


「こぞ――」


「喋るな! 集中できない!」


 不規則な爆発音を鳴らすたびに、魔人への打撃を加える。


 ……止めるな! 繋げ続けろ!


 止めてしまえば、きっと火光さんには届かない。


「まだだ! まだ――」


 ぱし


 魔人に集中していなかったことが仇になったのか。

 音と衝撃波を放つ僕の、動きが止まる・・・・・・


「え?」


 振り切った僕の拳が、魔人に受け止められていた・・・・・・・・・


 魔人の大剣はいつの間にか仕舞われていて――

 空いた手に僕の拳が握られている。


「小僧……名は?」


「火光さんを泣かせる不審者に名乗る名なんてない!」


 力を込める。


 ……受け止められた拳が熱い!

 炎にくべているようだ。


 挑発の言葉とは裏腹に、敵の手を振りほどけない。

 魔人の持つ熱量がそのまま握力になっているかと思うほどの力強さだ。


「離せこの変態! 火光さんどころか、僕まで狙ってるのか⁉」


「ふっ!」


 魔人は僕の右拳を掴みながら、空いた手で僕の顔面を狙う。


「くっ⁉」


 捕まれた右手を捻る。

 魔人の腕が曲がり、それによって自身の体の角度も変える。


 ……躱せるか⁉


 風を切る音と共に、僕の左耳を掠るように魔人の右腕が通過する。


「危なかったあぁぁぁぁ!」


 そのまま捻った腕を支点にして、左足の回し蹴りを奴の胴体に叩きこむ。


 距離は取れたものの。

 力強く握られた右手は熱を持ち、火傷を負った痛みが残っている。


「実に惜しいな」 


「次こそは、お前を倒して見せる!」


「拙を倒せるという意味ではない」


 じゃあ――何が惜しいんだ?


「小僧、ここは退け」


 出し抜けに言われる。

 そんなこと言われて――


「逃げるわけないだろ!」


お前は・・・まだまだ強くなる。

 そんなものの未来を奪うのは忍びない」


 魔人の言葉。

 この上なく……許せない言葉だ。

 だってそれは――


「火光さんだってそうだろ!」


 彼女にも言えることだからだ。


 ……僕を慮れるのなら、どうして彼女にもそれができない⁉



「あの小娘は何も変わっていない。

 5年前奴の父親を討ったときと……何も」


 そんなわけがない。

 火光さんの努力は一緒に訓練した僕たちがよくわかっている。

 あの戦闘方法スタイルを、独学で創り上げることの意味。

 血を吐き、泥をはむのが当然のような思いをしてきたはずだ。


 ……そんな彼女が変わっていないだって?


「馬鹿言うな! 

 火光さんは成長してる!

 戦闘技術や、精霊制御だって――」


そういう些事・・・・・・ではない」


 技術や制御力の話じゃないのか?

 わからない・・・・・……魔人が火光さんに何を求めているのかがわからない。


 ひょっとすると――魔人と僕たちには致命的なすれ違いがあるのかもしれない。



「じゃあ、何が変わってないって言うんだ!」


「簡単な話だ。

 ……比翼連理。

 比翼連理の真の力が解放されていない」


 火光さんの持つ精霊繋装。

 通常の剣の倍以上の幅を持つ大剣。

 一族に代々受け継がれ、亡くなったお父さんから受け取ったという両刃の剣。


 抜いただけで、世界を火の精霊で塗りつぶしてしまうようなあの剣が――

 まだ解放されてない状態だっていうのか⁉


「比翼連理」の潜在能力に震える。

 

 でも――それでも。


「比翼連理」の解放?

 それは僕にとって価値がない・・・・・


「そんなことで火光さんを殺そうって⁉」


「そんなことではない」


 拳と拳が交差する。

 魔人は言葉を止めない。


「比翼連理は精霊繋装。人の器を試すためのもの。

 それを扱えぬというのならば――扱える者に渡すが道理」


「今は扱えてなくても……いずれ扱えるようになるかもしれないじゃないか!

 彼女から『比翼連理』を殺して奪う理由にはならない!」


「既に5年待ったのだぞ?

 それでも変化はなかった。

 ならこれより待つ価値はない。

 ……殺す気も必要も、本来・・はない。

 ただ比翼連理を返して・・・もらうだけだ」


「真の力とやらを扱えなきゃダメなのか?

 扱えなきゃ持ち主になれないのか?

『比翼連理』はお前に殺されたお父さんの形見だ。

 そんなの渡したくないに決まってる!」


「それは人の視座に過ぎない。

 拙らには関係ない」


 根本的な価値観のズレ。

 人の命の価値が、僕らと魔人では大きく異なるのだろう。


 だとすると――問答は意味がない。


「それなら僕は……全力でお前を倒す!

 火光さんの『比翼連理』のために……お前を討つ!」

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